2話目 前半 そこまで腐ってない

 異世界に来て、早速冒険をしてしまった。

 犯す必要のない冒険を、女の子一人を助けるために。

 男としては誉れかもしれないけど、これで死んでたらと考えるとゾッとする。


「……ま、結果オーライってことにしておくか」


 軽く笑ってそう呟くと、フッ辺りが暗くなった気がした。

 目が慣れてからは、月明かりを頼りに周囲のものが見れていたが、まるで何かに覆われたようだった。

 上を向くと、さっきの無口な少女が中腰に俺を見下している。


「……なん、なんでしょか?」


 やっべ、めっちゃ噛んだ。

 人とまともに話すのなんて久しぶりだから、舌が回らない。

 職務質問された時だってテンパってまともに話せなかったことだってあるんだぜ、俺?とまぁ、そんな卑下自慢を心の中でしたところでしょうがないのだけれども。

 それにしても……


「……」


 この少女はなんで俺を見下ろしたまま何も言わないの?

 無言の圧力って知ってる?結構怖いんだよ、あれ。

 にしても何も言わない。もはや俺の言葉を無視してるんじゃないかってくらい……違うよね?

 というか、言葉は日本語でいいのか?無視されてるっていうより、言葉が通じてなかったら元も子もないんだが!?

 すると少女は焦った様子で喉元を指差し、両手の人差し指を交差させてバツを作る。

 あっ、もしかして……


「喋れない?」


 そう言うと少女は頷いて、頭を引っ込める。

 落ち着いたからか抜けた腰にも力が入るようになったので、勢いをつけて立ち上がる。

 振り向くと少女が姿勢正しくして立っていた。


「「……」」


 向き合ったのはいいが、何を話していいかわからずに互いが無言の状態が続く。

 いや、この子が話せないんだから、俺から話しかけなきゃダメじゃねえか……


「えっと、俺の名前は八咫 来瀬。ここがどこかわからなくて迷ってたんだけど……どこ、ですかね?」


 まずは挨拶をしようと、名乗りながら握手しようと手を差し出す。

 しかし彼女は無表情のまま何もアクションを起こさない。

 ごめん、言葉が喋れないのなら「はい」か「いいえ」で答えられる質問をすればよかった。それは謝る。

 でもせめて手を握り返すか何かしてほしい……

 このままだと話が進まなさそうなので、悲しい気持ちのまま手を引っ込めて気を取り直す。


「とりあえず、これからどうするかを話し合いましょうか?」


 その問いには縦に頷いてくれた。


「ここから人が住むところまでは近いですか?歩いて行ける距離とか……」


 首を横に振る。ダメか。


「では先程一緒にいた人がどこに行ったかわかりますか?例えばどこかに野営地を作ったりしてるとか?」


 また首を横に振る。当てがないってことになるのか、これは?


「どうしよう……」


 せっかく見つけた人もまともな意思疎通が取れず、ここからどうするか検討も付かなくなりそうだ。


「とりあえず……その人の住む街?か村かに行こうと思うんですが、案内を頼んでもいいでしょうか?」


 少女は少し固まった後、頷いてくれる。

 何を考えたのかちょっと気になるけれど、この状況から脱出できるならなんでもいいや。なんて考えてるうちに、少女はスタスタと歩き出してしまっていた。


「ちょっ……待って!」


 俺は食らい付くように、彼女の後を追った。

 そして景色が様変わりしないまま二時間ほど歩いたところで、少女が唐突に立ち止まる。


「どうしました?」


 そう聞いてもこっちを見向きもせず、少女は腰から下げていた袋を手に取る。

 何をするのかと見ていると、なんと中からあの袋には物理的に入らないであろう大きさの丸まった赤いビニールが出てきた。


「えぇっ!?」

「っ!?」


 俺が大声を出してしまったせいで少女の肩が跳ね、困った顔で俺の方を見てくる。


「あ、いや、ごめんなさい……」


 少女は首を傾げ、また作業に戻る。

 まさかここでファンタジーっぽいものを見てしまうとは……

 予想するに、ある条件内であればあの袋の中には大きさ問わず入れられると睨んだ!

