2話目 後半 そこまで腐ってない

「……」


 日が上ったばかりの明るい時間に、仁王立ちする声の出せない少女の前で俺は正座をしていた。


「どうしてこうなった……」


――――


 時は遡ってほんの十分前。


「うん……?」


 眩い光によって、俺の目は覚めた。

 太陽と思わしき光による起床は意外と悪くないと感じる。

 もしくはこの寝袋のおかげか?

 どちらにしろ、気持ち良く起きれた……って、あれ?

 周囲を見渡すと少女の姿はなく、焚き火も片付けられた痕跡があった。

 ただ少女が使っていたであろう寝袋はそのままになっていたので、俺を置いてどこかに行ってしまったという線は薄いが……

 というか、寝る前に途中で火の番を交代しようと偉そうに言っておきながら、結局最後まで寝てしまってるじゃないか、俺……

 謝ろうかと思うが、肝心の少女の姿が見えない。何かあったのだろうかと心配になってしまう。


「おーい!どこかにいますかー?」


 大きめの声を上げて少女に呼びかけてみる。

 俺だけ名乗って彼女の名前は聞いてないから呼べないけれど……


「それにしても腹減ったな……って、なんだこれ?」


 そういえば昨日は何も口にしないまま眠ってしまっていたことを思い出し、周囲を見渡していると、あることに気付いた。

 少女が使っていた寝袋の上に紙のようなものが落ちていた。

 何やら文字も書いてあったから俺に宛てた手紙かとも思ったが、一言だけ「rara」とだけ殴り書きされ、裏返すと俺を世話してくれた少女らしき姿の写っていた。

 写真のようだが、どうも昨日見た少女の姿より幼く見えるし、その左右には肩を組む男性や寄り添ったりしている女性の姿もある。あの子の両親だろうか?

 だとしたらこの裏に書かれていた「rara」は「ララ」で、もしかしたらあの子の名前?


「……名前を聞くにしても探さないとな」


 あまりここから離れないようにしながら、周囲を探索しようとする。

 と、その前にガサゴソと音がどこからか聞こえてきた。


「これは……?」


 明らかに自然のものではない音の発信源の元を探す。もしかしたらあの少女が出している音かもしれない。

 その音は近付くにつれてハッキリとし、布を擦り合わせるようなものにも聞こえる。

 そしてとうとう音を発しているであろう場所に辿り着くと、そこには――


「……あっ」

「……?」


 思わず声が漏れてしまう光景が広がっていた。

 少女の裸姿。

 辛うじて薄ピンク色のパンツは履いているが、それ以外が丸出しとなっている。

 最初は少女の背中だけしか見えていなかったのだが、俺が声を出したせいで少女が勢いよく振り向いてしまい、上半身でたわわに実った二つのモノと立派に割れた腹筋が目に入る。


「~~~~っ!?」

「わーっ、ごめんなさいごめんなさい!?」


 互いに何が起きたかわからず数秒硬直した後に、少女が胸を両手で覆い隠しながらしゃがみ、我に返った俺も後ろを向きながら繰り返し謝罪を口にした。

 と、少女が傍らに置いてあった大剣を勢いよく投げ付けてきて、俺のほんの数ミリ横にズレて木へと刺さる。


「ひぇ……」


 俺は情けない悲鳴を上げ、その場で腰を抜かしてしまった。

 そして少女が着替え終わったところで、冒頭に説明したような状況に至るというわけなのだが……


「すいません!……怒ってます、よね?」

「……」


 返答はない。もちろん声が出せないというのもあるだろうが、それが返って怖い。

 仁王立ちする彼女の横には大剣が半ばまで地面に突き刺さっており、「いつでもお前を叩っ切れるんだぞ」と言わんばかりだ。

 しかし少し顔を上げて彼女の表情を確認すると、顔全体を赤面させて頬を膨らませていた。なんとも可愛らしい怒り方である。

 ちょっと和んでいると少女が大剣を引き抜く。えっ、殺される!?


