4話目 前半 腐ってやがる

「おえぇぇぇぇ……!」


 協会本部を出て、フレディの言っていた宿屋へとチェックインしたのだが……

 昨日と今日で感じていたストレスが一気にきたらしく、洗面所で嗚咽してしまっていた。

 とはいえ、幸いにも?食べたものは今朝と昼にララから貰った正露丸みたいなものだけだったので、|吐瀉物(としゃぶつ)は無いが……


「はぁ……はぁ……最悪だな」


 呼吸を整えて呟き、正面の鏡を見る。


「……あーあ、いつもより酷ぇ顔。ただでさえ酷かったのが、人を呪い殺しそうな顔してんな」


 乾いた笑いを浮かべると、さらに気持ち悪い見栄えになってしまう。


「……寝よ」


 ある程度落ち着いたところで気が滅入ってしまい、寝ることにした。


「そういえば服とか洗う時どうするんだろ……?」


 そんな疑問も湧いてくるだけで考える余裕も残されてない俺は、汚れた服を溜息を吐きながら脱ぎ散らかしてベッドに倒れ込み、すぐに寝付いてしまった。


――――


 翌日、起きた俺は宿の人に洗濯ができることを教えられ、選択するものを持って裏の方に足を運んだ。

 そこに洗濯桶があるとのことだったが……


「あ……」

「……」


 洗濯桶は木製の大きめなものがたしかにあった。しかし同時に、昨日俺をこの町まで案内してくれた少女、ララがいた。

 昨日はこの町に入るところで消えてしまい、それっきりの縁だと思ってたが……まさか同じ宿に泊まってるとは。

 この町には泊まる宿がここしかない、ってわけじゃないよな?


「……よう」

「……」


 最初は驚いた表情で俺と目を合わせていたララだったが、すぐに自分が洗っている桶に視線を戻して何も無かったかのような態度をする。無視かよ……

 不貞腐れながらララを見ると着替えが無いらしく、彼女は上下にブラとパンツを着用してるだけで、ほとんど身に付けてないというあられもない姿になってしまっていた。

 まぁ、それは俺もパンツ一丁で同じなのだが、年頃の少女と中身おっさんの俺とでは意味合いが全く違うのは言うまでもない。

 とはいえ、恥ずかしくても洗わないと服は汚いままだし、ララもあまり気にしてない様子。

 いつまでも童貞丸出しな反応をしててもどうしようもないので、俺も桶に水を溜めて固形石鹸で服を洗い出す。


「うへぇ……泥まみれだったから汚れがよく浮き出るなぁ……」


 水に浮く泥を見てげんなりしてしまう。

 すぐに水を新しくしなくては……と思った矢先に、浮いていた泥などの汚れが見る見るうちに消えて、綺麗な真水に戻ってしまった。


「……おぅ?」


 こんなところにも不思議な力が関わってるのかと驚いて、自分でも変な声を出してしまっていた。

 魔法とかって戦ってるイメージしかなかったけど……そういえばララも火を起こす時にそれっぽいものを使ってたし、こういう日常的な生活面にも流用してるんだな。むしろ戦闘ではまだ見てないから、そっちの方があるか心配になってきたんだが……

 しかし、これなら心置き無く洗えるってもんだ!

 一人生活で磨いてきた凡人並みの家事力を発揮する時……って、ん?


「……」


 ふとララが俺の方を見てることに気付く。

 え、何……?何か非常識なことでもしてた、俺?

 やめてよ、ただでさえ非常識な存在と|揶揄(やゆ)されてきたのに……なんて過去の関係無い記憶を呼び起こして悲しい気持ちになっていると、ララが洗っていた手を止めて衣類を俺のところに持ってきて差し出してきた。


「えっ……と?」

「……」


 迷いの無い目で俺を真っ直ぐ見てくるララに対し、その考えを汲み取ろうと俺は考えを張り巡らせる。

 なんでこのタイミングでララは俺のとこに来た?

 しかも洗っていた洗濯物を中断してまで俺のとこに持ってきて差し出してきた……ふむ、わからん。


「すまんけど、何をしてほしいかわからないんだが……まさか俺に洗ってほしいってわけじゃないだろ?」


 するとララは頷き、「やれ」とでも言わんばかりに洗濯物をさらに突き出してくる。え、当たり?マジで?


