6話目 中編 その夜

☆★☆★

 ヤタをしばらくいじり続け、レチアが満足したところで彼らはそれぞれ分け与えられた部屋へと戻って行った。

 しかし「私」はまだその場に残り、夜空を見上げている。

 これはこの体で産まれ、「ララ」と名付けられるよりも前から……転生する度に行う習慣のようなものだ。

 毎日見ていれば変化がない他愛もないものだが、死して転生すると大抵数十年の月日が流れ、そしてその度に産まれる場所、種族も違ってくる。

 そしてその度に見上げる空の景色も違っており、転生した後はこうして心を安らげている。

 ……実を言うとまだ混乱している自分がいるのだ。

 「ララ」であった頃の少女の記憶。

 平静を装っているが、彼女が自分が実は魔族の王の生まれ変わりであることに驚いている。だからそのせいでまともに寝付けないのがここにいる理由でもある。

 そして入浴した際、転生する前の我であれば冷静のはずだったヤタに裸を見られそうになるというできごとにララが反応し、思わず彼を攻撃してしまったのも、理由のその一つ。

 魔族、亜種、人間……魔物にもなった時代が今までもあった。

 最初から記憶を持ったまま転生することもあれば、今回のように突然転生前の記憶を思い出すこともある。

 そしてその都度、夜空を見上げて心を落ち着かせて自分が魔王であったことを自覚させるのだ。

 同時に今の自分が齢二十にも満たないララという少女であることも自覚しようとする。

 どちらも「私」で、どちらも「我」であると。


「しかし……ふふっ、そうか。いくらこの体に引っ張られているとはいえ、幾度も転生を繰り返して数千年を生きた我が恋をしたか」


 それを言葉にすると顔が熱くなるのを感じた。

 どうやら「ララ」の乙女らしい部分が恥ずかしがっているようだ。


「これは……しばらく苦難しそうだな」


 長い時間を生きると色んなことが起きると誰かから聞いた。

 実際その通り、誰にも負けない力を持つと自負していたら何も持ってない素手の人間に負けたこともあれば、力量差のある魔王だと知っても態度を変えないひねくれた男とも出会った。

 どちらも人間で、しかしどちらも異世界からの来訪者。

 ただの偶然で片付けるよりも数奇な運命、という方が心踊る。


「……ふっ」


 そんな自分の考えに驚き、思わず笑いが漏れる。

 いつから自分はロマンチストになったんだか……もしくはこの体だからか。

 ララの記憶から感じるヤタへの想い。

 最初は助けられても不審な者という認識しかなかったが、いつしか信頼し、芽生えた恋心。

 魔王の記憶を取り戻してもこれだけはどうにもできそうにない。


「ヤタはあまり気乗りではないらしいが、我はお前に合わせてみたいと思う。そうすれば何か面白いことが起きるんじゃないかと……なぁ、そう思わないか――」


 その場にはいない「もう一人の異世界人」へ語りかけるように言葉を口にし、最後にその者の名を呟いた。


☆★☆★


 ララとも別れ、レチアと共に自分の部屋の前へと到着した。


「別の意味で寝られなくなりそうなんだが……」

「僕たちはぐっすり眠れそうにゃ~」


 上機嫌でスキップするレチア。人をイジって機嫌が良いのはわかるけど、その大きなお胸がこれ見よがしにバインバイン跳ねてますよっと。

 ……まぁ、別にいいんですけどね。悪い意味でからかわれたわけじゃないし。

 俺も気分が悪いわけじゃないし……うん、恥ずかしかっただけ。

 ちくしょう、なんだこの俺だけモヤモヤさせられてる感じ。納得できないんだが……


「……あれ、あなたこっちでしたっけ?」


 部屋のドアノブに手をかけたところで気が付いた。

 なんとなくレチアと話しながら俺の部屋の前まで来てしまったが、彼女が与えられて寝る予定だった部屋はすでに通り過ぎている。

 話してる間に通り過ぎたことに気付かなかったのか?


「んにゃ?こっちで合ってるにゃ」

「部屋を変えたのか?」

「まぁ、そういうことだにゃ」


 なんだ、そういうことか。


「だったらいいけど。それじゃあお休み」

「もう寝るのかにゃ?」


 「まだ寝るには早くないか」とでも言われているようなレチアからの質問。

 実際この世界には手頃にできるゲーム機のような娯楽なんて一切ない。

 あるとすればアナさんにこの世界の知識を教えてもらうお喋りをするくらいだ。

 だがやることがないってことはつまり、早寝早起きの健康的な生活が送れることを意味する。

 寝過ぎて眠くなることはあっても、寝不足になるなんてことは滅多にないのだ。


「そりゃあまぁ、やることなんてないからな……ってなんでレチアさんは私の後ろにピッタリくっ付いてるのでしょうか?」


 ここで別れるはずのレチアが俺の背中に張り付くようにして立つ。

 というか張り付き過ぎて柔らかい感触が当たってるんですが……


「ここが僕の部屋だからにゃ」


 おかしいな、変な言葉が聞こえた気がする。

 ここはたしかに俺が与えられた部屋であり、場所は間違えてないはずだ。

 それに俺たちはフィッカーに入っている手荷物以外は部屋に置いてない。

 つまり部屋の中の家具に違いはないはずだ。なのになんで俺の部屋を自分の部屋と言い出すんだ?

