10話目 後半 判断

 結局ララも一緒に宿屋へ戻ることになったのだが、その間も超乳幼女からジト目で睨まれ続け、ついには白状してしまった。

 それから俺が知ってる今までの経緯を話したが、レチアは何を言うでもなく黙っていた。

 ……それそうと今現在は正座して怒られている状態なのだが、座ってる状態でレチアの顔を見上げても大きな胸が邪魔で彼女の顔が見えないのです。これを役得と言っていいかは複雑な気分だな……


「……どこを見てるにゃ?」


 語尾も元に戻して俺を威圧するレチア。

 さっきまで黙ってたのは口を開いたら素の語尾で話しそうになるからか?というか俺が胸を見てたことがバレた?


「どこも見てないぞ。強いて言えばこの先の未来を見据えてたくらいだ」

「そうかにゃ。で、何か見えたかにゃ?」

「何も。お先真っ暗」


 冗談で少しでも空気を和ませようと努力したが、レチアの気分を損ねてしまったようでローキックを入れられてしまった。


「ふざけてる場合かにゃ?」

「ふざけないとイクナにこの空気は厳しいだろ」

「ウゥ……」


 レチアのピリピリした雰囲気を感じているのか、怯えて俺の背中に抱き着いてくるイクナ。

 レチアはその様子を見てたじろぎ、溜め息を吐く。


「……ごめんにゃ。見てるだけなのがもどかしくてイライラしちゃってたにゃ」

「その気持ちはわからないでもないけどな……だけど俺たちの事情も事情だから納得してくれ。それとこれからさらにムカつくことを言うかもしれないけれど、黙って聞いててくれるか?」


 俺の言葉にレチアたちは肯定も否定もせず俺をジッと見る。


「ララ、お前は前の町に帰れ」

「っ……」

「急に何を言うにゃ!?」


 ララは明らかに動揺し、レチアは激昂して猫のようにシャーッ!と威嚇する。

 怖い怖い。普通の猫でも威嚇されたら怖いのに、人間と同じくらいの体格のレチアがやると物凄く怖いから。


「急じゃないさ。そもそも俺はララを置いてきたのにこいつが勝手について来たんだろ?なんで俺がそうしたかも知らずに」

「なっ――」


 レチアは怒りを通り越して困惑してる様子だった。その方が話を進めやすくていいんだけどね。

 俺がララの方へ向くと、彼女は怯えた様子で肩を跳ねさせる。


「ララ、ここにいるお前以外は普通の町で暮らすのは難しいんだよ。亜種であるレチアもだが、それよりも俺とイクナのことが露見してみろ。誰に何をされるかわからないんだ」

「……」


 少しだけでも言葉を発せるようになったとはいえ、話の内容が内容だけに言葉が出てこない様子のララ。このまま言いたいことを言わせてもらおう。


「それに俺はもう越えちゃいけない一線を越えた。そんな奴と無理して一緒にいようとしなくていいだろ。それにあの町だったらもっとお前を思ってくれる奴は沢山いるはずだ」


 俺がそう言うとララは俯いて本格的に黙り込んでしまう。な、泣いてないよね……?

 あとはレチアの方もまだ納得してないような顔をしてるし、説得しないとな。


「レチアも今のうちに考えておいてくれ」

「……え?な、何をにゃ?」

「もしお前の借金を返し終えたらどうするかをだ」


 俺は軽い深呼吸をして話を続ける。


「レチアは亜種が住んでる村や町があるだろ?帰れる場所があるはずだ。それにイクナも亜種の方だったら多少誤魔化せるだろうから連れて行ってくれ。俺は……恐らくどちらにも居場所はないと思うから」


 俺の発言にその場が静まり返ってしまう。


「うぅ、でも……でもきっとどこかにヤタたちを受け入れてくれるところが――」

「ないんじゃないか?ベラルたちのような反応がほとんどなはずだ。ウルクさんのように接してくれる人はそうそういないだろうし、仮に個人でいても群衆の中で暮らすのは難しい。生物にとって自分と違った形をしていたり能力を持っていれば必然的に恐れる」


 そこで一度言葉を切り、申し訳なさそうにしているララの方を見る。


「……お前はよく分かってるんじゃないか?ララ」

「……私、は……」

「っ!?ララち、声が……?」


 一言だけ言葉を発したララに驚くレチア。

 誰も言葉を発しなくなってしばらくしてから俺は口を開く。


「……まぁ、今すぐどうこうしろって話じゃない。ただ少し考えといてくれってだけだ」

「水臭ぇですぜ旦那!あっしも忌み嫌われてる身、どこまでも旦那について行きます!」


 鼻息を荒くして意気込むガカンに苦笑いし、「そうか」とだけ答えた。

 そういえばこいつも居たんだっけ……なんて思ったのは内緒ですよ?


「ともかく、二人で飯って雰囲気でもなくなっちまった。だから俺とガカン以外の三人で行ってきてくれ」

「……わかったにゃ。行くにゃ、二人とも」

「アウ!」


 レチアが頷き、彼女の言葉にイクナが返事をしてララと共に部屋を去って行った。

 彼女たちがいなくなったことでホッと一息吐き、近くの椅子に座る。

 そこにニャーと猫の鳴き声がし、今までイクナの肩に乗っていた黒猫が戻ってきて俺の膝に乗ってきた。


「お前は飯に……って、ペットは追い出されるか」

「ニャウン」


 不機嫌そうに鳴いてそのまま丸まって眠り始める黒猫。レチアとイクナの二人と一緒に行った時にでも言われたのか?

 一応、宥めるように黒猫の背中を撫でたり軽くポンポン叩いたりしておく。

 そのおかげか、黒猫の喉がゴロゴロと気持ち良さそうに鳴る。

 何でだろうね、この感じ。

 今日色々起こったことで生じた疲れがこの音一つで全て吹き飛んだ気がする。

 猫のゴロゴロ音ってこんなにも癒し力高いの?

 俺って犬派でも猫派でもなかったけど、この子のおかげで一気に猫派に傾きそうなんですけど。

 ま、それはそれとして。


「……んじゃ、次はお前のことだガカン」

「へ、へい!」


 俺は視線は猫に向けたまま呼びかける。

 これを言わなきゃならないのは気が引けるけれど、ケジメは付けなきゃこいつを仲間として見ることは難しいだろう。


「俺はまだララを路地裏に連れて行ったお前のことを許したわけじゃない。そんな奴をこれから簡単に仲間にするとも言えるわけがない……俺が言いたいことはわかるよな?」

「……へい」


 俺は黒猫を下へ置き、ガカンの目の前まで移動して見下ろす。

 さて、こいつの処遇をどうするか……アナさん、ちょうど良いのない?なーんて――


【《不明なウイルス》の能力の中に相手の体内へ侵入させることによりいくつかの効果を発動することができます。

1、動きを制限させる。

2、死に至らしめる。

3、宿主の身体を支配し変異、もしくは操作が可能。

4、ウイルスを宿す者同士で任意の念話が可能。

これらはあなたの任意によって発動することができます。なお注ぎ込むウイルスの量によって発動できる効果が変化、減少しますのでご注意ください】


 頭に流れたアナウンスのおかげでもうやることは決まった。ありがとうアナさん。


「お前には俺の血を飲んでもらう」

「……え?」


 ガカンは俺の発言に戸惑いを隠せない様子だった。

 そりゃそうだよな、いきなり「俺の血を飲め!」なんて言われたら誰だって引く。むしろ言ってる俺自身が引いてるまである。


「そ、そりゃ足を舐める覚悟で旦那について行く覚悟があるのでそれくらいなら構いませんけど……どうしてまた?」


 いいのかよ。というか足なんて舐めさせたくないわ!


「俺は少し……いやかなり特殊な体質でな、しかも俺の血ってのは結構ヤバい代物みたいなんだよ。さっきの男たちが痺れて動けなくなったのもそうだし、中には死んだ奴もいる」


 言葉にすると中々ヤバいことを言ってる気がする。

 普通の人だったら鼻で笑い飛ばして次の日から町中でヒソヒソ噂されるレベルだと思う。

 だけどガカンは一応現場を見てるからか神妙な雰囲気でゴクリと息を飲んで信じている様子だった。


「つ、つまり……それをあっしの体に入れて何時でも処分できるようにするってことですね!?」


 ほう、意外と理解が早くて助かる。


「そういうことだ。ついでに念話もできるらしいから実験台ってことでな」

「それなら喜んで飲ませてもらいます!」


 ……言っといてなんだが、俺の血をそうも意気揚々と飲もうとしてくるのは、それはそれで気持ち悪さを感じるな……

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