「洗濯くらいなら誰でもできるだろ?ララだってさっきやってたし……」


 と俺がそこまで言うと、ララが持っている自分の衣服を一つ広げて見せてきた。

 無地のシャツっぽいが、その所々が破けてしまっている。

 一瞬、ジーパンなどみ見られるわざと痛ませるファッション的なものではとも思ったが、ズボンならまだしも女性が肌着をそうするのはあまり考えられない。わかっててやってるのなら、それはビッチかなんかじゃないかと思う。

 って、とりあえずそういう考えは置いておくとして。


「もしかして……洗濯下手なのか……?」


 ハッキリそれを聞いてやると、ララは顔を赤くして|俯(うつむ)いてしまう。

 新しい服を買えばいいのでは?と思ったが、恐らくそんな余裕もないから洗って使い回しているのだろう。

 そう考えているうちにララは、突き出していた洗濯物を持っていた手を弱気になって引っ込ませようとしていた。

 しかしせっかく頼ってくれているのだから応えてやりたいと思い、その引っ込みかけていた手に持たれていた洗濯物を半ば強引に受け取る。


「先に言っとくけど、お前が言い出したんだから俺が洗ったことに後で文句言うなよ?」


 正確には「差し出してきた」だが……なんてくだらないことを思いながら、俺の服と一緒に彼女の衣服を桶に入れて洗い始めた。

 やることがないからか、ララは俺が洗ってる手元をジッと屈んで見ている。まるで珍しいものを見る子供のように。

 しかし彼女は立派な成長期の女性であり、一番女性らしい二つのメロンが屈んでいることによって押し潰されて強調されてしまっいて、かなり集中を削られるのである。

 洗濯物を洗うのに集中力はいらないと思うのだが、気を抜くと勝手に手が止まって視線をソレに向けてしまうのが男の|性(さが)であるのだと言い訳させてもらおう……

 そんな男の戦いは、視線を洗濯物にだけ向けることによって終わった。

 洗い終わった洗濯物を「ほいよ」と言って手渡すと、綺麗になった服を上にかざして心なしかキラキラした目をして眺めるララ。まるで新しいオモチャを与えられた子供みたいな反応だ。


「満足したか?」


 俺の一言でハッと気が付くララ。

 彼女は少し頬を赤くしながら満足そうに笑って頷いた。やっぱり彼女の笑い方は純粋な綺麗さでドキッとしてしまう。


「さ、さて、俺も自分の分を洗おうかな~……」


 わざとらしくはあるが、自分に言い聞かせるようにそれを口にして洗濯物を洗い始める。

 するとララはその場から去っていなくなってしまう。

 用が済んだら「はい、終わり」というのも悲しいけれど、あまり期待させるような言動をしないのも一つの優しさなのだとドライなララに対し、そう思うことにした。

 ――なんて思ってからのつかの間。

 朝食も宿代に入っているとのことで飯にありつこうとしたのだが、食事場に行ったら再びララと会ってしまった。しかも他の席はこの宿に泊まってる人たちで埋まってしまっているようで、彼女と相席するしかないようだ。


