10話目 後半 疑惑
「そこまでだ」
べラルが振り上げた剣は俺に届くことはなかった。
なぜならその前にウルクさんが彼を押さえ付け、無力化したからだ。
俺たちとウルクさんがさっきまでいた場所まではかなり距離があったはずなのに、べラルに追い付いてしまっていた。
どんな脚力だよ……五十メートル走を二秒くらいの速さなんじゃねえか?
流石冒険者をまとめる人は違うな。っていうかウルクさん、もう人間やめてね?
「ウルクさ――」
「お前らも動くなっ!!」
心配した冒険者たちがこちらへ駆け寄ろうとすると、ウルクさんの口から空気が震えるほどの怒号が放たれた。
うおぉ、鼓膜が破れそう……ララたちも耳塞いでるし。
「驚かせてすまない、ヤタ君。私の合図がないうちは攻撃をしないよう言っておいたはずなのだが……」
ウルクさんが俺の名前を君付けに戻してくれてことに、少しホッと安心する。
しかし……ベラルは何をそこまで怒ったんだ?
たしかに脅すようなことを言った覚えはあるけれど……一度こいつに殺された俺が恨むならわかるが、その逆なんてありえるか?
とはいえ、ここは穏便に済ませておくか。
「いえ、こちらにも事情がありますので……これも含めてお話しますので、彼をあまり責めないでやってください」
「っ……!」
俺がフォローのつもりでそう言うと、べラルは唇を噛んで悔しそうな表情を浮かべる。あれ、逆効果だった?
「わかった。しかし、とりあえずヤタ君と一緒に拘束させて一緒に来てもらうからな?」
最後の言葉は、俺でなくべラルに向けられたような気がした。
――――
そして俺、ララ、レチア、イクナ、べラルはウルクさんが乗ってきた馬車へと詰め込まれた。
俺とべラルは下手に動かないように手足を拘束されている。
特にべラルは前科があるので、紐などでグルグル巻だ。ちなみに俺は両手足共に手錠で済んでいる。
イクナは逆に刺激しないようにララとレチアがなだめている状態だ。
それでも若干警戒してべラルを睨んでいるし、べラルもまた俺を睨んでいる。
何このカオス。
「調子はどうだ、化け物さんよ?」
茶化すようにそう言ってきたのはグラッツェさんだった。
一応知っている仲だからと、彼と一緒に乗っている。ウルクさんは別行動だ。
そしてみんなが俺のことを避ける中、なぜかグラッツェさんは普通に接してくれる。
むしろ普通より距離が近くて気持ち悪いとも思えてしまう。
「……最低で最悪の気分だ。今までだってそうそう良い扱いはされたことなかったけど、こうも堂々と化け物呼ばわりされるのは初めてだったからな。というか、ここに来てから地獄ばかり見てる気がするんだけど」
「そりゃご愁傷様だな!」
軽く流して笑うグラッツェさん。
場を和まそうとしてるのか?
最初の印象が悪かったけど、意外といい人っぽい……どっちにしても今は鬱陶しいだけだけど。
「あんたは俺が気持ち悪くないのか?みんな俺のことを敵視してるってのに」
「おう。だって今のお前、最初にあった時と変わらねえしな」
「単純な考え方だな……」
「嬉しいだろ?」
ニッと笑ったグラッツェさんの顔は意外とイケメンだった。
まぁ、たしかに嬉しいけど……それを認めるのはなんか癪だ。
「ヤタはこれからどうなるにゃ?」
レチアが心配そうな表情でグラッツェさんに聞く。
グラッツェさんは視線が少しだけレチアの獣耳に向けるが、すぐに目を合わせる。
レチアは今ニット帽を被っているが、グラッツェさんは事情を知っているその一人だ。
レチアが正体を明かしてからというもの、その場にいた冒険者やそいつらから話を聞いた奴らが彼女を冷ややかな目で見るようになっていた。
そいつらと比べればどうというわけでもないが、やっぱりそれだけ亜種という種族との溝があるんだなと思い知らされる。
「さぁな……ここのところ異常続きだったからな。そこに『人間が魔物になった』だなんて報告が上がって混乱してるだろうしな」
「……ところで、なんで俺がもう魔物になったなんて話になってんだ?」
「ウルクさんが調査員の人から別室で報告を受けた後、険しい顔で『また異常事態が発生したかもしれない。今から討伐を視野に入れた確認調査に向かうので、また冒険者を募る!』って言い出して、そしたら依頼の内容にあった相手が人間、しかもその現場に着いたらお前らがいたってわけだよ。んで、本来『討伐』ってのは魔物相手にしか使われない……つまりそういうことだ」
ああ、つまり「討伐」って言葉が適用された時点で、俺は人外扱いされているってわけか。
まぁ、自分の胸に短剣刺して平気だったり腐った魔物の肉食ってるところを見たら、そりゃ同じ人間とは思いたくねえわな。
俺だって自分がそんなことしたなんて信じたくないけど、実際問題、普通の人間の体じゃなくなってるのは自覚してるんだ。
「なんでこうなったんだかなぁ……」
どこで間違えたのか。
最初から間違っていたのか。
それともこの世界に来た時から間違っていたのか。
そもそも俺が産まれてきたこと自体が間違っていたのか?
