12話目 後半 初昇級
「昇級!?やったじゃニーか!」
「ヤッタ、ヤッタ!」
クロウナさんたちとの話をそこそこにその場を後にし、レチアたちのところへと戻った。
そして報告もついでにしたら彼女たちからはそんな反応が返ってきた。
「なんで俺より嬉しそうなの?」
「むしろなんでヤタはそんなに嬉しそうじゃない二?」
いや、嬉しいよ?嬉しいけど実感が湧かないだけ。
「それじゃあ早速、一つ上の依頼を受けてみる二!」
「そうだな、それじゃあ……」
俺は掲示板に貼られた「急募!荒れた庭の掃除!」という紙に手を伸ばした。
すると後頭部が叩かれて衝撃が走る。
「何をする」
「おみゃーこそ何を選んでる二?せっかく階級が上がったんだからそれ相応の依頼を受けなきゃどうする二!?」
「何言ってる、これが『それ相応の依頼』だろ。ほれちゃんと見てみろ、条件に『見習い以上』って書いてあるだろ?」
「そうじゃないだろ!」
再びスパーンッ!と綺麗な音を立てて叩いてきた。
「……俺は痛みを感じないからいいけど、レチアは痛くないのかよ、その手?」
「痛いに決まってる二、このあんぽんたん!」
あんぽんたんって久しぶりに聞いた気がする。
「なんで階級が上がっても雑用をやろうとする二!もっといい依頼とかあるじゃ二ーか!」
レチアは「これとか!」と言って一つの依頼書を指差す。
そこれは見たことのない魔物の絵が描かれた討伐の依頼だった。
えー……
「俺としてはこの町に引きこもって稼いでいたいんだけど」
「……家に引きこもるのは聞いたことあるけど、町に引きこもるって初めて聞いた気がする二」
自宅警備員ならぬ住宅警備員ってな!
……ん?それってロザリンドさんたちと同じ役職ってこと?なんだかちょっと申し訳ない気がする……
「そもそもこの内容……『猿っぽい魔物の退治十体』って、俺たちには荷が重いんじゃないか?しかも内容的にはまとまって行動してるみたいだし」
「……本当、ヤタはどうでもいいところに目を付けるのが上手い二」
「まぁな。これでも詐欺に合わないよう契約の内容とかはちゃんと確認する男だか、な」
「一応言っとくけど褒めてない二よ?」
そう言ってジト目で睨んでくるレチア。
前から思っていたけど、そろそろ本気で癖になりそうだからやめてくださいレチアさん。
「でも雑用も立派な依頼なんだ。さっき昇級する時、ここの代表にちょっとだけ褒められたぞ?」
「多分それ皮肉じゃ二ーか?」
やめろ。せっかく褒められたと思っていい気分だったのになんでそんな落とすようなことを言うの。
これで本当に皮肉だったら、俺はまた一歩人間不信になるぞ?
「ったく……ん?」
そこで何となく扉の開いた音がして、気になったのもあって視線を出入り口の方へ向けると、そこにはララが立っていた。
なんであいつがここに?
「あれ、ララちじゃ二ーか。おーい!」
ララに気付いたレチアが手を振ってララを呼ぶ。
ララもそれでようやく気付いたようで、俺たちのところにゆっくり近付いてきた。
「昨日ぶり二」
レチアの言葉にララは静かに頷く。
「今日はどうした二?雇い主が何か依頼でもする二か?」
その問いには首を横に振るララ。
喋れるようになったからと言って、そんなにペラペラ喋るわけではないらしい。
むしろ二年も喋る機会がなかったのだから、無言で伝える癖が付いてるのかもしれないな。
「……もう、メイドじゃない」
するとララの口がゆっくり開き、か細い声でそんな発言が飛び出した。
「「えっ?」」
それを聞いた俺とレチアが同時に声を漏らす。
もうメイドじゃないってそれ……
「もしかしてクビにされた?」
もしかしなくてもララはコクンと小さく頷いた。
「……『無断で男と一晩を過ごすよ淫らな輩はうちには要りません。さっさと粗暴な冒険者に戻りなさい』……って」
「何にゃそれ!いくらなんでも酷過ぎる二!」
ララの話を聞いたレチアは、ギリギリ猫語が出つつも持ち直しながら憤る。
たしかに普通なら一晩だけ無断外出をしたからといって、そんな重い処置にするのはどうかと俺も腹を立てるところだろう。
しかし今の俺にはそれがない。むしろその言葉に意味を理解し、収まるところに納まったように納得した俺は、ララに別の言葉を掛けてやることにした。
「よかったのか?戻ってきて」
「ヤタは何を言ってる二?今追い出されたって――」
ララのために怒り続けるレチアを他所に、ララは再び頷いた。
「そっか。んじゃこう言った方がいいよな……おかえり」
「ん……ただいま」
ララが笑って言い、俺もつられて笑ってしまう。
そのララにイクナが近付いて抱き着き、満面の笑みをした顔を上げた。
「おかぁり!」
拙い言葉だが彼女なりに「おかえり」と言おうとしたのがわかり、ララは無言でイクナを抱き締め返した。
「……どういうこと二?」
どうやらレチアだけ理解できてないようなので、さっきララが言われた言葉は俺たちの元へ戻るよう促す意味だったのだと説明することにしたのだった。
――――
「なんでそんな回りくどいことをするんだかにゃ……」
「わざわざ言うのが恥ずかしかったんだろ、察してやれよ」
ぶつくさ文句を言うレチアを先頭に、俺とララ、肩に黒猫を乗せたイクナと共に町の外へ出ていた。
結局レチアの希望通り、依頼は魔物の討伐となってしまった。
非常に残念……しかしいくつか試したい能力もあったから丁度いいとも言える。
チンピラを捕食した時に得た「加護」。
騒動が収まった後アナさんに聞いてみたところによると……
【ある一定の熟練度に達することでこの世界の誰もが得られる特殊技能を指します。現在宿主が所持している加護は《風体 Lv1》《気配遮断 Lv1》となっています】
……らしい。
それともう一つ。
強化された捕食ってのを試したいってのもあった。
体の一部を変形させて捕食するというのに興味がある。
直接食うなんていうグロテスクなことをしなくてもいいというのなら万々歳だしな。
なんて考えてるうちに一匹の魔物と遭遇した。
「ブモオォォォッ!」
大きな牙を上向きに生やした巨大な白いイノシシ。
見るからに獰猛そうで、今は見つかってないからいいものの、見つかれば即座に突進してきそうな雰囲気の魔物である。
「うわぁ……ラッシュボアじゃないかにゃ……」
「なにあれ、見るからに強そうなんだけど」
「強いにゃ。あと面倒。あいつは別名『突進し続ける猪』って言われてて、普通の猪と違って素早いUターンをして走り続けて襲ってくるにゃ。しかも結構早いから駆け出しや見習いの冒険者が被害に遭いやすいんだにゃ」
なるほど……まぁでも、その程度だったら俺の相手に丁度いいんじゃないか?
