3話目 前半 腐ってるものの使いよう
「み、見えた……」
歩き出して日が完全に上り、そして気分がほとんど落ちた頃にようやく町らしい明かりが見えてきたところまで、俺とララは来ていた。
狼もどきを倒したあの後もゴブリンなどとちょくちょく遭遇してしまったが、多くて二匹程度だったのでその都度二人で手分けしてなんとか倒すことができた。
……と言っても、俺はもう一匹に石を当てたりして気を引くだけで、実際には倒してないんだけども。
そうして半日はぶっ通して歩き続けてようやく到着したのだ。
まぁ、俺の不甲斐無さでところどころ休憩を入れて足を引っ張ったりしてしまっていたので、ララだけであればもっと早く到着していたのかも……と、汗一つかいてないララを見てそう考えてしまう。
ダメだ、いつもの癖で悪い方向に考えがちだな……というか、なんで半日歩き続けて疲れないの?
まさかそれもどうにかできる魔法とかあるとか?何それ超欲しい。
と、それはそれとして。今見えてる場所が目指していたところなのかを聞いてみることにした。
「あそこが目的地?」
頷くララ。
そうとわかればと迷わず歩き出す。
ようやく……ようやく何も無い森を抜けて人のいるところに出られたんだ!
そんな実感を噛み締めながらしばらく歩いて近付くと、見上げるほどの塀が町を囲うように建てられており、入口らしき場所には人々の列が作られていた。
「検問でもやってるのか?」
何気無い俺の呟きにも頷いて答えてくれるララ。最初はどうなるかと思ったけど、普通に会話?してくれるのは普段無視されることが多い俺にとって嬉しいものだ。
それはともかくとして、何気に列に並んでしまった俺たちだが、あの町の中に入るには自分を証明できるものが必要なのではないのか?
……免許証、使えるかな?
「ダメだ」
「ですよねー……」
俺たちの番になり、門の前に立つ軍服っぽいものを着た白髪のダンディな男に免許証を見せたが、案の定の答えが返ってきた。
「そもそもお前はなんなんだ?その、め……んきょしょ?とかいう変なものが通行パスかなんて言い出すし、見慣れない服装に、そして何より気持ち悪い目……」
「目は放っておけよ!? 堂々とディスりやがって……こっちだって好きでこんなんになったわけじゃねえんだから!」
陰口も嫌いだが、こうも正面から言われればいいかと問われればそんなわけないに決まってる。
「ともかく素性のわからない者を通すわけにはいかないんだよ」
「マジか……なぁ、ララ――あれ?」
こういう場合どうすればいいかとララに聞こうとしたところで、周囲にいないことに気付く。
「お前の連れならちゃんと通行パスを見せたらさっさと行っちまったぞ?」
「な……」
ナニィィィィィ!?
いやララさん!?たしかに行きずりに目的地をご一緒させていただいただけですけど、もう少しご助力してもらってもよろしいのではなかったのではないでしょうか!
……なんて、心の中で文句を言ったところでしょうがないんだけど……
「で、どうする?後がつっかえてるから、早くどうにかしてほしいんだが……」
男の言葉にハッと気付いて振り返ると、色んな負の感情を抱えた表情をする人たちが後ろから睨んできていた。
どうにかって……無いもんは無いんだからどうしようもないだろ……
「なぁ、通行パスってのがない場合って、どうにかできるのか?」
俺の質問がどこかおかしかったのか、男が怪訝な表情で見てくる。
「なんだ、無くしたのか?通行パスを紛失した場合は、紛失料と発行料で三千ゼニアだぞ」
「ゼニア」ってなんだろう……この世界の通貨か?
