2話目 後編 お嬢様姉妹
「お礼をしたいなんて言いつつも俺たちを売る気だろ?」
「売るなんてそんな……!」
「俺たちは今や指名手配されてる。そうでなくとも珍しい珍獣に見えてるんじゃないのか?じゃなきゃ化け物にしか見えないはずだ」
「それは……たしかに珍しい方だとは思いますが……でも誓ってそのようなことは――」
「それ以上お嬢様に近付くな、化け物め!」
言い合っていた俺たちの間に再び割り込んで武器を向けてくる護衛。
さっきの人とは違うらしく、女の人の声だ。
いや、近付いて来てるのはお宅の娘さんですからね?
「やめなさい!命の恩人に対してそのような物言い……」
「ですがこの異形の姿と亜種……それに魔族までいるではありませんか!?」
頭まで被っている甲冑でわからないが、その視線がイクナとレチア、そして強めの敵意がララに向けられたのだけはわかった。
ただそれだけで凄まじく腹が立った。
「亜種だけでも理解できないのに絶滅したはずの魔族までいるとは……今この場で捕らえるべき――」
「おい」
俺は低い声で呼び、目の前にいる甲冑の女性の頭を人型の方の片手で鷲掴んだ。
「なっ……!?」
「お礼の言葉も物も、おもてなしも要らない。別にお前らを助けようと思って助けたわけじゃないからお前らが勝手に助かっただけだ。だがな、コイツらをバカにするのは許さねえぞ」
掴んでいる片手に力を入れると、甲冑はメキメキと音を立てて歪み始める。
思っていたよりずいぶん脆いものだ。感覚的にはなかなか割れない弾力性のあるプラスチックのようだ。
「あっ……かっ……!?」
「は、離せ!この化け物――」
掴んでいる俺の片手を切断しようと護衛の一人が斬りかかってきた。
しかし俺の腕に刃が通ることはなく、肉すら断ち切れないままピタリと攻撃を止めてしまった。
「剣が通らないだと!?」
「な、なんでにゃ?」
それを見たレチアも驚く。
俺も意外な結果に驚いているが、それ以上に怒りのせいでその感情を表に出せずにいた。
【八咫 来瀬が会得した今までのステータスポイントを合計した結果、並の力では攻撃が通らないほどに筋力が発達しています】
「……そうか」
アナさんのお知らせにはただ一言だけ返事をし、掴んでいる片手にさらに力を込めようとする。
――ポカッ
「……え?」
しかし逆に力が抜けてしまった。
拍子抜け、とでも言えばいいのか。さっきまでフツフツと沸いていた怒りさえ消えてしまっている。
その原因は少女のか弱い拳。
さっきまで姉らしき少女の後ろで隠れていた幼い少女が、目を瞑りながら一生懸命に俺を叩いてきていたからだ。
ポカポカポカポカポカポカポカポカ!
何かを必死に伝えようと何度も叩いてくる。なんなのこの子?普通に可愛いんだけど。
「いけません、マナお嬢様!危険です!」
「そうですよ、そんなことをしたら取って食われてしまいます!」
「ん~~~~~!」
護衛たちの制止する声も聞かず、ずっと叩き続けるマナと呼ばれる少女。
もしかして、と一応護衛を掴んでいた片手を離し、相手を解放する。
するとやはりそれが正解だったようで、マナは俺を叩くのをやめて頭の甲冑が歪んだ護衛の元へと駆け寄って行った。
解放された護衛の女性は歪んだ甲冑が苦しかったらしく、急いで脱いで大きく呼吸をする。
頭の甲冑を脱ぐと長い金髪をした美女の顔が露わになった。
前の町にいたロザリンドさんも美女だったが、この人も負けず劣らずというくらいには綺麗である。
彼女に対してイラついてなければ接し方がわからないところだ。
そんな彼女を心配して顔をペタペタと触るマナ。
「ミリアお嬢様……心配してくださり、ありがとうございます……」
息切れをしながら感謝の言葉を口にする女性。すると彼女はキッと俺を睨み付ける。
「やはり貴様は危険な化け物だ!」
痛い目に合っても俺を蔑む姿勢を崩さないらしい。
「この体が化け物なんてのは承知の上だ。だけどそもそもお前らが挑発なんてしなければいいだけの簡単な話だろ。それともわざわざ危険を侵してまで俺を蔑みたい願望でもあるバカなの?死ぬの?」
まずは護衛の女にオールイーターを向け、それを困惑しているカナンの方へと向けた。
カナンは肝が据わっているようで、そこそこグロテスクなオールイーターの口を目の前に差し向けられても少し驚くだけで怯えはしていない。
しかし彼女よりも護衛たちの方が動揺する。
「や、やめっ……!」
「守るべき立場を持つ奴が自分から危険な状況に陥れるんじゃねえよ。俺が本当に理性のない化け物だったらこの二人は無事じゃないだろうし、そこの女の子が止めに入らなきゃ意味のない死体が増えてたぞ」
そう言ってようやく諭せたのか護衛たちはそれ以上何も言わず、俯いて落ち込んだようだった。