「んじゃ、俺が行く。お前らは直線上に出ないよう横に回っててくれ」
「了解にゃ。でも無理そうだって判断したら助けに行くからにゃ?」
レチアの言葉にララも頷き、三人はその場から移動する。
さすがにグロロみたいなレベルじゃなければ大丈夫だとは思うけどな……
少しだけ不安を感じつつ、俺は猪……ラッシュボアの前に出て行った。
まずは気配遮断から試したい。
【受諾しました。《気配遮断 Lv1》を発動します】
気配遮断……名前の通りであれば気配を消して相手に気付かれずに近付くことができるはず。
「……あれ?ヤタはどこに行ったにゃ?」
「アウ?」
レチアたちは見失ってるみたいだから、ちゃんと効果はあるようだ。
「……ボモゥ?」
しかしラッシュボアは鼻をスンスンと鳴らして臭いを嗅ぎ、俺の方向へ少しずつ近付いてきていた。
あら?
俺は思わず戸惑って後ろに下がってしまい、木の枝を踏み付けてバキバキと音を鳴らしてしまう。
「ヴ……ブモオォォォッ!」
俺の存在に気付いたラッシュボアが雄叫びをあげ、今にも突進して来そうな雰囲気をしていた。
【宿主が気取られてしまったため、《気配遮断》の効果が解除されます】
「あっ、いつの間にかあんなところにいたにゃ!」
そしてアナさんの音声が頭に入ると同時にレチアたちも俺に気付く。
どうやら姿を隠すことはできるけれども、臭いや音は隠せないらしい。
そして一度バレてしまえば気配遮断の効果はなくなるといった感じか?
まぁいい、次だ。
【受諾しました。《風体 Lv1》を発動します】
「ブモオォォォッ!」
アナさんのお知らせと同時に衝撃波とも言える咆哮を放ち、俺の方へ突進してくるラッシュボア。
しかしレチアから聞いていた話では相当な速さで走ってくるとのことだったが、思っていたよりも遅く感じる。
感覚的には人間の短距離走を見ているようだ。
もしかしてこれはもうすでに風体の効果が働いてるのか?
だがしかし言わせてもらおう――
「ぐぼっ!?」
見えるからと言って避けられるかどうかは別の話だ。
つまりラッシュボアの頭突きを正面から食らってしまったのである。
ラッシュボアは俺を頭部に張り付いたまま突進し続け、どこまで走ったかは知らないが岩壁に衝突してようやく止まった。
痛みはないが吐血をしたからダメージ自体はあるようだ。
だけどこの位置は丁度いいのかもしれない。
最後の検証、強化された捕食方法を見てみようじゃないか。
俺は抱き着くようにラッシュボアの顔へ強めにしがみつく。
「ブモ!?」
「散々やりたい放題やりやがってくれたな?今度はこっちの番だ……!」
【受諾しました。ラッシュボアを捕食します】
――バグンッ
「……え」
何とも形容し難い音が聞こえたと思ったら、その瞬間にラッシュボアの胴体が消えた。
消滅と言っていいほど突然で瞬間的。ただそれが捕食なのだと気付くまで時間はかからなかった。
「……?」
タラリと口から何かが垂れる感覚。
それは他でもない俺の唾液であり、次に遅れて「味」が口の中に広がった。
そして頭に直接ボリボリという音が鳴り、さらに口の中の味が濃くなり涎が垂れ流れる。
そんな俺の頭に今あるのは「美味い」という幸福感だけだった。
昔、少量だけど物凄い美味いものをちょっとでも長く味わいたいからとチマチマ食べていたものがあって、いつかそれを口いっぱいに頬張りたいなんて子供っぽいことを考えたことがあった。
それが今、俺の中で実現してる。
まるで極上の食べ物を口に詰め込んでいるかのよう。
俗に言う、ドーパミンが頭の中を埋め尽くしている感じだ。
しかし実際は口の中には何もないせいで、涎だけが止めどなく溢れ出てきてしまう。
「ヤタ!思いっきり食らってたけど大丈夫……だった……にゃ……?」
俺を心配したレチアたちが駆け寄ってくるが、俺の顔を見た瞬間固まる。
一体俺はその時、どんな顔をしていたのだろうか……?
「ヤタ……気持ち悪いからさっさと涎を拭くにゃ」
「あ、はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます