1話目 後半 腐りかけの勇気

「まるで山道みたいだけど、急な斜面がないってことはどこかの密林か?」


 歩き出してから二十分くらい歩いたところで、ふとそんなことを呟いた。

 恐怖もほとんどなくなる程度に落ち着き、暗闇に目が慣れてきて少し先が見渡せるようになってきたが、見える先全てが木々ばかりで民家の「み」の字も見えない状態が続いている。

 どこの樹海だよと思うくらい人が手を付けた痕跡が見当たらないし、これだけ歩いて動物や虫がいないのも不思議だ。


「はは、まさか本当に異世界だったりしてな……」


 さっきまで猫に話しかけていた時の自分の言葉を思い出す。

 異世界転生にはトラックに引かれたり過労死などで死に、剣や魔法がある全く別世界に行ってしまうというものであるが、まさか俺にもそれと同じ現象が……?

 おいおい、俺は中二病をとっくの昔に卒業したいい歳のおっさんだぞ?こんな絶望的な状況でときめくようなお花畑な頭は持ってない……とはいえ、この不可解な状況をそれ以外にどう説明したものか……

 というか、俺にドロップキックかましてくれたあの黒猫って、俺がここに飛ばされたことと関係あるのか?

 ……うん、考えれば考えるほど疑問が増えるだけだな。


 「他に可能性があるとしたら、ホラー展開か?この世とあの世の中間を#彷徨__さまよ__#ってる……なーんて――」


 民家どころか#人気__ひとけ__#がない樹海らしき森、動物も虫も見かけない違和感、歩けど歩けど変わらない風景。

 状況的にはそっちの方が濃厚なんじゃ……


「……異世界だったらワクワクしちゃうよな!」


 嫌な考えが次々と浮かび背筋にゾクリと悪寒を感じてしまい、誤魔化すためにわざと大きな声を張り上げてしまう。

 今なら熊に出会ってもホッとしてしまいそう。

 そんな現実逃避にも似たことを考えていると、あることに気付く。


「……ん?あーあー……なんだ、この声?」


 さっきまで恐怖や焦りでそれどころではなかったから気付かなかったが、自分の声に違和感を感じた。

 いつも出してる声と違う。もっと正確に言うなら自分の声に違いないのだが、おっさん声ではなく高校生くらい昔の若い声な気がする。

 手もシワがほとんどなく若々しくて、それがなんだか他人の体を操作してるような感覚だった。


「これじゃあ、本当に異世界転生ものみたいじゃねぇか!?」


 中には若返ったりというのもあるから、そっちの線が濃厚になってきていた。

 よかった!グロとかホラー系じゃなくて本当によかった!

 若干違う方向に両手を上げながら喜んだところで、冷静に自分の状況を客観的に考えようと思う。


「さて、知らない場所に飛ばされた上に若返ったということで、少なくとも異世界へ来たと考えることにするとして、だ……」


 周囲を見渡し、何も無いことを確認する。


「まぁ、だからといってこの状況が好転するわけじゃないんだよなぁ……」


 大きく溜息を吐いて意気消沈してしまう。

 ……いや、待てよ?異世界だというのなら、魔法が使えるのでは?

 そう思った瞬間、胸が高鳴る。

 異世界もののラノベや漫画が好きなだけあって、憧れはあるのだ。


「魔法、か……」


 俺は中二病じゃない。そう、だからこれは検証実験だ。

 そう自分に言い聞かせて右手を前に突き出す。


「ファイアーボール!」


 周囲に俺の叫んだ声が響き渡り、静寂が返ってくる。


「か……火球?」


 恥ずかしくなって声が呟くように小さくしながら口に出す。

 しかしやっぱり魔法的なものは出なくて、目に涙を浮かべて打ちひしがれた俺の姿がそこにあっただけだった。


「夜風が染みるぜ……」


 今までで一番死にたいと心底思ってしまったり。

 ともあれ、不思議な力が出なかったということで一旦自分の中で完結させ、再び歩き出す。

 一応他にも適性みたいなのがあって、火の属性がないだけかもしれないとも考えたけれど、それ以上黒歴史を作る気にはなれなかった。

 すると歩いてしばらくした時だった。


「――――」

「ん?」


 小さな悲鳴らしき声が聞こえてきた。

 人の声……だと思う。

 どうする?見に行ってみるか……というか、それ以外にまず選択肢がないか。

 もし人だったら、この樹海みたいなところから脱出できるかもしれないし。

 しかし聞いたのが悲鳴ということで、辺りを警戒しながら悲鳴が聞こえた方向はと歩くことにした。


――――


 歩き出してそう時間もかからないところで、声の発生源と思わしき集団を発見した。

 そこには女性三人、男性一人の人間四人と、緑色の人型の何かがいた。

 耳が長く、全身にブツブツと出来物のようなものができていて、丁度小学生くらいの大きさをした人型のおぞましい生物が三匹。

 アレは漫画やアニメでよくある造形だ。

 ゴブリン……作品にもよるが、ほとんどが生物の本能的に従って勝手気ままに生きて人を襲う魔物。

 それがそれぞれ棍棒を持ち、人間と対峙するように立っている。

 四人の方も恐怖や焦燥を表情に浮かべていた。

 そんな緊迫した光景を、俺は茂みに隠れながら見ている。やっぱり警戒しながら移動して正解だった。

 こんな状態の奴らに睨まれたりでもしたら、俺はきっとパンツを洗わなければならないことになっていただろう。

 というか、あっちの男女、まるで狙ったかのようなハーレムパーティーだな?羨ましい!爆発しろ!

 ……と、言うまでもなく今にも爆発しそうな雰囲気なのですが。

 すると四人の男女が俺が聞こえるくらいの声量で話し始めた。

 

「セーヤ、ここきっとゴブリンの巣よ……多分、そこにいる三匹だけじゃないわ!」

「たしかに依頼はゴブリンの六つ。丁度三匹倒せばいい依頼だけど、ここで危険を犯す必要は無い」


 一人は赤い短髪の緋色の瞳をした少女。短剣を手に構えている。

 忠告を発したもう一人は#臀部__でんぶ__#まである水色の長髪を三つ編みにした杖を持つ少女。前髪が長いからわかり辛いが、紫色の瞳のようだ。

 そして言葉を発していない残りの一人は、足まで無造作に伸ばしている黒髪に琥珀の瞳をした少女。その子の手には松明があり、背中には身の丈より大きな剣を持っているが、自信なさげに表情を暗くしていた。

 これらを見て俺がまず思うのは、あの杖は魔法を撃つための武器で、やっぱり魔法がこの世界にはあるのでは?ということだった。

 そんでやっぱり異世界なのね、ここ……


「だけど、こんな暗いんだぞ!?ここを逃してまたゴブリンを探すのは……」


 黒髪を角刈りにした男が少女たちの意見を受けても迷っている様子だった。


「だからそんなの明日にすればいいじゃん!こんなとこで死んだりしたら笑い話にもならないんだからね!?」


 赤毛の少女の言葉に俺はうんうんと頷く。そうだよね、人間命あっての物種だもん。

 意地を張ってここで立ち向かうのはカッコイイかもしれないが、逆に言えば無謀、必要のない勇気なんだ。

 そしてそれをわかってる赤毛の少女は顔を真っ赤にする。


「だったら一人で意地張って勝手に死んでなさいよ!行こっ、シルフィ!」

「あっ、待って……!」

「あ、おい!」


 赤髪の少女はそう言って水色髪の少女の手を引っ張って連れてかれてしまい、残ったのは彼と大きな剣を背負った少女だけとなった。

 会話に加えて見たところ彼らにこの状況を打開することは難しいらしいのだろう。

 しかも二人は逃亡。

 さっきから無言な少女は中腰になってオロオロしている。あれじゃあ、戦力にならないのは一目瞭然だ。

 というかさっき逃げた二人、松明も持たずに大丈夫なのだろうか?

 なんて心配をしていると、男と少女の近くの草むらにもう一つの影が見えた。

 ――ゴブリンだ。

 片手にナイフを持ち、明らかな敵意を持って二人を狙っている。

 マズい。二人は目の前にいる三匹に気を取られていて気付いてない。

 あいつらに知らせるか?いや、下手に声をかけたところで俺に気を取られるだけで、逆に危険に陥れてしまうだけだ。

 だったら……

 俺があることを決心すると、すぐにゴブリンが草むらから飛び出て二人に襲いかかった。


 「なっ、他にも……!?」

 「っ!?」


 驚いた二人だが、攻撃も防御も間に合わないだろう。

 だから俺が救いの一手を打つ。


「そりゃ」


 足元に転がっている、何の変哲もない小さな石ころをゴブリンに向かって投げ付けた。


「ガッ!?」


 それは見事にゴブリンの目に当たり、不意打ちを食らったゴブリンはナイフを空振りして男たちの間に倒れ込んでしまう。


「ギギッ!?」


 三匹いるゴブリンの計画だったらしく、強襲に失敗したゴブリンを見た奴らも驚き狼狽えている様子だった。


「う、うおぁぁぁぁっ!?」

「えっ……」


 そしてさらに予想外のことが起きた。

 せっかく助けてやったにも関わらず、男の方が情けない悲鳴を上げながら逃げてしまったのである。予想外過ぎて思わず俺も声を漏らしちまったじゃねえか……まぁ、誰にも聞こえてないみたいだからいいけど。

 しかし俺のことよりも、問題はその場に取り残ってしまった少女だ。

 男と一緒に逃げてしまえばいいものの、少女は足をガクガクとさせ、その場に座り込んでしまう。あれは腰を抜かしてるな……


「ギギッ、ギャーッ!」

「ギャギャギャッ!」


 そうこうしてるうちに俺が転ばせたゴブリンも起き上がり、他の三匹も合わせて少女に近付いていく。

 完全に劣勢。というか、その背中に背負ってる武器は使わないのか?

 すると俺の考えが伝わったかのように少女は背中の剣に手を添え、鞘に入った大剣を抜いて無造作に振り回す。


「~~~~ッ!」


 言葉と言えない声を発する少女は、ゴブリンに対して「近付くな」と言ってるかのようだったが、何度目かに振った大剣が少女の手からすり抜け飛んでいってしまった。

 身の丈に合ってないとは思っていたが、やっぱり両手じゃないとまともに振れないようだ。

 #傍__はた__#から見ている俺からすると何をしてるんだと苛立ちそうになるが、それ以上に武器を手から放してしまった彼女の身に近付く危険から目を離せずにいた。

 近付くゴブリンに、少女は最後の抵抗をしようと手に持っていた松明を振り回すが意味は無い。

 打つ手のなくなった少女の顔は恐怖に染まり、手足は震えてしまっている。

 終わったな。俺の手助けをふいにしたんだ、しょうがない。

 達観した考えに切り替え、俺はその少女を無視してその場を離れようとする。

 俺は自分の身を犠牲にしてまで他人を助けるような聖人君子でもなければ、この戦況をひっくり返すようなチートの力も持ってない。

 物語の主人公にはなれないんだよ、俺は……

 そう思っていたはずなのに。


「ギ……ギギッ!?」

「っ!」


 俺は拾った小枝の尖った部分を、ゴブリンの一匹の後ろからゆっくり近付いて喉に横から突き刺していた。

 自分でも驚くほど無意識だった。


 「ギッ!?」

 「ギゲゲッ!」

 「……?」


 仲間の悲鳴に気付いた残りの三匹が俺の方に注意が向く。

 少女も細めで恐る恐るとこっちを見る。だが全員何が起きているか理解できてないようだった。

 ゴブリンたちが呆然としてる間に、俺は慌てて少女が飛ばした大剣の方に駆け出す。

 運良くそこまで飛んでなかったから、すぐに剣を手にして持ち上げる――


「おっも!?」


 男の俺ですら持ち上げるのがやっとだった。

 あの少女がまともに振り回せないはずだ……って、さっきこれを片手で振り回してなかった?

 しかも俺の行動で敵だと認識したゴブリンたちが俺に向けて敵意を剥き出しにして走り、襲いかかってくる。


「ぐっ……うおぉぉぉっ!」


 精一杯の力を入れて、大剣を一振をする。

 ただ振ることに意識を向けてしまったため、目を|瞑(つむ)っての一撃だったのだが、グシャッと手に持った大剣が何かを切り裂いた感覚が伝わってきた。


「ギャッ!?」

「ギッ……」


 二匹の悲鳴らしき声が聞こえた。

 そのすぐ後にベチョベチョと水っぽい音が耳に届き、ゆっくりと目を開くと目の前にはさっきまで人型だったゴブリンがバラバラになっていた光景が広がっている。


「うっ……」


 あまりにもグロテスクな光景に持っていた大剣を落として今にも吐きそうな嘔吐感に襲われるが、まだ生き残っている一匹が俺に向かってることに気付く。

 さっき強襲をしようとした、ナイフを持つゴブリン。

 もう大剣を持ち直す時間はない。

 ナイフを突き立てて飛びかかってきたゴブリンの攻撃をギリギリで避け、少女の元へと走った。


「おい、その松明をくれ!」

「っ!?」


 少女は俺の顔を見て恐怖を浮かべるが、答えを聞く前に俺は少女から松明を奪い取る形でひったくった。

 振り返って凄まじい勢いで走って来るゴブリンを確認し、再び飛びかかってきたそいつの口に向かって松明を突き立てた。


「――――ッ!」


 口の中に松明の火を入れられたゴブリンは、声にならない悲鳴を上げて抵抗しようと手足をジタバタさせる。

 グーパンや蹴りがちょくちょく当たるけれど、その痛みに耐える。


「ぐっ……死んでくれ、死んでくれよっ!」


 祈りにも似た言葉を呟き、ゴブリンの胴体を足で押さえながら松明を口の中へさらに押し込もうと力を込める。

 ――グシャッ。

 さっきの大剣で切り裂いたよりも嫌な感触が手に伝わる。

 気付けば俺はまた目を閉じており、その目を開けると火の消えた棒を口の中に押し込まれて絶命していたゴブリンの姿が目に入った。

 は……はは……やってやったぞ……!

 腐ってる腐ってると言われてきた俺が、その腐りかけの勇気を振り絞ってやった。

 「やってやった」という優越感が溢れ出した後、少女と同じように腰が抜けてしまった俺はその場で尻もちを突いてしまう。

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