11話目 前半 涙
「「……」」
俺たちのいる空間の空気が悪くなってからどれだけ経っただろうか。
正確には俺とヴィヴィという女性がいがみ合っている。周りはそれに巻き込まれてる形だ。
本当は俺にやましいことなどないが、「外の世界から来た」なんて話をしても信じてもらえないだろうし、だからといって即席で通じる嘘を言えるほど頭の回転もいいわけじゃない。
それにこんなところで適当な嘘を言ってバレでもしたらまた俺が不利になるしな。
しかしこの状況が呼吸困難になるんじゃないんだろうかというくらい息苦しい。
ウルクさんやララたちもこの状況に困っている。
ちなみに俺は開き直るほどの度胸もなく、やってしまった感に襲われて冷や汗を掻いてた。
今こそそういう不要な感情をレジストする場面じゃないのかね、アナウンスさん!?
【……】
無言。
返事は帰ってこない。
虚しい。
ああもう泣きそう……誰か助けて……
「まぁその、なんだ……決め付けるのも良くないが、すでにこういった不信も他の冒険者たちの間にもある。だから君に非があるわけじゃないが……」
見かねたウルクさんが話を切り出した。
ナイス!ウルクさんマジ神!
そして彼が言いたいこともなんとなく察せる。
「この町から出てけ、というならそうしますよ。元々そのつもりでしたし」
そう言った時にウルクさんが心做しかホッとした表情を見せる。
仕方ないとはいえ、少し寂しい気がする。
「わかった。ではヤタはこの町での活動禁止、代わりにその事実はここにいる者だけの口外厳禁とする。いいな?」
そう言ったウルクさんからは「漏らしたら殺す」とでも言わんばかりの雰囲気があり、その場の全員が頷いた。
「それとベラル、お前とシルフィは当分の間、冒険者活動禁止だ」
「……え?」
ここに来た時からずっと黙っていたベラルが驚きの声を上げて顔を上げた。
「な、なん……なん、な……?」
予想外が過ぎたのか、もうバグってるようにしか聞こえない。大丈夫か、あいつ?
「たとえ彼が魔物になってしまったとしても、俺に報告もせず彼を殺そうとしたことは褒められる行為ではない」
「っ……ですが!もしこいつが俺たちを襲ってきたりでもしたら!?」
「襲ってきたのか?」
ウルクさんは厳しい目付きで睨み、睨まれたベラルは反論ができずに俯く。
それをウルクさんは腕を組んで彼の前に立ち、見下ろしていた。
「襲ってきた時の防衛は認めるが、お前たちは攻撃されたのか?」
「い、いえ……」
ベラルの返答にウルクさんが呆れた様子で首を振る。
「一歩間違えれば人殺しの犯罪だぞ?今回は目撃者もなかったからいいものの、事情を知らない奴が見ていたらどう説明するつもりだったんだ?」
追撃するようなウルクさんの言葉に、さらに落ち込むベラル。
まぁ、普通「あいつはもうすでに死んでいたんだ!」なんて言い訳が通用するわけないもんな。それはファンタジーなこの世界も同じらしい。
「……そもそもヤタ君が魔物になったという報告を聞いてこうなっているわけだが、『会話ができる』『敵意がない』という点を考慮して、彼の我々に対する脅威はないと判断できるんじゃないか?」
「……」
ベラルは言い返すこともできず、しばらく沈黙の後に誰も何も言わず、全員その部屋を出た。
いくら俺を殺したとはいえ、今回の出来事は全部ベラルが悪いというわけじゃないと思うんだが……流石にあいつが少し哀れだな。
とはいえ、殺した相手に慰められたくもないだろうから、俺も何も言わないけど。
――――
「いらっしゃいませ~」
依頼の報告がまだ有効だったので、それを済ませた俺が宿に戻り扉をくぐると、ここ数日お世話になった人の声が聞こえてくる。
宿を営んでいる夫婦の奥さん。
