3話目 前編 フランシス家

「おかえりなさい、あなたたち」

「「アリアお姉様!」」


 馬車が止まり、降りるところで誰かが迎えに来ていたらしく、カノンとマナの二人が笑顔で飛び出して行った。

 ……まさかとは思ったけど、フランシスってやっぱりアリアの実家のことだったのか。

 俺たちも馬車から降り、その先にいたのはアウターという町で出会った長髪ブロンドに揉み上げを三つ編みにした巨乳お嬢様冒険者のアリルティア・フランシスだった……あらためて要素をまとめて言葉にするとずいぶん濃いな。

 本人は略してアリアと呼んでほしいようなので俺たちもそう呼んでいる。

 知り合っても間もなく彼女は町から去ってしまったのでそこまで親しくないと思うが……

 するとアリアが俺を見つけると、一瞬驚いた表情をするがすぐに優しい微笑みを向けてきた。


「それと……意外と早く来てくださいましたね、ヤタ?」

「ただの偶然で来る気はなかったですけどね。というか俺のこと覚えてたんですか?」


 どうせこんな目の腐ってる奴のことなんて忘れているだろうと思って皮肉じみたことを言ってみたのだが、アリアはそれをクスリと笑う。


「当然でしょう?あなたは命の恩人なのですから」

「えっ……お姉様もヤタ様に?」


 カノンの驚いた発言にアリアが「も?」と疑問を抱き、俺たちはここに来た経緯を話す。


「まさか姉妹全員があなたのお世話になるなんて。もう運命を感じてしまいますわね」

「ですね!目が腐……目付きが悪いのがアレですが」

「ちょっと?今目が腐ってるって言おうとした?上げて落とされるのって結構痛いから勘弁してね」


 命を助けるようなことをしても目が腐ってるせいでマイナスポイントは逃れられないようです……クソゥ、目が腐ってるから――


「目が腐ってるからなんですか?」


 俺がたまに口にする口癖をアリアが言う。


「外見より中身!男は度胸!いくら外見が良くてもヘタレやゲスでは話になりませんわ。その点、ヤタは問題はありません。むしろこの目も愛らしく見えてきますわ……」


 アリアが熱弁してると思ったらうっとりした表情をし、両手で俺の顔を包んで見つめてきた。

 横でレチアが「にゃ!?」と驚いているが、正直俺も驚いていた。

 だってそんなこと言われたの初めてなんだもの。若い女の子にそんなこと言われたらドキッとしちゃうじゃない!

 惚れて告ってフラれるところまで一セットで想像できちゃうね。

 いやでも本当に顔近くね?アリアって本当に綺麗な顔……じゃなくてこれ、このままだと口が――


「ダメにゃ!」

「「ダメぇ!」」

「おっと?」

「あら?」


 レチアとカノンとマナが同時に叫んで俺とアリアの間に割り込んでくる。

 あっぶね、めっちゃ見蕩れてた……


「何をしているんですか、アリアお嬢様!?」

「残念、もう少しでしたのに」


 今まで遠目で傍観していただけだった護衛の人たちがそう言ってアリアに詰め寄るが、彼女は気にした様子もなく俺に視線を向けたままイタズラっぽく笑う。

 そんな彼女をカノンとマナが頬を膨らませてポカポカと叩き、レチアは警戒する猫のように「フーッ!」と声を荒らげて俺の前に出る。

 そしてその怒りの表情をこっちに向けてきた。こっわ。


「何をボーッとしてるにゃ!ロリコンの次はデカ乳好きかにゃ!?目の前にも身長が小さくてでっかいおっぱいを持った成人過ぎた女がいるのに、なんで目移りしてるのにゃ!」

「だからロリコンでも巨乳好きでもないっつの。美人が顔を近づけてきたからちょっと戸惑っただけだから」

「あら、美人だなんて……正直ですのね、あなた」


 騒ぐレチアと意外そうにしながら少し頬を赤く染めるアリア。


「俺はいつだって正直だよ」

「それでいてひねくれてますわ」

「ああ、ひねくれ者だ」

「正直なひねくれ者にゃよ」


 アリア、ララ、レチアの三人の真顔で意見を一致させる。あれ、打ち合わせでもした?


「うるせーよ。正直なひねくれ者って何、矛盾してね?素直になれない正直者ってなんだよ」

「ヤタにはお似合いだにゃ」

「やだ……レチアさん超厳しい」


 納得できないまま話もそこそこに終わらせ、アリアを先頭にカノンとマナに屋敷を案内される。

 道中、多くの使用人とすれ違ったが、そのほぼ全ての視線が最初に俺を捉えて嫌な顔をされた。

 見た目だけで言うなら他にも目移りしそうな凄い見た目の奴らが俺の横にもいるのに、俺にばかり視線が集まるのは何でだろうね。注目を集める才能でもあるの?

 やったね、ネットに素顔晒そうものなら大人気だよ!大炎上するって意味で☆


「……それと今気付いたのですが、ヤタが背負っているその子は……?」


 そう言うアリアの目が、俺の背後の赤ん坊に向けられる。


「コイツか?あー……ちょっと込み入った事情があってだな……」

「どなたに産ませたお子さんですの!?」


 レチアたちによって一度は離れたアリアとの距離を一気に詰められる。


「産ませたて……いやたしかに込み入った事情とは言ったが、そういうことじゃ――」

「この目の据わり具合と尻尾らしき尻尾……これはレチアさんとのお子さん!?」

「落ち着け」


 その赤ん坊の目が据わってるから俺との共通点って言いたいんだろうけど違うよ?っていうか俺の目ってそんなに据わってる?

 あと尻尾らしき尻尾って結局尻尾だからね。


「そいつは道中で拾ったんだよ」

「外で作って産んだのですか!?」

「いやだからホントに落ち着け?」


 どういう思考回路でそういう答えに辿り着くのか……なんで若干壊れ始めてんの、コイツ?


「にゃー」

「……ん?どうしたレチア?」

「今のは僕じゃにゃい……ってうわぁ!?」


 猫の鳴き声が聞こえてきたと思ったら、レチアの足元に黒猫がいた。


「あっ、猫ちゃん!」


 カノンが黒猫のことを知ってる風に言う。

 黒猫はレチア、ララ、イクナ、の順に頭を擦り付けると、俺の肩へ跳躍して乗ってきて頬擦りしてくる。


「その猫って……」

「俺たちにここまでしてくる猫って言ったら……一匹しかいねえよな?」


 レチアが黒猫を見て思ったであろうことを俺が口にする。

 アウターの町で置いていくことになってしまった黒猫のウィズだ。

 元の世界で俺にドロップキックを食らわせ、次の瞬間にはこの世界に飛ばされていた。

 今のところこの黒猫が俺を異世界へ連れてきた奴なんじゃないかと思ってる。

 なんせ、ふといなくなったと思ったら俺たちの居場所がわかっているかのようにこうやって神出鬼没に姿を現す不思議な猫だからだ。

 そんな不思議な猫だからこそ、コイツが俺をここに飛ばした原因なんじゃないかという疑惑が浮上してくる。

 とはいえ、今のところ明確な証拠がなくて俺の推測兼妄想になってるのが歯痒いところなんだけどね。

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