3話目 前半 ありえない提案
翌日。
早速今日から来てくれとチェスターから頼まれたので、朝から向かうことに。
しかも給料は今月中に支払われるらしい。
即日支払いならぬ即月支払いとはありがたいことだ。
ということでライアンさんの邸宅へ再び赴いたのだが……
「べっ!?」
また入り口付近で掃除をしていたララと顔を合わせたのだが、出会い頭にグーパンを顔面に食らう。
なんでと聞こうとしたが、ララはすでに何事もなかったかのように邸宅の方へ歩き出していた。
え、なんで俺殴られたの?怖よぉ……
あれか、俺が置いてったことを根に持ってるのか。
「なぁララ、もしかして相談もせずに町を出たことを怒ってるのか?」
図星だったのか、ララは少しだけ歩みを止めそうになったが、またすぐに歩き始める。
「だってしょうがないだろ、俺たちはたまたま出会っただけの関係だったんだし。それにお前はあの町に少なくとも二年以上は住んでたんだろ?いいのかよ、そんな簡単に出てっちまって……」
するとララは今度こそちゃんと足を止め、不満そうな顔でこっちへ振り返る。
さすがにこれは何を言いたいのかわからない。
「言いたいことがあるなら言ってくれよ、じゃなきゃわからな――」
そこで俺は自分が失言してしまったことに気付きハッとする。
やってしまった――
気付いた時には遅く、また顔を殴られてしまう。恐らく、今度はさっきよりも本気で。
殴られた俺は宙に浮ぶような感覚に襲われながら後ろに吹っ飛んでしまっていた。
痛みはないが、クラクラする。脳をやられたのか?
しかし今のは俺が悪い。
冗談でもララが喋れないことを言っちゃいけなかったのに……
「すまん……」
ララは怒りを露にした顔で俺をひとしきり睨んだあと、踵を返して邸宅の方へ早歩きで向かっていった。
なんというか、人付き合いの経験があまりなかったからとかいった言い訳をして「仕方ない」で終わらせるつもりはないけれど、こういったことが今までなかっただけにどうしたらいいのかわからない。
ただ一言謝るだけが精一杯だった。
おかしいよな、三十五年も生きてきたおっさんが少女相手に狼狽えるなんて……
いずれにせよ、この関係を修復できるような言葉を俺は持ち合わせていない。
もしここでこの関係が壊れるというのなら、それこそ「仕方がなかった」で済ませるとしよう。
ただ「縁がなかった」んだと、そう思うことに。
ララと俺はチェスターの研究室に到着するまで始終沈黙し続け、最後に「ありがとな」とお礼を言ってみたが彼女は一瞥すらせず反応がなかった。相当お怒りのご様子だ。
だがしかし、とりあえず気まずさから開放された俺はその場でホッと一息吐く。
……形は最悪だが、これでよかったのかもしれない。
これはゲームじゃないんだ。出会ったから「じゃあ仲間になろう」なんて簡単な話じゃない。
現について来ようとしたララがどうなってるかがもう良い例……いや、悪い例だろう。
レチアの言う通り、後先考えずに行動するのはよくない。
まぁ、俺もあまり人のことを言えないけど。
だからララにはここで諦めてもらって、元の生活に戻ってもらうのがいいと俺は思っている。
そう考えながら部屋の中に入ろうとすると……
――プシュッ!
「わぶっ!?」
顔に何かを吹きかけられた。
水……かと思ったけど、なんかベトベトする。まるで殺虫剤のような……
「ふむ、消毒は特に意味無しと」
当然の如く淡々とそう呟いたのは、やはりチェスターだった。
「……いきなり何する」
あまりにもいきなり過ぎる出会い頭の言動に、俺は敬語をやめていた。
「何って検証ですよぉ……君も言ってたでしょう?自身の中にあるのはウィルスだと。なら消毒で死滅するのかなとふと気になりましてぇ……しかし結果は不発。通常の風邪や病原菌などのウィルスとは全くの別物のようですねぇ」
「……いや、研究なら殺しちゃダメでしょ。死体解剖でもする気か?」
俺の言葉にチェスターは「わかっているじゃありませんか」と言って、あの怪しい笑い方をする。
「ですが不死と聞いて試したくなったんですよぉ。強過ぎる生命力ゆえに死なない者をどうやって殺すか……どんな強力な技でも死なない体だが、思いもよらぬところで弱点が判明するかもしれない。今までなかった事例ですし、一からあらゆることを試して損はないでしょう」
独り言をブツブツと呟いで段々と自分の世界に入ろうとするチェスター。
……って!