 あれか、遠回し「お前は廊下で寝てろ」と暗に伝えているイジメ宣言か。でも僕負けない。


「そうか、だったら別の部屋で寝るとしよう。お休み」

「待て待て待てにゃにゃにゃ」


 凄い語尾になったな。前半の待て三つ分を一度に言ったみたいになってるぞ。

 するとレチアは大きく溜め息を吐く。


「やっぱり回りくどいと逃げようとするから正直に言うにゃ。僕はヤタと一緒に寝るにゃ」

「え、なんで?」


 理由というか意図が理解できなかったためにそんな言葉が自然と口から出てきた。

 今度は溜め息こそ吐かなかったものの、呆れと悲しみとイラつきが入り混じったような複雑な表情をする。何もしてないのに罪悪感に押し潰されそうになるのでやめてください。


「寝たいから一緒に寝るのにゃ。僕が奴隷になった日のことを覚えてるかにゃ?」

「……ああ、覚えてる」


 忘れるはずがない。忘れられるわけがない。

 俺は賊に殺されかけ、捕まったララやイクナだって助けるのが遅れていたら何をされていたか……

 そして俺が初めて人を殺してしまった日でもある。人を助けるためとは言え、それを忘れるなんて到底できるわけがないだろう。


「あの時、僕はヤタが好きだと告白したけどおみゃーは一時の気の迷いだと言って誤魔化したにゃ。でも今でも僕の気持ちは変わらないけれど同じことが言えるのかにゃ?」

「…………」


 返事に困った。またその話なのかと。

 女性からの好意なんてものは経験がないから本当に扱いに困る。

 俺を好きになる奴なんているはずがない、そう思っていた。

 俺だってその告白が嬉しくないわけじゃない。でも恐らく過去の記憶が、彼女からの好意を否定している。

 「騙されたくない」「裏切られたくない」「信じたくない」。

 もしそれが嘘の告白だったら?一時の感情に流されただけで時間が経った後で「やっぱり違った」なんて言われたら?

 裏切られるくらいだったら最初から信用しない方がいい。そう思っている。

 そして今もそれは変わらない。


「ああ、言える。レチアはまだ俺に借金を支払わせているという後ろめたさでそう思っているに過ぎないんだよ」


 あくまでそれは一時的なものだということを伝えると、レチアはひまわりの種を食べるハムスターのように頬を膨らませる。


「わからず屋!意地っ張り!唐変木!ヘタレッ!バカアホヤタ!逃げ道ばかり探してる屁理屈なんて並べてないで押し倒せにゃ!」

「滅茶苦茶なこと言ってますよレチアさん……何をそんなに焦ってるんだ?」

「ッ……!」


 確証はなかったが、なんとなくそう感じたから言った言葉にレチアは驚いた表情をし、次第に暗く悲しそうに俯く。


「……みんな、何かを持ってるにゃ」

「何か?」


 唐突で曖昧な言葉に俺は聞き返した。

 何より、彼女の声が震えているのが気になった。


「ララちは魔王になっちゃって、ヤタもイクナもいつの間にか強くなっていってる……ガカンだって力はなくても知識でヤタたちを助けてる。何もしてないのは僕だけにゃ……」

「何もしてないってことはないだろ――」

「何もしてないにゃ!……何も……してないのにゃ……」


 最初は俺の言葉を遮るほど声を荒らげて怒り、次第にその表情が悲しみに満ちて曇っていくレチア。


「最初の頃は危なっかしくて、助けなきゃって思ってたにゃ……なのにみんなどんどん強くなってっていって、僕だけ置いてかれてく気分なのにゃ……」


 俺の服を掴むレチアの手に弱々しいながらも力が込められるのがわかる。


「もう置いてかれるのは嫌にゃ……ヤタたち以外に僕を支えてくれる人がいないんにゃよ……?」


 レチアの震えた声を聞いて振り向く。

 そこには口は笑っていたが目に涙を浮かべ、今にも泣きそうな顔をしたレチアが俺を見上げていた。

 そんなことを考えてたのか……


「……考え過ぎなんだよ。俺たちは誰もお前を置いてかないし置いてくつもりもない」

「それは奴隷じゃなくなってもかにゃ?」


 俯きながらそう言うレチアに、俺は言葉を詰まらせてしまった。

 奴隷という状態から解放された彼女はきっと俺たちといるより離れた方が幸せになれるんじゃないかという考えがあった。

 だからといって何も言わず置いていくことはしないが……それもあって沈黙してしまう。

 それがレチアの不安を加速させてしまうのもわかりきっていた。


「……だからそんな一時的な繋がりじゃなくて、もっと確かなものが欲しいのにゃ」

「そんな凄そうなものなんて俺は持ってないんだが……」


 そもそも人と人の繋がりなんて曖昧だ。

 確かで永遠なものなんてそうそうあるはずがない――

 そう思っていた俺の顔を、色っぽく火照った笑顔をしたレチアが見上げてくる。


「男と女が深く繋がる方法なんて決まってるにゃ?」


 ドクンッと心臓の鼓動が大きく聞こえた気がして、頭が混乱する。

 ダメだ、それは仲間の範疇を越えている――だが彼女はそれを望んでる。

 冷静な判断ができてないだけだ――それだけの不安を抱えているんだ。

 俺はこんな形で望んでない――本当にそうか?

 蔑まれるのが当たり前だった俺は、誰かに心の底から愛されたかったんじゃないのか?


「……俺は――」


 ――ガチャ。

 自分でも何を言いかけたのかわからなかったが、その言葉を言いかけた直後に寄りかかっていた扉が開く。


「うおっ!?」

「うにゃ!?」


 予想外の出来事に俺とレチアはそのまま部屋の中に倒れ込む。

 何が起きたんだ?俺は扉を開けた記憶なんてないんだが……

 ふと目を開けると、目の前にはレチア以外にレースの薄いカーテンに包まれた女性物のパンツと生足がそこにあった。

 わけがわからないよ……

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