「さっきぶり。ここ、失礼するぞ」


 俺が声をかけるとララはテーブルに置かれたスープを飲みながら頷く。

 他にもパン二つと薄く輪切りにされた肉三枚、そしてスープか。匂いだけでも美味そうだ。


「すいません」

「はーい、ご注文で――っ!?」


 店員の女性に声をかけると、俺と目を合わせた瞬間に顔を青ざめさせてしまう。


「この子と同じものを」

「……は、はいぃ……」


 ビクビクと体を震わせて、萎縮しながら店の奥に戻っていく。

 するとその数秒後にスキンヘッドの大男が怒りの形相でやって来て、俺を睨むように見下ろしてきた。

 着ているエプロンには「嫁Love」と書いてあったりしている。


「お前、俺の嫁に何しやがった?」

「……誰だ、お前の嫁って?」


 聞き返すと、大男は店の奥から怯えた表情でこっそり覗いてきている女性を顎で指し示した。


「何って……注文しただけだけど?」

「それであいつがあんなに怯えるかよ!大方、体のどっかでも触ろうとしたんじゃねえのか!?」


 禿げた頭を光らせて怒鳴る大男。あまりにも冤罪過ぎるでござる。

 なんで何もしてないのに怯えられた上に、根拠の無いイチャモンをつけられにゃならんのだ。


「それはあの人からそう聞いたんですか?」

「は?それはまだだが……」

「だったら聞いといてください。実際何もしてないのに悪者扱いされるのは嫌なんで」


 なるべく事を荒立てないように話を進めようとした。

 ここで騒ぎを起こして使えなくなったってなったら、俺は今後路頭に迷うことになるし、紹介してくれたフレディの面にも泥を塗っちまう。それらだけは避けたいんだが……


「そう言って誤魔化そうって魂胆か?そんなのに引っかかるかよ!」


 大男は怒号すると俺の胸ぐらを掴んで持ち上げた。人間を片手で軽々持ち上げるもかやべぇな……見た目通りの怪力の持ち主のようだ。

 さっき怯えて隠れてしまった女の人は……ああ、ダメだ。さらに怯えて出てこようともしてない。 こりゃ、一発……いや、何発かは確定コースかな。

 だけどこれでも、俺は理不尽な暴力を嫌というほど叩き込まれた過去がある。死なない程度に痛め付けられるくらいなら我慢……できるかな?

 あくまで殴られたことがあるのは学生時代やオヤジ狩りとかいう風習が流行り始めた時くらいで、相手はこんなにゴリマッチョじゃなかった。俺の胴体より太い腕で殴られてしまったら、一発だけでもミンチになってしまうのでは?と内心ヒヤヒヤしていた。

 だがもう俺にはどうしようもないので、死なないことを祈って、握り拳を後ろに引き絞っている大男に大人しく殴られることにした。

 ――しかし。


 「……?」


 恐怖で目を瞑って数秒、何も起こらないことに疑問を持った俺は恐る恐る片目を薄く開いて様子を窺う。

 そこには大男が今にも殴ろうとしていた拳を掴んで止めていたララの姿があった。


「……なんですかぃ、ララさん。まさかこの男を庇うのですかぃ?」


 急に表情と口調が変化した大男。その問いにララが頷くと、驚いた表情をしていた大男はすぐに訝しげなものとなり、何か言いたげに視線を彼女から俺に移してくる。

 今の言葉からこのララが、少なくともこの人と顔見知りであることには違いないようだ。

 「その顔に免じて」といった感じに事態が収集しそうなのだが……それだと後々困る気がする。ここはちゃんと誤解を解いておかないと。


「さっきも言った通り、俺は注文をしただけだ。なのにあんたの嫁は悲鳴を上げて逃げたんだよ。俺のこの目を見て気持ち悪いとでも思ったんじゃないのか?ついでに言うと、あんた自身もそう思ってるんじゃないのか?」

「……っ!」


 俺が睨みながらそう言うと、大男の胸ぐらを掴んでいた手から力が抜けてようやく地面に降り立つ。

 たしかにスキンヘッドの大男というのはそれだけで怖いが、腐った俺の目が睨めば負けちゃいないぜ?ああ、地面大好き……

 それはそうと、やっぱり図星だったらしく、俺の言ったことを否定せずに目を逸らされた。おい。

 「やっぱそう思ってたのかよ、このハゲ!」と声を大にして言いたいが、ここは我慢だ。

 大男の手も離れて息を整えると、周囲の客も合わせて膠着状態となってしまう。

 そこに新しい客が扉から入ってくる。フレディだった。


「おいおい、なんだか穏やかじゃねえな、大将?」


 眉を釣り上げ、笑ってそう言うフレディ。


「ふ、フレディさん!?これは……」

「大方、こいつの目に怖がった嫁を見て逆上でもしたんだろ?大切なのはいいが、少しはその早とちり直したらどうだ?」


 フレディはまるで今までのやり取りを最初から見ていたかのような物言いをし、ララの時よりも畏まった様子で頭を下げる大男の肩に手を置いて落ち着かせようとしていた。


「それは……」

「ったく、前にも似たようなことして怪我させてただろ?バカップルならぬバカ夫婦なのはいいが、やり過ぎると俺たちが動くハメになるって言っただろうが?」

「はい、本当にすいません……」


 フレディが体格差のある相手に説教をしている絵が何ともシュールに思えてしまう……

 すると説教を終えたフレディが、俺の方を見る。


「お前もお前だ。俺が紹介した店で早速騒ぎ起こすなよ……その調子じゃあ、連合本部に行った時にも|一悶着(ひともんちゃく)あったんじゃないか?」

「あんた、わかってて言ってるだろ……」


 そう言うとフレディはクスクスとバカにするように笑った。

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