6話目 前半 自首
「好きにしろと言ったんだ。俺たちはここから出る。この誘いを断るんなら強制はしない」
突き放すことを言って立ち上がろうとすると、不服そうな表情をしたララが俺の服の袖を掴んでいた。
その顔から察するに、「見捨てるな」とでも言いたげだった。
だが俺はその手を振り払う。
「いい加減にしろ。救ってほしくない奴のことまで面倒を見るなんてごめんだぞ、俺は」
「っ……」
ララは俺に対する怒りで顔を歪ませる。
「俺もララも、夢物語に出てくるような英雄じゃない。誰かを助ける、助けてやれるなんて思い上がるな。助けが欲しいなら最低限手を伸ばすが、そうじゃないなら切り捨てる。それはララ、お前もだ」
そう言い放った瞬間、ララの顔は怒りのものから間の抜けた素っ頓狂なものへと変わった。
「もしそれ以上、そいつらを説得してでも連れて行きたいって言うんなら、ここでお別れだ」
ララはしばらく固まり、言葉の意味を徐々に理解したのか、悲しみながら怒っているような複雑な顔になっていく。器用だな。
すると今度は強気な女性が俺とララの間に入って、俺にビンタしようとする。寸前で俺に抱っこされていたイクナがそれを受け止めるが。
「あんた……何様のつもりさ!この子はあんたの仲間じゃないの?なのに見捨てるって……どれだけ最低な野郎なのさ!?」
自分が庇われるとは思ってなかったララは目を丸くして彼女を見つめる。
なんだかややこしいことになってきたな……
「一丁前に仲介役のつもりか?そもそもこんな話になってるのは、お前らが頭の悪い妄想癖を全開にしてるからだろ?」
「なっ――」
「いいか、あと一回だけだ!これ以上は言わないぞ?ここから俺たちと逃げるか……もしくはあの魔物と一緒にここへ残るかだ!」
虐げられることには慣れていたが、状況判断すらできずに騒がれたことへの苛立ちを少なからず覚えていた俺は、つい強めに言ってしまっていた。
そのせいか、弱気な少女が肩を跳ねらせて涙目になってしまい、嗚咽を漏らし始める。
これで即答で決断できなければ、今度こそこいつらを置いていく。そのつもりだった。
「……行きます」
そう思っていると、意外にも普通の外見をした女性がそう答えた。
「いくら不遇な状況で憔悴してしまっていたとはいえ、先程の根拠の無い暴言をお許しください」
「あんた……」
強気な女性は面を食らった顔をして彼女を見る。
その人は大人しそうな外見だったため、強気なこの女性が全て決めるのだと思ってたから、俺も少し驚いてしまった。
「許す許さないなんてどうでもいい、行くならさっさと行くぞ。他の奴らまで戻って来たら、もう手に負えなくなる」
そう言いながら俺は、ララ用に蔵で取っておいた女物の服を人数分適当に取り出して差し出した。、
「……ねぇ、それって僕も行っていいのかにゃ?」
ようやく説得が終わったかと思えば、次はレチアがそんなことを言い出した。
「そんなの、言わなくてもわかるだろ」
言葉足らずに言うと、レチアはあからさまに耳を垂らして肩を落とし、落ち込んだ様子になってしまう。え、なんで?