「それで死んだら損しかないじゃないか!あんた、あわよくば俺を殺して依頼料払わないつもりじゃないだろうな?」
チェスターはその後、部屋に戻りながら「私がそんなケチなことをするか!」と怒鳴ったがいまいち説得力がない。
俺も部屋の中へ入ろう……としたところで、もう一人誰かいることに気付いた。
「ヒヒ……ヒヒヒヒッ……!」
誰かさんに似た笑いをしながら机の上で何かをしている女性らしき後ろ姿。
黒に近い紫の濃色をした長いボサボサの髪にアホ毛が一本だけ立っている。
ピョコピョコと生物のように動くアホ毛をした彼女が物凄く気になるのだが……
「ですがたしかに、死んで全ての機能が失われては元も子もないですねぇ。ではまずは君の体液や皮膚を少し貰いますから、その台へ寝てください」
チェスターに促されて手術台のようなところへ寝転がる。
まぁ、彼女は助手か同僚かといった人だ。多分関わることはそうそうないだろうな。
とりあえずスッキリさせるためにそう自己完結し、チェスターに身を任せる。
その過程は注射とは比べ物にならないくらいグロかったので割愛する。もう思い出したくない。
「……事前に話を聞いていても、やはりこれは驚きますねぇ……感覚を麻痺させる薬を使わずとも痛覚を感じない、切ったところから即再生、普通の人間と変わらない血液……」
最後の意味は何?
俺の血が普通の人間と一緒じゃ、おかしいって?ほっとけ!
「血液が普通じゃおかしいってのか?というかまだ何も見てないだろ」
「いえ、どうせなら緑や紫のような色を少し期待していました」
色の話かよ……っていうかおい、俺はナメクジ星人じゃねーぞ。
「では次は……簡単な筋力測定などをしてもらいましょう」
どこから出したのか、筋トレに使うようなバーベルや握力測定器が目の前に出された。
「バーベルはともかく、こっちの握るやつはどこに数値が出るんだ?」
「これらの数値はあの装置に全て記録されます。それに丈夫なので思いっ切りやってもらって大丈夫ですよ」
チェスターがそう言って指差した先は、先程から少女が座っている場所だった。
俺たちの視線に気付いたのか、机にのめり込むように座っていた少女がこっちを一瞥してきた。
そこには吸い込まれるような濃色の目があり、よく見れば整った顔立ちをしているが目の下のクマや引きつった笑い方などで喪女と思われても仕方がない表情をしている。
彼女はすぐに机に向き直った。
人見知りかもしれないから失礼とは言わないが、不気味である。
とりあえず言われた通りに測定を済ませようとする。
まずはバーベルを持ち上げるところから。
ちなみに俺の身体測定の数値は一般男性の基準を少し上回るくらい。ガチガチの体育系の奴らと比べられると弱いな。
普通ならあまり期待しないところだけれど、今の俺なら少しくらい強くなってるんじゃないか?なんて思ってしまう。
そんな淡い希望を胸に抱きながらバーベルを持ち上げてる。
「ぐ……うぅ……!?」
バーベルは予想以上に重く、少し持ち上げるので精一杯だった。
え、バーベルって初めて持ったけどこんなに重いもんなの?数ミリくらいしか持ち上がんねぇ……
「ふむ、なるほど……」
チェスターは言葉とは裏腹に反応が薄い。どうやらそこまで凄い結果ではないらしい。
「……ん?何をしてるのですか、まだ他があるのですから次に行ってください」
感情の起伏を見せないままチェスターから急かされ、どこか納得できない状態で俺は測定を続けた。
握力に体力、跳躍力など身体能力の測れるもの全て測ったと思う。
特に体力に関しては疲労などを感じないので長時間全力で走り続けられたので自信はあったのだが、チェスターの反応はやはり薄いものだった。
もしかしてチート並みに身体能力上げて、やっとこの世界の人たちに追い付いたとか?……悲し過ぎないか、それ。
「ありがとうございます、では今日はこのくらいで結構です」
「え、もう?」
ここに来てから二時間弱。朝早くに来たので、まだ九時を過ぎた辺りだ。
もっと一日中モルモットみたいに拘束されるのかと思ってた。
「これから君から採取したサンプルを解析しなくてはならないので。簡単に言えば、これからも君は君自身の素材を提供してくれるだけでいいんですよ。とりあえず明日も同じ時間に来てください」
「よろしくお願いしますよ」と念を押され、俺は邸宅から出た。
まぁ、早く終わるなら早いに越したことはない。昨日取っといた依頼にも行けるし。
帰りはライアンさん直々に案内された。仕事はいいのかと気になるけど、好意を無下にするわけにはいかないので何も言わない。
そして少しだけララのことが気になる。
「あの、ララって今どうしてます?」
「ララさんですか?彼女ならさっき、うちの中を掃除していましたが……そういえば何やらピリピリしていましたね」
「気に入らないことでもあったんですかね?」と言って軽く笑うライアンさん。やっぱり怒ってるよな……
ライアンさんとは対照的に俺は落ち込んだ。
嫌われるのには慣れてるつもりだったけど、最初から嫌われてるのとそれなりに仲が良かった奴から嫌われるのとでは違ってくるんだな……
メンタルは結構鍛えたつもりだったけど、まだまだのようだ。
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