6話目 前半 関係の修復

 ……気まずい。

 何が気まずいってチェスターの元から去る時に偶然ララと鉢合わせてしまい、無言で案内されている状態なのである……気まずい。

 言葉がないだけに「さっさと出てけ」とでも言われてるような気分だ。

 そろそろ彼女との仲を修復した方がいいか。レチアもうるさいし……

 だけどこれ以上彼女に謝ったって何も変わらず無視されるだけだろう。

 だったら次の言葉は何を選ぶか……

 はぁ……ただでさえ人と関わったことが少ない俺にこんな高等な会話技術を要求されるとはな……

 それでも人の気持ちが全くわからないってわけじゃないから無理難題じゃないんだけどもね。


「ララ」

「……」


 相変わらず怒っているのか無視。

 謝り続ければ相手が許してくれるってのは可能性が低い。幻想だとも言いたくなるレベルで。

 ならどうするか。まずは相手に話を聞いてもらうところから始めなければならない。

 だからその一手として彼女にこう言う。


「今夜一緒に食事でもどうだ?もちろん誘ったんだから俺の奢りで」


 俺の誘いの言葉にララはその場で立ち止まり、驚いた顔で振り返った。

 食事の誘いもそうだが、多分彼女は俺が奢ると言ったことに驚いたのだろう。

 たしかに俺は裕福とまではいかないが、俺が最近全く飯を食わずにいるおかげで余裕はある。

 それを少しくらいここで使ってもいいだろう。

 よし、それじゃあ次はこの流れを逃さないよう、少し強引に予定を取り付けるとしよう。


「少しくらい普段より高いところでも払えるし、ライアンさんには俺から相談しておく。それに予定が空いてなければララの都合に合わせるし……どうだ?」


 できるだけ譲歩した条件を提示して誘う。

 もしかしたらそれなりに良いものをここで食べさせてもらったりしてるかもしれないが、相当俺のことを嫌ってなければこの誘いに乗ってくれるはずだ。

 ……そこまで嫌われてないよな、俺?

 俺の中で一気に膨れる不安を他所にララは何やら紙を取り出して書き始め、それを差し出してきた。

 そうか、文字なら俺に意志を伝えられるな。なんで今までそれをしなかったのか疑問だったけど。

 それはさておき。何何……


「えっと……『二人でならいいよ』?それって……」


 ララを見て確認する。

 彼女は今にも泣きそうなくらいに顔を真っ赤にして俺を見ながら頷いた。


「レチアと二人っきりで食べに行きたいのか?まぁ、イクナは俺が面倒見とくけど……」


 そう言うとララはガクッと肩を落として項垂れる。

 あれ、違った?

