1話目 後編 助ける?助けない?

「元は人間だったらしいが、もうやめたと言っていた。人外と交わったり薬を盛られたりしてたらいつの間にか、だそうだ」

「『だそうだ』で済ませられるレベル超えてるんだけど。俺も人のこと言えないけど、そいつも大概な人生を送ってるっぽいな……」


 案外、人間をやめた者同士で盛り上がるかもしれないな、なんて柄にもないことを思ってしまった。


「だからか寿命も長くてな。少なくとも我が転生する前の数百年は奴も生きていたぞ」

「つまりララも数百年生きたおばあちゃん……」


 ここでその異世界人のことよりも、転生する前のララがすでに数百年生きていたという方に関心が向いてしまっていた。

 怒られる……かと思いきや、フッと笑みを零す。


「ついでに言うなら転生前は男だったぞ」

「知りたくなかった新事実……」


 今までのどのカミングアウトよりも衝撃だった気がする。

 グラビアモデルみたいな体型をした少女が昔はおっさんだったとか知りたくなかったでござる……


「まぁ、何度も転生してるから、すでに性別の概念は薄れてきてるがな。強いて言うなら、今現在の性別と記憶に性格が引っ張られる感じだな」


 そう言うとララは俺を見てニッと笑う。


「だからヤタ、お前のことは意外と悪くないと思っているぞ」

「この話の流れで聞きたくなかった告白だな」


 溜め息を吐きながらそう答える。

 なんだかこの世界に来てから男色と間違えられそうになったり筋肉マッチョの爽やか男にケツ掘られそうになったりと、そっち方面の奴ばかりと会う気がする。


「だけど魔王って魔族を率いる王のことなんだよにゃ?」


 レチアも会話に加わってくる。


「そうだな、その認識で間違ってないだろう」

「それじゃあ、魔族がいなくなった今は魔王はただの魔族にゃ?」


 一応はデリケートであるはずの問題をそのまま口にするレチア。

 実際聞いた話だと、魔族は数十年前に人間と亜種に喧嘩をふっかけて魔王が倒されて絶滅したらしい。

 さすがに一回の戦争で種が絶滅するなんてのはそうそうないと思うけれど、その寸前まで数が少なくなったとは考えた方がいいだろう。

 だとして、魔王は魔王と名乗れるのか。国も民も持たない人間が「自分は王だ」と言っているのに例えれば滑稽とも取れる話だが……


「……たしかにな。魔王は元々の根源の力が強く、死んでも転生して次の生を受けて蘇る。だが統率する魔族がいなくなった今、王を名乗るのは滑稽に見えるかもしれないな……」

「そ、そこまで卑屈ににゃらなくてもいいんじゃにゃいかな?」


 ……すいません、思いっ切り心の中で滑稽だなと思ってました。


「にしてもなんで戦争なんか始めたんだか……世界征服でもしたかったのか?」


 冗談半分にそう言うと、ララは悲しそうに笑った顔で俺を見る。


「そういえばそんな話になっていたな。だが真実は違う……戦争を仕掛けたのは人間からだ」

「えぇっ!?」


 驚いた声を出したのはレチア。大きめの声を出してしまった彼女は急いで自らの口を塞いで誰も起きていないか辺りを見渡す。

 俺も確認した後、その話の続きを聞くことにした。


「……つまり都合の悪い事実がねじ曲がってみんなに伝わってるってことか?」

「理解が早くて助かる。人間や亜種の間では魔族は悪とされているが、多少の諍いはあっても我々が他種族に宣戦布告するなどと言った事実はない」

「僕たちのとこでは魔族が村や町を焼き払ったと聞いたにゃ。それは?」

「恐らく人間の自作自演だろう。戦争前、人間が亜種の村を焼き払っているのを見たことがある。誰一人……子供や老人にさえ容赦せず殺していた」


 死人に口なしとはよく言うもの。

 目撃者証言者がいなければ数少ない手がかりで真実を突き止めなくてはならない。

 しかしほとんどが焼き尽くされ、もしそこに魔族の痕跡をわざと残させれば「魔族がやった」という嘘の事実が出来上がる。


「そしてそれを口実に亜種を味方に付けて魔族に仕掛けたのか……」

「聡いな。その事件の数日後に人間と亜種から宣戦布告された。『非道な魔族は討ち取られるべき種族だ』と簡単な文面が送られてな」


 思い出して疲れたのか、ララから重い溜め息が盛れる。

 しかし腑に落ちない。

 俺が見たララは圧倒的な力を持っていた。それこそ冒険者としてかなり上の階級にいたマルスやルフィスさんでさえ反応できないほどに。

 それがなぜ魔族の絶滅という結果に……?


「腑に落ちないといった顔をしているな」

「油性のマジックで書いてあったの?ナチュラルに心を読むのやめてください……」

「フフフ……まぁ、この話は長くなるからまたの機会でいいだろう。それよりも今は休め」


 話を切ろうとララがそう言ってくる。寝れなくなったの君たちのせいなんですがね?

 だけどさっきよりも強い眠気が本当にやってきた。これなら今度こそ寝れそうだ。


「……もう寝る」

「お休み、また明日にゃ」

「ああ、ゆっくり休め」


 レチアとララの言葉を耳にしつつ俺はゆっくり目を閉じ、ほどなくして意識が途絶えた。


――――


「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 暗闇に沈むような深い眠りから引き戻したのは、森にこだまする少女の悲鳴だった。

 辺りは明るく、太陽が見えていることからすでに朝方であることがわかる。

 イクナとメリー以外がバッと飛び上がるように同時に起き上がり、彼女ら二人は眠そうに目を擦りながらゆっくり起き上がる。


「「「「…………」」」」

「アウ?」


 しかしその叫びを聞いた俺たちだが、ほぼ全員が無言で誰一人その場を動こうとしなかった。


「……今の悲鳴か?」

「じゃなかったら何にゃ?」

「人の悲鳴に似せた魔物の鳴き声ですかね?」

「はっはっは、ガカンは面白いな」


 俺の疑問にレチアが不機嫌そうに答えながら頭を掻き、ガカンの推察にララが軽く笑う。俺たちは全く焦らなかった。

 というのも、今の俺たちに人を助けるメリットがないからだ。最悪デメリットになりかねない。

 だがだからと言ってこのまま二度寝するのも……


「それじゃあ、今のを人の悲鳴だとして。助けたいと思う人、挙手」


 俺はそう言ってみんなの意見を聞くことにした。


――――


 助けるか助けないかを多数決した結果、とりあえず様子を見るということでまとまった。

 というのも人が挙手っつってんのに誰も手を挙げず、全員が俺に任せるという結論になっただけなのだが。

 正直言って追われる身となっている俺たちが誰かを助けるなんてのは、余裕がある無しに関係なく関わりたくないだが……

 そして様子を見に来た俺たちは、戦っているような金属音の近くの草陰から覗いた。

 そこから見たのはロザリンドさんのような全身を覆う鎧を身に付けた騎士のような人たち複数人と、彼らを襲う多くの賊たちの姿だった。

 騎士たちが守るように囲っているのは、いかにも貴族が乗りそうな豪華な馬車だ。


「……よし、逃げるか」

「早いにゃ!?何を持って判断を下したにゃ?」


 すでに後退し始めている俺にレチアがツッコミを入れる。

 その足を止め、豪華な馬車の方を指差す。


「見てみろ、ありゃ明らかに面倒な奴が乗ってるだろ。俺たちはあいつらから逃げなきゃならんのに助けてどうする。どっちが勝っても負けてもここにいる俺たちに得はない。むしろこの場を放置した方が、万が一あの鎧を着た奴らが勝つとしても足止めになる。つまりここでの最善策は逃げの一手だ」

「ふむ、それもそうだな。理性的な判断だ」


 ララも俺の意見に賛同し、後をついてこようとする。


「でもいいのかにゃ?」

「何がだ?」

「あの馬車に乗ってるの……僕より小さい女の子にゃ」


 レチアの言葉を聞いて足を止める。

 振り返るとレチアが人差し指と親指で輪っかを作って望遠鏡でも覗き込む仕草をしていた。


「……マジか?」

「マジマジにゃ。窓から少し見えただけにゃけど……それでも見捨てるにゃ?」


 「見捨てる」なんて言い方をされたら断り辛いんだが。


「……わかった。でももう俺は手段を選ぶ気はないからな」


 そう言って俺は右腕をオールイーターの形にする。

 もうバレているのなら逆に考えればいい。人目があっても遠慮なく戦えるってな。


「我も手伝うか?」

「できるだけこっちに任せてくれ。俺のは食えば食うだけ強くなるからな。イクナが暴れないよう見張ってくれればいい」

「わかった」


 素直に頷いて了解してくれるララ。


「死んだやつからは得られるものはあるにゃ?」


 レチアから素朴な疑問が来る。死体から……


「それは考えたこともなかったな。今まで食ったのは大抵生きてたからな」

「じゃあ、実験を兼ね備えて僕も戦うにゃ!ずっと歩くだけでじゃ体が鈍るから!」


 レチアも短剣を抜いて戦闘態勢に入っていた。

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