12話目 前半 初昇級

 俺は口角を引きつらせてながら連合の一室に連れられ、ルフィスさんとマルスが俺の両腕を持ち上げて捕獲された宇宙人の絵のようになっていた。


「ええと……なんスかね、コレ?」

「ごめんね、でも大事な話があるから連れてきてほしいってことで」


 そう答えてくれたのはルフィスさん。


「いや、来てくれって言えばこんなことしなくてもついて行きますよ。ということで下ろしてくれません?そろそろ脇辺りが痛くなってきましたから」

「おっとそれはすまない」


 失念していたという風にマルスがそう言い、下ろしてくれる。

 もちろん「痛い」というのは嘘だ。ただ恥ずかしかっただけである。

 さてと……

 正面を見ると眼鏡を掛けた細身のスーツ姿の男が立っていた。

 黒髪のオールバックと垂れ目でありながら貫くように鋭い目付き、凛とした佇まい。

 若干俺の目付きと似ていたが、その大元は全く違うもの。

 見られるだけで威圧するような力強い、目力とでも言えばいいのか……

 しかしどこか俺と似ている。

 相手を観察し、情報を集めて見透かそうとしているような。

 それは俺たちが昨晩、グロロのことを報告した相手の男だった。


「昨日はよく顔を見なかったが……君がヤタという冒険者か?」

「……え?えぇ、まぁ……」


 突然の確認に俺はたじたじになりながらも頷いて肯定した。

 ああ、そうだったな。俺はこの人の特徴をよく観察していたから覚えていたが、この人自身は書類に目を通し続けてロクに人の顔を見ようとしなかった。

 改めて男の前は俺の立つと、値踏みでもするように人の顔をジロジロ見てきた。


「ふむ、黒髪に年齢に比例した身長、冒険者としては少々頼りないくらいの細身、体を隠せる外套を身にまとった腐った目の男……と聞いていたが、どうやら誤情報を掴まされたようだな」

「はい?どこか間違ってました?」


 男が言った俺の情報のどこに誤情報があったのかと聞いた。

 全部合ってるじゃないか。目が腐ってるは余計だけど。


「目が腐ってる――」

「……ん?」


 男が一言、はっきりと口にする。

 なんで人のコンプレックスを口にしたの?傷口抉ろうとしてるの?

 というか、今俺はグラサンをしてるから俺の目とかわからないはずなんだけど……


「――と報告書には書かれているが、これは違うな。君の目は私と似ている」

「っ!?」


 それは罵倒ではなく、さっき俺が思っていたことと同じことを、この男は口にした。


「人間の悪意に晒され、しかしその程度では心は折れず、生きるために人間という生物を観察しながら生きてきた目だ」

「なっ……」


 まるで今までの俺の人生を見透かして完結にまとめたような言い方をされ、思わず声を出して驚いた。

 俺が戸惑うのも無理はないだろう。この目を初対面で貶すことも無理して触れようとしないわけでもなく、別の指摘の仕方をされたのは初めてだからだ。

 俺自身でさえこの目は腐ってると思ってるわけだし。


「へぇ……?」

「ふふっ……」


 ルフィスさんが興味深そうに呟き、マルスは口を押えて軽く笑う。どういう反応なのそれ?

 俺がどう反応すればいいのかと悩んでいると、眼鏡の男が俺の前に立つ。


「いきなりの呼び出しですまないと思っている。私はクロウナ、この連合の代表代理。つまりこの連合で得た情報などの報告はほぼ全て私を通してライアン様へと伝えられる」


 ってことはライアンさん的な立ち位置にいるってことか?


「そうですか……それで俺が呼ばれた理由を聞かせてもらっても?あとお前ら、そろそろ」

「ああ、そうだったな。まぁ、少し長話にもなりそうだから適当な席に掛けてくれ」


 クロウナさんはそう言うとさっきまで座っていた椅子に戻り、ルフィスさんとマルスはすぐに近くのソファーに座る。

 座る場所って言ったらそこくらいしかないんだけど、なんでお前ら真ん中を開けて座ったの?俺に真ん中へ座れってか?

 嫌だよ、なんで野郎二人に挟まれた状態で座らなきゃならないんだ?

 どっちかというとマルスかルフィスさんがリーダーっぽい風格してんだから、どっちか真ん中に寄れや。


「座らないのかい?」


 マルスがいつもの爽やかフェイスで俺にそう言ってくる。

 ……チッ、わかったよ。

 座りゃいいんだろ、座りゃ。

 席一つで我が儘を言うわけにもいかないしな。

 ルフィスさんの熱視線を感じながらもマルスたちの間に座ると、クロウナさんが本題に入る。


「さて、呼び出された理由はわかってるな?」

「いえ、全然」


 なんでこうなったのか全くわかってないと正直に言うとマルスは苦笑い、クロウナさんは呆れて溜め息を零していた。

 しょうがないだろ、昨日は一日で色んなことが起き過ぎたんだから。


「昨日の報告、最近立て続けに起こっている行方不明者の犯人を見つけ、追い詰めたが逃げられたという内容のことだ。その犯人はグロロだという話なのだが……これは本当か?」


 その視線は俺を指していた。

 疑ってるのか?いや、この場合はなぜグロロだと断定できたのかとか、その辺の詳細を聞きたいのかもしれない。


「まず最初にロザリンドさんという女性に事件現場を見せてもらったんですが、そこに怪しい粘液が落ちてたんです。それをたまたま今受けてる依頼相手にそれが何なのか調べてもらったところ、グロロの粘液だとわかりました。そこから一連の騒動の犯人がグロロで、擬態して監視の目を潜りつつ人々を襲っていた、というのが昨日の騒動が起こるまでの見解でした。で、昨日の事件でアレがグロロだと確信しました」


 少々長く話してしまったけれど、できる限りのことを話し終える。

 するとクロウナさんとマルスが驚いた表情をしており、ルフィスさんがなぜか得意げにうんうんと頷いていた。


「……私はたまに言葉足らずで何が言いたいかがわからないと言われる時があるが、君は察してくれるのだな」


 クロウナさんは中指で眼鏡を直しながら言う。その姿が中々様になってる。


「意に沿った答えになったのなら良かったです」

「そこで、だ。今回の事件で多大な貢献をしてくれた君を昇級させようと思う」


 ……ん?


