10話目 前半 判断
目の前に飛来したもののおかげで、俺の手足を貫いていたものが抜けて自由になる……と同時に落下。
しかし俺が地面に衝突することはなかった。
「おっと!大丈夫かい、ヤタ君?」
つい最近聞いたことのある声で俺を呼ぶ声がし、気が付くと目の前には半裸のルフィスさんがさわやかな笑顔をしており、その彼に俺はお姫様抱っこをされていた。
……なんで半裸のまま?
「すいません、精神衛生上的にあまり良くないので降ろしてもらえるとありがたいです」
「おや、そうかい?僕としては役得と思ったんだけどね……残念♪」
そう言うと普通に降ろしてくれるルフィスさん。男が上裸の大男にお姫様抱っことか誰得だよ……
だけどまさかルフィスさんが来るとは……もしかしてガカンが連合に知らせてくれたからか?
「もしかしなくても応援として来てくれたんですか?」
「もちろん!個性的な見た目をした彼とララちゃんって子が知らせてくれたおかげですぐに準備して来れたよ。さぁ、僕が来たからもう安心――」
ルフィスさんが意気揚々と振り向いたが、そこにはもうマルス以外誰もいなかった。
「――あれ?」
「逃げたみたいですね」
俺がこの状況を客観的に推測して言うと、ルフィスさんは笑ったまま「あらら」と口にするがあまり残念そうにはしていない。
「まぁ、君たちが無事だっただけ良しとしようじゃないか。とりあえず連合に戻って報告をしてくれるかい?」
「そうですね、それじゃあその役割は――」
「ヤタ君、君に任せたよ」
上司に報告とかいう責任重大な役割をマルスに押し付けようとしたら、俺の言葉を遮ってマルスが先手を打ってきやがった。
「おい、なんで俺が……」
「僕は今の戦いで疲れたからね。それに僕よりも先にここにいた君の方が詳細を事細かに話せるはずだよ?」
「うっ!ぐぅ……」
ぐうの音も出ない正論を言われてしまった。
仕方ないと思いながらも俺はマルスたちと共にその場を後にして連合へ向かった。
かなり激しく戦ったせいで戦闘音が表通りまで聞こえていたらしく、集まっていた野次馬を潜りながら連合へ向かう。
連合に着くとそこには武装した人たちで賑わっていた。
ただその雰囲気はなんと言うか……
「なぁ、最近行方不明者を攫ってるって噂の犯人が見付かったんだって?」
「みたいだな。さっき気持ち悪い顔の男と身長の高い女が駆け込んで来て騒いでいたが、デタラメだったんじゃないか?」
「そうじゃなくてもルフィスさんが向かったんだし、どうせ俺たちのやることは何もないだろ。行くだけ無駄無駄」
「それよりあの姉ちゃん見ない顔だな?綺麗な顔してるし、ちょっと声掛けてみようぜ!」
高校生や学生全般に見られる「何もしなくても誰かがやってくれる」というような自分には関係ないといった感じの会話をしていた。
「……ここの冒険者は良い性格してますね」
「は、はは……ちょっと恥ずかしいね……」
「うん、まるで片付けてない自分の部屋を他人に見られた時のような恥ずかしさを感じるね!」
マルスは苦笑いで、ルフィスさんは後ろめたさなどない笑いでそれぞれ言う。
ルフィスさんのは言い得て妙なのだけれど、本人が全く気にした様子がないのだから説得力がないんだよな……
すると冒険者の何人かが入口に立っている俺たちの存在に気付き始めた。
「ルフィスさん!それにマルスさんも!もしかして犯人を捕まえて……っ!?」
二人の姿を見て近付こうとした一人が俺を見て躊躇した。
ガカンがいたから?いや違うな、多分俺の顔が原因なのだろう。
いつもならグラサンをかけて目を隠していたが、今はしていない。腐った目が露わになっているのだ。
他の冒険者たちもルフィスさんやマルスよりも俺に注目を向けていた。
俺の目腐り方ってマルスたちのイケメンオーラでもカバーできないの?スゲーな。
「ねぇ、あんな奴いた?」
「いや?見たことねぇ気持ち悪い目をしてるな」
また目かよ。どんだけお前ら俺の目に対して過敏に反応してんだよ。
もしかしてこいつら、人を目で判断してるの?もし人に目が付いてなかったら見分けがつかないとか言い出さないよな……?
せめて服装とか髪型とか、他のことで思い出せよ!
グラサン掛けただけで影が薄くなるなんて……薄くないよね、影?
今まで目の異様さで注目ばっか集めてたけど、グラサンで隠してたから全く別人に見えてたとか……まさかな。
「……まずはここの責任者と話をするか。ルフィスさんはここの冒険者たちにひとまず何もしなくていいことを伝えてくれますか?あとマルスは一緒に来い」
「わかったよ♪」
「やれやれ、結局そうなるのか。人使いが荒いね、君は……」
ルフィスさんはざわめく冒険者たちの方へ歩き出し、マルスは文句を言いながらも一緒に来る。
「そういえば流れ的にここに来ちまったけど、報告って領主にすればいいんだっけ?」
「いや、結果的に領主様に報告が行くってだけで、僕らは基本連合に報告すればいいのさ。あとはあっちでやってくれるから」
マルスの説明に俺は「ふーん」と興味なさげに返事をし、辺りを見渡す。
先に帰したララは……いないみたいだな。
一度目は死んでも生き返るところを見せたが、今度は人間を食うところまで……
正常な人間なら最初の町で出会ったベラルたちのように怯えたり排除しようとするはずだ。
それでも彼女は一度だけでも俺に近付こうとしてくれた。
レチアの言う通り、本当に俺たちを追いかけてきてくれたって言うのなら……もうそれだけで十分だ。
そして俺はやはり思う。
ここで彼女たちとは別れた方が良いんじゃないか、と。
「ん?どうしたんだい?」
俺が悩んでいるのを察したのか、マルスがそう聞いてくる。
一瞬、奴にも相談しようかと思ったがその考えはすぐに振り払った。
「……いや、なんでもない」
彼女はやっぱり俺たちといるべきじゃないんだ、と……
――――
「ヤタ!」
「ヤタッ!」
報告を終え外へ出ると、俺を呼ぶ二つの声が聞こえてきた。
振り向いた先にはレチアと肩に黒猫を乗せたイクナ、そしてララがいた。
まず最初にダイブするように飛び込んできたイクナを受け止め、レチアたちの方を見る。
「どうしたんだ、お前ら?それに……ララも……」
連合内にいなかったララの姿を見て少し戸惑いながらもそう聞いた。
「そりゃあんだけ大騒ぎしてれば誰だって気付く二!何が起きてるか見に行こうとしたら偶然さっきララちと会って……ヤタはどうしたのって聞いたら騒ぎのしてる方向を指差したから……ああ、またかと思ったの二」
事件の渦中に俺あり!ってか?……嫌な見出し文句だな。
でもホント、毎度すいません……
「ところでそいつは誰二?」
レチアの視線がガカンに向けられる。
「あ、う、へ、へぇっ!あっしはガカンと申します!ヤタの旦那には命を救ってもらいまして……あの、あなたは旦那の奥さんで?」
「にゃっ!?」
「っ!」
「アウ?」
「ニャ?」
予想外なガカンの発言にレチアとララは顔を赤くして動揺し、イクナと黒猫は首を傾げる。
「んなっ、んなわけないにゃ!何を考えてるにゃ!?」
「そうだぞ。俺と一生を添い遂げようなんて頭のおかしい考えをしてる奴なんてこの世にもあの世にもいるわけないだぶぉっ!?」
レチアの言葉に同意しようとした俺の言葉を突然レチア自身が蹴りで遮ってきた。
「それで問題は解決した二か?」
冷たい視線で見下してきながら聞いてくるレチア。やだ……癖になっちゃいそう!
「全く。それどころか犯人には逃げられた」
「何してるにゃか……」
呆れて大きな溜め息を吐くレチア。コラコラ、語尾が素に戻ってるゾ☆
「まぁ、進展がなかったわけじゃない。少なくとも相手の正体がわかったんだからな」
お互いの無事が確認できたことだしこの辺りで「んじゃ帰るか」と言いたいのだが……ララがいるこの状況を無視するわけにはいかないよな。
でもこのまま飯……って雰囲気でもないし。
「ほんじゃま、今日のところはここまでってことで解散しようそうしましょう。ってことでまたなララ――ぐへっ!?」
早口でそう言ってその場を立ち去ろうとしたのだが、レチアに襟首掴まれて阻止されてしまった。
「なーに逃げようとしてるにゃ?そもそも時間的に解散には早いはずにゃ。一体何をやらかしたにゃ?」
「やだなーレチアさん、やらかしたなんて人聞きの悪い……ちょっと色々事件に巻き込まれてそれどころじゃないから今日のところはって話ですよー」
あまりにも雑な誤魔化し方だったためか、レチアから道端に落ちてた生ゴミでも見るかのような目を無言で向けられ続けた。
そ、そんな目で見られたって負けないんだからねっ!……泣いていい?
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