もう一言付け加えないとダメか……
「早く行くぞ」
数秒で考えた一言。
しかしその一言でレチアは耳をピンッと立たせ、目を光らせた。
さっさとここから離れたい一心で歩き始めると、後ろから元気の良い返事が聞こえてきた。
「……うん!」
逃げる際に後ろから「待て、逃げるな!俺を助けろっ!」と必死に訴えかけてくる声が聞こえたりしたが、当然無視。
その悪党の住処から脱出する時、警備などが全くいない状態だったので俺たちは簡単に抜け出せた。
遠目に火の煙が立ち上がっているのが見えたから、まだそっちにかかりっきりだったのだろう。
「はぁ~……」
その場所からだいぶ離れたいところで、大きく一息吐く。
とりあえずは全員無事に脱出できたことにホッとする。
顔を上げて見渡すと、救出した女性たちが泣きながらお互い抱き締め合って喜びを分かち合ってた。
「ありがとうにゃ、ヤタ。おみゃーのおかげで、あいつらから逃げ出すことができたにゃ」
俺の横に立ち、そう言ってくれるレチア。
「そりゃどうも」
「……なんで僕があそこにいたか、聞かないにゃ?あとこの耳とか尻尾のことも……」
彼女には色々聞きたいこともあったけれど、やっとあの場所から命からがら逃げて来れたんだ、もう少し感傷に浸っててもいいだろう。
「もう疲れたから聞く余力がない。話したいなら勝手に話してくれ」
実際、精神的な疲労があったので、俺は近くの木を背もたれにして胡座で座り込んだ。
そして黒猫がやってきて、その胡座に体を丸くして寝てしまった。
こいつも疲れたのか?
猫の頭を優しく撫でてやると、気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らす。
その俺の隣でドサッと音が聞こえ、見るとレチアが肩を並べて座っていた。
「じゃあ、懺悔するから聞いてくれにゃ」
「ここは教会じゃないぞ。俺に言ったらそれはただの愚痴だ」
「僕たち家族は観光中、あの悪党共に捕まったにゃ」
「無視かよ」
俺のツッコミを無視して語り始めるレチア。
「そして僕は父と母を人質にされて、ここ1ヶ月くらいいいように使われてたにゃ」
「人質に?……レチアの両親ってもしかして、お前と同じように猫みたいな耳が頭にある奴か?」
「知ってるかにゃ!?父は黒、母は白だったにゃ!お願いにゃ、知ってたら教えてほしいにゃ、そして助け出すのを手伝ってほしいにゃ!」
ああ、やっぱり。
俺はその二人を、恐らく知っている。そしてそれを見つけた俺は彼女に言う義務があるだろう。
「それ」を言葉にするのに躊躇して言い出せずにいたが、一度大きく息を吸って呼吸を整えたところでレチアに向き合う。
「ああ、知ってる。だがそれはできない相談だ」
「っ……なんでっ!?」
レチアは激怒しようと勢い付くが、すぐに冷静になって落ち込む。
「……やっぱり、自分と仲間を売った僕のことは助けられないにゃ?だからそんなことを――」
「違う。どちらにしろ俺の都合の問題じゃないからだ」
「どういう、ことにゃ?」
俺の言い方からすでに察しようとしたのか、レチアは表情に焦燥を浮かべていた。
「俺がお前の姿に似た奴を見たのは、俺が捨てられた場所だった」
「っ……!」
死体を廃棄する小屋で見たことを伝えると、レチアは息苦しそうな表情になる。
もちろん、アレがレチアの両親だと断定するには早いが、「亜種」という種族があからさまによく思われてないのを見ると、あの場所で他にも同じ奴がいる可能性は低いし。
何よりまだ腐り始めたばかりの死体を見つけた時、そこにレチアの面影を見てしまったのだ。
そしてそんな話を聞いたレチアは脱力してその場に座り込んでしまう。
「この一ヶ月、あいつらに従ってたのは無駄無意味だったってわけにゃ……」
「レチア……」
彼女は両親を失ったことを知り、大粒の涙を流し始める。
最初は嗚咽から始まり、そして声を大にして泣き崩れるその姿を見ていると、こっちまで心苦しくなってきてしまう。
何より、そんな彼女にかけてやれる言葉が見つからない自分がもどかしく、腹が立った。
ララはそんな彼女に近付き、そっと抱き寄せて慰めようとする。
いくら自分たちを罠に嵌めた人物とはいえ、あちらさんも被害者の一人。蔑ろにはできないのだろう。
しばらくしてレチアが泣き止んだところで、俺たちは捕まっていた女性たちを連れて町へと戻った。
――――
そして俺は町へ入る前に、門番の人に捕まってしまったとさ……
「なんで?」
「町で行方不明になっていた女性たちの誘拐は貴様だろうが!」
門のところにはフレディはおらず、代わりに他の奴に事情を説明しようと話しかけたところ、即刻御用となった。まぁ、完全に逮捕されたわけじゃないけど。
待って、職質はされたことあるけど、外見で判断されて逮捕されるなんてことは初めてだ。
「おい、少しは事情を聞けよ」
「いいよ、聞かなくてもわかる。どうせ罪悪感に耐えきれなくなって、自主しに来たんだろ?そういう目をしてるもんな、お前」
何一つ合ってない偏見によるものですね。しかもまた目かよ。
どうすんだよ、これ。現代社会だったら普通に名誉毀損並の濡れ衣で逆にこいつを訴えられるレベルなんじゃねえの。
それが門番をしていた奴二人共がだ。
俺の目ってホントなんなの?