ホント、正義感強過ぎる奴って自分から危険に首を突っ込もうとするもんね。あれ、なんか後頭部に鋭利なブーメランが刺さった気配が……
「あの……うちの者たちがご迷惑をおかけしました、申し訳ございません!」
「カナン様!?」
すると突然カナンが頭を下げた。
少しでも俺たちと好意的に接しようとしてるのは見て取れるんだが……
「いや許さん」
「えっ……」
俺の一言に驚くカナン。謝れば許してもらえるなんて世の中甘くないことを教えてやろう。
「謝らなきゃならないのはお前じゃないだろ?悪いことをして謝るのは悪いことをした本人だ。親や責任者だけが頭を下げて済ませるのは本人のためにならないからな」
「た、たしかに……でもでも!……あう」
護衛たちの方をチラチラ見ながら何か言いたげにしたが言葉が出てこなかったようで俯いてしまうカナン。アイツらのあの様子じゃ、この子たちが頼んでも簡単に頭を下げてくれるとは思えないしな……
そしてマナがまた俺をポカポカと叩いてくる。
「……別にお前の姉ちゃんイジメてるわけじゃないからね?むしろイジメられてるの俺の方だから」
マナは不機嫌そうに頬を膨らませながら叩くのをやめたと思ったら、俺の裾を軽く摘んで馬車の方へ引っ張ろうとする。
「……お礼」
ようやく聞けた小さな一言。カナンと同じくお礼をしたいって言いたいのか?
「いや、だから――」
「大丈夫」
まだ逃げようとする俺の言葉を小さいながらもマナの声が遮り、彼女が微笑む。
「お友達のために怒る人……お兄ちゃんは良い人……」
その笑顔に俺は勝てる気がしなかった。
――――
「ロリコン」
レチアが俺の横で言う。
どうもカナンたちが乗ってきた馬車に乗ってるロリコンです。やかましいわ!
「俺はロリコンじゃない。だから全員でその冷めた目を俺に向けるのやめてくれ」
「それはだって……いくら私がお願いしても応じてくださらなかったのに、妹の一声でこんなあっさり……」
「だから他の女の子と一緒に寝泊まりしても襲おうとしないのにゃ?」
レチアがそう発言した途端、向かいに座っているお嬢様姉妹二人が凄い速度で俺に視線を向けてきた。
ちなみに人数がちょっと多いので、ガカンが自ら外に出て#馭者__ぎょしゃ__#の手伝いをしている。
「お、おおおお……男性と女性が同じ屋根の下同じ部屋で寝泊まりですか!?」
「楽しそう……!」
カナンは恥ずかしがって顔を赤らめ、マナは純粋に目をキラキラさせた。
カナンみたいな反応が普通だろうな。マナはまだ「そういう」知識がないからだろうし。
「金のない冒険者なんてそんなもんだ。特に俺は借金持ちだしな」
「借金?一体何の……」
「僕が奴隷になってヤタが買い取ったんだにゃ」
言い方が完結過ぎてちょっと勘違いさせそう。間違ってないだけにタチが悪いですよ……
ほら、カナンさんも「えっ、コイツそういう性癖が……?」みたいな軽蔑の目を向けてきちゃってるし!
「犯罪奴隷ってやつな。別にしなくてもいいのに自首して自分から奴隷になったんだ、コイツは。んですぐに買えば安くなるからって分割で買ったんだよ」
「色々申し訳にゃい☆」
反省の色が見られないレチアのあざといテヘペロに、俺は思わず彼女の額にデコピンを放った。
――バチンッ!
「んなぁん!?」
アナさんの言った通り基本のステータスが上がっているせいで意外な威力が出てしまった。
デコピンを受けたレチアは目を回して気を失ってしまう。
「……容赦ないな」
「ぬふっ……鬼畜」
「いや、俺もビックリ。人間相手に殴ったり蹴ったりってしたことなかったから、この体がここまで強くなってるとは予想外だ。あとメリー、あまり変なこと言うとお前のデコにもやるからな?」
ララがちょっと引き気味に言い、薄ら笑いを浮かべてるメリーに空を切るデコピンを見せてやるとそっぽを向いた。
……これからは力加減していかないと下手したら怪我をさせちまうかもな。
姉妹の方へ向き直ると、彼女たちも自分の額を手で覆い隠して守ろうとしていた。
「安心しろ、レチアみたいなアホなこと言わなきゃやらんから」
「は、発言には気を付けます……それよりそろそろ実家に着くと思いますわ!」
気を取り直そうとそう言ってカーテンのかかった窓から外を覗くカノン。
俺も気になって隙間から覗くと、結構大きめの屋敷が建つのが見えた。
馬車の周りにいた護衛たちが門を開き、広い庭に入ったところでカノンが改まる。
「ようこそ、我がフランシス家へ。改めまして私はカノン・フランシス、こっちが妹のマナ・フランシスです」
……フランシス?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます