3章

1話目 前半 怪しい依頼

「よいっしょっと!ふぅ……」


 持っていた重い荷物を地面に降ろし、俺は一息吐いた。

 俺、八咫 来瀬は目付きが悪いのが特徴以外は普通のサラリーマンをしている三十五歳のおっさんだった。

 ある日、偶然出会った黒猫からドロップキックされたと思ったら別の世界へと飛ばされていた。

 何を言ってるかわからない?

 そりゃそうだ、俺だっていきなり過ぎて何が起きたかわからないし、意味がわからなかった。

 ただわかるのは、普通はいないはずの……少なくとも俺が認知していない魔物という生物が当たり前に存在して、人々が剣や槍と言った武器を手にし、あまつさえ「奇跡」という魔法みたいなものが常識的に存在しているこの世界は俺のいた世界とは違うってことだ。

 つまり異世界転生……いや、生まれ変わったわけじゃないから転移が正しいか?

 どちらにせよ、俺はラノベや漫画でありそうなおかしな出来事の当事者になってしまったというわけだ。

 しかし俺にはチートというものが一切なかった。

 良くて機械の音声案内みたいな声が色々お知らせしてくれたり、毒の抗体を作ってくれたりくれたくらいか……

 毒や洗脳に近いものの抗体を作ってくれたのは有難いが、チートと呼べるような目立ったものではない。

 そう、最初は。

 この世界に来てある事件が起き、それからというもの、俺の体は殺されても死ななくなってしまったのだ。

 しかも噛み付いた相手が俺の言うことを聞くゾンビになるオプション付き。まぁ、そのゾンビ経由で感染したゾンビは普通に襲ってきたが。

 そう言えば俺が最初にゾンビにした男はどうなったんだろうか?

 そこら辺で勝手に倒されてくれればいいんだが、万が一にも一般人を襲っていたら、原因が俺なだけに申し訳ない気持ちになってしまうのだが……


「ありがとねぇ。それで全部だよ、お疲れさん。後でチップを渡すけど、ついでにお茶も飲んでいっておくれよ」


 そう言ったのはかなり高齢のお婆さん。

 さっきの話の続きだが、この世界に来てしまった俺は冒険者となり、今まさにこの人から荷物整理の依頼を受けていた。

 「冒険者」なんて名前なだけに危険な仕事しかないと思っていたのだが、一般的な雑務雑用も来るらしい。つまり安全な仕事である。

 それだけに他の依頼と比べれば報酬は安価なのだが、代わりに競争率も低く結構早くに終わるようなものが多い。

 だから報酬の安さは数でカバーすればいいと考え、今は雑用系の依頼を複数受けている状態だ。


「えぇ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……」

「こっちも終わった二!」

「アゥアッ!」


 するとそう言って俺とお婆さんがいる部屋にひょっこりと顔を出したのはイクナとレチアだった。その足元からは黒猫が「にゃー」と鳴いて出てくる。

 まともに言葉を離せないイクナは全身を包むフード付きのローブで隠しているが、青黒く長い髪と片目が黒い眼球に黄色い瞳をしている。一応アレでも人間だ。

 俺がこんな死なない体になった原因の施設にいた少女で、その異様な姿は実験のモルモットにされた結果であり、元々はどこにでもいる普通の人間の子供だったようだ。

 レチアは猫の亜種という人間と獣が混じった種族で、白髪の猫耳尻尾ボクっ娘、そして小さな体とはアンバランスなお胸の持ち主という多彩な特徴を持っている少女である。

 超乳とか魔乳とか、元の世界だったら確実にテレビ番組に取り上げられそうな大きさのものを小柄な体で持ち合わせているのだ。

 そんな彼女との出会いは、ある意味最悪と言える。

 レチアは家族と共に観光に来ていたらしいのだが、運悪く賊に捕まって両親を人質に利用されてしまっていたのだ。

 そしてそのターゲットが俺たちに向けられた、というわけだ。

 死なない体でなければ、今頃俺たちはどうなっていたことやら……

 ちなみに彼女は自分がやったことに責任を感じて自ら奴隷という立場に落ち、その彼女を俺がその場で借金をして買い取った。

 そしてその猫、最近出会って俺たちについて来るのだが、多分俺をこの世界に突き落とした張本人……いや、猫だと思っている。

 責めたい気持ちもなくもないが、意思疎通もできないっぽいし今となってはどうでもよくなっていた。

 そんな感じで俺たちはアクシデントに見舞われながらも、どうにか日々を過ごしている。

 とはいえ、最初に訪れた町「イグラス」を離れてからこの「アウター」という町で三日ほど経ったが、特にこれと言った事件は起きておらず、俺の悪目立ちする目もグラサンで隠れているからか気味悪がられることもなく平和だった。


