7話目 前半 腐った部屋
俺とララが音を立てずに先へ進むと、大きく開けた場所へと出た。
その場所は洞窟、というには今まで以上に不自然な明るさがあり、コンクリートのような材質の白い地面や壁、天井が広がっていた。
明らかに自然に作られたものではないというのがわかる。
まるで何かの実験施設みたいだが……人間が管理してる研究所なのか?
「ここが人間の管理してる場所だとしたら、ずいぶん悪趣味だな……」
同じく不思議そうに壁を触っているララの横で呟く。
だけど今の言葉に反してホッとしてしまっていた。人がいるかもしれないという考えに、安心感を感じてしまっていたかもしれない。
しかし何も無い。何か魔物がいるわけでも、人間がいたという痕跡があるわけでもない。
これじゃあ、ただの一息吐くための空間じゃないか……
「ララ、何か見付けたか?」
俺が惚けている間に周囲を散策していたララが首を横に振るう。
ま、見渡す限り何も無い部屋に何かあるわけないか。なんかここで行き止まりみたいだし……ん?
部屋の奥の壁に、窪みのようなものができているのにふと目に入った。
「何かの仕掛けか?」
ちょっとした好奇心。危険な状況、怪しい場所であからさまに何かあるぞと言ってるような窪み。
ただ凹んでるだけなら、それはそれで別にいいのだが……ああ、やっぱりこれも人為的に作られたもののようだ。
ちょうど指を引っ掛けられるところがあって引っ張れそうだし……
本当ならこういうのは下手に触れない方がいい。いいんだろうけど……触りたい!
「うーむ……ってうわっ!」
悩んでいるところにララが横にぴったりくっ付いて俺と同じ場所を興味深そうに見る。
あまりにも近過ぎて女の子特有の良い匂いがして……こないな。
むしろちょっと獣臭がするような……そういえばあの宿、風呂がなかったな。
……これ以上は何も考えないでおこう。何か背徳感満載っぽいし――
――ガシャン
「……え?」
違うことを考えてる間に鳴った音。何かの仕掛けが動く音が次々と周囲に響き渡る。
そして俺が視線を真っ直ぐに戻すと、ララが窪みに指をかけて引っ張っていた。どうやらララも好奇心には勝てなかったらしい。
――ガコンッ!
再び鳴る仕掛け音。そして体が宙に浮く感覚と共に視界が暗転する。
感覚的に落下したのだとすぐに理解した。
…………あら?
落下する感覚に抵抗できるはずもなく、両手を上げたバンザイ状態で落ちていく。
あ、これ死んだわ。
死を実感し、恐怖を感じる間もなく早くも諦める。
別の世界に来て早々落下死とは、なんて味気無い……と思っていたら、ズボッと足から何か柔らかいクッションに刺さり埋まった。
おかげで痛みなどなかったけれど……なんだこれ?なんだかぬちゃぬちゃしてて気持ち悪いんだが……
動く度に変な音が鳴り、気持ち悪い感触と相まって鳥肌が立ってしまう。
視界が暗いままはっきりしないのが唯一の救いと言える、のかも?
「……ララは大丈夫か?」
暗闇の中で問いかけるが、返事は返ってこない。代わりに俺の顔面に粘着質な何かがべちゃりと貼り付けられる。
「ぶぇっ、なんだこれ!?」
正体不明のものが顔面に張り付き、軽いパニック状態に陥りそうになる。
そこにその粘着質なもので両頬ががっしり掴まれてしまう。そこでこれが「人の手」だということに気付いたのだ。
「……もしかして、これララか?」
問いかけると左頬がペチペチと軽く叩かれて返答が返ってくる。
僅かに見える影に細目になりながら顔を近づけると、たしかにララの顔が見えた。
すると近付き過ぎたのか、顔に当てられていた手に力が込められ、押し倒されてしまう。もちろん官能的な意味でなく。
もはや全身がベトベトになってしまったことを感じつつ起き上がる。
俺の下半身を奪っている地面はヌルヌルしてはいるがしっかりとしているようなので、踏ん張って下半身を引き抜きその上に立つ。
「はぁ、なんなんだよ、このベトベト?立ったはいいがすぐに転びそうだな……っととっ!?」
足が絡め取られ、言った傍から早速転びそうになってしまったところを踏ん張る。
敵か?と思いそうになったが、絡め取られるというより人の手で掴まれたような感じで、さらにそれはララがいた方向だったことから、彼女が俺の足を引っ張ったのだと理解した。
「道に迷った次は落とし穴……本当に運がねえのな、俺……」
初めて自分のステータスを見た時の「LUC」の低さを思い出す。
多分、もう少しその値が低かったら、落下した時点で死んでいたんじゃないかとゾッとする。その前にゴブリンとかにやられてそうだけど。
そんな俺の肩にポンと手が置かれる。慰めようとでもしてくれてるのか?……なんだか悲しくなってきた。
「それはそうと、この暗さはどうにかならないのか?上の光で辛うじて見えてるけど、何が何だか……おっ?」
適当に手を伸ばした先に壁らしい硬いものに当たる。
「こうなったら、壁沿いに行くか。ほら、こっちだ」
近くにいたララの手を引き、壁沿いを一緒に歩き出す。ヌメヌメしてるからしっかり手を繋いでおかないとな……
そうして歩いていると、壁を沿ってる手に何かが当たる。
これは……スイッチ?
