10話目 前編 喰らい破壊する

☆★☆★


「神の代行者が命じる。穢れし魔の者を打ち払う断罪の――えっ?」


 ウィーシャはその光景に戸惑い、唱えていた呪文を再び中断する。

 つい先程まで目視していたララの姿は突然消え、代わりにヤタの体が禍々しく変化していた。

 普段の捕食形態は蛇に近いものだったが、今の彼の腕は狼のような獣と化している。

 黒々しく、そして捕食に必要のない目や鼻まで形成されており、言わば「もう一つの顔」が付いていた。


「…………」


 そしてヤタは動かず、その場に静かに立ち尽くしていた。


「あっちは化け物は化け物でも悪魔の化身でしたか……ウィーシャさん、奴に技を!」

「あ……あぁ……!」


 指示を出す修道院長だったが、ウィーシャは彼の後ろ姿に恐怖を覚え震えて動けずにいた。


「くっ……《光よ》!」


 修道院長から詠唱がほぼない光の奇跡が放たれる。

 光は文字通り光速、人の目では捉えられないほどの速さでヤタへと襲いかかった。しかし……


 ――バクンッ!


 独特な音と共に光はヤタへ刺さる前に消えてしまった。


「奇跡が消えた……?《光よ》!」


 ――バクンッ!


 修道院長から奇跡が再び放たれるが、それもまたヤタに刺さる直前に消えてしまう。

 するとヤタがゆっくりと振り向く。


「奇跡の不調じゃなく消されたか……ウィーシャさん、何をしているのです!あの者に断罪の奇跡を!」

「あ……いや……!」


 ウィーシャの目はしっかりとヤタの姿を捉えていた。

 その彼女の目にはゆっくりと振り向くヤタの姿が――


「いやあぁぁぁぁぁっ!?!?」


 ――この世の者ではない化け物に見えていた。


 ウィーシャはフッと意識を失い、その場に倒れてしまう。


「ウィーシャさん!? こんな時に……あなたたち、各々あの悪魔に向けて奇跡を放ちなさい!」

「「「「はい!!!!」」」」


 修道院長の指示によりウィーシャ以外の修道士や修道女が返事をし、全員が奇跡を唱え始める。

 唱え終わった端から奇跡が続けてヤタに向けて放たれた。しかしその全てが咀嚼音と共に全ての奇跡が当たる直前に消されてしまう。


「奇跡が全て効かないとは……」

「父上、ここは危険ですので避難を!」


 階段上の方ではルドに逃げるよう彼の娘が促していた。


「エルゼよ、あの者をどう思う?」


 しかしルドは焦るどころか王座から立つすらせず、面白い余興でも観ているような姿だった。それはエマも同様に。


「どうって……わかりません。先程の無礼な女もそうでしたが、あの男からも得体の知れない不気味なものを感じます。お父様、あなたは一体何を呼んだのですか?」


 眉をひそめて父親を見るエルゼの視線の先で、ルドは妖しく笑っていた。


「呼んだのは一人だけだよ、可愛いエルゼ。私が呼んだのはその女の方だけ……そう、魔族の女だけだった。しかし予想外の結果がアレだよ。化け物……そう呼ぶに値する『何か』と言ったところか」


 ルドはそう言って動き出したヤタを見ていた。

 全ての奇跡を無効化したヤタは修道院長の元へ向かう。


「みなさん、もっとです!もっとあの悪魔に奇跡を――」

「《#自動的な捕食__オートイーター__#》」


 ――バクンッ


 いつの間にか修道院長の近くまで近寄っていた。そして彼女は右肩から先が消えていた。


「え……あっ、ぐっ……アアアァァァァァァッ!? 腕がっ、私の腕がぁぁぁぁっ!!」


 自らの腕が瞬間的に消えたことに頭がついていかず、痛みによって引き戻された現実が彼女を動揺させた。


「悪魔がぁ……悪魔が我ら神の信徒に歯向かうかぁぁぁぁっ!」


 痛みと怒りで血迷い、修道院長はヤタに殴りかかった。

 しかし彼女は突然空へと放り投げられる。


「は――」


 そして宙に浮き天井を見上げる修道院長の背後からヤタのオールイーターが変化した『龍』の顔が現れ、彼女を丸々飲み込んでしまう。

 その光景を目撃し、修道院の人々は暫しの沈黙から次々と悲鳴が上がる。

 ヤタは辺りから上がる悲鳴などの騒ぎなど一切気にした様子もなくそう告げる。


眷属召喚アビスゲート


 ヤタがその言葉を発すると部屋の中央に大きな扉が地面から現れ、ゆっくりと開かれる。

 その向こう側は何も見えない「闇」が広がっており、それを見た人々もこの世のものではないものに感じていた。

 そこから何かが現れる。


「よっ、今朝方ぶりじゃな主様♪」


 一人は狐の尻尾を九本生やしたマカ……が今朝の幼女姿よりもさらに成長した姿だった。

 ヤタがダンジョンの主として対峙した時の彼女と酷似していた。

 そしてもう一人は――


「お呼びに預かり光栄です、我が主。ようやく出番ですか?」


 ローブを着てフードを深く被った骸骨だった。

 黒々しく禍々しい霧を纏い、眼球の無い目には赤い光が宿っており、発する声は聞いた者の背筋を凍らせるほどだった。

 現れた二人に周囲の人間から悲鳴が上がるのを他所に、彼女ら二人が互いの顔を見る。


「「誰だお主(お前)?」」

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