11話目 後半 涙
思いっ切り泣いたのなんていつ以来だろう、なんて感傷と恥ずかしさを感じながらララたちがいる借りてる部屋に戻ると、扉越しに光が漏れているにも関わらず妙に静かなことに気付く。
扉を開けて部屋に入ると、ララたち全員がすでにベッドで横になり、眠ってしまっていたのだ。
「……愚図るんじゃなかったのかよ」
さっきのレチアの発言に対する文句を口にしながらも、それだけ疲れたのだろうから仕方ないことだとは理解していた。
……そういえば、最近は痛みだけじゃなくて疲れも感じにくくなってきたな。これも体の中に潜むウィルスのおかげか?
まぁ、精神的にはしっかり疲れてるけど。
それに眠気も……ない?うん、全く眠くないな。
たしかに時間的にはまだ早いが、いつもなら俺もぶっ倒れてるはずだ。
死なない、疲れない、眠くならない……本当に都合のいい体になったものだ。
とはいえ、今回みたいに俺の体のことがバレてややこしい事態になるのだけは厄介だけれども。
ともかく、眠くないのなら明日に備えてさっさと準備を済ませてしまおう。
準備と言っても、元の世界から持ってきた服や持ち物を袋に詰めるだけなんだが。
「にゃー」
「ん?……ああ、お前か」
唯一眠ってない奴がいた。黒猫だ。
「結局お前、ずっと俺たちについて来てたよな。たまーに助けようとしてくれたり……ま、偶然なんだろうけど」
独り言に近いことを言っていると、元々着ていた服から何かが落ちた。スマホだ。
「……おかしいな、この世界に来てまだ数日なのに、元々いた世界の記憶が走馬灯みたいに浮かんでくる……ロクでもない思い出しかないのにな。って、こっちに来てもそれは変わらないんだけど」
電池も無くなって点かなくなったスマホも一応袋の中に収納しておく。
「そういえばお前、まだ俺たちについて来るのか?」
「にゃー!」
黒猫は鳴きながら俺の足に擦り寄ってきた。
気のせいか、俺の耳には「もちろん」と言ってるように聞こえた。
そろそろ幻聴が聞こえてくるようになっちゃった、俺?え、何それ怖い……
「……と、これで終わりだな。ん?」
ついでにフィッカーの中の整理をしている時に、俺がリドウさんの店で買ったはずの短剣の刀身が黒くなってしまっているのな気付いた。
「あの店で買った短剣ってこんなんだったっけ?なんか中二病っぽくなってるような……違うよな?じゃあ、俺が買った短剣は?」
黒い短剣を再びフィッカーの中に入れ、俺が買った普通の短剣を取り出そうとする。
しかしそもそもこの袋は念じるだけで中に入っているものを取り出すことができるんだ。
だから同じことをやっても出てくるのは……さっきのと同じ黒い短剣だ。
え?じゃあ、やっぱりこの短剣って俺が買った武器?
マジかー、この武器こんなに見た目変わるんだー……じゃねえよ!?
「はぁ、明日にしようかと思ったけど、どうせだし今からあの店に行くか」
溜息を吐きつつ黒い短剣をフィッカーの中に入れ、俺はリドウさんの店に向かうため、部屋を出ようとした。
――ゴソッ
「ん?」
背後で布が擦れる音が聞こえて振り返る。
「……」
「……気のせいか」
ララたちの誰かが寝返りを打ったのだろう。そう思い、俺は再び歩き始めた。
部屋を出て扉を閉める直前、部屋の中で誰かが起き上がったのも気付かないまま……
――――
「いらっしゃい。もうすぐ店じまいだがゆっくり見てって……ってあんたか!」
表に出してあった商品を店の中に入れようとしていたリドウさんと鉢合わせる。
「うっす。明日の朝もう出発するから、今依頼の報酬を貰いに来たよ」
「おう、おかげさまで助かったぜ!ほら、これであんたもリドウ会員だ!」
「名前ダサ……」
「ん?」
「いや、なんでもないです……」
リドウさんは顔が厳ついので、聞き返されるだけで威圧されてしまっている感じがする。こんなんで客商売が成り立っているのかが疑問だ。
「にしても明日出発とは急だな?」
「ここを出るとは先に言ってあるから急も何もないだろ……ま、本当に短い間だったが世話になったな」
こっちを向かずに作業をするリドウさんにそう言うと、軽く手を振られる。
「それはこっちのセリフだ。不足していた依頼の鉱石を取ってきてもらったばかりか、他のまで大量に……本当に助かった、ありがとう!」
リドウさんはそう言うと、作業していた手を止めて俺に握手を求めてきた。
その感謝の握手を俺はもちろん拒みはしない。
「お互いWin-Winってやつだな。役に立ててよかったよ」
そう言ってリドウさんの手を握り返した。
そこでここに来たもう一つの理由も思い出し、「あっ」と声を漏らしてフィッカーの中を探る。
「そういえばリドウさんに聞きたいことがあったんだった……これってどういうことだ?」
「なんだ?うちで買った商品に何か問題でも……なんだそれ?」
俺が刀身の黒くなった短剣をリドウさんに見せると、彼もそれがなんなのかわからないようで、首を傾げる。
「正真正銘、あんたから買った短剣だ。ほら、他の客から切れないってクレームのあった」