ノックするとコツコツと軽い音が響き、押せそうなボタンがあった。
……どうしよう、凄く押したい。どうして偶然見付けたスイッチって、こうも触りたくなるのだろう?
なんていう自問自答はさて置き、なんとなくオンオフのありそうなタイプの傾斜のあるボタンだったので、とりあえず押してみることにした。
――ガコンッ!
再び壮大な仕掛けが動くような音が鳴ると同時に、辺りがパッと明るくなる。どうやら天井の明かりを点けるスイッチのようだった。
「助かった、これでようやく状況が掴め――」
言葉通り周囲を見渡して状況を把握しようとした俺は言葉を詰まらせてしまう。
――「肉」
そう表現するしかなかった地面に広がり埋め尽くす何か。「ソレ」は息をしているかのように僅かに動いていた。
「……なんだ……これ……」
そんな言葉しか出ないほど、俺は動揺していた。
あまりにも非現実的な光景を目にしたその視線を自分の下まで持っていき、俺自身が今踏んでいる「肉」を見て嘔吐感が上ってくる。
「うっ……!」
その場で跪き嗚咽してしまう。
運良く、と言っていいかわからないが、死臭など鼻を突くような臭いはなかったため、実際に吐くことはなかった。
生物の死肉ってわけじゃないのか……?
「……どちらにしろ、早くここから逃げたい気分だ。ララもそう思わないか……って、え?」
再び驚くものが目に映り込んだ。
……ララだった。
部屋の真ん中で気を失うように倒れてしまっていたのだ。
なんでララがあそこに?だって、俺はあの子の手を引いて……いや、彼女はあそこにいる。じゃあ、俺が手を引いていたのは……?
見たくない。でも見なければ正体を見れない。
そんな葛藤に悩みながら、ゆっくりと振り向く。するとそこには……
「……アァ……」
左は眼帯をしているが、露わになっている右目は本来白い部分が黒く染まっており、獣のような黄色い瞳をしていた。
そして青黒い色の髪は地面を引きずるほど長く、肌は比喩的な表現ではすまないほど青く染まり、所々が汚れた包帯を巻いていて、申し訳程度にボロボロの白い服を着ている。
外見だけでも明らかに人間じゃないそいつからは呻き声のようなものを僅かに発しているのが聞こえ、ゆっくりとした動きでこっちに手を伸ばしてきた。
「うおぁっ!?」
大きな悲鳴を上げて、その場に尻もちを突いてしまう。
なんだ、こいつ!?
一応女っぽい人の形してるけど……絶対人間じゃない。
「アァ……ゥッ!」
ゆっくりと動くそれは、凹凸のある肉に足を引っかけて転んでしまっていた。
そしてそのまま動かなくなる。
……な、なんだあれ?
「……お、おーい?」
なんとなく心配になって近寄る。まさか死んだのか?
転んで死ぬような生物がこの世界にいるのだろうかという疑問を抱きつつ、動かなくなったソレに近付く。
と、興味本位でそいつに手を伸ばすと、その腕をガシッと掴まれた。
「なっ!?」
死んだフリだと!?
反射的に逃げようとしたが、その細い腕からは考えられないほど力が強く、外せなかった。
クソッ、やっぱ逃げとけばよかった!
このまま攻撃されるのかと身構える。しかしいくら経ってもその気配は無く、逆に温かい感覚が包み込んできた。
「……え?」
何が起きたのか確認しようと目を開くと、さっきまで転んでいた奴に抱き着かれていた。
「なんっ……ちょっ、なんで!?」
「アゥ……?……スンスン」
そいつは少し離れ、首を傾げたと思ったら俺の首にまた顔を近付けて臭いを嗅いでくる。
「な、何!?なんなんだよ、一体……?」
「~~♪」
今度は上機嫌な猫のような鳴き声を出しながら、俺の頬に自分の頬を擦り付けてきた。
敵……じゃないのか?
「カプッ♪」
と思った傍から噛まれた。
噛まれたと言っても甘噛み程度の軽さだけれども。
そしてそのままちゅ~っと吸われる。
……その、最初は化け物か何かかと思って驚いてたけど、肌や目の色以外は人の女の子っぽいから、こう……キスみたいなことされると恥ずかしいのだけれど……
こいつってアレか……異世界でよくある人間に似た別の種族的な?ゴブリンの時みたいな敵対するような感じないし……
そんなことを考えていると、ララが起き上がる。
「…………?」
起き上がった彼女は寝起きのように半目でボーッとしていたが、その視線が俺へと向けられる。
すると俺の状態を見たララの眠そうだったただの半目が、段々軽蔑するようなジト目に変化していくのがわかった。
「おい待てララ、これはあれだぞ?別にやましいことがあってこうしてるわけじゃ……おい、そろそろ離れてくれ!」
「ウゥ?」
別にララと何かあるわけでもないのだが、なぜだか悪いことをしてる気分になってしまっていた。
そして青肌の少女は状況を理解できずに首を傾げる。というか、この子も喋れないのか?
「ララは体、大丈夫そうか?結構高いところから落ちたけど……」
少女が離してくれないまま、ララに話を振る。
彼女はしばらくジト目をこっちに向けた後、自分の体を見下ろす。
手を握ったり開いたり、立ち上がって屈伸をしたりし、最後に腰に付けた異次元袋を確認する。
それから問題ないという風に頷く……が、やっぱりジト目。
なんでこんなに睨まれなきゃいけないんだろう、俺……
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