3話目 後半 腐ってるものの使いよう

「い、いらっしゃいませ……」


 宿屋より連合本部とやらに着いた俺は、ありがたいおもてなしを受けていた。

 まず扉を開けて入ると、屈強そうな世紀末みたいな男たちがいくつもある丸いテーブルに座っていたのだが、その全員がほぼ同時に俺を睨み付けてきた。うわっ、モヒカンとかリアルに見た……

 悲鳴を上げそうになったのを足を震わせるだけに抑えた俺は、なけなしの勇気を振り絞って前に進む。何となくこのままだと絡まれるだろうなぁ……なんて思いながら。

 突き刺さるような視線を耐えながらもようやく受付をしている女性の前に立つことができたのだが、笑顔にした顔を青くされて出迎えられた。

 整った顔の美人ではあるがゆえに、反応が顔に出てしまっているのが誠に残念でならない。


「フレディって人からここで冒険者になれるって聞いてきたんですが……」

「冒、険……あっ、はい、冒険者の登録ですね!?」


 女性はなぜか放心状態になりかけてた上に、俺のセリフを繰り返し言って勝手に驚いて疑問形で聞き返してきた。そんなに俺の顔が珍しいんですかねぇ……あ、珍しいか、こんな腐った目。


「でで、では、登りょ……んんっ!……登録料として四百八十ゼニアをいただきます」


 噛みまくってテンパってる女性に「はい」と簡単に返事をし、さっきフレディから貰ったコインの一つを差し出す。

 すると受付の女性からホッと胸を撫で下ろし、青さの引いた笑顔で受け取ってもらう。


「五百ゼニア、確認しました。ではお釣りの二十ゼニアです。お仕事内容の確認はご説明しますか?」

「はい、お願いします」


 渡したコインより一回り小さめのものを二枚出てきた女性は、「では」と咳払いをし仕事の顔になる。


「まずあなたの通行パスを見せてください。それを同時に会員証としてこちらで同時に登録しますので」


 素直に従って、首から下げていた小さなプレートを出す。

 それも女性は受け取ると、机の下に隠すように持っていく。

 そこでピピッと機械音が聞こえ、再び映像画面が俺と女性の間に映し出される。

 そこには細々と記載された中に「推奨武器 短剣」大きく書かれてあった。


「ヤタ様ですね。武器は何かお持ちですか?」

「武器……いえ、持ってません」


 映像を見た女性が確認すると、俺のプレートと共に包丁より一回り大きいナイフを机の上に並べた。


「こちらのナイフがひとまず、あなたの使う武器となります。もし折れた場合は弁償代として二百五十ゼニア。同じものを貸し出す場合は加えて四百ゼニアとなりますので、お気を付けください。ご自分の武器をお持ちになって不要になりましたらこちらまでご返却ください」

「わかり、ました……」


 仮とはいえ「俺の武器」と言われて渡されたものに高揚感を覚える。

 異世界、冒険者、武器……これらのワードを聞いてドキドキしない男がいるであろうか?

 いや、いないに決まってる。だって現に俺がこの先やっていけるか不安でドキドキしてるんだもん。


「お次は依頼の説明に移ります」


 女性が話しかけられ、考え事をしていた俺はハッと現実に戻される。


「……と、その前に冒険者の階級の説明は要りますか?」

「あ、はい。それもお願いします」


 頷いて答えると、女性は下を向いてそこにあるものを確認しようとする。


「登録した最初は『駆け出し』から始まり、次に『見習い』へ昇級となります。そして次なのですが、そこからは職業によって呼ばれ方が様々なものへと枝分かれして変わります。剣を使う者なら『|剣士(けんし)』、槍を使う者なら『|槍者(そうしゃ)』といったものに」


 そう言うと、女性は少し厚めの本の開いたページを見せてきてくれた。

 そこには細かく色々と書かれていたが、たしかに似たような説明が書かれている。

 そして女性がある一点を指し示し、そこには「短剣を扱う者には『疾風』の称号を授ける」とあった。何それ、中二病っぽい。


「昇級は依頼をこなした数、一つの依頼を達成するまでの速さ、そしてその人格などをこちらで検討して判断させていただきます。そして階級が上がればその分、高難易度の依頼を請け負うことができるようになります」


 女性は本を机の下に片付け、再び俺に向き直る。


「では次に依頼のお話に……依頼は基本、こちらの受付で本人に合ったものをいくつか提示させていただきます。その中からは五つまでであれば、複数選んでいただいても構いません」


 ふむふむと頷いていると、ふとあることに気付く。


「失敗した場合とかはどうなりますか?」

「失敗……と言いますと、リタイアのことですね?こちらでリタイアの報告をしますと、五百ゼニアの罰金が発生します。さらに依頼を達成しないまま指定された期限を過ぎて日を越えますと、その都度百ゼニアの違約金が発生します」


 つまり依頼には制限時間があって、自分のできる範囲でやれ、と。当たり前のことだな。

 しかしやっぱり、何事にも不慮の事故というものがある。想定外の強敵が居合わせたりとかすれば尚更だ。

 そんなどうしようもない事態になった時も違約金は発生するのだろうか……?