やっべ、この世界の金なんて持ってねえよ……元の世界の小銭ならポケットにあるけど。
「いや、元々持ってないんだ。ちょいと田舎から出てきたばっかりで……ついでに言うと金もない状態でもあってだな……」
「通行パスが配布されないってどんだけ田舎なんだ?しかも文無しとは……」
男の目がどんどん冷めていく。
そんな目をしても俺は挫けんぞ。無いものは無いし、冷ややかな目で見られるのはならてるからな!……なんかその事実だけで挫けそう。
「……仕方ない、ちょっとそこで待ってろ。他の通行人を通し終わったら何とかしてやる」
「……え、マジで?」
男との言葉を聞き返すと、溜息を吐かれる。
「どこから来たかは知らんが、ここで追い返したところで通行パスも持ってないとなるとこの先不便するだろうからな。未来ある若者を蔑ろにするわけにはいかないだろ?」
実年齢は三十五のおっさんなんだがな、なんて内心思いつつ、男の優しさに感謝しめ他の人の邪魔にならないように端っこの壁に寄りかかり、通行人の様子を観察しながら待つ。
夜遅くだからか、通行人もすぐにいなくなっていた。
というか、馬車て……車とかトラックがないところを見ると科学的な進歩はないのか?ファンタジーにはよくありがちな設定だな。
なんてことをしばらく考えていると、さっきの門番の男が近付いてきた。
「おう、待たせたな腐れ目」
明らかに目を悪口風にあだ名を付けれたのに気付いた俺は、その腐った目で睨んでやる。
「おい、フレンドリーに接してるつもりだろうが、それただの悪口だからな?」
「わかったわかった、わかったからその目で睨むなよ。んで、お前の処遇なんだが……」
男が「ほれ」と指一本を包めそうなくらいの黒い箱を差し出してきた。
「ここに穴があるだろ?そこに人差し指を入れれば、お前の身分が表示される」
「身分?」
聞き返すと男は頷いて言葉を続ける。
「お前がどの辺出身なのかとか……あとさっき言ってたのが嘘じゃないかっていう確認でもあるな。紛失したのにも関わらずそうやって誤魔化してないか、とかな。過去に作ったことがあればブザーが鳴る仕組みになってる」
「なるほどな」
納得したところで早速とその穴に指を差し込もうすると、ヒョイッと避けられる。
え、何、イジメ?
「普通、発行料として五百ゼニアくらいかかる。それがちょうどウィカと同じ値段なんだが……」
顎を擦りながらニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながらこっちを見る。
まさか世間知らずだからって足元見る気じゃねえよな?カモにはならんぞ、俺は。
「わかった、ウィカが何かは知らんが、その無事就職できたら一杯分くらいは奢ってやる。それ以上はやらんぞ?」
「何?ウィカを知らないのか!? 人生の十割損してるじゃねえか!」
一応冗談らしく笑う男だが、十割全部は言い過ぎだと思う。
「しかし一杯はちょっと少ねぇな……」
そう言ってニッと笑う男。やっぱ足元を見る気だったか……
町に入れないならそうまでする気はないし、また別の町を目指そうかな……なんて思いかけた時、男がコインを三枚を差し出してきた。
「ここにある千五百ゼニア。さっきのと合わせれば二千ゼニア……ウィカ四杯分だ」
「あ?これはどういう……」
意味を聞こうとすると、やれやれと肩をすくめて呆れられる。
「いいか、田舎者?まず俺が貸した金を返してもらうためにはお前に働いてもらわなにゃならん。だがそうにしてもこの時間じゃやや遅い。だからまずは中に入ったら左手に見える『ウィンドウガーデン』って宿屋で世話になれ。千ゼニアなら二日分になる」
そこで男は言葉を一旦区切り、首に紐でぶら下げている銅色の小さなプレートを見せてきた。
「そんで次は働き場所。無一文のお前さんの場合住み込みでどこかに入ってもいいが、手っ取り早く稼ぐなら冒険者だ」
男の口から発した「冒険者」という言葉に、年甲斐も無くワクワクとした高揚感を覚えてしまう。
冒険者と言ったらやっぱり、ギルドとかそういうものを連想するし。
「……何笑ってんだ?気持ち悪い顔してるぞ」
「放っとけ」
せっかく人がいい気分になってるとこに水を差されて冷める。
「まぁいい、説明を続けるぞ。冒険者になるためには連合本部ってとこに行って登録しないとならないんだが、それはここを入って真っ直ぐ行けばすぐに着く。他より立派な建物だからわかりやすいから大丈夫だろ。あとは登録料として五百ゼニア必要になるってわけだ。ついでにこれから渡す通行パスもな」
相槌を打って頷く。
宿屋は入って左に見える「ウィンドウガーデン」、冒険者になるには真っ直ぐ行ったところにある連合本部に行けばいい、と……
「そうか……了解だ、ありがとうな、色々と教えてくれて」
「何、お礼なら酒を余分に奢ってくれればいいさ」
何気に見返りを要求してきやがった。まぁ、貸しってことで、それくらいなら別にいいけど。
「それではようこそ、心安らぐ町『イグラス』へ!ついでに言っとくと、俺はフレディだ。何か用があれば俺と同じ服装をした奴にこの名を言えば伝わるからな」
俺は男の紹介と名乗りを引きつった笑いを浮かべて了承した後、自分も名乗っておくことにした。
「ヤタライセ……目だけじゃなく名前も変なんだな。言いにくいヤタでいいか?」
もはや俺という存在が全否定されてるような気分になりながら、先程の黒い箱を差し出された。
面倒だったこともあり、「もう好きにしろよ」とやさぐれた言い方をして人差し指を入れる。
――ヴィン!