 するとララは怒ったような恥ずかしがってるような、頬を膨らませながら顔を上げて手を振り上げて俺にチョップをし、指を差してきた。


「人を指差しちゃいけないって誰かに言われなふぁったほか?」


 言葉の途中でその差している指を俺の頬に押し付けて妨害してくる。

 ララは俺を指差ししてくることをやめない。

 ……まぁ、なんとなくわかってて誤魔化しちゃったけど、やっぱそういうことだよな。


「俺と二人っきりってことか?」


 また頷くララ。

 レチアたちもいた方が気も紛れたんだがな……まぁいいか。


「わかった。レチアからの文句は覚悟しておけばいいさ。んじゃ、早速ライアンさんのところに案内してくれるか?」


 ララは赤くした顔を俯かせながら早歩きして俺の横を通り過ぎ、来た道を引き返す。

 ……なんだかなぁ。


――――


「――ということでララと食事に行くことになりました……」

「ズルいにゃ!でもよくやったにゃ!」

「ヨク!ヨク!」


 ライアンさんからララとの外食の許可を貰い、邸宅からレチアたちが待ってる宿屋に戻ってそのことを話した。

 レチアは羨ましそうにしながらも何故か褒めてきて、イクナもその様子を真似て声に出そうとする。姉妹みたいだな、こいつら。


「ズルいはわかるけど、よくやったってなんだよ……」

「いつまでも喧嘩してるのはよくにゃいにゃ!というかヤタたちがさっさと|仲直(にゃかにゃお)りしにゃいと僕たちもララちと会えにゃいじゃにゃーか!」


 レチアが興奮し過ぎて語尾以外にも「にゃ」を連発しまくってしまっている。

 そんなにララと仲が良いとは思わなかった。


「わかった、わかったから。そんなににゃーにゃーばかりだとなんて言ってるかわからんぞ」


 俺がそう指摘してやると、レチアは顔を赤くする。


「う、うるさいにゃ!いいから早く行けにゃ!」


 レチアは叫ぶようにそう言って飛び蹴りしてきた。

 仮にも主人である俺に酷い仕打ちである。


「はいはい……代わりと言っちゃなんだけど、金を渡すからレチアたちも何か食べてくればいい」

「流石ヤタ、太っ腹にゃ!……でもそんなにお金使って大丈夫かにゃ?」


 レチアは嬉しそうに笑ってから一変し、不安そうに見つめてくる。


「安心してくれ、普段節約してるから少しくらい豪勢にできる。レチアの方も足りないならもう少し出せるぞ?」


 この世界の金銭感覚にも慣れてきたからこそ言えるセリフ。

 向こうの世界で例えるなら大体3000円くらいの金額を渡すつもりだ。


「いや、いいにゃ。これだけでも十分……それよりララちに食べさせてやりにゃよ」


 そう言ってニッと笑うレチアに思わずドキッとときめいてしまいそうになった。

 危ない危ない。これがもし少女漫画だったら確実に恋してたよ。

 そしてそのまま即告白して即フラれて一巻も待たず一話目で終了……なにそれ悲しい。


「言われるまでもねぇよ。今まで上司にすらしたことないくらい媚びへつらってあいつの機嫌を取ってやるよ……へへへ」

「ヤタ……もう……色々気持ち悪いにゃ」


 本気で気持ち悪がったレチアを見て心が折れることはなかったけれど、もうこの笑いは一生しないと誓った俺でした。


――――


 そしてその夜、一応相手が女の子だからということで風呂に入り身支度を整えた男、八咫 来瀬。

 夜は暗いのでグラサンを外して待ち合わせの場所で待っていると、みんなが俺の顔を二度見したり振り返って確認しようとする。

 はっはっはー、人気者だな俺。人気過ぎて通報とかされそう……治安を守る人と待ち合わせしてデートとかやめろよ?

 そんなことを思って待っているが、時間になってもララは来なかった。


「……もしかしてすっぽかされたか?」


 急激に不安になってきた。

 どうしよう、もう少し待ってても来ないなら帰ろうかな……

 辺りを見回しながらそう思った矢先、遠目に女性が路地裏へ無理矢理連れ込まれていくのが見えてしまった。

 それがララに似た人物だったり……


「……マジかよ」


 ララはたしかに美人の部類に入る。前の町で彼氏とか相手がいなかったのが不思議なくらい。

 だからってこんな公の場で誘拐紛いのことをする奴がいるなんてな……

 助けに行くか――そう思って踏み出そうとしたところで、誰かが俺の前に立ち塞がった。


「少しお話を聞かせてもらってもいいかな?」


 お巡りさん……もといこの町の衛兵だった。

 おい、誰だ本当に通報した奴。

☆★☆★

「……」


 一般的な部屋よりも少し装飾の施された広い部屋に、メイド服を着たまま俯きでベッドに横たわる黒髪の少女がいた。

 つい先程ヤタと外食の約束をしたララ。

 現在の主であるライアンからも許可を貰うことができ、早めに仕事を切り上げて準備をすることとなったララだが、今現在恥ずかしさに顔を赤くし足をバタつかせて悶えていた。

 勢いに負けたとはいえ、自らヤタに「二人だけの食事」を提案してしまったのだ。

 まるでヤタとデートしたいと堂々言ってしまったのと同等で、それは告白ようなものと捉えられてもおかしくなかった。

 ここ数週間、与えられた部屋でお世話になった枕をギュッと抱き締め、バッと起き上がる。

 彼女が少し視線をズラした先には時計が。

 ヤタとの待ち合わせ時間まで二時間。

 早めに切り上げさせてもらったはいいが、それまで何をしていいのかわからずにただ悶々とするしかないララ。

 するとそこの部屋の扉がノックされる。

 ララが返事をするまでもなく開かれたそこにはメイド服を着た白髪の女性が立っていた。


「こら、ララさん!その格好のまま寝たらシワになっちゃうじゃない!それにこれから男性とデートなのでしょう?何をダラダラしてるのですか!」


 女性に怒られたララの全身が飛び跳ね、涙目でゆっくりと振り返る。

 彼女の名はキーラ。ライアンの元で働く正式なメイド長である。


「いくら仮雇用とはいえ、それでもメイドですか?情けない……意中の男性を射止めるのならシャキッとしなさい、シャキッと!」

「~~~~っ!」


 「意中の男性」と言われ、ララは慌てて手をブンブン振って否定しようとする仕草を見せる。

 しかしそれは他の者からの見れば図星を突かれて慌てているようにしか見えない。

 そんなララの様子を見て溜息を吐くキーラ。


「初々しいのは結構ですが、もう少し淑女としての嗜みを覚えた方が良いですね……いえ、それよりも何をボーッとしてるのですか?女の支度は殿方よりも多く必要とするのです。今からやらなければ時間に遅れてしまい、相手方をガッカリさせてしまいます……すぐに支度なさい!」


 彼女の一喝でララはすぐに立ち上がり、ビシッと敬礼をする。

 しかし結局何をしていいのかわからないララは戸惑ってしまう。

 そこでもう一度キーラが溜息を吐く。


「……とはいえ、あなたが冒険者だと聞いた時から察していたので、旦那様に無理を言って私がこうしてやってきたのですが」

「……?」


 なんで?と言いたげに首を傾げるララ。

 そんなララにキーラは鋭い眼光を向ける。


「ララさん、あなた、素材は悪くありません。磨けば光る原石のようなもの。その原石を宝石に近付けるべく私が手を加えさせていただきます!」


 キーラはそう言うとどこから出したのか、肌や髪に関係する道具を取り出して構える。

 彼女のあまりの勢いにララは困惑し、ただただキーラに全てを任せるしかなかった……

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