4話目 前半 賊
気持ち良く一服した翌日、俺たちはもう一度鉱山へと向かった。今度はレチア抜きで。
少し俺が寝坊してしまい、昼過ぎに出発した。
道中はグロロやゴブリンが出たが、そのほとんどをララやイクナが倒してしまい、俺は何も出番がなかったでござる。この子たち強いよぉ……
ということで、俺は素材集めに専念して剥ぎ取りだけする。
「ん?なんだこれ……」
その中でゴブリンの一体に妙な傷があったのが目に入った。
いや、傷というより何か細い木の棒のようなものが肩に刺さっている。無理に取ろうとしたのか、先の部分が折れているな。
試しに抜いてみると、先端の木の部分が人工的に削られて尖った返しの作りになっていた。
イメージにあるものとは少し違うが、返しのあるこの形から察するに多分これは「矢」なんだと思う。
「……血が乾いてないってことは、射られたのは今さっきの話じゃねえか?」
だとしたら誰かがこのゴブリンを狙ってたってことになる。俺たち以外にも冒険者が近くにいるのか?
しかし周囲を見渡しても誰かがいる気配はなく、それがなんだか逆に気味悪かった。
「横取りだ!」とか言いがかり付けてくる奴もいなさそうだし……こいつらにやられそうになって一矢報いた、とかならまだわかりそうなものだが……
ふと、こいつらが持っていた武器の方も見てみる。
どこから拾ったのか、刃のボロボロな剣や棍棒を持っていた。しかしそのどれにも血が付着してる様子はない。
戦った形跡がないということだ。
だとしたら不自然じゃないか?
ゴブリンが優位だったのなら武器に少なからず血が付くわけだし、逆にやられそうになっていたのなら矢を一本だけというのはおかしい。
それにゴブリンと数回戦った俺の経験則から考えると、一匹に矢を射られたからといって逃げる性質はこいつらにないはずだ。
なんだ……何か変だ……
「ガゥ?アウッ!」
「ニャー……」
顎に手を当ててかんがえごとをしていると、イクナが後ろから抱き着いてきて、黒猫も俺の肩へと乗って頭を擦り付けてきた。
ララもいつも間にか、俺の正面から心配した表情で俺の顔を覗き込んできていた。
「なんか近くない?」
そう言ってやるとやっぱりララはハッとして離れるが、イクナと黒猫は密接状態から離れない。まぁ、こいつらは子供と猫だからいいんだけどね。
「大丈夫、ちょっと考え事してただけだから」
心配そうにしていたララを安心させようと問題ないことを伝えると、彼女は頷いて鉱山のある方へ歩き出した。
イクナにも「行くぞ」と言うと、黒猫が彼女の肩に乗り移ってララの後を付いて行き、俺もその後を追おうとした――
――ドスッ
「……あ?」
背中の方から妙な音と感覚。
振り返ると、羽根が先端部分に付いた細い木の棒が刺さっているのが見えた。
間違いない、「矢」だ。
「……んだよっ、これ……!?」
どうせ痛みもなく再生されるだろうと考えて抜こうと手を伸ばす。
しかしさらに後方から矢が何本か飛んできて、その全てがまた俺の背中に刺さる。
でも大丈夫だ、痛みもなければ俺は死なな――
「……あれ?」
視界がぐらりと揺らぐ。
気のせい……じゃない。視界だけじゃなく、俺の体が傾いている。
「……!ガウッガウッ!」
「っ!?」
その途中、視界の隅でララとイクナが俺の異常に気付いて駆け寄ってくるのが見えた。
すると俺がそのまま地面に倒れ伏すのと同時に、俺とララたちの間に数本の矢が並んで突き刺さる。まるでララたちの行く手を阻もうとするかのように……
「おーおー、またいいカモを見繕ってくれたじゃないのー」
「っ……!?」
そこに男の声と複数人の足音が近付いてくるのが聞こえた。
視界を動かす範囲が制限され、ララたちの驚く顔しか見れない。というか、段々視界がぼやけてくる。
何だ、何が起こってる?まさか死に過ぎた代償が今来たとか、そういうことか!?
【体内への不純物確認。矢と強制睡眠効果と識別完了……】
頭にアナウンスが響いた。ああ、そういうこと……眠り薬みたいなものを仕込まれて状態異常になってたのか。
だけど舐めるなよ!今までだってレジストだか適応だかのアナウンスでやり過ごしてきたんだ!
これもきっと――
【体への害は矢の物理ダメージのみと判断。損傷の回復を優先。ただちに矢を抜いてください】
おいぃぃぃぃっ!?
何言ってんの、アナウンス!?睡眠効果とやらで体が動けないんだっつーの!
そんな体で矢が抜けるはずないだろ!ポンコツAIみたいなこと言って優先順位間違えんな!
頭の中でツッコミまくっていると、誰かの足が俺の目先に映る。
「ガルルルルルルッ……!」
「おーっと、下手な真似すんなよ?お前らはすでに囲まれてる……下手に動いた瞬間、こいつと同じ運命を辿ることになるぞ?」
威嚇するイクナに対して男の声でそう言ったのが聞こえると、次に俺が蹴られる。
おい。いくら痛みを感じなくなったとはいえ、痛いもんは痛いんだからな?主に心が。
そして今度は女らしき服装をした奴が目の前に現れて、俺の首に指を当ててきた。脈でも測っているのか……?