「ひっ!?す、すいませんごめんなさいっ!」


 なんとも情けない声を出しながら咄嗟に両手でガードする体勢になり、つい目をつむってしまうという無意味な行動に出てしまうが、痛みや衝撃が何も無い。


「……あれ?」


 目を細く開けるが、目の前にいたはずの少女が消えて、代わりに後ろから足音が聞こえてくる。

 振り返ると少女が大剣を背に、火を起こした場所へと向かっていた。


「あっ……ぐおっ!?」


 慌てて立ち上がろうとしたら、足が痺れて転んでしまう。本当に情けないな、俺……

 さっきの場所に戻った少女と俺は寝袋を片付け始める。

 くるくると丸めたものを渡すと、昨日と同じように物理法則を無視して収袋に納する少女。とりあえず異次元袋とでも仮名しとくか。

 何度見てもスゲーな、なんて思ってたところで、さっきの写真のことを思い出す。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ……」

「……?」


 少女が首を傾げて俺の言葉を待つ。

 彼女の顔を見ると、さっきの光景を思い出してしまって、少し恥ずかしくなりそうだ……ってやべ、顔に出てたのかめちゃくちゃ睨まれてる……!


「君の名前は『ララ』っていうのか?」

「っ!?」


 明らかに動揺した様子で、一歩二歩下がって#後退__あとずさ__#りする少女。やっぱり当たりのようだ。

 しかも出会った昨日より警戒され、背中の大剣の柄に手をソッと置いたりしてる辺り、かなりお怒りのようだ……


「ちょっと待ってくれ!そりゃあ、写真を勝手に見ちゃったのは悪かったと思うけど……そんなに怒ることか!?」


 ちょっと早口でそう言うと、少女は眉を釣り上げて疑問を抱いた表情をする。何を見られたかわかってないようだ。


「さっき、君の寝袋の上に仲が良さそうな三人が写った写真みたいなのがあったんだ。その裏に#rara__アールエーアールエー__#と書かれていた。つまりそれは君の名前ってことなんじゃないかと思ったんだ……違うか?」

「……」


 少女はしばらく黙ると、異次元袋から俺がさっき見た写真を取り出して見せる。


「そう、それ」


 短くそれだけ答えると、少女は顔を赤くして俯く。あら可愛い。

 俺にも似た経験があるからわかるぞ……アレは何か勘違いして、もしくはうっかりした行動を起こしてしまい、黒歴史を作ってしまった瞬間の顔だ。

 少女が悶え終わるのを待っていると、少女は赤みが引いていない顔を上げて写真の裏にある文字を指差し、そして自らを指差して頷く。

 ちょっとわかりにくいけど、やっぱり「ララ」というのが彼女の名前らしい。


「じゃあ、これからはララ……ちゃんって呼べばいいか?短い付き合いになるかもしれないけど……」

「……」


 ララがしばらく悩むように黙り込むと、ジェスチャーを始める。

 最初に腕でバツを作り、写真にある自分の名を再び指差す。

 えっと、これは何を伝えたいんだ……?


「ララちゃんの名前がどうし――うおっ!?」


 ララはグイッと近付いて来て、自分の名前をトントンと叩いた後、グルッと一周させる。

 俺みたいな奴に名前を呼んでほしくない……ってわけじゃないよな。自分の名前を指してるんだし。

 一体何が……あっ。


「もしかして……『ちゃん』付けは嫌だったり?」


 ここでようやくララが頷く。

 正解か。しかし、女の子を呼び捨てで呼ぶなんてハードルが高過ぎる気が……


「わかったよ、に……ララ」


 ようやく満足したように、微笑んで頷くララ。

 満足した彼女は片付けるものがないことを確認すると、異次元袋を漁り始める。

 危ねぇぇぇぇ!今ちょっと「にゃ」とか噛みそうになっちまったけどギリギリ耐えた!

 ああもう、これだから可愛い女の子と話すのは心臓に悪い……今だってちょっと微笑まれただけでドキドキが止まらないし!

 俺も俺で悶えていると、何やらララが何かを渡そうと手を差し出してくる。

 緊張していた俺は、それが何かもわからないまま手を出して受け取る。

 手にはエアガンなどに使うような小さい玉が一粒置かれていた。


「これ……もしかして虫の#糞__ふん__#?」


 ララは俺の呟きが相当気に入らなかったらしく、ペシペシと何度も叩いてきた。


「何何何何!?痛いごめんなさい、ごめんなさいって!」


 動作自体は可愛いのだが流石は大剣を振り回す力の持ち主、思っているよりかなり痛い。

 このままだと体の部位のどこかが折れてしまわれます。これをご褒美だと言える奴は、本当にその手の業界に属してると褒めてやれるよ、本当に……

 気が収まってきたララは、頬を膨らましてイジけながらも俺の手に乗せたものと同じものを自分の手の平に出し、俺をジト目で睨みつつ口の中に放り込んでボリボリと食べ始めた。

