5話目 後半 痕跡

 ロザリンドさんに連れて来られたのは、近くの暗い路地裏だった。


「ここが一人目の犠牲者の所有物が落ちていた場所です。この暗さなのでわかり難いですが、壁や地面などには傷跡や血痕など争ったような形跡は見当たりませんでした」

「……もしかしたらその落とし物も関係ないものかもしれませんね。もしくは逃げる途中に落とした物か……いずれにせよ、まだ結論付けるには早いかもしれませんよ?」


 最後の言葉は意味深に聞こえるかもしれないが、実際に意味は無い。

 前に見た探偵もので一度は言ってみたいセリフだったから言っただけである。

 でも言ったからには何もしないわけにはいかない。

 それっぽく周囲を見渡してみる。素人の俺が何かを見つけられるとは思わないが……


「ん?」


 壁や地面に所々におかしな透明の液体を見つけた。

 目立っていたわけではないが、たまたま光が反射したのが見えたのだ。

 試しに触ってみると弾力があり、手を離す時にネバネバした糸を引いた。


「うわっ、気持ち悪っ!?……何これ?」

「ん?……ああ、それですか。事件当日からあるのですが、ただの粘液なのでそこまで気にする必要はなかったと思いまして」

「事件……当日?あの、それっていつのことですか?」


 ロザリンドさんは「えーっと」と少し考え込み、答えた。


「あなたたちがこの町に来てから間もない頃なので、大体二週間前でしょうか――」

「それだぁぁぁぁっ!!」


 俺は思わずロザリンドさんを指差しで叫んでしまった。


「え……えっ?な、何がですか?」

「気にするでしょ、これ!こんなネトネトしたもんが何週間もそのままになってるなんて!普通、蒸発するか変色するかあると思うんですが……?」

「たしかにそうかもしれませんが……ですがこれがあったからと言って何がわかると言うんですか?」


 この世界の科学や魔法がどれだけ進んでいるかはわからないけれど、証拠となるものがあるのなら取っといた方がいいだろう。

 たしか俺のフィッカーの中に……

 俺がフィッカーから取り出した物にロザリンドが首を傾げて見つめた。


「……瓶、ですか?」

「えぇ、依頼を受けて回ってる時に捨てる予定だったものです。中は洗ってあるので異物が混ざることはあまりないとは思いますが……」


 すでに一週間も外に放置されてたから今更かもしれないけど。

 しかし取ったはいいけど、これをどこに持っていけばいいんだろうか?