「これがか?どう見ても別物にしか見えないんだが……」
「それに見た目だけじゃない。何度か魔物と戦った時にこれを使ったが、切れないなんてことは全くなかったぞ」
すると俺の説明を聞いたリドウさんは「ほう」と呟いて目を光らせた。
「そりゃ興味深いな。俺がこの短剣を試し斬りした時は、たしかに魚の一つも切れなかったはずだ」
「魚料理に使おうとしたのかよ……」
まさか洗ってないまま商品として並べてないよな?嫌だぞ、生魚臭い短剣とか……
「安心しろ、ちゃんと洗った。それよりもこの短剣のことだ」
「おいコラ。洗ったからいいって話じゃねーぞ?話逸らすなや!」
そして思いっ切り睨んでやったら、話しどころか目も逸らされた。
厳つい顔もこうなると、そこら辺の奴と変わらないな……
「その短剣がそうなった理由は一つ心当たりがある。『呪器(じゅき)』だ」
「受話器?」
盛大な聞き間違いである。
「呪われた武器のことだ」
「呪……え?呪われてんの、この武器!?」
黒い短剣とリドウさんを交互に見て驚く。
たまたま買った普通っぽい外見の短剣がまさか呪いの武器だったとは……
「呪いってもしかして、装備したら外れないとか強力な攻撃と引き換えに致命傷を受けるとかそういうのか?」
「多分な。あまり情報は多くないが、良い噂は聞かねえぜ?体がバラバラの死体になって見つかったとか、借金を抱えて破産しただとか……」
肉体的なものから運にまで作用するものがあるのか?
……あれ待て、なんか心当たりがあるぞ。
主につい最近、自分の身にそんなことが起きた覚えがあるようなないような……
「それを使って何か起きたか?」
「起きたと言えば起きたけど、色々起き過ぎてどれのことなのかわからん」
「そうか……返品するか?」
悲しそうな顔をして、そう聞いてくる。やめろ、そんなあからさまに残念そうな表情をするんじゃない!
「いいや、返品はしない。多分、俺とは相性のいい武器だと思うからな」
「呪器がか?そんな相性聞いたこともねえぞ」
そりゃ、死ななくて痛みも感じず再生される体にダメージを負って強くなる武器というのはうってつけじゃないか?
精神的なものは勘弁してほしいけれど。
しかしこの武器……いや、呪器に関してはレチアから聞いた限り、自傷して強くなるのかもしれないという仮説がある。
その時に意識が乗っ取られるのも、この呪器の反動効果なのかもしれないが……
「少なくともこの呪器は大丈夫っぽい。だから買い取らせてもらうよ……なんだったら元の値段より少し安くしてくれたって構わないぞ?」
冗談半分にそう言ってやると、最初はポカンとした表情をしていたリドウさんが笑い始める。
「変な奴だとは思ってたが、まさかここまでとはな。よし、それじゃあ一万だけ負けてやる!呪器とはいえ歴とした武器だ、それにちゃんと使えるってんなら文句は言わせねえぜ?」
「十分だ、ありがとうよ」
そして、リドウさんから一万ゼニアを受け取ったところで、またふと彼がさっきまで片付けようとしていた商品の一つに目が止まった。
「……なぁ、まだこの店は営業中だよな?」
「ん?ああ、そうだ。なんか気になったもんでもあったか?」
俺はダンボールの一つの中に入っていたものを取り出し、リドウさんに見せる。
「……ああ、たしかにあんたにはぴったりの商品かもしれないな」
そう言ったリドウさんは何とも言えない苦笑いを浮かべていた。
〇グラサン 1000ゼニア
後ろで「まいどっ!」と声を張り上げたリドウさんに見送られながら、俺はグラサンをかけて帰路に就く。
フッ、今の俺は嫌われやすい目が隠れている……つまり完璧というわけだ!
「凄い怪しい奴がいると思ったら、ヤタじゃにゃいか」
誰だ、今すこぶる良い気分だったのに水を差しやがった奴は?
声のした方を見ると、そこには見覚えのあるおっぱ……身長と不釣り合いな大きな胸をした少女がいた。
「なんだ、レチアか」
「なんだとはご挨拶にゃ!ヤタがいつまで経っても帰って来ないから、心配して探しに来たんじゃにゃーか!」
怒り気味にそう言いながらこっちに来るレチア。
「そのまま寝てればよかったのに」
「そしたら君がどっか行っちゃいそうな気がしたんだにゃ。まぁ、まさかヤタが奴隷になってまともに働けなくなった僕を捨ててどっかに行っちゃうような薄情者じゃないとは思うけどにゃ?」
レチアの言葉に一瞬言葉を詰まらせてしまった。
「お、おう、そんなわけないだろ!はははは……」
やべ、奴隷になったら冒険者活動ができなくなるのはもちろん、罪人が他の職にも就きにくくなるのも忘れてた……
せめてイクナだけはとは思ってたが、レチアも置いて行くことはできないようだ。
「……ねぇ、ヤタ」
「なんだ?」
俺の聞き返しにレチアはすぐに何か言わず、少し間を空けて驚きの言葉を発する。
「ヤタがさっき言ってた『元々いた世界』ってなんにゃ?」
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