人助けしても人殺しって言われたり、さらには誘拐犯と間違えられてるじゃねえか。
……あれ、前者はあながち間違いじゃないのか。悪党とはいえ、相手の命をすでに二人奪ってるんだし……
ヤバい。これはこれで自主した方がいいんじゃないかって考えになりつつある……
ああ、クソ!いくら死ななくなったとはいえ、牢屋に入れられて前科者にはなりたくないぞ!?
「違うにゃ。誘拐したのはこの人じゃない、僕だにゃ」
するとレチアが一歩前に出て、そう言い出した。
語尾も「二」ではなく「にゃ」、隠す気がない。
「それは……本当か?」
「おい、レチア!それは――」
「いいにゃ」
一人の男が確認してくるのを他所に、レチアは俺の言葉を遮って耳を隠すために被っていた帽子を取ってしまった。
「なっ……!?」
「亜種……?」
レチアの耳を見た門番たちが驚きに目を見開く。
「でもそれは……親を人質に取られていたからだろ?」
「それでも僕のやったことに変わりはないにゃ。罪は償わなきゃにゃ」
そう言いながら寂しそうな笑みを浮かべるレチア。
本当にそう思ってるのか?
……いや、もしかしたら彼女はヤケになってるのかもしれない。
彼女は加害者と同時に被害者でもある。
なのにレチアは、自分にはもう守るものがないと思っている。
このままじゃダメだ。
だがどうする?
レチアがすでに自白を公言してしまっているこの状況で俺が取れる最善の策は?
「彼女の……罪人の引渡しはどうするんだ?」
一先ず、レチアがどうなるかを先に聞いてみることにした。
「え?あ、ああ……本来なら俺たちが引き取るんだが、亜種が相手なら奴隷商人に引き渡すことになってる」
奴隷……嫌な単語が出てきたな。
この世界じゃ奴隷制度は普通にあるのか?
「その場合、罪の重さは関係してくるか?」
「まぁな。窃盗、強盗、放火、殺人、誘拐……内容によって奴隷の種類も異なってくる。中には借金奴隷なんかもあって、強制的に労働をさせられるやつもある」
「そうか、わかった」
「俺たちが連れてくか?」
門番の人が提案してくれるが、俺は首を横に振る。
「いや、俺が連れてくから大丈夫だ。それよりも彼女らの保護を優先してくれ」
そう言って誘拐されていた女性たちを指し示すと、すぐに了承してくれた。
そして彼女たちを引き渡したあと、門番に通行証を見せて通ろうとする。
「ただ、このままだと犯罪者を素通りさせることになるから通すことができない。だから少し待っててくれないか?今手が空いてるやつを呼んできて同行させるから」
「まぁ、そりゃあそうか……あっ、だったらフレディって人を頼めないか?」
――――
「で、なんで俺なんだ?」
俺が名指しし、呼び出されたフレディは不機嫌そうだった。
「知らない奴に偏見持たれるより、多少は知った仲で信用できる奴にいてもらった方がいいと思ってな」
「信用?おい、まさかこれからヤベーことにでも手を出すんじゃないだろうな?そんなことしようもんなら衛兵呼ぶぞ」
「俺を何だと思ってんだお前は。あとそれ、お前の役目だろうが」
どいつもこいつも俺を犯罪者予備軍みたく言いやがって……
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