「平和だねぇ……」

「平和ですねぇ」


 胡座を搔いて出されたお茶をすすり、俺の膝を枕代わりにして寝ているイクナを撫でながらお婆さんと一緒に呟く。

 そんな俺たちの、というか俺の姿を見たレチアが呆れた様子で溜息を吐いていた。


「つられておじいちゃんになってる二よ、ヤタ。まんま年寄り二」


 俺たち三人だけの時は語尾が「にゃ」になるレチアだが、自分がなるべく亜種だということを悟られないように語尾を「二」に変えてニット帽を被っている。

 人間と亜種の種族間にある溝はどうも深いらしい。


「平和を堪能して何が悪い。何も無いことこそが幸せだというのがわからんのか?全く、最近の若者は……」

「老人というかおっさんになってる二」

「だって精神年齢はおっさんだもの」


 俺が別の世界から来たってのは隠しているが、レチアには前にバレてしまい、ある程度事情を話してしまっているためオープンになっている。


「まぁ、冗談はさておき。今まで戦いのない場所で育ってきた俺は冒険者らしい冒険ってのを進んでやる気にはなれないんだよ」

「完全に冒険者を引退した人みたいになってる二……まぁ、こういうの僕も嫌いじゃないからいいんだけど二」


 レチアもお茶をすする。

 誰もが落ち着くゆったり空間の出来上がりだ。


「というか、ヤタ?他に依頼はもうない二?」

「えっと、ここの荷物運びの他には三つだったか。庭の雑草抜きに指定された家への郵便は終わったな。残りは……」


 フィッカーに入れておいた四枚の依頼書を確認する。

 まだ完遂していない依頼は……


「『打たれ強い、我慢強いのが自慢が輩を募集!報酬は多めに出す』……だってさ」

「怪しい二ね、内容があやふやというか……なんでそれにした二?」


 たしかに詳細のない怪しい内容だ。

 しかし打たれ強い我慢強いとは、俺が今まで生きてきた人生の中での特技とも言えるものの一つだ。

 人から蔑まれてもめげない精神、こっちに来て痛みも感じなくなった体。しかもそれでいて報酬がいい。

 こんなにも俺に都合のいい条件の依頼はないだろう。

 それをそのままレチアに話した。


「――というわけだ。これも室内って話だし、俺だけで行く。レチアはイクナと一緒に宿で待機してこいつの面倒を見てくれ」


 イクナに視線を向けながらそう言う。


「わかった二……でも手助けが必要になったら言う二よ?我慢強さをそこで発揮しても意味ないから二」

「ああ、わかってる」


 レチアの忠告に俺は頷き、ついでにと出てきた煎餅っぽいものを食ってそこを出た。

 そしてレチアたちとは途中で別れ、俺は最後の依頼を受けるための場所へと向かう。


「そういえば、ララはどうしてんだろうな……」


 ララ……俺がこの世界へ来てから初めて出会った少女だ。

 正確に言えばその場には他にもいたが、すぐにどこかへ言ってしまったためカウントはしない。

 彼女はすでに冒険者をしており、ゴブリンと鉢合わせしたところに俺が割り込んで助けた。

 一般的な女性より高めな身長と長い黒髪、ララ自身の肩幅に近い幅の大剣を背負っているのが彼女の特徴だ。

 彼女にイグラスという町に案内されたり、パーティを組んで助けてもらったりした恩がある。

 だから気になってしまうのだ。


「……ま、所詮道すがらに交わっただけの関係だったし、これ以上あいつのことを考えてもしょうがないよな」


 もう気にしないでおこう。

 そう思っていたのに、まさか依頼先であんな出会いがあるとは思いもよらなかった……

<hr>

「……」

「……おい」


 内容不明の依頼先に着くといかにも貴族様でも住んでいそうな豪邸が建っており、さらにそこにはなぜか見覚えのある黒髪黒目の少女――ララがいた。

 しかもメイド服を着ているというオプション付きで。

 ララも俺を見て目を見開いて驚いた様子だった。うん、見間違いでも人違いでもないようだ。

 え、何……なんでこいつがここにいるの?前の町に置いてきたはずだよね?

 というか、なんでメイド服?


「ツッコミたいことが山ほどあるけど、まずはこの屋敷の主人のとこに案内してくれるか?」


 ララは不満げな顔で睨んでくるが、彼女はある事情で言葉を離せなくなってしまっている。だから何か言いたくても言えない。

 少し前なら俺が彼女の言いたいことを察そうとして色々聞くところだろうが、今それは後回しにしたいので黙ってララを見つめ返す。

 しばらく睨み合いが続いたが、ついにララが根負けして俯きながら溜息を零した。

 ララは無言で振り返り、屋敷の方へと歩いて行く。

 ついて行っていいのかな……?

 彼女の後をついて行くと、書斎っぽい部屋で椅子に座るぷっくら太った男と、ちょうどその男の机にお茶を置いていたもう一人のメイドがいる部屋へと連れて行かれた。


「おや、その方は?」


 俺という事前のアポも取らずに不審な人物が入って来ても、驚きはしてるものの嫌な顔一つも見せない男。

 ララは喋れないので、俺が前に出て依頼の紙を出して見せた。


「冒険者のヤタと言います。あなたが連合に出した依頼があるとのことで来ました」


 俺がそう言うと依頼主であろう太った男は表情をパッと輝かせた。


「そうか、ついに現れてくれましたか!」


 男は嬉しそうにそう言いながら、勢いよく椅子から立ち上がる。

 え、何その反応……俺は勇者でもなんでもないよ?


「依頼を出してから二週間……詳しい内容も載せなかったのに、よく受けてくださいました!」


 自覚しながら依頼したんかい!

 しかも二週間て……よく催促したりしなかったな?


「どうしてこんな依頼内容に?ちゃんとした詳細もなく依頼したら、怪しんで誰も受けないでしょ……」

「ごもっとも。しかし依頼者がなるべく内容は明かさないようにと言われましてね」


 依頼者?この人が依頼主じゃないのか。


「そこまで言われると不安になってくるんですけど……場合によっては依頼内容を聞いた後に破棄してもいいですか?」


 保険のために俺がそう言うと、男はあからさまに残念そうに肩を落として落ち込んだ表情になる。


「い、違約金が発生してもいいというなら仕方がありませんが……いえ、そもそもこんな怪しい依頼を受けていただいただけでもチャンスと考えた方がいいかもしれませんね……」


 なんだろう、俺は至って普通のことを言ってるだけのはずなのに、まるでこっちが悪者になりそうな話の流れなんですけど。

 ほら、そこのメイドだって「少しは空気読めや」みたいにジト目で睨んできてるじゃないですかやだー……いや、ホントに俺は悪くないよね?


「とりあえずお話だけでもいいですか?」

「あっ、そうですね!では依頼者の元に向かいながらお話をさせていただきます!あっ、ワタクシはライアン=ブラケルと申します」


 男は忙しなくそう言いながら、丁寧に名刺を差し出してきた。現代的ッスね。

 そこには小さな文字で領主と書かれていた。普通の貴族かと思ったら領主だったのか。それになんか……海外の俳優とかにいそうな名前だ。

 そして俺はライアンさんに連れて行かれる。

 その場にいたララともう一人のメイドは仕事があるからと別行動を取った。


「いやしかし、ヤタ様は彼女と面識がおありで?」

「彼女といいますと、ララのことですよね?ほんのちょっと前まで冒険者でパーティを組んでいました」


 そう言うとライアンさんは、不可解そうに眉をひそめる。


「では共にこの町へ?」

「いえ、俺は彼女を置いて来たつもりだったんですが……」


 そこまで言うとライアンさんは「あー、なるほど!」と何かに納得した様子だった。一人で自己完結されると凄く気になるのですが……

 そんな俺の気持ちを察したのか、申し訳なさそうに笑って訳を話してくれるライアンさん。


「一人で納得してしまい、すいません。いえね、実は彼女……私が見つけるまで路頭に迷っていたのですよ」

「……はい?」


 驚きのあまり、立ち止まって聞き返してしまった。

 路頭迷うってララがか?一体なんで……


「つい三日ほど前のことなんですが、彼女は裏路地で膝を抱えて座り込んでいたんですよ」


 何やってんだ、あいつは。

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