「ちなみにですが、予想外の事態が起きて期限内に収まらない、もしくはリタイアせざるを得ない時は、内容次第で違約金は発生しません。代わりに事細かな報告の義務が発生しますので悪しからず」


 俺の心を読んだかのように、 タイミング良く答えてくれた女性。そのまま話を続けてくれる。


「あとは冒険者同士のいざこざは禁止とさせていただき、依頼内容や報酬に関する不正が発覚した場合、冒険者の資格を剥奪させていただきます。大まかな説明はこれぐらいですが……何か質問はありますか?」


 俺の目を真っ直ぐ見ても動じない女性の表情に、思わず胸がときめいてしまいそうになる。

 だが勘違いしてはいけない。これはあくまで仕事の顔だというだけで、コンビニのレジで自分を担当した美人の店員がお釣りを差し出した手に触れた時と同じ感覚だというだけだ。

 好意ではなく義務だと思い込まなくては。

 どうせこういう美人に限って、裏では「うわっ、何あの気持ち悪い男?この人この顔で指名手配されてないのかしら?」なんて思ってるに違いないのだから!……本当に思われてたら泣いちゃいそうだけど。


「そうですね……この場所っていつまで開いてるんですか?」

「臨時以外はいつでも依頼を達成できるよう、ずっと開いています。他には?」

「ないです」


 女性の隣の受付に座っていた若い男がクスリと笑う。

 今のどこっかに笑う要素あったか?というか、いつの間にそこにいたんだ……

 さっきまで座ってなかった男に疑問を持ちつつも、一瞥するだけで反応はせずに女性の方へ向き直る。


「かしこまりました。これで説明は終了といたしますが、早速依頼を受けますか?」

「いえ、今日のところは帰って、また後日にします」


 そう言って返してもらったプレートを首から下げ直し、短剣を手にその場を離れる。

 後ろから「またお越しください」と声が聞こえてくるが、帰ろうとする俺の前を大男が立ち遮ってきた。

 無精髭を生やしたその顎を擦りながらニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる金髪モヒカンの大男。

 周りの男たちも見世物でも見ているかのように俺たちをいやらしい笑みで見ており、さっきまでちゃんと仕事をしていた受付の女性も見て見ぬフリをしてしまっている。

 おい、さっき「冒険者同士のいざこざは禁止」って言ってなかったか?やっぱりここでも俺は厄介者扱いされるのかよ……


「おい、坊主。ここがどこだかわかってて来たのかよ?」


 「坊主」と言われて本当に俺のことかと疑問を抱いたが、そういえば自身が若返っていたことを思い出す。どれだけ若返ったのかは鏡を見てないからわからないけど、坊主と言われるくらいには幼くなってしまっているらしい。

 って、そうなるとさっきのフレディへの態度って相当生意気なガキってことになるな……っと、今はそんな場合じゃなかったな。


「じゃなきゃ、ピンポイントに冒険者の登録になんて来ませんよ。それもあなたたちみたいな強そうな人たちが集まっているようなところに」


 いかつい強面をした人たちを遠回しな言い方すると、周囲の奴らが下品な笑いを上げ始める。


「ゲヒャヒャヒャヒャ!たしかにそうだな!」

「おいおい、質問の仕方を間違えてんじゃねーの、グラッツェ?」

「ああ、そうだったそうだった……」


 冷やかしのような周りの野次に、グラッツェと呼ばれた大男は申し訳なさそうに頭を掻き、ニッと不敵な笑顔を向けてくる。


「来る場所間違えてんじゃねえかって言いたいんだよ、俺は。たしかにここは誰でも冒険者になれるがよぉ……だからって誰でもなっていいわけじゃねぇんだよ。俺の言ってる意味……わかるか?」


 顔は笑ってるグラッツェだが、体の大きさだけじゃない威圧を放って最後の言葉を低い声て言い放った。

 遠回しに「弱い奴が登録なんてするなよ」と言いたいようだが……俺が気に入らないのか、やっぱり?

