5話目 後半 腐らされた彼女
「「……」」
町から出て数十分。お互い喋るどころか何かやり取りをすることもなく、ただひたすら歩くだけ、昨日と同じだ。
ただ、アイカさんの言っていた大黒林という場所まであとどれくらいというのは聞いておきたいのだが……俺の場合、話を振るのも振られるのも毎回ハードル高いんだよな……
「……なぁ――」
「ギ!」
話しかけようとしたところで、最近聞いたことのある声が耳につく。
声のする方を見ると、棍棒を振りかぶったゴブリンがララに襲いかかろうとしていた。
「おい!?クソッ……!」
気付いていないララとゴブリンの間に割って入る。咄嗟のことだったので腰に携えた短剣を抜くこともなく、そのまま殴られてしまった。
「んがっ……!?」
ゴブリンはその棍棒で勢いよく顔を殴られ、目に映る世界が反転した。
その後も頭や体の至るところが打ち付けられ、止まった頃には視界がチカチカして次第に頬が熱を帯び、思考がまとまらない状態となってしまう。
「ギギッ!……ギゲッ!?」
すると変なもの聞こえてきた。何か生き物の潰れたような音とゴブリンの悲鳴らしき声が。
キーンッと耳鳴りがして混乱しつつも、半開きにしか開けない目で視認したのは、ララの心配する顔だった。
そして赤く染まった手を俺の頬に当ててくる。
「ラ……ァ……ゴブ、リンは……?」
殴られたのが頬だったせいか、まともに喋れなくなってしまっていた。
ララは話を聞いておらず、ずっと殴られた俺の頬を見つめている。
視線を少しズラすと、ゴブリンだったであろう頭を失くした緑色の体が転がっていた。
まさか殴って殺したのか?怖ぇ……
痛みを紛らすためだったのかは自分でもわからないが、自然と笑いが込み上げてきた。もしかしたらただ混乱してるだけかもしれない。
「ぐっ、いてて……ああもう、一昨日からこんなんばっかだな!」
気合を入れて立ち上がると、少しだけフラつきながらも立ち直す。
ララに心配されそうになったが、手で制して大丈夫だと伝える。
「これで……ゴブリン一匹、だな?」
そう言って強がり、笑って見せる。ああでも、膝がガクガクしててまともに立てない……
するとララは俺の腕を自分の肩に回し、俺を運びながら来た道を戻ろうとしていた。
「待てララ、どこに行くつもりだ?そっちは今来た道だろ?」
俺の問いかけにララは何かリアクションするでもなく、強引に俺を連れて行こうとする。
「だから……待てって!」
ならばと俺も少々強引にララから離れて距離を取った。
「心配性なのはありがたいが、一発顔をぶん殴られただけで帰ろうとするのは早計じゃないのか?冒険者になるならこういうことの一つや二つは想定してるもんだろし、気にすんなって。な?」
説得するようにそう言う。
痛くて今にも泣きたくなってる俺が言っても、説得力なんてこれっぽっちもないんだけど。
だからなのかララは応じようとせず、頬を膨らませながら俺の服を引っ張る。
「強い強い、服破けちゃうから!そんな力で引っ張ったら俺の一張羅が無くなっちゃうから!?」
そう言ったらようやく放してくれたが、やっぱり納得はしてない様子。
「そろそろ大丈夫だ。次からは気を付けて行こうぜ」
そう言って誤魔化しながら一本道を歩き出そうとすると、今度は襟首を掴まれて止められてしまう。ちょっ、苦し……
「な、何……?」
苦しさで咳き込みながらララを見ると、ゴブリンを指差した。
何のことかと理解が追い付かないうちに、ララはゴブリンに近付いて俺の短剣より小さい小型のナイフを懐から取り出した。おいおい、まさか……?