 元の世界の警察だったら専門の機関があったりするかもしれないけど、この世界だったら詳しく調べるにはどうすれば……

 そこでふとチェスターの顔が浮かんだ。

 そうだ、研究者である彼ならこれが何の液体かわかるかもしれない。

 ロザリンドさんとはこの液体をこちらで調べることを伝えた後にそこで別れ、採取した粘液はフィッカーの中に入れて宿屋に戻った。


「ニャー」

「うおっ……ってお前か」


 宿の前にいた黒猫が突然自分の肩に乗ってきて驚く俺。


「起きてたのか……脅かすなよ」


 一瞬レチアかと思ってドキッとしちゃったじゃないか。

 ……そういえばあいつって語尾やな行を「にゃ」にすることはあるけど、猫っぽくニャーと鳴いたことはなかったな。

 黒猫を連れて部屋に戻ると、やっぱりレチアとイクナは寝ていた。時間的に言うとまだ三時だしな。


「……眠いな」


 俺は寝てる彼女たちを見て呟く。

 睡魔が襲ってくるところを見ると、この体はまだ休眠を欲してるみたいだ。

 人間らしいところが残ってたことにホッとすると同時に、この後ちゃんと起きれるか心配になるのだった。

 そしてその心配は現実となり、痛みを感じない俺はレチアから散々殴られ蹴られたが起きず、昼過ぎた頃にようやく目が覚めたのだった。


――――


 「はぁ……遅れてきた上に変な粘液を持ってきて調べてくれとはねぇ……」


 俺がチェスターのところに遅刻して行った時に粘液のことを話すと、呆れながらも顕微鏡らしき道具で分析を始めてくれた。


「悪かったよ……代わりに報酬から引いていいからさ」

「いえ、私もそこまで心が狭いわけではありません。ただ……娘との例の件をもう少し考慮してもらえればそれでいいのですが?」


 ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべて言うチェスター。やっぱり諦めてなかった。

 メリーもこの話題が出た瞬間にあの薄ら笑いを浮かべてこちらに振り向く。

 なんなんだ、この親子は。


「あのなぁ……こっちは真剣なんだけど?」

「ははっ、何をおっしゃる。私共も真剣そのものですよぉ?あなたからすれば抵抗があるというだけの話です」


 こういう時だけ爽やかな笑顔をするのやめい。


「ところで先程貰った粘液ですが、特に面白みのない結果が出ました」

「面白みのない結果?別に結果に面白さを求めてないんだけど……その結果って?」

「グロロの皮膚です」


 チェスターの発言に俺は固まった。


「ぐ、グロロ……?あのめちゃくちゃ弱いスライムの?」

「えぇ、子供に核を握られただけで潰されて飛散し死んでしまう哀れなあのスライム、その外側に張り巡らされた黒い液体のような体の一部です」


 俺もその答えに多少落胆してしまった。

 なんだ、ただのグロロか、と……

 しかしその異常さにすぐ気付いた。


「……なぁ、魔物って町の中に出ることってあるのか?」


 俺の素朴な質問にチェスターは驚き、次第に難しい表情をしていく。


「……そう言われるとたしかにおかしいですねぇ。この町には魔物避けの結界が張られています。強い魔物が入り込めば結界が割れて町中に避難警報が鳴り響きますし、グロロほど弱ければ跡形もなく消されるはずですから」

「へぇ……えっ、結界?」


 チェスターの言葉に思わず二度見した。

 魔物避けの結界?初耳なんだけど。

 待って、今跡形も消されるって言った?

 それじゃあ、俺が弱い魔物だったら消し炭にされてたってこと?

 そう思ったらゾッとした。

 しかしだとしたら結界も割れず消し炭にもされてない俺は、魔物とは別って認識されてるってことでいいのか?


「どっちにも引っかからない条件ってあるんですか?」

「どっちにも?……ああそうですね、あなたのような例もあることですし、もしかするとグロロも同じ条件の可能性があるということですね」


 ただ聞いただけなのに勝手に納得してくれたチェスター。

 そうだな、もしかしたらそういう可能性もあるってことか。


「推測の域を出ませんが、もしかしたらあなたのように『混じっている』その結果、結界の判定が曖昧になってしまっているのかもしれませんねぇ……ヒヒッ!」


 チェスターはそう言ってまた怪しく笑う。

 楽しそうで何よりだよ。

 しかし「混じっている」か……たしかに人間じゃなくなった部分もあれば、人間らしく残ってるところもある。

 だから結界が機械的に見逃してしまってるわけか。

 そしてグロロと同じだとしたら……?


「……擬態?」

「ほう!案外頭が回るのですねぇ……そう、『擬態』!まぁ、あくまで予想の範囲を出ないのですが、もしグロロが人間を捕食すれば捕食した人間の姿を模倣することができ、結界からもカモフラージュできる。ただの人間からリビングデッドもどきに噛まれて人外の存在になったあなたと逆でありながら似た存在ですね」


 リビングデッドに噛まれて人間じゃなくなってきてる俺と、人間を取り込んで欺く力を手に入れているグロロ。

 全くというほどでもないが、似てるっちゃ似てるな。

 これで人間の姿をしたグロロが、俺みたいに目が腐ってたら親近感湧いて倒せそうにないな。


「だけどそれだと、グロロが人間を捕食したことになるよな?それにそれが本当だとしたら今までの犠牲者は……」

「前例がないとはいえ、ありえないなんて言えません。可能性があるのに否定するのは愚か者の考え方ですから。そしてはい、恐らく今までの行方不明者がもしグロロによるものでしたら生存している確率は低いでしょう。さらに予測して言うなら――」


 チェスターはそこで言葉を一旦切り、そのまま続ける。


「――グロロその犠牲に捕食された者たちの姿になって生活しているということも十分にありえますね」


 チェスターが言い放った言葉に、俺は背筋を震わせた。

 隠れて好機を狙っていたのではなく、人間に混ざって生活しているって?そんなのどうやって見分け付けるんだよ……

 もし認知されてない人の形に姿を変えてたらわかるわけがない。

 手がかりを掴むつもりが、さらに厄介な状況になってるということしかわからなかったってことじゃねえか……


「……詰んだってことか?」

「いえ、完全にそうと決まったわけではありませんよ」


 今後の対策をどうしようか悩んでいると、チェスターが何か策があるようだった。


「どういうことだ?」

「私たちは過去にグロロを研究対象に調べたことがあります。その研究結果を元にやってみる価値はあると思いませんかぁ?」


 そう言って笑うチェスターに、俺も呆れた笑みを浮かべる。


「研究成果を披露したくて仕方がないって顔をしてるな」

「わかっちゃいます?」


 「ひょほほほほ!」となんとも楽しそうに笑い、彼は俺の研究に加えグロロ対策をすると言い、俺は帰ることにした。

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