5話目 前半 腐らされた彼女
連合本部に着いた俺は、中に入る時に周囲を警戒しながら用心して扉をくぐった。
思い出していたのは昨日ここにいた人たち。特に俺に直接絡んできたモヒカンの大男、グラッツェである。
あれだけ大きく啖呵切っただけに、直前になって顔を合わせるのが怖くなってきたのだ。
しかし怯える俺とは対照的に連合本部内は穏やかな雰囲気が漂っている。
昨日の荒くれ者たちだけでなく、普通に美人な女性や爽やかな青年がそこに居座っていた。
「えぇ……昨日のはなんだったの?」
昨晩みたいなピリピリした危ない空気じゃないのなら別にそれはそれでいいんだけど、気合い入れて入っただけに拍子抜けしてしまう。
「ようこそいらっしゃいました、ララ様……と、ヤタ様?」
昨晩に俺を担当してくれた女性が、ララを見た後に首を傾げながら眉をひそめた怪訝な表情で俺を見てくる。
「はい?」
「あ、いえ……昨日は説明しそびれてしまったのですが、早速パーティを組んだのかと」
やっぱりフレディの言う通り、説明不足だったか……そう思っていたところに、昨晩突っかかってきたモヒカン男のグラッツェさんが姿を現し、受付のテーブルに寄りかかる。
「よぉ?」
「んなっ……あんたは!?」
驚いた俺が一歩後退すると、グラッツェさんは「どうどう」と両手を前に出して落ち着かせようとしていた。
「落ち着いてくれ、もう昨日みたいなことはしねえから!……昨日のはアレだ、ちょっと試しただけなんだ。言っただろ?『誰でも冒険者になれるが、だからって誰でもなっていいわけじゃねぇ』って。冒険者は危険な仕事もやるからな、せめて根性のない奴はならないように俺たちが見張ってるんだよ」
「え……あ、そういう……だから受付の人も?」
グラッツェさんの言葉に俺が受付の女性に視線を向けると、苦笑して肩をすくめていた。
「申し訳ございません……まぁ、伝統行事と言いますか、洗礼みたいなものなので。少々乱暴でしたが、あれくらいしないと英雄願望を持った若い子供などが、ゴブリンやスライムなどを軽く見て討伐しに行ったまま帰って来ないという前例がありますから……」
帰って来なかった……それはすぐに「死」というイメージが浮び上がり、女性の言葉に背筋がゾクリと震えて悪寒を感じてしまった。
それはつい一昨日、俺が体験したことであり、下手をすれば俺がその「帰らぬ人」となっていたかもしれないことに、今更ながら恐怖を覚える。
あの時は無我夢中で気にしてなかったけども、今考えると凄いことしてたんだなと実感してしまう。
「そう、ですか……それじゃあ、俺は合格、ってことでいいんですか?」
「おうよ!俺が意気込んでもあそこまで冷静だった奴はそうそういねえぜ?……そういう意味じゃ、お前さんらはパーティとしてお似合いなのかもな?」
お前「ら」というのが他の誰かというのが一瞬わからなかったが、話の流れ的に俺とララのことなんだと理解した。でも正直なぁ……
「他の人にも説明されましたけど、パーティって力を合わせて依頼を受けるんですよね?協調性とかちょっと心配なんですけど、俺……」
いつもハブられていた俺はやれと言われればやるが、言わなくてもわかるだろってのには疎いのだ。
人が何をしてほしくて、何をしようと考えてるのかを言う前に理解しろというのは、到底無理な問題なのである。もちろん、俺が推測で勝手に動いていいのなら話は別だけど。
「そう難しく考える必要はねえよ!嫌だったら一人で行動すればいいだけの話なんだからよ!」
「ちょ……無責任なことを言わないでください!一人の行動がどれだけ危険か……」
「そうとも限らないさ」
グラッツェさんに受付の女性が激怒しようとすると、奥の方から初老くらいの白髪をした男が出てきた。
顔に似合わず半袖から出ている褐色肌の手足は若者顔負けの筋肉を付けている。
「ウルクさん!」
「身軽で気配を消せる者は集団より単独で行動しやすかったりする。ま、そう言えるのは経験を積んだ猛者だけだがな」
「お仕事の方はいいんですか?」
「なーに、新人の様子を見るのも仕事の一環さ……で、お前さんがヤタ君か?」
ウルクと呼ばれた男は受付の女性とグラッツェさんに向けていた微笑みを俺に向けてくる。
見ただけで只者じゃない雰囲気を纏うその人の問いかけに俺はただ頷いた。
「そうかそうか!私はここの責任者、ウルクと言う。いや、昨晩は悪いことをした……あれは全部私の指示だったんだ。理由はさっきアイカが言った通り……」
「ウルクさん、人の名前を当たり前のようにバラさないでください。衛兵呼びますよ?」
笑って誤魔化そうとしているウルクさんに向けた軽蔑するような彼女の眼差しに、向けられてないはずの俺がなぜか身震いして恐怖してしまう。あれ?少し前に顔だけで女の人から痴漢判定された時のことを思い出してしまうのはなぜだろう……
「え?……あっ、はい、そうでした!依頼の受注ですね?」
受付の方からアイカさんの声が聞こえ、そこにはララが通行パスを出して急かしている姿があった。
アイカさんが一冊の分厚い本を取り出すと、ララがそれを覗き込む。
「依頼はヤタ様とご一緒にお受けになりますか?」
アイカさんの問いかけに、ララは頷くだけして答える。
「えっ、俺?」
そんな疑問を口にするが、黙々と書類を書き込んでいるララの耳には届いてないようだった。
するとウルクさんが俺の肩を叩いてきた。
「意外と信用されてるんだな、お前さん」
「信用?誰に?」
悲しそうな表情をしたウルクの視線が、俺からララへと移る。
「……彼女は君と同じようにここで冒険者の登録を済ませたんだが、その時はちゃんと喋れていたんだ」
それは俺が聞いていいものかとも思うが、ウルクさんが話し始めてしまったので仕方ない。うん、これは不可抗力ってやつだから本当に仕方ないんだヨ?
「そして他のメンバーとも依頼を請け負い不自由無く過ごしていたある時、彼女を含めたパーティメンバーは賊に襲われた」
「っ……!」
ウルクさんの口から出てきた「賊」という単語に、俺は固唾を飲んだ。
「詳しくまではわからないが、女性である彼女は相当酷い扱いを受けたのだろう……帰って来た時の血塗れになったボロボロの衣服が物語っていたよ。後で調べるとその賊らしき者たちは、彼女と一緒に行ったパーティメンバーと共に見つかった。全員食い荒らされた痕跡を残してな……」
哀れみの表情を浮かべる彼の言葉に血の気が引いてしまった。
その賊というのは十中八九、人間だろう。
考えかかったわけじゃないが、この世界にも犯罪を犯す奴がいるんだ。
最悪、日本よりも治安が悪く、そういう悪意が身近に潜んでいるかもしれない……そう考えただけで昨晩のワクワクとはまた違った意味で心臓が高鳴ってしまっていた。
「その時にはすでに言葉を発することができなくなってしまっていて、何もかもに怯えてしまっていてな……特に男が近付けば尋常じゃないくらいに取り乱すほどだった。今だって、ちょっと前に組んだ女性二人と男性一人の三人パーティに入る時だって、男が一人いるからという理由でかなり躊躇していたんだ」
ウルクさんは言葉を区切り、視線を俺に戻した。
「お前さん……この際ヤタ君と呼ばせてもらおう。ヤタ君は彼女とは付き合いは長いのか?」
「え?……いいえ、一昨日会ったばかりですが……」
事実をそのまま話すとウルクさんは目をパチクリとさせて驚いている様子だった。
すると次に豪快に笑い始めてしまい、その笑い声に多くの人が視線をこっちに向けてくる。な、なんだ?
「二日?たった二日でか!一体どんなことをしたんだ!?」
何がおかしいのか、それ以降も笑い続けるウルクさん。それもいつもの光景だったらしく、一時は俺たちを見ていた冒険者たちもそれぞれの行動に戻っていった。
「そ、そこまで驚くようなことなんですか?」
「当たり前だろう?彼女はおよそ二年間、誰一人として男を近付けなかった。実際、度々依頼を一緒に受けた男たちからは『暴力を受けた』とクレームがあったが、調べるとそいつら嘘を吐いているとわかり、男たちから手を出したと推測して処理することとなったんだが、それから彼女はさらに男と組むことが少なくなったのだ」
さらに驚きの事実を告げたウルクさんに絶句しそうになってしまう。
……つまり男性恐怖症に近い感じか?
「一緒にパーティを組ませる人に注意はしなかったんですか……?」
「事情説明と忠告をした上でそうなった。だからある程度は彼女贔屓に物事を判断してしまうのだが……それでもちゃんと事実確認はするから、濡れ衣を着せてしまうことはそうそうないだろう」
そう言って頭を掻いて溜息を零すウルクさん。
たしかに彼女は美人だ。出るところも出ててスタイルも……と、余計なことを考えそうになったところで邪な考えを払うように首を振る。
だがだからと言って、そんな過去を持っている彼女を了承も無しに襲おうとしたのか?そんなの俺からすれば理解不能だ。
「しかし、さっきの反応からするに、ヤタ君から彼女を誘ったわけじゃないのだろう?だとすると君のように彼女自身が進んでパーティメンバーにするというのは、初めてここ二年で初めての事例というわけなんだ」
ウルクさんがそう言うと、グラッツェさんが「ヒュウッ♪」と口笛っぽく口に出す。
「女の心を動かすなんて、やるなあんちゃん!人は見かけによらないってことかね?」
「あんたの言う俺の『見かけ』ってのは、もしかしてこの目のことじゃないよな……?」
ジト目で睨みながら聞くと、二人が苦笑いで思いっ切り目を逸らされる。おい、ウルクさん、あんたもか。
「……はい、確認しました。ではあとは……ヤタ様」
アイカさんに呼ばれ、そっちを振り向く。
「あなたの通行パスも見せていただけないでしょうか?」
「あ、はい!」
ウルクさんたち二人の間を通り抜けてララの横に行き、プレートを見せる。
アイカさんはそれを受け取ると、手元に持っていきピピピッと機械音を鳴らした。
「はい、こちらも確認しました。では依頼内容を確認します。最近ここら一帯で活動しているゴブリンの討伐と、グロロの溶液二瓶となります。ヤタ様は初の依頼が討伐となりますが、ララ様と行動を共にするということで許可します。よろしいでしょうか?」
「あの……一ついいですか?」
「なんでしょう?」
挙手して質問しようとした俺に、二人の視線が集まる。
「『グロロ』ってなんでしょうか?」
「「「え……」」」
俺がそう言った瞬間、驚かれた声がウルクさんとグラッツェさんとアイカさんの口から出てきた。
「おいおい、マジか、嘘だろ……アレを知らないってのかよ?」
「ふむ、どんな生き方をしてくれば知らずにいられるのか不思議だが……アイカ、彼に教えてやってくれ」
ありえないと言いたげに驚くグラッツェさんを他所に、ウルクさんの指示にアイカさんが「はい」と答えて赤く分厚い本を取り出した。
それをアイカさんがパラパラとめくり、あるページを開いて見せてくる。
「こちらが『グロロ』、言わば黒いスライムです」
そう言ってページの一部分を指差すアイカさん。そこには流動物のような形を成してない何かの写真が載せられていた。
黒色でありながら半透明なソレの中央には目のように光る黄色く丸いものが浮かんでおり、スライムと言われるとゲーム知識のある俺は「ああ」と納得できるが、そうでない人から見ればおぞましく思える外見をしているだろう。
「これは……スライムとはまた別の生き物なんですか?」
「えぇ、違います。そもそも一般に知られているスライムはあらゆる能力が高く、実力のない者は太刀打ちできません」
別のページを開き、水色の似た流動物を指し示して説明してくれるアイカさん。そしてさっきのグロロが載ったページに戻る。
「対してグロロは一応擬態能力を持ちますが、擬態するには生物を捕食します……が、これ自体に戦闘力が皆無く動きもゆっくりなため、滅多なことで何かに擬態していることはありません。なので子供でもでも討伐することができる簡単なお仕事の一つとなります」
「なるほど」
アイカさんの言い方から察するに、雑用なんだなと推察した。
ゴブリンの方はともかくとして、初めての仕事には丁度いい内容というわけだ。
「どちらの依頼場所もここから南東にある大黒林です。お気を付けて行ってきてください」
営業スマイルでそう言ってアイカさんに見送られ、連合本部を後にする俺たち。
「……なぁ、ララ。なんで俺と一緒に行こうなんて思ったんだ?」
連合本部から出てしばらくしたところでララにそう問いかけると、俺より前で歩いていた彼女は歩みを止めて振り返って首を傾げる。まぁ、なんでいきなりそんなことを言うのだろうとは思うわな。
ここで誤魔化すのもアレなので、正直に言おうと思う。すいません、ウルクさん。
「ララの事情、ウルクさんから少し聞いたんだ。男を信用してないことと、どうしてそうなったかってことを……」
そう言うとララは目を見開いて驚いた表情をし、視線を連合本部の方に向けてムッとする。どうやら、冒険者には普段そこまで深い説明をしていないようだ。
「だからってわけじゃないけど、聞いておきたかった。俺でよかったのかってな」
「……」
ララはしばらく沈黙した後、俺の頭にチョップを食らわせてきて、何も言わずまた前を歩き始めた。気にするな、ってことかな?
ララの行動を前向きに捉え、俺も後を付いていく。
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