「昇級……?」

「そうだ」

「な、なんで急に!?」


 俺の驚きにクロウナさんは顎に手を当てて首を傾げる。

 そこにはあざとさとかは全くなく、「なぜそんなことをわざわざ聞くんだ?」とでも言いたそうな怪訝な表情をしていた。やっぱりそういう姿が様になっている。

 待て、それよりも昇級?


「急じゃない。さっきも言った通り君は十二分に貢献してくれた。冒険者の依頼でもないのに……残念ながら金などの報酬を渡すことはできないが、代わりに昇級という形で讃えようと思う」

「昇級……」


 正直実感が沸かなかった。

 というのも元の世界での俺は功績なんてものは立てたことがなく、ずっと平社員だったからだ。

 別に何もしなかったとかじゃない。入社した当初はそれはそれは頑張った。

 若気の至りとも言うべき所業だ。

 「社会に出て頑張れば救われる」なんて思っていた時期もあったが、結局社会も変わらなかった。

 つまり何が言いたいかと言うと、俺の頑張りは全て上司に奪われ、「貢献」や「昇給」などといったものとは無縁になった。

 そりゃあ、その時は上司が悪かったと言えばそうなるだろう。その後、その上司は横領などがバレて左遷されたとかクビにさらたとか……

 でも俺にはもう関係なかった。

 「もしかしたら」「かもしれない」……裏切られるのがもう面倒だったから、頑張るのをやめた。

 ほどほどにして、定時に帰れる程度にして。

 そんな俺がなぜか異世界とかいう未知の場所に連れてこられ、生き残るために右往左往してたら一ヶ月で昇級だとよ。


「昇級すればワンランク上の依頼も受けられるようになる。聞けば借金をしてるみたいだが、そんな君にはタイムリーな話じゃないか?」


 借金を餌にするクロウナさんの言い方に若干の腹立たしさを感じた俺は、小さな反抗をしたくなってしまった。


「俺はできる限り安全な雑用の依頼を受け続けたいんですがね、ワンランク上の雑用依頼ってあるんですか?」


 普通ならこんな我が儘など言う意味がないのだが、ちょっとでも困らせてやろうという発言だった。


「なるほど、雑用……たしかに君はこの町に来てから受けた依頼のほとんどが家庭の庭掃除に洗濯荷物、整理などなど。おかげで誰もやらなかった消化不良だった依頼もだいぶ減った。そういう意味でも階級を一度に二つほど上げたいのだが……規約でそれは禁じられている……あぁ、より上ランクの雑用だったな。心配しなくても腐るほどある。金を出してまでしてほしい面倒臭がりはいくらでもいるからな。まぁ、この町にはないが特殊な内容なものもあるから、それだけ肝に銘じておいてくれ」

「わ、わかりました」


 ……純粋に凄いと思った。

 ここまで噛まずに長々と早口に喋った人はテレビ番組以外で見たことない。俺だったら絶対噛む自信があるからな!


「では昇級手続きはすでにほぼ終わっているから、次に依頼を受ける時には昇級している。これからも精進してくれ、『見習い』冒険者ヤタ」

「……ありがとうございます!」


 その言葉を口にした瞬間、なんだか認められた気がして嬉しく思えた。

 ……あっ、そうだ。


「そういえばこの二人は?特にマルスは俺と一緒に……いや、こいつがいなかったら俺はこの場にはいなかったと思いますから……」

「ヤタ……」


 横でマルスが俺を見てる気がするが、視線はクロウナさんに向けたままにしてある。俺はゲイじゃないからな。


「……彼らか。彼らには本当に申し訳ないが、もう階級を上げることはできないんだ。だから報酬は本当に何もない。精々、次の依頼を達成した時の報酬金を二倍にすることくらいだろう」

「階級を上げることができない?それって……」


 そこでルフィスさん、そしてマルスに目を向けると二人は立ち上がり、通行プレートと一緒にダイヤのようにキラキラした別のプレートを見せてくる。

 ルフィスさんのは手の平、マルスは剣の形を中央にし、それらをトゲトゲしたものが円を描くように囲っていた。

 ちょっと厨二心をくすぐる形。それが意味するところは……


「『拳魔』ルフィス、『剣聖』マルス、彼らはそれぞれの分野で最高峰の階級を持った猛者たちだ」

「……マジかよ」


 目の前にいる男好きの男と腹の立つイケメンが最高峰とか言われても全く実感ないんですけど。


「悪いね、あまり自慢は得意じゃないんだ」

「どうだい、惚れたかい?惚れたのなら明日にでもデートを――」

「それはないです無理ですごめんなさい」


 ……どうやら俺は今まで凄い奴を二人も相手にしていたらしい。

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