閑話 指名手配
突然ですが、4章の区切りということでしばらく小説の更新をお休みさせていただきます
次の更新は1ヶ月後としますので、それまで皆様がご健康であることをお祈りします。
――――
強面の男が息を切らしながら焦り走っていた。
一件、裏の人間と言われても違和感のない男だが、彼が人の良い冒険者であることはその町の住人であれば大半は知っているので、驚きこそすれど恐怖はしていなかった。
「何かあったのかしら?」
「最近物騒だからねぇ……知ってる?近くの町で行方不明が続出する事件があったらしいわよ?」
「嫌ねぇ怖いわねぇ」
婦人たちのそんな会話など耳に届かず、ひたすら走り続けるグラッツェ。
彼は冒険者が集う連合へと赴き、勢い良く扉を開けた。
「ウルクさん!」
あまりの大きな音に驚く者が多くいる中、グラッツェは気にせずに逞しい身体をした初老の男、ウルクの名を呼んだ。
「やかましいぞ、グラッツェ。扉を壊す気か?お前が稼ぐ半月分くらいの値段だぞ」
「そ、それよりも『これ』!見ましたか!?」
グラッツェが二枚の紙を見せると、ウルクは目を細めた後に溜め息を零す。
「知っとるわ。知らないわけがないだろう」
「じゃあ、これは!これは一体……!?」
「少し落ち着いてください、グラッツェ様」
動揺するグラッツェを落ち着かせようと声をかけたのは受付で働く者の服を着た女性、アイカだった。
そしてグラッツェが持っていた紙と同じ紙を彼女も持っていた。
ヤタ、ララ、イクナの三名が指名手配された紙である。
「いやでも……これは何かの間違いじゃ?」
「ララが魔族というのは初耳だが、ヤタとイクナのは心当たりがあるだろう?」
紙の内容が事実であることを否定しようとするグラッツェに対し、ウルクはその原因に心当たりがあり、思い浮かべていた。
「例の研究所、のことですか?」
「ああ、違法に建てられた研究所とその実験体たち……そこで拾ったイクナという少女が『研究結果』という言い方をするなら、ヤタが彼女を盗み出したということになり、この紙に書いてある内容と辻褄が合う」
「横暴ですね……そもそも違法であるのだから向こうも大きくは出れないはずでは?」
ヤタたちの指名手配書と睨めっこをして言うアイカ。その様子を見た冒険者たちが密かに「可愛い」と呟いたり思ったりする。
「どうだかな。一応、国には報告してあるが……」
アイカが持っていた指名手配書をウルクが引き抜いて眺める。
「それだけの価値がイクナあったのか、それとも何か知られてはマズイものを彼らが知ってしまったのか。あるいは――」
彼らがこの町を出ていく原因となったヤタの「魔物化」が頭を過ぎる。
このことを知っているのは限られているため口には出せないが……
「あの、ウルクさん……」
そこに水色の髪をした少女、シルフィが会話に入ってきた。
「どうしたんだ、シルフィ?まだ冒険者の活動は禁止のはずだが……?」
「はい、ですがあの紙を見て……それと最近ベラルさんの姿を見ないので何か関係があるんじゃないかと……」
「えっ、ベラルさんが?」
不思議そうな声を上げるアイカ。しかしウルクは溜め息を吐き、彼の中で確信が生まれる。
ヤタの体のことを知っている者の一人であるベラル。彼が姿を消したタイミングと重なったということは……
ウルクの中で「報復」という言葉が浮かんだ。そしてグラッツェたちに背中を向けてどこかへ行こうとする。
「ウルクさん……?」
「各地の連合責任者と話をする」
「手配書の取り下げですか?」
去ろうとするウルクにアイカがそう問いかけると、彼は一度立ち止まって頷く。
「ヤタたちの手配書は本来、出回るはずのないものだ。違反の手配書……それを材料に他の連合責任者を説得させる」
「ヤタ様とイクナ様の手配書はそれでいいですが……ララ様の魔族疑惑はどうしますか?魔族への恨みは深く、仮に手配書を回収できたとしても簡単には払拭できませんよ?」
ララが魔族、それも魔王であることを知らない彼らは真剣に悩む。
「……彼らがここに帰って来ればいいのだが」
「それは難しいんじゃないですかね?『無期限のこの町での活動禁止』って言い渡しましたし……」
「まぁ、その宣言を俺自身が取り消せばいいだけの話なんだが……」
問題は騒ぎの中心となったのが近隣町であり、ヤタたちが逃亡したとすればこの町に戻ってくる可能性が低いということだった。
「しかもヤタは見た目にそぐわない考え方を持っている。最悪、全ての手配書を撤回させたとしても彼自身が町に戻ろうとしないかもしれない」
「でもだとしたらどうする気なんでしょう?魔物が徘徊する外をずっと野宿、なんてことはないと思いますがねぇ……」
苦笑いでそんなことを言うグラッツェ。
どうしたものかとその場の三人が唸り悩んだ。
「……何にせよ、一度話してくる。でなければこの先も追いかけ回されるだろうからな」
ウルクはそう言うと奥の部屋へと消えた。
「そういえばヤタたちとの連絡手段はないのか?ほら、あいつらを探す時に飛ばしたあの鳥みたいなやつ」
「伝い鳥のことですか?アレは記録した特定の相手のところに飛ばす魔具ですので、登録してないヤタ様たちのところには……」
「そっか……ままならないものだな……」
グラッツェが溜め息を零して受付の机に寄りかかる。
「まぁ、彼らも一応は冒険者なんですから、大丈夫だと信じましょう……それにしてもグラッツェ様は、見た目に反して心配性というか、過保護でいらっしゃいますね?」
アイカからクスクスとそう笑われ、グラッツェは照れからか頭を掻く。
「いやまぁ、あいつらとは色々あったからな……特にヤタの奴とは短い間だったがその間にその色々をやらかしてくれた楽しい奴だったし……なーんかほっとけないんだよ、ヤタの奴は」
「……そう言われるとそうですね。あれだけ短い間に冒険者全体を騒がせる問題を起こした人は彼らが初めてかもしれませんね……」
アイカはもう手配書が貼られていない掲示板を見つめる。
「……いつか彼らがこの町に戻ってくる日が来たら、温かく迎えましょう。今の私たちにできるのはそれくらいですので」
それだけ言って通常業務に戻るアイカ。
受付に戻る彼女を目で追い、そこにララが依頼を受ける姿が浮かぶグラッツェ。
二年間も彼女の姿を見ていたグラッツェたちにとってヤタ以上にそうそう忘れられる記憶ではなかった。
それを懐かしむように感じていたグラッツェはフッと笑う。
「……本当に、こんな図体してるのに柄じゃねえな」
「さぁて、依頼依頼っと」と自分を誤魔化しながら、彼もまたいつもの生活に戻ろうとするのだった。
――――
メリーが去った直後のチェスターの研究所にて。
「どういうつもりですか、ウィル?」
メリーがいなくなり、男と二人っきりとなったチェスターが
「どういうつもり、ね。お前こそどういうつもりなんだ?私たちの研究成果を横から盗むなど」
ウィルと呼ばれた中年の男がそう言うとニヤリと笑う。
「ベラルとかいう小汚い男から聞いた時は半信半疑だったが、『研究者のとこに毎日通ってる目付きの悪いガキ』と聞いた時は思わず笑いそうになったぞ」
「研究成果……?……そうか、そういうことですか。彼の体に住むウイルスは君たちが作ったのですね。あんなおぞましいものを」
「おぞましい?あれこそ世紀の大発明と呼ぶべき代物だ!お前に何がわかる!?」
チェスターの言葉に表情を一変させて声を荒らげるウィル。しかしチェスターは冷静な態度を変えない。
「少なくとも彼が持つウイルスを調べた限りではそう言わざるを得ませんね。細胞組織が全てウイルスによって侵食、ウイルス自体が細胞組織に成り代わったと言っても過言ではないでしょう。そしてたった数分でウイルスは増殖……いえ、凄まじい勢いの繁殖で増え続けている。彼が今、人の姿を保っているのが不思議なくらいですよ。そんなもののどこが大発明だと?」
呆れるチェスター。しかしウィルは再び笑みを浮かべていた。
「何を言ってる、彼の存在自体が研究の成功を意味してるではないか。多くの発明をしてきた人間だが、器は脆い肉体で形成されている。しかしその脆さを瞬間的に治せる自己修復力があればその問題も解決する。それどころか長年人類が切望した不老不死の力さえ手に入るのだ!これが大発明と言わずなんと言う!?」