考えれば考えるほど、そな卑屈な思考で頭の中が埋まりそうになっていた。
――――
ガチャリと扉に鍵がかけられる音が聞こえる。
そこは学校の教室くらい広い部屋で、中央には数十人は座れそうな円形の机が置かれていた。
町に帰ってきた俺たちは、連合本部に戻る冒険者たちと別れ、ウルクさんに連れられて別の建物へと案内された。
ウルクさんは俺たちとベラルの他に、さっき俺のことを報告したという女性もいる。
これから拷問を始めようなんて雰囲気はない場所だけれども、一体何をされるんだろうという不安が募っていく。
「では、まずは座ってくれ。これから事情聴取はするが、拷問紛いのことはしないからそこは安心していい」
安心させようとしてくれているのだろう、ウルクさんがそう言ってくれるが、緊張はそう簡単に解れるものじゃない。
「簡潔に言ってください。俺たちの今後はどうなりますか?」
焦りのせいか、結果を知ろうという気持ちが先走り、口から出てしまっていた。
ウルクさんは少し呆れたように溜息を小さく漏らす。
「それに答えるにはまず、現状把握から済まさねば――」
「その現状を把握したところで、俺に対する処置は変わるんですか?」
「ヤタ……?」
俺の焦りが伝わったのか、レチアやララが心配そうな表情を俺の顔に向けてきていた。
「そう腐るな。立場上こうやって拘束させてもらっているが、盲目的に処刑させようとは思ってない」
「なっ――」
「――だが少し面倒な処置にはなるかもしれない、ということだけは肝に銘じておいてくれ」
何か言いたげだった女性の言葉を遮って言ったウルクさんの言葉に頷く。
「それではまず、その……ヤタ君の状態を説明してくれるか?最初から魔物だったのか、それとも人間から魔物になってしまったのかを、な」
「魔物と言われると悲しいですが……わかりました。ではできるところまで説明します」
それからは俺とララが例の施設に迷い込んだところから説明を始め、前にした時には話さなかったところを詳細に話す。
ゾンビの大群からララたちを逃がしたこと。
そして気が付いたら俺はゾンビに襲われずに起き上がれたことからウルクさんが指名したベラルとシルフィした時に彼らから殺されたこと。
その結果、俺はなぜか蘇り、こうして生きているというところまで。
話を終えた後のウルクさんは難しい顔で俯いていた。
「……にわかには信じ難いな」
「まぁ、それは俺も思います」
正直言わせてもらうと、こんな体になったこと自体信じられないもん。
「しかし納得もできる。君たちが見付けたあの施設には何があるかわからない。もしかしたら、何らかの実験物がヤタ君の体に影響を与えた……というのが、今できる推測だ」
「ですが、彼が嘘を吐いている可能性もあるのでは?」
すると、ずっと何か言いたげだった女性がそんなことを言い出した。
なんだろうこの人、俺のこと嫌いなの?そりゃ、俺のこと嫌いにならない奴は稀だけど……
そう考えると、この町の連中は良い奴ばかりだったな……
「ヴィヴィ……」
「だってそうでしょう?彼の目は人間のソレではありません!」
「おい、失礼だなあんた!?これは生まれ付きだ!」
思わずツッコミを入れてみたけど、相手にされる気配がなかった。
俺、この人とは初対面なのになんでこんなボロクソに言われなきゃならんのだ……
体が人外になったってだけじゃ納得できないわ、こんなん。
「ヴィヴィ、そんな理由で相手を蔑むのは感心しないぞ」
「それはっ……っ!……はい、すいません……」
当たり前のことをウルクさんに注意されて落ち込むヴィヴィと呼ばれた女性。まるで叱られた子供のよう。
少し哀れに見えるような気がするが、彼女は俺が気に入らないのかキッと睨んできた。俺が心配するほど彼女は弱くないらしい。
「ところで、君は出身の日本らしいが詳細が不明みたいだな……そこは関係してるのかな?」
出身に関することを聞かれ、ドキッとする。
関係してるわけじゃないが、俺の故郷についてどう説明しようか迷う。
「ほら、その反応!やっぱり嘘を吐いていたんじゃないですか!」
ヴィヴィさんの反応に、若干イラッとしてしまう。
自分が正しいと思っている上に勝手に勘違いして話を進めようとするのはかなりタチが悪い。
「……ハッ、自分の都合のいいことしか聞こえないとか、耳が悪いのか?だとしたら治してもらった方がいいぞ」
「は?」
女性の「は?」は結構キツい。でも俺だって負けないんだからねっ!
「いえ、なんでもありません……」
「弱……」
ヤンキー並みの眼力から無意識に目を逸らしてしまい、その上口が勝手に謝罪の言葉が出てしまった。横でレチアが呆れた様子で呟く。
脅しには勝てなかったよ……
おかしいな、グラッチェさん相手だと強気になれたのに……うん、俺この人苦手だわ。
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