客も少なくなってテーブルを拭いていた。夫の方は厨房だろう。
奥さんは俺に目を向けると少し肩を跳ねさせて驚き、苦笑いしながらも軽く会釈して奥に引っ込んで行ってしまった。
結局、俺は最後まで避けられるんだな……
「ちょっと先に部屋に戻っててくれるか?トイレ行ってくるから」
「イクナちゃんが愚図るからさっさと済ませてくるにゃよ」
レチアがそう言って、ララたちと共に上の階へ行く後ろ姿を見送る。
そして俺はトイレに……ではなく、さっき奥へ消えていった奥さんを探す。するとすぐに旦那さんと共に見つかった。
「えっ!?えっと……どうかしましたか、ヤタ……さん?」
「……」
奥さんは戸惑い、旦那さんは警戒した様子で睨んでくる。ふえぇぇぇ……何もしてないのに怖いよぉ……
「あの……明日ここを発つので、手続きとかあったら済ませておきたいんですけど」
「……おうよ」
旦那さんが不機嫌な様子で返事をして立ち上がる。
第一印象で人のイメージが決まるって聞くけど、なんで俺ずっと嫌われっぱなしなんだろうね?
この目?この目のせい?
もういっそ、特殊能力の域にいってるんじゃなかろうかと疑うレベル。
あ、違う。どっちかというと呪いだわ、これ。
なんてくだらないことを考えてると、旦那さんが立ち止まる。
そういえば無意識について来ちゃったけど、最初に手続きした受付のとこじゃない……ここどこ?
いや、アレだ。洗濯とかする宿の庭だ。
旦那さんが振り返ると、眉をひそめてさっきよりも不快そうな表情をしていた。
「あんたが借りてる部屋は解約ってことでいいのか?」
「……え?」
そんなことを聞くために、わざわざここに連れてきたのか?
「いや、少なくとも一人は残るが……」
「だったら手続きは要らない。うちは一部屋の値段で提供してるからな。必要な費用だけ貰えればそれでいい……ああ、いや――」
旦那さんは俺に向けて制止するように手の平を突き出す。
「すまん、俺が言いたいのはそうじゃない。あんたには言わなきゃならないことがあるんだ」
そう言うと旦那さんは腰を痛めるんじゃないかってくらいに曲げて頭を下げてきた。
「お、おい?」
「この前、あんたに言いがかりを付けて迷惑をかけてしまった。なのに謝罪の一つもせずに有耶無耶にしてしまった……だからここで謝らせてもらいたい。すまない!」
決して大きくはないが、力強い言葉で言ってくれる。
……こうやって真剣に謝ってくれる人って、あまりいないんだよな。
やり過ぎたら仕方なく謝ろうとする奴はごまんといるが、こうやって親身になって謝罪をしてくれる人は少ない。
だからだろうか……自然と目頭が熱くなって頬に液体が垂れる感じがした。
「っ……!泣くほどとは、やっぱりやり過ぎてたんだな俺は……本当にすまない……!」
「えっ?いや、俺は……俺は……っ」
「泣いている」と指摘されたことにより、目からは涙がさらに流れた。
「違う……違うんだ……!今までも言いがかりをしてくる奴らなんて、いくらでもいたんだ。それ、こそ腐るほど……でも、だけどあんたみたいに、自分から謝ってくれる奴はいなかった……それが、自分でも思ってもみないくらいに、嬉しかったみたい、でな……」
嗚咽してるせいで言葉に詰まるが、それでも伝えたいことを伝えようとしていると頭に手を置かれる。
「俺が言える立場じゃないが、よく頑張ったな」
俺はその時、その感情に身を任せた。
三十五歳のおっさんが、などとは今は言わない。
大声で叫ぶこともしない。
ただ、三十五年間で積りに積もった悲しい感情をまとめて吹き出したかのように、俺は静かに泣き続けた――
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