6話目 前半 多分腐ってない
たとえ十年二十年住んでいた地域の近場でも、行ったことがなければ全く違う場所に飛ばされたのではという錯覚を感じることがあったりする。
それが今の俺たちの状況であり、恐らくララの心境なんじゃないかと思う。まぁ、彼女がどれだけこの場所に住んでるかは知らないけど。
「ここからどうする?あんなのにまた出会いたくないけど、今の状態じゃあなぁ……」
絶賛迷子中の俺は溜息を零し、そう口にする。
ララはというと、周りに生えてる雑草やキノコをしゃがんで見つめていた。
「おい。まさかだけど、その雑草を食おうなんて思ってないよな……?」
「……」
ララの視線が一瞬俺に向けられたが、すぐに地面へ戻された。
そしておもむろに生えていたキノコを抜いて口に近付けるララ。
「待て待て待て。それがどんなキノコかわかってて食おうとしてるんだよな?というか、昨日食ったあの豆粒はないのかよ?アレ食えばいいんじゃ……」
するとララは一度袋を取り出すが、首を横に振りながら懐に戻した。どうやらもう無いらしい。
やっぱああいうのは貴重なものなのか?
「……でもだからって、そこら辺に生えてるもんを口にしたらダメでしょーが。特に毒キノコなんて茹でようが何しようが、毒が残る時は残るかるな。あー……アレはどうだ?」
ふと顔を上げると、木の上に実っていたのが目に入った。
見たところヤシの実っぽいが……
「ララ、アレを落とせるか?こう……木を蹴ったりして――いったす!」
ララの怪力を活かした俺の提案が気に入らなかったらしく、ララは頬を膨らませながらこっちを蹴ってきた。
お尻蹴るのはやめて!割れ目が増えたらどうしてくれる!?
「わーったよ、俺が取ってくる。木登りなんて久しぶりだけど……よっと!」
そう言いながらも、自分でも意外なほど気に早く登り、実があるところまであっという間に到達してしまっていた。
さすが全盛期に近い体。元気が有り余ってるらしい。
上に着くと実っていたのは見えていたもの以上に多く、その内の一つをもぎ取って頭の部分に短剣を当てる。
その実は意外と柔らかく、短剣がスッと入って切り取ることができた。
もし中身がヤシの実と同じものだったら……ビンゴ!……って、なんだこの色?
中には金色に光った液体が入っていた。
えっ、何これ?ヤシの実と同じように飲み物を期待してたんだけど……
金塊でも溶かしたかのような色に戸惑っていると、乗っていた木が揺れる。
なんだなんだと下を見ると、ララがジト目で木を押さえていた。彼女が揺らしていたようだ。
「ちょっ、まっ……落ち着け!落ち着けって、落ちるから!?」
実際、かなりのバランス感覚を要していて、下手をすれば今にも真っ逆さまに落ちてしまいそうだった。
なんだか、この短時間でララが腹ぺこキャラに見えてきてしまっているのだが……そこまで腹減ってるの?
「一応聞いとくけど、これって食えるのか?中に黄色いというか、黄金っぽい色の液体が入ってるけど」
ララが木から手を放してくれたところで聞いてみるが、首を傾げられる。
ララも見たことがないのか……どうする?
毒味……本当に未知のものなので、その言い方があってるだろう。
ちょっとだけ……指先に付けて舐めてみた。
こ、これは……!?
「う……」
美味い!なんだこれ……なんだこれ!?
果汁や炭酸ジュースなんか目じゃないくらい美味いじゃんか!
え、何これ……俺死ぬの?
そんな感じに昇天してしまいそうなくらいに美味かった。
そして気付けば、俺はそれを全て飲み干してしまっていたのだった。
「ぷはぁ……これはやべえな。軽く中毒になりそうだ……おい、これ落とすぞ!」
その感動を分かち合おうと、同じ実を何個か落とす。
……そういや、汁以外も食えるのか?
スプーンとかがないので、木の実の内側に直接口を付ける。
口の中に広がる甘さもプルンとした食感。こっちも美味い!
「これ一つで飲み物と食い物が両立しちまうな――」
【黄金の実を食べました。精神異常をレジストし、恩恵として永続的にAGIを+10、MNDを+5加算します】
……え?
再び頭の中に響く機械的な声。さっきと違い、落ち着いた状態だったので今度はハッキリと認識できた。
今のは黄金の実を食べたからAGIとかが上がったって聞こえたけど……速さが上がった?あと精神の方も。
今のを食べたからか?まるでゲームみたいだな……
なんてアナウンスのようなものに混乱していると、下でララが木の実を手に凄くご機嫌ナナメっぽく俺を睨んできていた。
「あー、はいはい。切ってやるからそう睨むなよ……」
さっきの声はとりあえず置いておき、降りたところでララから差し出された木の実を輪切りしてやる。彼女も中身を見て驚き、それを口にすると目を大きく開き輝かせた。
「~~~~っ!?」
声に出さずとも、ララがあまりの美味しさに悶絶しているのがわかる。
木の実を口に詰めて膨らみ赤らんだ頬に手を当てるララを見て一安心した。
今の自分の体に変化が無いことから、即効性の毒があるというわけでもないいようだが……でもこれで毒があったとしても悔いはないかもしれない。
「あと何個か落として、ララの袋の中に入れて非常食にするか?」
ララが目を煌めかせたまま凄い勢いで首を縦に何度も振って頷く。相当気に入ったらしい。
「さて、食料も手に入ったことだし、地道に元の道を探すかね。ついでにゴブリンやグロロとかいうのもいれば倒すか?」
頬張りながら頷くララ。
方針が決まったとは言い難いけど、行動の目安にはなるだろう。
そういえば町からは南東に向かってきたんだったな。だったら逆に北西に向かってみるか?うーん……
「なぁ、ララ……あれ?」
振り向くとそこに彼女はおらず、代わりに食いかけの実を地面に落とされており、ララはフラフラと茂みの方に足を運んでいた。
「……ララ?」
俺の目から見ても様子がおかしいのは一目瞭然だった。
そういえばさっき頭の声で精神異常がどうのって言ってたな……まさかララの身に何かが起こってるってことか?だとしたら何とかしなきゃならねえってことだよな!
「おい、ララ――」
――ぐしゃっ!
ララの肩に手をかけようとした瞬間、嫌な音が耳の近くで聞こえて視界が暗転する。
突然のことだったが、今のはララに殴られたんだと視界の隅で捉えた。
そしてもう一つ、なぜと疑問が浮かぶ間もなくララがおかしくなっているのだと確信する。
さっき頭の中で響いたアナウンス「精神異常」……それがララの状態だろう。
名前からして精神に何らかの異常が起きているんだと思う。
そしてララが俺を襲うでもなく、どこかへ行こうとしているのはきっと……
「その原因に呼び寄せられてる……?だったら行かせるわけにはいかねえ!」
殴られて視界が揺れてまともに立てないけれど、それでも根性で立ち上がり去ろうとするララのから思いっ切り抱き着いた。
勢いよくやったせいで俺たち二人は地面に倒れ込む。
女の子を後ろから抱き着いて押し倒すなんて普通なら通報ものだが、今はそんなくだらないことを考えてる暇はないんだし、勘弁してくれよ……!
「でっ!?」
するとさっきまで鈍重な動きをしていたララが、暴れ馬の如き動きをし始める。その時に肘で顔面を殴打された。
その痛みにも我慢して抱き着いて拘束し続けようとするその後も木に体当たりして俺をなんとか剥がそうとしてくる。
「いたたたたたたたたっ!?死ぬっ!このままじゃ本当に死ぬ!ったく、痛いって……――」
ララの力はやっぱり強く、我慢も限界に近付いてきた。
そんな時に思わず俺は自分でも思っても見なかった反撃に出てしまう。
「――言ってんだろぉぉぉぉっ!!」
むにゅ。
柔らかい感覚をした何かを両手が鷲掴む。
何これ……袋?でも彼女の異次元袋は脇に……
なんだか嫌な予感がする。だってこれ凄く柔らかいし、その……両手が丁度ララの胸元辺りの位置にある気が……
「……ッ!」
ララの動きがピタリと止まり、顔に赤く染まり始める。
そしてギギギとぎこちない動きで彼女がこちらを振り向くと、羞恥に塗れた表情で俺を睨んできた。
あれ、精神異常は?
そう思う頃には俺、八咫 来瀬は再び殴られて飛ばされてしまっていた。
――――
「「……」」
訪れる無言タイム。
俺はともかく、おかしな行動を取っていたララはさっきまでの自分の行動を自覚していたらしく、両手で顔を覆い転げ回って絶賛悶絶していた。
しばらくして気が済んだのか起き上がり、キッと俺を睨んでくる。
「いや、ごめんて。わざとじゃないって言い訳する気はないけど、もうキツいの一発殴ったからそれで許してよ。これ以上殴られたら本当に死んじゃうからね、俺?」
「死」という言葉にララの肩が跳ね、過剰に反応を示して目を背けた。
下手をすれば俺を殺していたかもしれないという罪悪感からか、はたまた自分が獲物にされかかっていたことへの恐怖か……
いや、多分後者だろう。うん、きっとそうだ。
俺みたいな奴を殺したところで、手が汚れる程度にしか思わないだろうけどな。
なんて考えていると、ララが俺の裾を掴んでくる。その目には涙が溜まっており、今にも泣き出しそうだった。
「え、ちょっ……なんで泣いて……?」
嗚咽するララに思わず狼狽えてしまう。なんで泣いてるかもわからないし、そもそも女の子を慰めたことのないのにどう声をかけたらいいかなんて思い付かない。
ここはどうすれば……もういっそ子供をあやすみたいに頭撫でとくか?丁度いい位置にあるし。
拒絶されたらやめればいいか程度に考えて、ララの頭を優しく撫でる。
するとララは拒絶するどころかジッして受け入れているように見えた。
「……えっと……嫌じゃないのか?」
「っ!」
声をかけたらララの体が浮くように跳ね、一気に俺から離れる。そこまでハッキリと拒絶反応を示されると悲しくなるんだけど……
にしても、あのままだったらララはどうなってしまっていたんだろうというゾッと寒気を感じながらも、興味が少し湧いてしまっていた。
「……って、ララ?」
少し考えていた間に、ララは移動し始めていた。
ララって放っておくとすぐにどっか行くし、目が離せない子供みたいだな……
なんて呆れながら溜息を零し、ララの後を追う。
「帰り道でも思い出したか?」
一応期待をしながら冗談半分で言ってみたが、ララは首を横に振りながら前に進ま続ける。もしかしてがむしゃらに進んでたり?
……いやまぁ、目印も何も無いなら結局はそうなるんだけど……
「はぁ……冒険初日から迷子とか幸先悪い……」
いや、もう早速俺の運の悪さが発揮されてるのかもな。
この先の出来事、何事も無く終わりそうに無い嫌な予感を感じながら、ララと共に森の奥へと足を踏み入れた。
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