4話目 後半 賊

 扉を探してるうちに階段のようなものがあるのに気付き、そこから上がった先にあった扉を開けて、その死体部屋から慎重に出る。

 そして月明かりに照らされ、今の俺の状況が明確になる。

 俺、裸じゃねえか!?

 妙な開放感があると思ったら……実際全裸で開放感されてるんだから、そりゃ当たり前だわな。

 風呂と銭湯以外でこんな姿になったの初めて……はい、こんにちわ、もう一人の俺。

 とまぁ、そんな冗談はさておき……早速一人いた。


「くかー……」


 一応見張りのつもりだろうが、思いっ切り寝てしまっている。

 おーおー、俺が死体塗れになってる時に気持ち良さそうに寝てやがるなー……

 若干方向の違う嫉妬をしつつも、俺はそいつの横に置いてある武器に目を移す。

 普通の剣より少し曲がってる……サーベルみたいな感じのものだ。

 今の俺は武器を奪われて何も持ってない。だからそれを拝借するしかない。

 そしてその武器でこいつを殺す……殺す?人間をか?


「……犯罪者とはいえ、そこまでしなくても……」


 じゃあ、どうする?

 気絶させる?力加減がわからない。

 眠らせる?寝てるだろ馬鹿野郎。

 紐で縛って拘束する?そんなもの、周囲には見当たらない。

 それに殺さずに無力化するってのは簡単なことじゃない。

 ララたちを、そして俺自身の身を守るためにはやっぱり……

 俺は恐る恐る男の武器に手を伸ばす。


「ん……?なんだお前……」

「っ……!」


 眠っていた男が身動ぎをし、目を覚ましてしまった。

 バレる!

 ――ズブ……


「っ――」


 俺は答えを出す前に男の口を押さえ、咄嗟に手に持っていた剣で首を斬ろうとしてしまった。あのシャドウという魔物を相手にした時と同じ容量で……

 しかし相手はやっぱり人間で、思いのほか力を入れてその首を斬ろうとしたのだが、刃は中途半端に半ばで止まってしまう。

 それでも男が死ぬには十分で、彼の口と斬ったところからはグポッと大量の血液が溢れ出す。

 そんな光景を見た俺は自分でも何をしたのか、理解が及ばずに固まってしまう。

 そして……首の皮一枚で繋がった息絶えている男が目に入ってしまった。

 その中途半端な死体の頭を、俺がぞんざいに持ち上げて……


「っ……クソッ」


 自分がしでかしてしまったことを認識し、気分が悪くなる。

 普通なら吐き気があるはずだが……さっきのウイルスがどうとかいうやつで大丈夫らしい。

 じゃなきゃ、絶対今頃ゲロってる。俺の精神はそこまで強くないんだから。

 だけど気分が悪くなることには変わりない。

 俺は人を……殺したのか?人殺しに……なっちまったのか……

 いや、そんなことは後回しでいい。

 元々道徳の欠片も無い連中を相手してるんだ、気にしてたらキリがないこともわかってる。

 それでも俺の頭からは罪悪感が消えない……だから俺は向こうにいた時の技術を使おう。

 なんて、技術と言っていいかもわからない、ただの心構えってだけだけど。

 「これが最善だった」……と。

 たとえ誰かに貶されようとも、結果が最良であればそれでいい。

 そう、今回のように目的がララとイクナを助けるとハッキリしてるなら……そのために俺が敵となる奴らを殺してでも成し遂げてやる!


「……まずはこいつを隠すところから始めるか」


 と言っても、草陰へ雑に隠したり、今から穴を掘って埋めるわけでもない。

 木の葉を隠すなら森の中へって昔から言うだろ?あるじゃないか、死体を隠すのに最適な場所が……

 俺は振り返り、今自分がいたと思われる小屋に目を向ける。

<hr>

「うっし、こんな感じか」


 俺は男の装備から衣服までを全てありがたく頂戴した。

 パンツは今の今まで誰かが履いていたものをさすがに使いたくなかったので、脱がすだけ脱がして一緒に小屋の中に捨てておいた。

 なんでそんなことしたかって?単なる八つ当たりだよ。

 死者への冒涜?知ったことか、冒涜されるようなことをしてた死者が悪い。

 それはそれとして、今の俺はすっかり盗賊スタイルではなかろうか?


 〇現在の俺の装備

 頭に巻くターバン(男盗賊着)

 口元を隠す首マフラー(落ちてた)

 黒いタンクトップ(男盗賊着)

 若干ぶかぶかのロングパンツ(男盗賊着)

 手の甲を覆う程度の籠手(落ちてた)


 よし、これで完全に盗賊の下っ端って感じだ!

 小物感スゲー……っていうか、もしかしてこれ、バレずに潜入できるんじゃね?

 でも土地勘もない俺が適当に歩いたところで、挙動不審さとかでバレそうな気もするんだよなぁ……


「どうしようか……」

「ニャー」

「ん?お前は……」


 猫の声がして振り返ると、そこには黒猫がいた。

☆★☆★

 一方その頃、盗賊に捕まったララは衣服をほとんど着ていないあられもない姿で手足を縛られて地面に転がされ、イクナは獣を閉じ込める檻に閉じ込められていた。


「ガウッガァァァァッ!」

「青い肌に獣みたいに吠えるだけ……気味の悪いガキだ……」


 そんな彼女らの前で一人の体格の良い男が酒瓶を片手に、独り言のようにそう呟く。

 周囲では他の男女が好き勝手に騒いでいる。

 しかし、そのほとんどの女性は乗り気ではなく、嫌々その場に居合わせているようだった。

 そんな彼女らは胸部や臀部を直接触られるなど、明らかに行き過ぎた行為をされているにも関わらず、女性たちは恐怖と恥ずかしさで顔を赤らめながらも我慢していた。

 そして中には泣き出してしまっている者も……

 だが男たちは彼女たちのことなど気にした様子もなく、それどころかその不幸を楽しんでいるようにも見えた。


「しかし成果は成果だ。亜種とはいえ女には違いないだろうし、物好きには売れる。それにもう一人は上玉だしな……?」


 ララたちを見ていた男は下卑た視線をララに向け、足から胸までを舐めるように見つめる。

 ララは身動ぎすることでしか抵抗できず、男を睨む目からは悔しさで涙が溢れていた。

 すると今まで座って鑑賞しているだけだった男が立ち上がってララに近付く。


「階級も大剣使いになったばかりで実力もなく、しかも声を出せないっつーおまけ付き……まるで俺たちに都合のいい女じゃねえか?」


 男はそう言うとララの顎を持ち上げ、彼女の頬に舌を這わせるように舐めてもう片方の手で胸を揉みしだいた。

 そして男は、それでもなお嫌悪する表情を崩さないララを捨てるように離す。


「威勢のいい女は嫌いじゃない。だが俺は従順な女の方が好きでな……お前、今の状況をわかってるのか?」


 男の脅す口調にララの肩が跳ねる。

 イクナは捉えられ動けず、周囲に味方になってくれる者は……戦力になる味方は誰一人としていない。

 「孤立したお前がこの大人数相手にどうするんだ?」という意味を含んだ男の言葉に、ララは反論しようと必死に口を動かすが、どれだけ頑張っても声を出せず、悔しさで血が出るほど下唇を噛む。


「諦めろよ、今から受け入れておけば心まで壊れずに済むぞ?……なぁ、レチア?」


 男が先程まで自分が座っていた場所に座り直しながらそう呼びかけると、その男の横にはレチアが座っていた。


「……っ!」


 ララがつい先日、ヤタやイクナと一緒に鉱山まで同行したレチアが、彼女の目の前にいる。

 あたかも自分は無害だと主張しているかのように、平然とヤタたちと行動を共にしていたことへの怒りがララの中でフツフツと沸いていた。

 そんなララの視線に気付いたレチアは、後ろめたさから申し訳なさそうに俯く。

 彼女らの反応が楽しいのか、男は笑みを浮かべる。


「あー、そうだよなー、仲間だと思ってた奴に裏切られたんだもんなぁ?そりゃあ、悔しいよな……ムカつくよなぁ……?」


 同情するようなねっとりした言い方をしながらレチアの肩に手を回し、服の中へ忍び込ませようとする。

 レチアはその手を強く払い除け、立ち上がった


「好きでこんなことしてるわけじゃない二!お前たちが僕の……大切な人を盾にしてるからじゃないか二!」


 人質を取られたと喚き激怒するレチア。

 しかし男は彼女を殴り、レチアはララの近くに倒れ込んでしまう。


「二ー二ーうるせえな……どんなに文句を言おうと、お前ら家族が俺たちに捕まった時点で人生お終いなんだよ!……それによぉ――」


 男は倒れ込んだレチアに近付き、彼女が被っているニット帽に手をかけた。


「や、やめ――」

「猫は猫らしく、ちゃんと『ニャー』って語尾で話せよっ!」


 帽子を取られることに抵抗しようとするレチアに対し、男はニット帽を問答無用に剥ぎ取る。

 すると……彼女の頭には犬や猫にありそうな二つの耳が付いていた。


「なぁ……『亜種』のレチアちゃん?」

「っ……!」


 自らの秘密を暴露されたレチアは脱力し、ララは目を見開いて驚いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る