12話目 前半 彼女を残して

 予想外の質問にしまったと冷や汗を掻いてしまう。

 まさか起きてたのか?あの独り言を呟いてた時に?

 いや、あの時は「元の世界」とかそれしか言ってなかったはず。

 ワンチャンどうにかして誤魔化せれば……って、その方法がどうやっても中二病の痛い子になってしまう感じにしかならない!

 だけど……えぇい、為せば成る!


「ふ、ふふふ……フハハハハハハハハ!バレてしまっては仕方がない!この俺、八咫 来瀬は何を隠そう、別の次元から来た諜報員――」

「そういう、らしくないわざとらしい演技はいいからさっさと正直に話すにゃ」

「――アッハイ……」


 やっぱりダメでした。

 なので結局、本当のことを話すことにした。


「――ってなわけで、別の世界から来たってのは本当のことだ。だからこの世界の常識には疎いんだ」


 俺が話せるところを全て話したら、レチアは面白いほどに口を開けて驚いていた。


「……マジかにゃ」

「マジだにゃ」


 彼女の口調を真似したら尻を蹴られた。


「帰りたいとは思わないのかにゃ?」


 すると急にシリアスな雰囲気で聞いてくるレチア。

 その問いかけに少し考えた後、すぐに結論が出た。


「ないな。特別帰りを待ってくれてる家族がいるわけでもないし、この世界は魔物とかがそこら中にいて危険だって言われても、俺にとって向こうの世界も精神的に危険だからどっちでも同じことなんでな。なら、簡単に日稼ぎができる上に余計な税金を取られずに済むこの世界の方が生き易いと思うわけよ」


 実際、物価も安ければ住民税だの自己申告だのといったものはこの世界にはないらしい。

 連合の依頼だってその仲介費を依頼者が払うだけだし、俺が知ってる中であるとしたら消費税くらいじゃないか?逆に言うと、消費税はどの世界でも共通であるらしい。


「なら、ヤタは元の場所に帰ろうとは思わないわけにゃね?」

「もちろん。帰る意味のないところに帰るなんてことしねぇ。でもなんでそんなこと聞くんだ?」


 レチアの言い方だと、まるで俺がいなくなると困るような言い方だ。

 まぁ、奴隷の話があるから今すぐにいなくなると困るってのはわかるが……


「心配しなくても、レチアが奴隷じゃなくなるまでずっと付き合ってやるからよ」


 そう言った瞬間、レチアはほのかに頬を染めながら俺の顔を驚いた表情で見て、次にニヤッとしたいやらしい笑みに変わる。


「『奴隷じゃなくなるまで』?『ずっと』?ホントにゃ?嘘じゃないにゃ?自分の言葉には最後までしっかり責任を持てるにゃ?」


 レチアが一言一言を口にする度に近付いて来て、何か圧を感じる。

 いや、決して彼女の胸が腕に当たってしまうくらいに近付かれて動揺してるわけではないよ?ホントダヨ?


「そこまで念を押される何かあるんじゃないかって躊躇しちゃうんだけど……」


 自分でもわかるくらいにしどろもどろになっている俺を見たレチアが、さらにニヤニヤと笑みを向けてくる。


「……なんだよ」

「にゃははっ、奴隷の借金っていうのは普通じゃ返し切れない金額だから奴隷にされてるんだよ?」

「そりゃあ……そうだろうよ?」


 「なぜそんな当たり前のことを?」と言いたくなった疑問は、レチアが何か言う前に察してしまい、消えてなくなる。


「つまりヤタは、ずっと僕の近くにいてくれるって言ってるようなものにゃんだ。それってさ……まるで告白みたいだと思わにゃいか?」


 そして思い当たったことをそのままレチアから口に出され、俺は思考が停止した。

 なんということでしょう。まさかなんとなく言った言葉が告白みたいになってしまうなんて思ってもみなかったでしょう(困惑


「……思うわけないだろ。告白するしないなんて俺に縁がなかったからな、そんな遠回しの意味に気付かなかったよ」

「今までされたことなかったのにゃ?」


 本気でそんなことを聞いてくるレチアに、俺は思わず大きく溜息が漏れ出てしまい、なぜか自然と笑いも込み上げてくる。


「こんな腐った目の人間がバカにされることはあれ、モテるはずないだろ。まともに話しかけてくる奴すらいないまであるわ」

「そんなことを笑いながら堂々言えるなんて、さぞかし辛い人生を送ってきたんにゃね……」

 「やめろ、哀れみの目を俺に向けるじゃない。たしかに辛くはあったが、だからといってそんな目を向けられたら本当に惨めになっちまうだろうが!」


 同情という行為はそれだけ相手に不快な気持ちにさせてしまうのである。


「ごめんごめん、代わりに慰めてあげるから機嫌を直すにゃ」

「だから慰めとかそういうのは要らな――」


 拒否しようとした俺の腕にレチアが絡み付くように抱き着いてきて、そのふくよかでふくよかなものの感触がダイレクトに伝わり、俺は言葉を詰まらせてしまった。


「こんな可愛い女の子におっぱい押し付けられて嬉しいにゃ?」

「やっぱわざとか!?」


 俺がそうツッコミを入れると、レチアは最初驚いた顔をし、次にクスクスと笑い始める。


「嬉しいのは否定しないにゃね?」

「っ……うるせぇ……」


 やっぱり否定できない。

 しかし、いくらレチアの年齢が見た目より上とはいえ、おっさんの俺からしたら彼女は一般の父と娘くらいかなり年の差が開いているので、こういう卑猥な感情をこの少女に感じるというのは罪悪感が物凄いのだ。

 でもそれはそれ、これはこれ。押し付けられて嬉しくないとハッキリ言えないのが男の性である。


「にゃははっ、やっぱりヤタが違う世界の人間なんにゃね。普通の人間の男だったら、それがどんな女でも亜種というだけで嫌悪するにゃ。あの賊の男だって相当溜まってたのか胸は触ってきたけど、それ以上何かしようとはしなかったにゃ」


 やめてね?それじゃ、まるで俺が「それ以上」のことばかりする節操無しみたいに聞こえるから。


「俺たちの世界だったら、多少耳や尻尾が生えてるくらいで嫌悪感抱くとかあまり考えられないな。むしろ好かれる部類なんだが……いや、それに近いのはあったな」

「んにゃ?」


 猫口調で首を傾げてくるレチア。あざと可愛い。


「こっちの場合は国や肌の違いで似たようなことがあったな」

「国同士の衝突はこっちでもあったけど……肌?」

「ああ、こっちでも色々問題はあるからな……結局、誰でも自分たちと違うものを持ってる奴を受け入れるのは難しいってこったな」

「どこの世界でもそういうのはあるんだにゃ~」


 そして俺とレチアは「はぁ~……」と呆れるようなら溜息を同時に吐きながら、すっかり暗くなった空を見上げた。


「で、話を変えるけどヤタはこの町を出る時どうするにゃ?」

「どうって……とりあえずここから近い町の道のりまでを調べて……」

「そうじゃにゃいにゃ」


 「じゃあ、にゃんにゃのにゃ?」とふざけて口調を真似したくなったが、それをやったら彼女の機嫌を損ねて殴られるか引っ掻かれそうな気がしたからやめた。


「ララちのことにゃ」

「あいつがどうしたんだ?」

「置いてくのにゃ?」


 ああ、そのことか。

 どうせだから、俺の今後の方針も含めてレチアに話しておくことにした。


「もちろん置いていく。恩があるとはいえ、そもそも行きずりで出会った関係だからな。俺の都合で一緒に連れて行くわけには行かない」

「連れて行きたくはないのにゃ?」


 レチアの問いに少し考える。


「連れて行きたくない、って言ったら嘘になるけど、戦力としてはイクナとレチアだけでも十分だしな……」


 そう言うとレチアがわざとらしく溜息を吐く。あれ、呆れるような要素あった?


「……あっ、俺もちゃんと戦うからな?どうせ痛みも感じないし死なない体なんだから、特攻くらい――」

「違う、そうじゃにゃいにゃ。まぁ、どうせ僕らがどうこう言うだけで進める話じゃにゃいから、その話は後でいいにゃ」


 自分で話を振っといてなんなんだ……

 そのまま宿に向かって歩いて行くレチアの後ろ姿を見て、俺は溜息を吐いてその後を追った。

☆★☆★

 安宿を借りている黒髪の少女ララは、カーテンも付いていない窓から差し込む眩い朝日を浴びて目を覚ます。

 朝特有の低気温から免れようと、ララは自らを包んでいる布団代わりの薄い布を引き寄せて身動ぎする。

 僅かな温もりを感じるためにしばらくそのまま固まっていると、違和感に気付いて勢いよく起き上がる。

 そこには昨晩まで一緒にいたはずの者たちの姿がなかった。

 レチア、イクナ、ヤタ……彼彼女らの姿がない。しかも猫一匹の影すら。

 ただいなくなるのであれば、また単独行動をしているのだろうと考えるところだが、彼女自身のを除いたヤタたちの荷物が全て綺麗さっぱり無くなっているのだ。


「……」


 ララは眉をひそめて訝しげな表情をする。

 疑問よりも先に「まさか」という心当たりが彼女の中にあった。

 そしてララはヤタが寝ていた椅子の上に一枚の紙を見つける。

 拾った紙にはこう書いてあった。


【ララへ】

【お前がこの紙を見つけてる頃には俺は部屋を引き払っているだろう。俺が責任を持つべき二人……と、なぜかついてくる黒猫一匹を連れて。黙って行くことにしたのは申し訳ないが、気持ち良さそうに寝てたから、こうして置き書きを残して出ることにしたんだ。代わりと言っちゃなんだが、部屋は人数関係なく一部屋で支払えばいいみたいだから今日から三日分のを先に支払っておいた。最初にあった時に俺を助けてくれたお礼とでも思ってくれ。縁があったらまた会おう。じゃあな】

【ヤタ】


 ――ぐしゃっ

 内容を読み終えたララは不機嫌そうに据わった目をして紙を握り潰す。

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