嫌な予感は的中し、ララはゴブリンの耳を剥ぎ取り始めた。
グロテスクな光景に思わず目を背けたくなるが、これも冒険者になるには欠かせない作業なのだろうと思い込み、視線を戻す。
そして見れば見るほど、ゴブリンという生き物がどれだけ醜悪かというのがわかってしまう。
細い体付きにブツブツとイボのようなものが多数、目も人間や通常の動物が持つ瞳孔はしておらず、狼もどきに似たおぞましさを感じていた。
ララは剥ぎ取ったゴブリンの部位を、昨日一昨日見た異次元袋とは別の袋に入れる。
そしてそれが終わるとララは、街道から外れた茂みを指差す。
「もしかしてそっちが大黒林?」
聞いたところでララは頷き、再び先行しようとする。
「待ってくれ、ララ」
そう言って俺は小走りしてララの少し先を行く。
「俺が先に歩く。だからララは俺が違う方向に行きそうになったら服を引っ張ったりして合図してくれ」
するとララは表情を不機嫌にして俺の前に出ようとする。
「……そうしないとまた同じことになるかもしれないぞ?」
俺の一言に肩を跳ねさせ、ジト目で俺を見るララ。
「ララたちって一昨日から注意散漫だし、また俺が先に気付いて庇っちまうかもしれないしなぁ?」
そしてまた頬を膨らますララ。反応が一々駄々っ子みたいで面白い。
――――
その後結局、俺とララは肩を並べて歩くこととなった。
女の子と肩を並べることに多少の抵抗感を感じてギクシャクしているが、会話がないので周囲に気を配ることに集中できる。
ララには悪いけど、この方がやりやすくて助かると思ってしまった。
風と揺れる草木、そして俺たちの足音だけが耳に届く。
時折鳥の鳴く声も聞こえ、何より虫がいなくて気分が害されず心地良い。
ゴブリンのような危険な生物がいるとは思えない状況に、つい恐怖すら忘れて気が緩んでしまいそうになる。そんな時――
――ガサッ
「っ……ララ!」
不審な音。
俺たち以外の何者かが出した足音のようなものと一緒に、茂みが不自然に動いた。
俺が合図するとララも遅れて音のした方を、二人で武器に手を添えて警戒する。
『……ケケケッ!』
奇怪な笑い声と共に現れたのは……人形?
糸に吊るされた泥人形のような見た目なのだが、各部位から伸びてるその糸はまるで宙からいきなり出現し、そいつを操っているようで……
「ララ、あいつはなんだ?……ララ?」
不気味な見た目をしたソレを聞こうとララに話しかけようとすると、彼女は尋常ではない程に青ざめ震えていた。
歯をガチガチと鳴らし、そいつに対して恐怖していたのが明らかである。
『ケケケケケケケケケケケケケッ!!』
すると視線をその人形向けると目らしき部位と合ってしまい、俺たちを敵と認識したソレが不規則な動きをしながら走ってきた。
【恐怖をレジストしました】
突然頭に響く声。あまりに突拍子過ぎてその言葉がほとんど理解できずにいた。
「――――ッ!?」
ソレの動きを見たララは肩を跳ねさせ、後退しようとして失敗し、尻もちを突いてしまう。
「お、おい!?……ああもう、ホントに!」
恐怖して動けずにいる彼女とソレとの間に割り込み、腰の短剣を抜いて構える。
構えると言っても武術的なものはあまり経験がないから素人なりの構えになってしまっているかもしれないけれど……
と、構えたはいいけども、ソレの動きは蛇足とも捉えられるくらいに上下左右に移動し、ソレ自体が本当に生物なのかと疑問に思えてしまっていた。
そしてソレが俺の目の前まで来るとピタリと動きを止め、人と同じ形をした手を全て伸ばす……所謂、貫手という形にして俺に向けて攻撃してくる。
幸い、俺が避けれる程度のものだったので、上体を逸らして回避した。体が若返ったからか、反応が良くて自分でも驚いてしまったけれど。
けど、これならカウンターを入れれば……!
そう思って短剣を抜き放とうとした時、後ろの方からバキリと音が鳴る。
ララが何かしたのか?そう思いつつ音につられて振り返ると、攻撃してきたそいつの腕が伸びていて、後ろに生えていた大きめの木を貫いていた。
「……は?」
普通なら表面以外をちょっとやそっとなことでどうにかなりそうにない木に腕を埋め込んでおり、ソレが手を抜くと後ろの景色が丸見えになってしまっていた。
それを見た最初は頭が真っ白になり、次第に理解する。
ああ、ララはこれに怯えていたんだ……と。
こいつはダメだ――考えろ
殺される――いや、折れるな
どうすればいい?――勝ち目がないなら……
「……逃げの一手!」
自分に言い聞かせるようにそう叫び、ソレがよろめいた隙にララの元に全力で駆け出した。
視点が完全にソレに向けられたまま放心状態となってる彼女を運ぼうと持ち運ぼうとしたが……重過ぎた。
え、嘘だろ……いや、大剣を含めても両手で引きずることすらできない重さってなんだよ……!?
「ララ!ララ、しっかりしろ!この……!」
放心状態から中々抜け出せないララの頬を叩いて気付けした。
普段だったらしないであろう行動だったが、緊急事態で多少焦っていたこともあったからだ。
そしてハッと気が付いたララは俺の顔をマジマジと見る。
「死にたくなきゃ、逃げるぞ!」
そう言ってララの手を強引に引っ張り、彼女自身に動いてもらいつつ誘導した。
振り向きもせずガムシャラに走り続けたところで、後ろからララ以外の気配が無いことに気付く。
その場で立ち止まり、切れかかっている息を整える。
その合間にララを見ると、俺よりも酷い息の切れ方をして膝に手を突き、大量の汗を垂れ流していた。
「っ……大丈夫、か……?」
「お前の方が大丈夫か?」とも言い返されてもおかしくない言い方だが、俺よりもララの方が今にも死にそうな様子なので間違いではないはずだ。
ララは多少狼狽していたが、大きく息を吸って冷静になったところで頷く。
全く大丈夫とまではいかないだろうけど、少しは落ち着いただろう。
「なんだったんだ、今のは……あれも生物、なのか?誰かが操ってるとかじゃ……?」
俺の言葉に対して首を振って否定するララ。
俺は「マジかよ」と呟いてその場にしゃがみ込んでしまう。
アレが「生物」として確立しちまってるのかよ……さすがファンタジー。
「……そういえば、俺たちが受けた依頼って期限あったよな?どのくらいだ?」
息が大体整ってきたところでララに聞く。ララが答えられるような質問で聞き直すなら……
「ゴブリン」
ララは指を三本立てる。
「三日?」
頷く。
「あっちは?えっと……グロロだっけか」
指を二本立てる。
「二日……だよな?二時間とかじゃねえよな?」
頷くララ。なら急ぐ必要はないはず。
一度帰って連合本部でさっきのパペット野郎?のと、この森に関する情報を調べてから出直した方がいいだろうな。
「よし!じゃあ、一旦帰ろう。態勢を立て直してからもう一回……ん?」
ララが俺の裾を引っ張り、首を横に振る。
「……まさかこのままゴブリンやグロロってのを狩ろうって?だけどさっきみたいな奴がそこら中にいたらヤバいと思うんだが……あれ、違う?」
ララは再び首を横に振り、四方八方を指差してバツを作る。
これは何を指して……って、もしかして……?
「道に……迷った……?」
額から流れ出る冷や汗を感じながら、他人から見たら気持ち悪く思われてしまうであろう薄ら笑いを浮かべて呟いた。
いや、まだ指を差しただけだし、単にここにはゴブリンやグロロが生息してないって意味だったりっていう他の可能性があるかも……
しかしララはそれに頷いて肯定してしまう。
「……おっふ」
自分たちが迷子になってしまってるとわかり、自分の口から思わず変な声が出てしまった。
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