 だけどせっかくフレディがここを紹介してくれたんだ。ここで引くわけにはいかないだろ。


「言いたいことがあるならはっきり言ってください。というか、誰でもなれるんなら誰でもなっていいんでしょ?ルールに従ってるなら誰も文句は言わないはずです」


 「規則に従っていれば上を向ける」というのが、俺のモットーだ。

 その俺の態度が気に入らなかったのか、グラッツェと周囲の人たちの表情から笑みが消えて剣呑な雰囲気が漂う。


「何事にも『暗黙のルール』ってのがある」

「ならそれを口に出して教えてください。そんなもの、空気を読んでわかるようなものでもないんですし。『暗黙のルール』なんてカッコ良く言ってますけど、それってただの新人イジメですよね?」

「……!」


 グラッツェの雰囲気がさらに嫌なものになり、今にも掴みかかってきそうな感じだった。

 さすがにこのグラッツェに掴みかかってこられたら、一溜りも無いが……それでも俺は引かない。

 引かぬ媚びぬ省みぬって言葉は本当に名言だと思う……なんてのは置いといて。

 このままだと本当に殴られかねないので、もう少し強気に行ってみよう。


「それで?不束な俺に、他にも教えて頂けることがありますか……?」


 今にも逃げ出したい気持ちを抑え、さらに一歩を踏み出してグラッツェを睨み付ける。

 よくこういうのは最初が肝心だって言うしな。

 ここで|下手(したて)に出るわけにはいかない。


「っ……いや、もういい……」


 俺の眼光がよほど鋭かったのか、グラッツェがたじろいで目線を逸らす。

 こんな目に生まれて運がないとさっきは言ったけれど、腐ってても使い道はあるから悪いことばかりじゃないから唯一の救いだ。

 そして俺はグラッツェが空けてくれた道を再び歩み始め、今度こそこの場所から抜け出す。

☆★☆★

~ヤタが去った後の連合本部にて~


「どうだった、今のは?」


 ヤタに絡んだグラッツェの肩に、彼よりも一回り小柄で筋肉質な体をしている白髪初老の男が手を置く。

 やや肌が焼けているその男は背中に身の丈以上の大斧を背負っている。


「ウルクさん……どうですかね。この町の警備をしているフレディさんの名前を出したから、彼の紹介であれば悪い奴ではないと思いますが……あの目、大量虐殺でもしたんじゃないかっていう気味の悪さを感じましたよ」


 グラッツェは頭を掻きながら振り返り、ヤタが出て行った出入口を見つめる。


「そうか……アイカはどうだった?」


 ウルクと呼ばれた男も軽く笑いながら振り返り、受付に座っている女に話を振る。

 ヤタの登録を担当していた者だった。


「……とりあえず人柄は大丈夫だと思います。あまりに、その……目がアレでしたので最初は動揺してしまっていた私にも、落ち着いた雰囲気で問題無くお話してくださいました。通行パスの方も偽造無し、前科無しです」

「ふむ、評価は上々か。ならば彼を我らの仲間へと受け入れよう!」


 気合いの入ったウルクの言葉とは裏腹に、周囲から「うーい」とやる気のなさそうな返事が返ってくる。


「しかし、毎回こんなこと続けるのかよ?さっきのガキンチョも言ってたけど、これじゃあただのイジメだぜ……」

「しょうがないだろ、これくらいで腰を抜かしてる奴が冒険者で生きていけるんけねぇんだから。ゴブリンとかに鉢合わせただけでも失禁して食われねえようにってな」

「だな……そんじゃ、新人いびりも済んだことだし、もういっちょ依頼でも行ってくるかな」


 それぞれが思い思いのことを口にする冒険者たち。


「……『冒険者とは冒険する者である。冒険しないものに栄光は訪れない』」

「ウルクさん、好きですねその言葉。私も好きですけど」


 受け付けに寄りかかってふと呟いたウルクの言葉に、アイカが机の書類をまとめながら反応する。


「親父がよく言っていたものだが、彼を見てふとそんな言葉を思い出してしまったよ。だけど、私ならそこにもう一言付け加えるね。『冒険を求め過ぎる者は覚悟をしなければならない』と」

「自分に見合った適度な頑張りをしてとも捉えられますね……いい言葉です」

「親父がその教訓になってくれたからな」


 遠回しにウルクの父が冒険で命を落としたことを伝えられ、アイカは気まずさから大きく溜息を吐いてしまう。


「仕事に戻ってください、本部長」


 アイカの冷ややかな言葉に、ウルクは豪快に笑いながらその場を去って行った。

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