12話目 後半 彼女を残して

☆★☆★

 ゴトゴトと乗っている馬車から今まさに走っている音を聞きながら、乗り心地の悪さに耐えていると横から溜息が聞こえてきた。


「結局、ララちに何も言わず出てきちゃった二……」


 横にいるレチアがそう言う。

 俺たちは朝一番にこの町から別の町へ向かう幌馬車の荷台へと乗せてもらい、雑談をすることもなく沈黙して進んでいた。

 馬車に乗る際にプレートを見せ、冒険者だと申告すれば、その階級に応じて割引があるらしい。乗客であると同時に護衛としての料金、とのことだ。

 俺たちとイクナは共に駆け出しなので、それぞれ一割引。

 レチアは見習いで本当なら二、三割まで割引てもらえるのだが、残念ながら奴隷堕ちしてしまったために割引はゼロとのこと。

 支払う時、レチアが申し訳なさそうに謝っていたが、しょうがないことだと割り切るしかないだろう。

 そしてレチアがそんなことを呟いたのは、町を出て数時間が経った頃だった。

 ちなみに他にも乗り合わせている客はいるので、レチアが亜種だというのをバレないよう口調を「にゃ」から「二」に戻している。


「ララがあんだけ気持ち良さそうに寝てんだから……お前だって起こしたくないって言ってたじゃねえか」

「たしかにそっとしておいた方がいいとは言ったけど……」


 どうにも納得できない様子のレチア。


「それにあいつはもう俺たちより上の階級になったんだ。俺たちと一緒に低い階級の依頼をやるより、それなりに報酬の高いもんを受けた方がいいだろ」

「そういうのを本人に相談もせず勝手に決めて……次会った時は殴られる覚悟はしておいた方がいい二よ?」


 そう言って責めるようなジト目で睨んでくるレチア。

 どうやらララ自身よりも、一緒に来させなかったことがレチアにとって不満らしい。当分は愚痴を言われそうだ……


「大丈夫だ。俺は痛みを感じないから、例え不意打ちで食らったとしても問題はない。なんなら公衆の面前でマウント取って気が済むまでボコボコにしてくれたっていいくらいだ」

「いや、いくらララちでもそこまでしないと思う二……」


 そう言って呆れるレチア。

 話題がなくなってまた沈黙がやってくる。

 唯一の救いは、イクナが物珍しそうに外の景色を眺めて「アー」とか「ウー?」と呟いているのが微笑ましく思えてほっこりすることか。

 たまに飽きるのか、イクナは俺の膝の上に乗ったりしてくるので、その頭を撫でてやったりするのである。


「……ヤタって父親みたい二ね」

「子供もいなければ相手だっていたことない俺になんて残酷なことを言いやがる……まぁ、一応妹はいたことがあって、あやしてたりした時期があったからそれのせいなんじゃないか?」

「ヤタにも妹がいたんだ二?……って『いたことがあった』?それって……」


 レチアがやってしまったとでも言いたげに不安そうな表情をして言葉を詰まらせる。

 あ、もしかして勘違いさせちまったか?


「いや、ちゃんと生きてるぞ?」

「ああ、なんだ……」


 レチアは心底安心したようにホッとしていた。


「じゃあ、なんなん二、さっきの言い方は?」

「……お前はさ、どこまでだったら家族を家族として呼べる?」

「……何?」


 「何を意味のわからないことを言うんだ?」とわかりやすく言いたそうに訝しげな表情をしているレチアに、続けて説明をした。


「最初はもちろん俺も一般家庭同様、両親から愛情を注がれていたんだ。妹が産まれてから少し分散したとはいえ、それでも『兄』としてちゃんと扱われていた。けどさ……妹が歳を重ねるごとに両親の俺に対する扱いがぞんざいになっていったんだ。その理由は簡単で簡潔で明白だった……『妹の方が可愛い』だってさ」