「……はい、しっかり死んでます!」
はい、死んでますが何か?
「目もたった今死んだとは思えない腐り方をしてますし!」
余計なお世話だ。
「ああ、最初は驚いたぜ?矢を一本射抜いても動じずに引き抜こうとしたし……思わず眠り薬を塗った矢を何本か間違えて撃っちまったよ。ったく、もったいねえ……」
そしてまた違う男のチャラい声が聞こえてくる。
本当によくも間違えてくれたな?おかげで死なないこの体でも動けなくなったじゃねえか。
「抜いて使えないの?」
「矢はいくらでもあるけど、眠り薬を塗るとなると話が別だ。それに汚い血の付いたのを持って魔物に狙われるのは勘弁だしな」
男女の会話の中で「汚い血」と聞こえた俺はあることを決意する。
よし、この声覚えた。絶対覚えてろよ。
腐った目どころか血も穢れてるとか言い出したお前だけは絶対許さん。
ナメクジを吐き出させる魔法とか覚えたら真っ先にお前で試してやるから。流れ的に俺に返ってきて自爆しそうだけど。
「そんなもん、後でまた調達できんだろ。んなことはどうでもいいんだよ、それよりほら……獲物だ」
一人のリーダーらしき男が低くいやらしい声でそう言うと、周囲から「ヒャッハー!」と世紀末を感じさせるような歓喜の声が上がる。
おい、待て……!
声を出そうとしても出ない。
体も動かない。
そして俺の意識は、そこで完全に途絶えた……
<hr>
【睡眠効果消失。覚醒します】
「っ……!」
頭に響くアナウンスで意識が覚醒する。どうやら気を失っていたようだ。
眠ってからどれだけ時間が経った!?ララは?イクナは!?
【睡眠時間は約三十分程度です】
問いかけるように頭の中に浮かべた言葉に、アナウンスが反応してくれる。
三十分?結構眠っちまったな……それよりここはどこだ?
暗くて何も見えない……っていうかくっさ!?臭過ぎるぞ、なんだこの臭い!
それになんだかべちゃべちゃするし……いや、ちょっと待て。
俺は多分、死んだと思われて廃棄されたんだよな?
まさかここにあるのは……
ある考えが過ぎった瞬間、どこかの窓から月明かりが入ってくる。
それに照らされた俺の下には――
「っ……!」
――死体。
死体、死体、死体、死体の山。
中には白骨や肉が腐り溶けている死んだ人間の成れの果て。
つい声を漏らしそうになった口を塞ぐ。声を出すよりも先に吐き気が襲ってきたからだ。
【……精神の異常を感知。未知のウイルスにより原因である嗅覚の機能を著しく低下され、脳への負担軽減を開始されます】
そのアナウンスが流れると不快な臭いは気にならなくなり、気分がスッと落ち着いた。
ああ、ホントに便利。
こういっちゃ何だが、一度死んでよかったと思う。おかげでこうやって死に切れずに生き返ったわけだし。
それにしても……ここにいるやつらはみんな、奴らの被害に遭ったのか?
しかし、ここで死んでいる奴らの姿を見ると耳の生えてたり、普通の人間とは思えない骨格をしている。
コスプレ……なわけないよな。
やっぱ獣人的な感じか?それにどこかで見たことがあるような……
そんなことを考えていると、頭に再びアナウンスが流れた。
【自己防衛機能として備わっている録音機能を使い、一部を再生しますか?尚、意識が閉じてしまっていたため録画機能は使用できません】
「録音に録画?」
身近で意外なその言葉を聞き返した。
自動録音機能とかなんなの俺?人間やめてビデオデッキにでも転生した?なんて、バカなことを考えるのはほどほどにしよう。
「よし、頼む」
俺はそう言って頷いた。って、別に言葉にしなくてもいいんだっけ……誰もいないとはいえちょっと恥ずかしい。
するとそこへ横槍を入れるようにノイズが混じりの会話が聞こえてきた。
【なんだったんだ、急に襲いやがってこのガキ……お前ら、その男の死体を片付けておけよ。見つかったら面倒だからな】
【オッケー、ボス。そんじゃ、基地のいつもの場所に捨てときやすね……そん時ゃ、報酬の「一人」でもくださいよ?】
【ああ、そうだな……そういえばお前、こういうガキが好みだったよな?あとで見繕ってやるよ。それにお前も密偵ご苦労だったな、レ――】
そこで頭の中でブツッと音と共にノイズと会話が消える。
……ヤバい。
ヤバいヤバいヤバい!
さっきまでは「俺が襲われた」という認識で落ち着いていたが、録音された会話を聞いて鳥肌が立った。
そして襲ってきた奴らは、会話の内容からして盗賊か何かだろう。そしてそいつらにララとイクナが攫われた……彼女たちも強かったはずなのに、抵抗できなかったのか?
いや、今はともかく自分のことだ。ここから出なきゃ話にならないしな。
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