 もしかしてコレって食べ物?だとしたら、大変失礼しました……

 心の中で罪悪感を感じながら、俺もララと同じように口の中に入れて噛む。

 味は……ちょっと昔の和菓子にありそうな肉々しい感じだ。うん、美味い。

 しかし量が量なだけに、あまり満腹感が得られない――


「……え?」


 俺は不思議な感覚がして自分の腹を撫でて確認する。

 空腹感が満たされてる……!? 何これ……怖っ!

 ララは何も言葉にしないが、言われずとも俺にはこれが一粒で空腹を満たすものだと大体想像がつく。

 ちょっとした万能感に、後々副作用で何かが起きるんじゃないかと怖くなるけれど……

 でもそんな些細なことでララに文句を言うわけにもいかないので、善意の施しだと思って何も言わないでおく。

 しばらく歩いていると、昨日出会ったゴブリンという生物を一匹見かけた。

 幸い見付かっておらず、俺たちは茂みの影から様子を窺っている。

 昨晩は暗さでそこまでわからなかったが、昼間に見るあの色には鳥肌が立つ異様さを感じてしまう。


「倒すのか?」


 そう聞くと、頷いて答えるララ。

 手を貸そうか?と聞こうとしたが、ララはその前に茂みから飛び出して、ゴブリンに向けて背中の大剣を素早く横薙ぎに振り払う。

 ゴブリンは見事上下に真っ二つ。別れた上半身は綺麗に宙を舞い、曲線を描きながら地面へ落ちる。実に呆気なかった……

 というか、そんな重いものを木の棒みたいに振り回せるんですね、あなた。

 そんなに強いなら、ゴブリンなんて二、三匹くらいいても倒せそうじゃない?なんて、女の子一人に任せちゃいけないよな。

 そんな風に脱力していると、草陰の方から狼のようなものが姿を現す。


『グルルルルルゥ……!』


 低く唸るそいつは目が六つあり、昼間の明るさなど知らないとでも言うように妖しく光り輝いていた。しかも歯を剥き出しにして今にも飛びかかりそうな雰囲気を出すそいつに、ララは気付いてないようだ……


「ララ!」


 昨晩と違ってララに呼びかけ、しかし体は先に魔物を押さえ付けようと行動していた。


『ッ!? グルァァァァッ!!』


 俺は#雁字搦__がんじがら__#めにされた狼もどきは、暴れ馬のように激しく動き出す。その力は普通の動物の比ではない。


「うおぉぉぉっ!?ラ、ララ!」


 もう一度彼女の名前を呼ぶとララは駆け出し、俺が押さえていた狼もどきを掴みに来る。

 ララが狼もどきを掴んだと同時に押さえていた手を離すと、その狼もどきは上に勢いよく投げられてしまった。


「フッ!」


 ララは吐き出す息遣いの後に野球バッドでフルスイングするかのように大剣を振り抜き、狼もどきは宙で縦に裂き割れてグロテスクな中身が彼女へと降り注いだ。


「「……」」


 無残にも血生臭いそれを頭から被ってしまったララは、硬直して動かなくなってしまっていた。いや、今のは彼女の選択ミスだけども、これどう声かければいいんだよ……


「あー……よかったなお互い無事で……?」


 一応慰めになりそうな言葉を選んでみたが、多分意味は無いだろう。

 その証拠にララはハイライトを失った目で俺を見てくる。怖いからやめてほしいんだけど……


「……この近くに川とか水辺ってあったか?」


 その質問にララは頷く。

 どうやらここら辺の地理はわかっているらしい。


「じゃ、行くか」


 再び頷いて同意するララは、倒した狼もどきの死骸を剥ぎ取り始める。

 目の前で行われる作業に「うわぁ……」と声が漏れてしまう。流れるような作業を見る限り、彼女にとってよくやることで必要なことなんだろうけど……凄いな。

 そしてララは剥ぎ取った毛皮などを異次元袋に入れるとスタスタと歩き出し、俺はその後ろをついて行った。

 その後、川に差しかかったところでララにジト目で見られ、それが「水浴びしたいからどっか行け」というサインだと気付くまでに時間がかかってしまった。

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