すると何か半透明な映像画面が映し出された。
《ヤタ ライセ》《オトコ》《ニホン》
《STR11 VIT8 DEX20 AGI17 MND50 LUC10》
そこにはカタカタで出てきた名前と性別と出身国、そしてわちゃわちゃと書いてあるウィンドウ画面が出てきた……まるでゲームみたいだな。
そして俺の記憶が正しければSTRは攻撃力、VITは物理防御力、DEXは器用さ、AGIは俊敏さ、MNDは精神力、そしてLACは幸運値だったはず。
それらしい画面が出てきてこれまた胸が高鳴っていた。
というか、MNDの精神力って魔法に関係するんじゃなかったか?まさか俺に魔法使いの素質が……!?
その後すぐに黒い箱の上にプレートが出てくる。それが若干パンを焼く機械を連想させる感じだったのがちょっと面白かった。
「とまぁ、こんな感じで出てくるんだが……って、なんだ『ニホン』って?聞かない村の名だな……それにまた奇妙な偏り方をしてる。このままだと賊堕ちとかになるんじゃないのか?」
心配したように言うフレディの言葉に「なぜ?」という疑問が沸いた。
「……はぁ?なんでMNDとか高いのに賊?」
そう言うとフレディの方も「お前こそ何を言ってるんだ?」とでも言いたげな訝しげな表情をされる。
「たしかにそこは異常に高いと言えるが、MNDはただの根性だ。精神的に凄いというだけで、だからどうしたって話しになる」
「…………」
出てきたプレートを「ほれ」と俺に差し出してきたフレディの言葉に悲しくなりながらも、少しホッとする。
よかった、これで「魔法使いになれないのか?」なんて言った日には恥ずかしくて悶えるとこだった……
「それよりもLACが問題なんだよ。普通なら20はあるもんだが、10なんて言ったら自殺もんだぞ?」
「ああ、だろうな。まずこの目に生まれてきたのが運の尽きだ。これを昔からバカにされ続けて生きてきて……だから精神力が高いのも納得なのかもな」
適当に笑って自虐ネタを言ってやると苦笑いされる。
「……まぁ、ここであったのも縁だ。そうそう重くない話だったら聞いてやるしアドバイスもしてやるから、背負い過ぎるなよ?」
同情するような悲しそうな表情で言うフレディ。マジか、そこまで言われちゃうくらい俺の運って酷いの?
「心配しなくてもそのつもりだ。そう簡単に人生投げ出してたまるかってんだよ」
そう言って気丈に笑ってみせると、フレディはホッとしたように笑う。
「ならいいんだがな。ああ、それとコレ。これからはこれがお前の通行パスになる。他の町に入る時もこれを見せれば大丈夫だ……あっ――」
フレディが何か気付いたように言葉を漏らす。
「前科を犯したら入れてもらえなくなる町もあるから気を付けろよ?」
「それは暗に俺が前科持ちになることを指してるんじゃないよな?」
「まさか」とニヤニヤしながら言うフレディ。あからさまに疑ってんじゃねえか、ちくしょう……
「それじゃあ、せいぜい頑張れよアンラッキーボーイ。せいぜい俺に捕まらないようにな!」
フレディがそう言いながら肩を軽く殴ってくる。この短い間に不名誉なあだ名を三つも付けられるとはな……
「るせー。お前こそ、そのフレンドリーな性格でセクハラとかして同僚のお世話になんなよ?恩人が捕まるとか笑えねーから」
肩に当てられた手を払い除けて言った俺の言葉に、フレディが「言ったなこの野郎!」と肩を組んでくる。
ずいぶん馴れ馴れしいが、こいつは俺の目のこととか気にしてないのか?
「なぁ、あんたって誰に対してもいつもそんな感じの性格なのか?」
「うん?……まぁ、そうだな。おかげでウザがられたりもしてるけどな」
「はっはっは!」と気にした様子もなく豪快に笑うフレディ。ああ、きっとこいつは「いい奴」なんだな。
その証拠、ってわけじゃないけど、さっきからもう一人の門番らしき若い男が俺を汚物を見るような目で見てきている。もう見慣れた目だ。
その後、俺はすぐにフレディに通されて中に入った。
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