6話目 後半 多分腐ってない

「ここは……」


 ララと歩いて数分、俺たちは洞窟のようなものを見付けた。

 街道に出るどころか、さらに森深くまで来てしまったような感じがしてしまう。しかもかーなーり嫌な感じが……そんな雰囲気を感じ取れるとか、俺っていつから霊媒師になったのん?


「ここは違うみたいだな。じゃあ、今度は違う方向に行く……」


 俺が提案しかけたところで、ララがまた勝手に行動して洞窟に向かおうとする。


「あっ、おい!その洞窟の中に入るのか?」


 俺の問いかけに迷わず頷くララ。行くって言うんならついて行くけど……ララの行動にどこか違和感を感じざるを得ないのは気のせいだろうか?


「一応聞いておきたいんだけどさ、「その洞窟の中に行かなきゃ」みたいに誘導されてたりとかしないか?」

「っ!?」


 どうやら図星だったらしく、ララの動きがピタリと止まる。

 振り返った彼女の表情には「なんでわかったの?」とでも言わんばかりに驚きが表れていた。


「どう考えても、今のララの行動はおかしいだろ?その洞窟が町に繋がってるってんなら話はべつだけど、今の俺たちは道に迷ってる状態だ。なのにいかにも怪しいその洞窟の中に迷わず入ろうとするなんてよ」


 ついでに言うと、さっきの精神異常がララの中にまだ残ってるんじゃないかという推測もあっての発言だった。

 するとララの表情はますます困惑したものとなり、どうすればいいかを俺に求めてるように見えてしまう。


「それに抗えるか?我慢してここから離れるってことは……」


 首を横に振り、俯くララ。

 徐々に彼女の体が震え始め、自らを抱き締めようとする。そのララの表情には恐怖の色が窺えた。

 抗えないものが彼女を突き動かし、しかもそれを自覚してしまったがために怯えてしまっている。


「道がわからない上に洞窟に誘い込まれようとしてる、か……応援が呼べないなら、いっそこっちから出向いて元凶を叩くしか」


 そう言うとララは顔を上げ、ポカンと間の抜けたような顔を向けてきた。


「だってそれしかないだろ?土地勘の無い俺がここで逃げ出したところで、どうにもならなそうだし……そもそも女の子一人置いて逃げるなんてするわけないし」


 後半のセリフはさすがに恥ずかしかったので、ゴニョゴニョとした言い方になってしまったり。

 するとそんな俺が滑稽だったのか、ララにクスリと笑われてしまう。


「な、なんだよ……行くならさっさと行くぞ」


 少し投げやりな言い方をして、ララより前に出て洞窟の中へと踏み入れた。


――――


 洞窟の中に入ってしばらく経った頃、あることに気付く。


「光も無いのにずいぶん明るいんだな……」


 まるで蓄光パウダーを振り撒いたように、周囲がほのかに青く光っていて視界に問題は無かった。

 とはいえ、軽い段差などには気を付けないといけない程度には慎重にしなければならない。


「あだっ!」


 このように洞窟に入ってから何度も躓いてコケそうになっていた。見えるのか見えないのか微妙なところだ。

 しかしララはここに入ってから一度もコケてない。彼女を見てると単に俺が鈍臭いんじゃ?なんて思えてくる。

 自分の情けなさを実感してると、三つの分かれ道に行き当たった。


「分かれ道か……どれかに引っ張られてたりするか?」


 振り返りララに問うと、真ん中の道を指差す。

 真ん中か……そう思っていると、ララは指をそのまま左の道に向ける。

 真ん中と左……?


「まさか両方?」


 ララが頷く。マジか、参ったな……

 いや、逆に考えてみたらどうだ。もう一つの残された右の道には何かがあるんじゃないか?


「なぁ、指を刺さなかったこっちの道は行けそうか?」


 そう聞くとララは俺が指し示した右の道を直前まで歩き、こっちに向き直ると頷いた。大丈夫らしい。


「じゃあ、こっちに行ってみようぜ。多分だけど、こっちに何かがあると思う」


 根拠無い言葉だったが、ララは頷いて同意してくれる。

 そうと決まれば行動あるのみ。ゴブリンとか簡単な依頼を受けただけなのにどうしてこうなったというところはあるけれども。

 でももうこうなったら進むとこまで進むしかないよな……


「たしかにファンタジーな異世界に行きたいとは常々思ってたけど、実際そこまでの刺激は要らないんだよなぁ……」

「……?」

「……いや、なんでもない」


 ララが今の言葉の意味が理解できなかったのか聞こえなかったのかはさて置き、首を傾げるララにそう答えて右の道へ歩き始める。


「ギゲゲッ!」

「……いるな」


 分かれ道をしばらく進むと、ゴブリンが数匹徘徊していた。

 俺たちのように迷い込んできたのか、もしくは元々ここに住んでいるのか……それはさて置き、どうやって通り抜けようかを考える。

 そんな時――


「グギャッ!?」


 ゴブリンたちが突然悲鳴を上げ、ツタのようなものに絡め取られる。

 それは土でできているはずの壁から生えて、吸い込むようにゴブリンを引き寄せ壁の中へと埋めていた。


「なんだよ、あれは……!?」


 息を殺して窺いながら小さく呟く。

 壁がまるで生物みたいに食事をしているかのような恐怖を覚える光景に、固唾を飲む。


「このまま進むのはヤバいみたいだな……ちょいと引き返して、他の道を見てみるか?」


 そう提案するとララが頷いてくれたので、なるべく足音を立てずにその場から移動する。


――――


 引き返してしばらくしてまた元の道が分かれていた場所へと戻り、まずは左の道へと赴いた。

 そこで目にしたのは異様な……さっきの恐怖を増長させた光景だった。

 狭い通路から開けた場所に出たのだが、一面に広がるのはゴブリンを壁に引き込んだものと同じツタと……骨。

 あらゆる動物の形をした骨が転がり散らかっていて、その中には人間のものらしき骨まであった。

 それが十や二十ではないのは見てわかるくらいにあり、そのどれもツタに絡まっていて何十年も前の死骸のように見える。すると……


「ゲッ……」

「グゲッ!?」


 突然壁や地面からゴブリンが二匹現れる。さっき壁の中に取り込まれた奴らか?

 さらにそのゴブリンにツタが突き刺さり、みるみるうちに干からびてしまっていった。

 正直「うわー」という感想しか出てこない。

 なんだよ、あれ……養分めっちゃ吸われちゃってるじゃねえか。

 肌もパサパサになっちゃって女の子の敵間違い無しだよ、あれ。

 いや、男だって肌が荒れちゃったらモテなくなるかもだから、実際は人類全体の敵になるな。

 ……いやいや、そんなこと言ってる場合じゃねえし。どうするんだ、この状況?

 俺たちが誘われて入った洞窟には人喰い植物が生息してたってわけだ。食われたのゴブリンだけど。

 すると横でそれを見ていたララが何を思ったのかゆっくりと立ち上がり、フラ~とその開けた場所へと歩み始めた。


「あ、おい!?」


 そのまま行ってしまいそうになっていたララの腕を掴み、できる限りの力で引き寄せた。

 大剣を背負っているからか普通の人より重く感じるが、そこは日本男子の力の見せ所だ。

 ララを引きずりながら道を引き返し、元の分かれ道へと戻った。

 一応これは成果があった……って考えればいいのか?

 右の道にはゴブリンを埋め込むツタ、左の道にも引き込んだ動物などの養分を奪い取るツタ。恐らく真ん中の道にも同じ光景があるだろうと予測する。

 そして帰るにしても道がわからず、ララは洗脳じみたことをされて誘導されている状態だ。

 ……あれ、これもう詰んでね?

 「ララを見捨てて逃げる」という選択肢が頭に無い俺には、どの地獄に進むかを選ぶしか無かった。


「進むも地獄、退くも地獄、なんて言葉があるが……これじゃあ、戻る道さえない地獄だな」


 呆れたように軽く笑って呟き、もう一度右の道へと進んだ。

 そして問題のゴブリンが埋め込まれた場所までやってくると、異様な静けさに包まれていた。

 なんだ、この違和感は……?

 この道を見てるだけで、背中に悪寒が走る。洞窟に入る前にも感じたこの感覚……俺は本当に何かの能力でも得たのか?

 だがそれが実際にどんな危険なのかわからないことには意味が無い。

 ……ふむ。


「石ころは、っと。洞窟なんだし、いっぱいあるよな……」


 足元にあるビー玉くらいの石を投げる。

 するとしばらくツルの動く音が聞こえ、姿を見せる。

 動物が獲物を探そうもするように地面を伝い、俺が投げた石ころを触って気にしてる様子だった。

 それがただの石ころだと理解したのか、ツタは身を引いて再び壁の中へと戻る。少しは知能があるらしい。

 あとは視覚は無い、と思う。だからただの石ころだとは思わなくて出てきたんだろうし、触って確認したんだ。

 恐らく付け入る隙があるとすれば、きっとそこじゃないかと推測する。

 もう少し調べたいけど、あまり悠長にもしてられない。

 というか、すでに道に迷ってる状態なのだから、一刻も早く帰りたい。ああ、帰りたい。

 チュートリアルから難易度無視した難関に挑んでる気分だ……

 と、鬱になる前に行動しなくては。


「ララ、なるべく足音を立てずに行くぞ」


 同じく状況を理解したララが頷いてくれた。察しが良くて助かる。

 俺たちは足音を殺しながら、ツタのいなくなった道を進む。

 慎重に、慎重に……

 ――カツン。

 後ろから何かの物音がし、一気に背筋が凍る。

 ゆっくりと後ろを見ると、中腰になっていたララが背負っていた、大剣を収めている鞘の先が地面に接触していたのだ。

 マジか。

 顔を青くしてしまっているララも恐らく同じことを考えていることだろう。

 決して大きくはなかったその音。しかしその音に反応を示したツタが再び姿を現す。


「「……」」


 二人で息を殺す。最低限の呼吸だけし、逃げ出したい気持ちを抑えて指一本動かさないようにする。

 ゆっくりではあるが、確実にララの方へ伸びてくるツタ。

 たしかに息を殺しても触られたら「獲物」と判断されてしまうかもしれない。

 ジリ貧……いや、だったら別のものに気を逸らしてしまえばいい。

 念のために拾っておいた小石を、何も無い方へと投げて音を出した。

 ツタのカサカサと動く音がまるで鳴き声のように聞こえ、それらが振り向いて小石の方に向かって行く。

 ツタがある程度離れたところでララとアイコンタクトを取り、また慎重に進み始める。

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