 なんて探偵っぽい感じにそう思っていると、少女はビニールを広げて寝袋にしていた。どうやら今日はここで寝るらしい。

 するともう一つ同じものを取り出し、広げて俺に差し出してきた。


「え……使って、いいんですか?」


 俺の問いに頷く少女。恐らくさっきいたメンバーの誰かの分なのだろう。

 それを受け取ると少女は少し移動し、一本の木の前に立つ。

 彼女は背中の大剣を握ると、上に掲げるように持って振り回した。

 また何をしてるのかとジッと少女の動向を見てると、ポトポトと落ちた枝木を拾い集めて持ってくる。

 俺も真似して周囲に落ちているものを拾い集め、ある程度になったところで少女の拾ったものと合わせた。

 すると今度は袋から不思議な色をした小石を取り出す。

 「それは何?」という質問をしても答えられないだろうし、これからそれを実践してくれるのだろうから、大人しく見ていよう。

 その石に少女は口付けする。それが神秘的に感じ、同時に官能的にも感じてしまった。

 おかしいな、こんな十代の女の子に求めてしまうほど、三十代を越える俺にそんな性欲はないはずだ。それとも体が若返ったから#ソッチ__・__#の方も?

 なんて考えていると、少女が火を吐いた。

 いや、正確には少女の持っていた石から火が出て、集めた枝木を燃やしたのだ。


「おぉー……」


 俺が感動で拍手をすると、やはり少女はまた首を傾げる。今のもこの世界では当たり前の技術なのか……

 しばらくして俺たちは火を囲い、二人とも喋らないまま時間が過ぎていった。

 たまに少女を見た時に気が付いたのだが、喉に傷を見つけてしまったのだ。多分、喋れないのはアレが原因だろう……

 それからも無言の時間が続くが、別段辛いというわけでもなく、元々誰かと話す経験の少ない俺にとっては、この静けさがかなり心地良かったりする。

 ……そういえば家族と疎遠になって以来、誰かとこうして一緒にいるというのはかなり久しぶりな気がするな。

 両親ですら、俺の残念な顔……もとい腐った目を指摘して「お前に嫁ができたら、我が家の財産を全部譲ってやるよ」なんて言い出す始末。

 賭けに全部をベットするなど流石に冗談だとは思うが、実際この歳までに彼女の一人すらできたことがないのも事実。

 ま、もう異世界に来たのだから、そんな家族のことも考えなくていいんだけども。

 すると服を引っ張られる感じがし、左を見ると少女が肘辺りの服を摘んでいた。

 少女は俺が使う予定の寝袋を指差す。


「あ、寝ますか?火の番なら俺がしてますんで、どうぞお先に」


 そう言うと彼女は首を横に振り、俺を指差した。


「俺?……ああ、俺が寝ろってことですか?」


 今度は縦に頷く少女。ここは従った方がいいのか?だけどこういうのを女の子に任せるのもなぁ……


「わかった。眠くなったら起こしてくれ、代わりに火の番をするから」


 少女が頷いたのを確認し、俺は渡された寝袋に上着と靴を脱いで入る。

 夜風が体に染みるのを感じながら体を全て入れると、ホッコリとした暖かさに包まれる。

 ああ、なんだろうな、この人肌に包まれているような暖かさ……気持ち良過ぎて意識があっという間に持ってかれ――

 思考もそれ以上働かせること拒むように停止し、俺は深い眠りについた。


――――


 少女は困っていた。

 行動を共にしていた少年少女たちに付いていくことしかしていなかった彼女にとって、ゴブリンと出会い彼らが我先にと逃げ出してしまったことに。

 そしてそのゴブリンを自分の代わりに倒してしまった不可解な男の出現に。


「……」


 八咫来瀬と名乗った男は少女が差し出した寝袋を素直に受け取り、静かな寝息を立ててすぐそこで寝ていた。

 横には少女の見たことがない衣類が畳んで置いてある。

 今は綺麗な寝顔をしているが、さっきまでの彼は恐怖を煽るような目をして少女を見つめていた。

 少女はそれに怯え、体を震わせる。

 何度か八咫を一瞥し、決心したように地面に置いていた大剣を手に持って少女は立ち上がり、寝ている彼の近くへと足を運ぶ。

 しばらく少女が八咫を見下ろすと、持っていた大剣を高く上げる。

 彼女の目には明らかな殺意が宿り、彼を殺そうとしているのは一目瞭然であった。

 しかしいくら待てども少女が高く掲げた大剣を振り下ろす素振りはなく、殺意を宿していた瞳にはいつの間にか迷いが見られ、そして目を閉じると同時に大剣は八咫のいない方へとゆっくり振り下ろされ、少女はさっきと同じ八咫から若干離れた場所に座り直す。

 彼女が何を思い何を考えて一連の行動を起こしたのか、声を出すことのできない彼女自身以外は知る由もない……

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