11話目 前編 腕輪

☆★☆★

「……ん?」


 徹夜明けのような重い瞼を開き、目を覚ます。

 たしか俺はマルスたちと一緒に九尾と戦おうとして……目をが会った瞬間に意識が……


「っ!」


 直前に何があったかを思い出し、急いで起き上がる。


「おや、眠姫が起きたようだよ」

「ああ、そうだね。おはよう、ヤタ君」

「……あ?」


 思わずそんな声が漏れてしまう。

 眼前で俺の名前を呼んだのはマルスとルフィスさんだった。


「ここは……」


 周囲を見渡すと木々が生い茂る森とダンジョンの入り口があった。

 まるでさっきまでの戦いが夢だったかのような気分になってしまっていた。


「ダンジョンの入り口、僕たちは戻ってきたんだよ」


 ルフィスさんがそう言いながら、湯気の立つ暖かそうなものが入ったコップを「はい」と差し出してくれる。

 俺はそれを受け取りながら、色々と疑問が浮かぶ中で俺は一番気になることをマルスたちに聞くことにした。


「……なんでそいつがいるの?」

「や♪」


 俺とマルスとルフィスさん、そしてなぜか知った顔の奴がもう一人いる。

 赤紫色のサイドテールをした少女、グロロだった。


「本当は合流する気はなかったんだが……この人たちの勘が良過ぎるおかげで捕まってしまったよ。ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな」


 グロロはそう言うと俺の方に向かって人差し指を口に付けて「静かに」のジェスチャーをする。まぁ、こいつがグロロだって知ってるのは俺だけだもんな。

 ……でもなんでこいつらに捕まってんだよ?


「妾はロロ。こんな|形(なり)をしているがお前さんたちよりは年上だ。さっきはこの男たちにダンジョンに迷い込んだ子供扱いされてここまで連れてこられたがの。ああ、あとそこのヤタとは顔見知りだ」


 どうやらただの勘違いと偶然だったらしい。

 最後に会ったのが数日前で、しかも「その日を楽しみにしてるぞ」なんて強敵感を出しながらどこかへ行ったせいで当分は会わないと踏んでいたのに、何とも呆気ない再開だ。

 にしても「ロロ」か。

 グロロの後ろ二文字から取ったんだろうが、意外とその容姿に合った可愛らしい名前だな。

 というか姿を変えられるって割には前と同じ姿なのはなんでだ?気に入ってるのか?よくわからん。


「へぇ、こんな可愛らしい少女とも知り合いだったんだね、君は。ララちゃんやレチアちゃんといい、結構モテるじゃないか」


 マルスが笑いながらそう言う。強くてイケメンのこいつに言われると余裕ある強者の皮肉って感じで腹が立つんだが。


「あいつらともこいつともそういう関係じゃねえよ。変なこと言うな……じゃないと他の冒険者にお前らの関係をあることないこと吹き込むぞ」

「それは困――」

「ぼくは構わないよ!むしろウェルカムだ!」

「「「…………」」」


 苦笑いのマルスの言葉を遮り食い気味に答えるルフィスさん。

 どうすんだよ、微妙な空気になっちまったじゃねえか。


「あぅあ……」

「……赤ん坊の声?」


 今まで気付かなかったが、赤ん坊が俺の膝に乗っていたのに気付いた。

 ……え、何これ。

 しかもよく見ると赤い髪に獣耳が生えている。

 それを見て鮮明になってきた頭で思い出し、どことなく人型になった九尾の面影があることに気付く。

 そんな九尾らしき赤ん坊が親指をおしゃぶり代わりにちゅぱちゅぱと音を立てながら口に咥えて俺を見ている。


「こいつは……」

「九尾、らしいよ。アナさんが言うにはね」


 マルスがそう言い、一瞬誰のことかと思ったが、すぐに俺の頭の中でいつも喋っているアナさんのことだと理解した。

 なんでこいつがアナさんのことを知ってるんだ?俺は誰にも話したことがないはずだが……

 俺が疑問に思っていると、マルスたちが事の経緯を話し始めた。


「……つまり、俺の代わりにアナさんが表に出て動いてたってわけか?」

「そういうことになるね。二重人格ってああいう感じなんだなって勉強になったよ」


 厳密には違うが、似たようなもんだし別に訂正しなくていいだろう。


【八咫 来瀬の意識が不明になってしまったため、緊急の処置を実行しました】


 頭の中でアナさんがそう言う。そんな能力ありましたのね、あなた……

 それに本当の名前ってアナザーシステムって言うんだな。どっちにしても「アナさん」になるから呼び方はそのままでいいのが助かる。


「んで、そろそろ俺が目を覚ますからって引っ込んだと……まぁ、そこまではわかったが、それでこいつをどうするんだ?元九尾だろ?」

「それなんだけど、君の判断に委ねたいと思って」


 こいつ……面倒事を人に全部ぶん投げる気か?


「おい、なんで俺なんだよ?前に話したことがあっただろ、こちとら養う奴が多いんだって。変な面倒事を押し付けようとするなよ」

「うーん……じゃあやることは一つしかないかな?」


 マルスはそう言うと大剣を握り、その剣先を赤ん坊に突き付ける。


「……何の冗談だ?」

「え?だってその子は九尾なんだよ?僕だってさすがに人の形になった赤ちゃんに剣を突き刺して何も思わない人間じゃない。もし君がその子を庇うというのなら、僕たちは今日ここで見聞きしたことを忘れよう。でもそれが無理だというのなら、ここで終わらせる。その方がみんなのためになるしね……」


 後半のマルスの言葉は自分に言い聞かせているような気がして、「仕方ないけどそれが正しいんだ」とでも言いたげに辛そうな表情をしていた。

 恐らくこいつ自身は心の底では踏ん切りがつかないのだろう。

 だから代わりに俺に選択権を与え、もし殺すという判断を下したのならマルスがやろうとしたのだ。

 マルスは人気者だ。だからみんなから慕われてるし、こいつ自身もその期待に応えようとしている。

 たとえそれが意に反するものだったとしても、場の空気に沿った答えを出そうとする。

 ……マルスよ、やっぱり俺はお前のことが嫌いだ。


「……じゃあ俺が育ててやるよ」

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