ウィルはもうすぐ研究の成果が出るという高揚感に大笑いする。
その様子を見たチェスターは溜め息を零した。
「私から言わせてもらえば、『阿呆』の一言ですね」
「ふん、嫉妬か?」
「いいえ、たしかにあのウイルスは凄い。そこは賞賛します。しかし『人間の不老不死』というには遠過ぎますし違い過ぎます。アレではただのモンスターだ。その証拠にあなたが行った手配書による指名手配で彼は化け物扱いされるでしょう」
しかしウィルは彼の言葉を一蹴するように鼻で笑う。
「いいや、そんなことにはならないさ。その彼らを我々が保護し、さらなる研究により完全体へと変貌させてみせ、そして全ての人間を同じように昇華させれば『ソレ』が人間となって誰も化け物と蔑む者はいなくなる!それが我々の完璧な計画なのだ!」
(だからそれは最終的に人間を辞めた別の種族になってしまっているのだが……もう何を言っても無駄か)
高笑いするウィルと言葉での説得を諦め悟るチェスター。
するとウィルの高笑いが止み、その顔から笑みが消える。
「……さて。次はお前だ、チェスター」
「私?……まさか私を消す気か?」
「ふふふふ、どうだろうな?秘密を知ってしまったわけだが……もしお前が戻ってきてくれるというのなら生かしておいてやる。お前の娘もな」
歪んだ笑みを浮かべるウィル。
それはチェスターが普段浮かべる薄気味悪い笑みよりも邪悪に見えてしまえるほどだった。
「相手の娘を人質にするとはずいぶん酷いお人だ……ですが残念、あなた方などに従う気はこれっぽっちもありませんよ」
「そうか……なら仕方がない」
ウィルは残念そうに言うと指をパチンと鳴らし、扉から複数人の物々しい装備を着た兵士らしき者たちが入ってきた。
その後ろにはライアンもいる。
「ライアン様?これは一体――」
「っ……すまない……!」
ライアンは悔しそうに俯き、ポツリと謝罪の言葉を呟く。
「チェスター、お前を国家反逆罪及び非道な研究を行っていた罪により身柄を拘束する!」
すると兵士たちの内一人がそう言い、チェスターを地面に倒して何人かで押さえ付けた。
「っ……国家反逆?非道な研究?……ああ、なるほど。あなたたちは私を『大罪を侵した亡命者』として犯罪者に仕立て上げるつもりなのですね……!」
ウィルの意図をすぐに理解したチェスターがそう推理すると、ウィルが歪んだ笑みを浮かべる。
「こっちにはお前が研究者として所属していたこと、そして死者を出した記録がある。いくらお前が否定したところでこれをこの国のお偉いさんに出せば……まぁ、あとは言わなくてもわかるな?そしてあのガキが化け物と認知されれば、お前は晴れて外道な研究をしていた極悪人になる、というわけだ」
「化け物と認知されれば、ですか……私も人のことを言えませんが、誰よりも彼のことを化け物扱いしてるのはあなたじゃありませんか」
「黙れ!早くそいつを連れて行け!」
ウィルの指示で兵士たちがチェスターを連れ去ろうとする。
チェスターは抵抗が無駄だとわかっているのか素直に従い、ライアンの近くまで連れられた。
しかしチェスターは初めてそこで足を止め、ライアンを見る。
「……ライアン様、例の件の報酬……少し早いですが、彼の残りの借金への返済という形で支払っておいてください」
「チェスター殿、君は……」
「行き場のない私どもを拾っていただいたこと、深く感謝しています……お世話になりましたねぇ」
最後にチェスターは、いつもの薄気味悪い笑みではなく、自然で純粋な笑顔を浮かべた。
チェスターはその後、すぐに連れ去られて行ってしまい、次にウィルがチェスターの前に立つ。
「ご協力感謝致します、ライアン様。あなた様の協力の元、我が国の犯罪者を捕らえることができました。それでは私はこれにて……」
ウィルも後を追って行き、ライアン以外が居なくなったその場に彼は膝を突いて崩れ落ちる。
「私は……私はなんてことを……!」
確証のない証拠を提示されウィルの言葉を信じてしまったライアンは後から後悔の念が溢れ出し、大粒の涙を零したのだった。
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