7話目 前編 妖刀
「貴族というのは純血を尊びます。男性が結婚する時は淫らな女性が周囲にいないこと。女性は処女であることが重視されているのです」
女性の口から「処女」という言葉を出されるとどう反応していいかわからなくなるが、今は黙ってるのが一番だろう。
そう思うことにして気まずい気持ちを隠すことにした。
「ならばいっそ純血を捨ててしまえばいいのでは、と」
「やっぱりそうなるのか……」
予想通りの回答に思わず溜め息が出る。
「貴族でない平民に純血を奪われたとなれば皆が落胆して諦めるでしょうし、両親も縁談の話を持って来なくなるでしょう!」
「最悪、その平民君の立場も悪くなるかもしれないがな」
この場合は俺。そしてアリアは例えるなら世界的アイドルだ。
男なら憧れ恋焦がれるほどの美貌を持った女がどこの馬の骨とも知らない男が手を出した、なんてことになれば発狂する奴も出てくるだろうし殺意を持ってそいつを探し始める奴だっていることだろう。
「ちなみにワタクシは女の子が二人と男の子一人を希望しますわ」
「人の話聞いてた?あとそんなこと聞いてないよ?」
「名前は決めてありますの。女の子はエマとジェシー、男の子はジェイド」
「アリアさん?」
「そして幸せな家庭を気付いて二人仲良く歳を取るのですわ……」
「アリルティアさーん?」
明後日の方向を見てどんどんと妄想に浸ってしまうアリア。
この娘、もうダメかもしれない……
「ヤタ」
トリップしてるアリアをとりあえず放っておいて、名前を呼んできたレチアの方を向く。
するとかなり深刻そうな表情で正面を向いていた。
その雰囲気に俺も気を引き締め直す。
「どうした?」
「……僕はとりあえず一人がいいにゃ」
……何の話?
「え、待って。何を――」
「余裕ができたらもう一人欲しいにゃ。できれば女の子男の子一人ずつ。名前は一緒に決めたいにゃ」
「お前もその話かよ。真剣な顔して何事かと思ったらお前も脳内お花畑状態か」
何なんですかね、この娘たちは。
なんで俺みたいな中年のおっさんを誘うんだ……って、そういや体は若返ってたな。
それでも目が腐った男を選ぶなんぞ見る目がない。
どうせ選ぶんだったら俺みたいな何の立場もない借金持ちじゃなくて将来性のある奴を選べばいいものの……って、借金の原因はレチアさんなんですが。
兎にも角にも……
「お前ら、はよ出てけ」
「「えっ」」
驚く二人の首根っこを持ち上げて部屋の外へ放り出す。
「待つにゃ!なんで追い出すにゃ!?」
「そうです!まだワタクシたち何もしてませんわ!」
「理由は簡単、お前らがいると寝れないからだ。あと忘れてるだろうが赤ん坊もいるからな?教育に悪いんだよ」
と言っても九尾の赤ん坊は魔物だから関係ないかもだけど。だけど一応口実の一つにさせてもらう。
「こんなのはあんまりです!この火照った体はどうすればいいのですか!?」
「水でも被って頭もろとも冷やしてこい」
その後もしばらく廊下でレチアたちがやいやい騒いでいたが、俺が反応しないとわかると静かになり、足音が遠のいていった。
ようやくゆっくりできる……
別に美女二人に言い寄られて嬉しくないわけじゃないが、最近はララたちと一緒の部屋で過ごすことが多かったからか、こういう慣れない豪華な部屋でも一人で過ごしたいのだ。
ゆりかごに入ってる九尾の赤ん坊を覗くと感情のない顔で俺を見上げていた。
「起きてたか。むしろ起こしちまったか?」
赤ん坊の柔らかそうな頬を突っつく。
赤ん坊は嫌がるでも喜ぶでもなく、ただされるがままで俺を見続けていた。
「全く何を考えてるのかわからないよな、お前は。ダンジョンで出会った時は互いに殺し合ってたのに、今じゃ大人しくしやがって……いっそその時みたいに暴れてくれたら遠慮なく見切りを付けられたのにな」
頬を突っついていた人差し指を移動させ、赤ん坊の首をなぞる。
俺はいつからこんな物騒な考えをするようになったのか。
いくら魔物とはいえ、無抵抗の赤ん坊相手にこんな独り言を零すなんて……だけどこの世界で生きるにはもう優しくするだけじゃダメなのも事実だ。
仲間を厳選し、敵や裏切り者には容赦しないようにしなければならない。
考えたくはないが、今は好意を寄せてくれるレチアやララが俺を、という可能性も考えておかなきゃならない。
「……ウァ」
そんなことを考えていた俺の指を赤ん坊が掴む。
赤ん坊にしては強いが、それでも弱い握力。
しかしそれだけで俺を冷静にさせるには十分だった。
「……ま、なるようになるか。どっちにしろ今はそれどころじゃないしな」
俺とレチアの指名手配は取り下げられたが、ララのはそのままだ。彼女と一緒にいると決めたのだから結局追いかけられることに変わりはない。
それでも今は少しだけ、アリアの家族の優しさに甘えさせてもらうとしよう。
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