「……」


 俺はまだ、レチアのさっきの疑問には答えていない。それでも彼女は何も言わず聞いてくれようとしていた。

 なのでそのまま話す。


「『お兄ちゃんだから』『兄貴だから』……親父もお袋もそう言って俺には最低限のもので我慢させ、妹には欲しがるもの以上を買い与えてた。そして祖父と祖母も妹だけを可愛いがった。結果、と言っていいのかはわからないが、妹は俺に対して見下すようになってた。家族の扱いを見て自分もそう扱っていいのだろうと思ったんだろうな」

「それって……!」


 そこで初めてレチアが言葉を漏らした。

 驚愕の表情、そして言葉に詰まり俯く。

 優しいな、こいつは……愛情を注がれていたレチアだから同情してくれるんだろう。

 元の世界の同級生からは「当然だろ、妹ちゃんは可愛かったけど、お前は気持ち悪いもん」とそんな言葉を平然と吐き捨てられてたから、そうしてくれるだけでもありがたいと思える。


「そしてそれこそ奴隷のように扱われたよ。『お前の金でアレ買ってこいコレ持ってこい』『できなきゃ親に言いつけるぞ』。そんでチクられたら『なんでそれくらいのことをしてあげないの?』と、本当に俺が怒られる。ったく、散々だったよ……こんな家族のところに普通帰りたいと思わな――」


 ある程度話したところで顔を正面に向けると、なぜか同乗していた他の客がこっちを向いて泣いたり怒ったりしていた。


「世の中にそんなひでぇ奴がいるなんてなぁ……」

「ホント、自分の子をなんだと思ってるのかしら!?」

「そいつら本当に人間か?魔物の生まれ変わりじゃないのか」

「大丈夫かい、グラサンの坊や?辛かったら思い出さなくてもいいんだよ。アメいるかい?」


 涙をすするおっさん、子持ちの奥さん、同じ冒険者っぽい青年、アメを差し出してくるお婆さん。

 そして横にいるレチアが思いっ切り抱き着いてくる。


「ちょっ……!?」


 顔を上げたレチアは号泣しており、大量の鼻水を俺の服にくっ付けていた。


「ヤタががわいぞうに゙ゃ~!!」

「きったな!離れろ!?」


 この時ばかりは下心が空の彼方へと飛び散り消えてしまった。


「もういいよ、どうせ会うこともないし」

「うーん……親が憎いのはわかるけどさ、たまには顔を見せてもいいんじゃないか?分かり合えないまま生き別れるってのは、後々辛いと思うぞ……?」


 なぜか同乗していたうちの一人が普通に会話に紛れ込んでくる。コミュニュケーション能力高いな……


「いいえ、本当に……ちょっとした事故に遭ってあいつらはこの世界にいないので、俺が死にでもしない限り会うことはないんですよ」

「「あっ……」」


 何かを察した様子の人たち。

 しかしきっと、彼らは俺の家族が死んでいるという解釈で察したのだろう。

 だが俺は間違ったことは言ってない。

 「この世にいない」ではなく、「この世界にはいない」のだから。そして「ちょっとした事故」に遭ったのは家族ではなく俺の方。

 ま、捉え方の違いってやつだな。


「君、まだ二十歳にもなってないんだろ?それにその様子だと身寄りもなさそうだけど……本当に可哀想に……」


 ただ、これで本気で心配されると罪悪感を感じちゃうんだよなぁ……


「彼女さん、ちゃんと彼を支えてあげなさいよ?男ってのは強がってても中身は弱いからね……」

「……二?」


 そんなことを奥さんがレチアに言うと、その「彼女」というのがまさか自分とは思わず、固まってしまった。

 そしてレチアの顔は次第に赤くなっていき、俯いてしまう。

 おいおい、そんな反応されたら俺も恥ずかしくなってきちゃうんだけど……


「あら、違った?じゃあ、奥様……にしては、フードの子はちょっと大きいわね。ごめんなさいね、早とちりしちゃって?」

「い、いえ……大丈夫です……」


 まさか俺たちがそんな風に見られてただなんて……

 普通の女の子なら「キモい」「最悪」「ありえない」の三段活用で責めてくる。

 だが、レチアは俯いたまま何も言わない。

 あれか、絶句するほど嫌だったか。

 そりゃ、俺相手にそんな勘違いされたら誰だって傷付くか。

 今まで普通に接してくれてたが、やっぱり俺と一緒にいることに抵抗はあったんだろうな……

 レチアが今俺と一緒にいるのは、奴隷で働けなくて俺が主人だから仕方がないからだろう。

 彼女が傷付かず、穏便に済ませられる言葉は……


「彼女はただの冒険者仲間ですよ」

「にゃっ!?」


 思わず猫口調に戻るほど驚いたレチアが俺の顔を見てくる。


「えっ……違ったか?」

「違わ、ない……うん、違わない二」


 一瞬焦った様子のレチアだったが、確認するようにそう呟くと何事もなかったかのように正面を向く。なんなんだ?


「ま、辛気臭い話は一旦置いておこうぜ。それよりお前さんたちは次の目的地はどこまでなんだ?」


 おっさんの言葉に、俺は唸って考える。


「少なくとも冒険者が依頼を受けられる場所がないと……」

「それは心配しなくてもいいだろ。相当な田舎でもない限り、依頼なんてどこでも受けられるぞ。ま、困ってる奴がいればの話だけど」


 同じ冒険者っぽい青年がそう教えてくれる。

 そうか、受けられる場所があっても依頼そのものがなかったり、高ランクばかりで俺たちみたいな階級の低い奴が受けられるものがないってこともありえるのか……


「そういえばお前ら、冒険者の階級は?」

「えっと、俺とこのフードの子が駆け出しです。で、今ちょっとした事情で冒険者の活動を止められてますが、見習いをしてたのがこいつです」

「駆け出しと見習い……ってことは、戦闘経験もあまりない感じか?」


 少し残念そうに言う青年。

 そうか、この馬車を守る戦力になるかどうかを把握しておきたいのか。

 まぁ、実際その通りなんで期待はしないでほしいんだけどね。


「そうですね、最近で言えばシャドウだとかシャドウリーダーと鉢合わせしたくらいで……」

「えっ、お前シャドウリーダーと戦ったの?」


 すると青年が驚いた顔をしていた。

 あ、そっか。

 そういえばシャドウとかって強いんだっけ?俺基本致命傷を食らってばっかりだったからわからないけど。

 ただせめて足でまといにはならないってことだけは言っておくか。


「リーダー相手には流石に逃げたけど、普通のシャドウはその時にパーティ組んだ仲間と一緒に倒したよ」


 あくまで「仲間と一緒」というのが重要だ。俺一人に期待してもらっても困るからな。

 期待はされず、しかし失望もされない程度の認識をしてもらう。良くも悪くも目立たない、完璧な作戦だ!


「す、スゲー!お前……いや、駆け出しなのにあんたスゲーんだな!」


 ……アレ?思ってた反応とちょっと違うような……


「い、いや、戦ったのは確かだけど、運良く生き残っただけだぞ?主に倒したのは他の奴で……」

「いいや、駆け出しや見習いがあんなの相手に戦って生き残るだけでもスゲーよ!」


 なぜか彼の中で俺の評価が上がる。なんで?


「あのシャドウって奴さ、リーダーじゃなくても強いじゃんかよ?なのに見た目がヒョロいからって冒険者になったばかりの奴が油断して殺されるってのはザラなんだぜ?なのに戦って経験を積めた上に生きて帰って来れるってことはお前、見込みがあるんじゃねえかって話!」

「は、はぁ……?」


 どんどん話が盛り上がっていってしまう。


「ちなみにあんたは?」

「俺の階級か?これを見ればわかると思うが、俺は槍士だ」


 青年が、「これ」と言って腰をズラして見せてくれたそこには、先端部分を布で包んだ細長い棒を見せてくれた。恐らくそれが槍で、彼の武器なのだろう。


「俺は短剣を使う」

「短剣で挑んだのか?あんなリーチの短い武器で……尚更スゲーな!」


 その後も青年の話は盛り上がっていき、俺はそこからこの世界や冒険者としての有益な知識を得たのだった。

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