4話目 前半 見回り
「ひっさしぶりの冒険にゃ~!」
「アウア~!」
レチアが両手を上に広げて叫ぶように言った。
イクナも一緒になって同じことをする。
今日はチェスターのところで検査を受けた後、連合の依頼を受けて町から出ている。
「そんなに久しぶりか?あの町に来てから二週間程度だろ」
肩に黒猫を乗せた俺がそう言うと、レチアは後ろへ振り返って睨んできた。
「二週間『程度』!?『も』の間違いじゃにゃーか?なんでそんな言い方ができるにゃ!」
めっちゃ怒られた。
「何をそんなにイライラしてるんだ?」
「イライラもするにゃ!いくら冒険者の依頼にあるからって、毎日雑用雑用雑用……ストレスが溜まるにゃ!もしストレスで禿げたらヤタに責任取ってもらうにゃ!」
一瞬、本当にツルッパゲになったレチアを思い浮かべてしまい、吹き出してしまった。
「何を笑ってるにゃ……?」
レチアの血管が浮かんだブチ切れ寸前の顔を見て一気に冷静になった。
マジでキレる五秒前。超怖い。
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
頭を九十度に下げて謝る俺に、フンスと鼻を鳴らしてふんぞり返るレチア。間を空けて「にゃ」と語尾を付け足す。
「全く……ヤタはそんなんだから今まで他人と上手くやれにゃかったんじゃにゃいか?」
「ハッ、むしろ誰も俺と関わろうとしなかったからこんな性格になっちまったんだろうよ。つまり俺が悪いんじゃない、世間が悪いんだ」
「まーたよくわからない屁理屈言ってるにゃ」
レチアは若干呆れていたが、口元は緩んで笑っているように見えた。
「ところで今回受けた依頼はなんなんだ?」
俺たちの話に飽きて蝶々を追いかけ回し始めているイクナを見ながらレチアに聞いた。
今回の依頼内容はレチアとイクナに任せて受けたものだからだ。
「三種類の薬草採取とゴブリン八体の討伐にゃ」
「また微妙な感じのを取ってきたな……」
聞いた感じであればそんなに苦ではないかもしれないが、まずゴブリンを見つけるのが大変だ。
ゴブリンの生息地域はまばらで偏っていない。
ゲームのように決められたステージがあるわけでもない。
だから遭遇するかどうかは運であり、その日に終わらせることもできれば最悪数日間全く出会わないなんて場合もあるのだ。
「ゴブリンの方は報酬もちょっとよかったにゃ!それに見つからなくても、保険の依頼がこの採取にゃ。この薬草を探しながらついでにゴブリンを探せばいいにゃ!みんなで頑張るにゃ!」
レチアが「おー!」と言うと蝶々を追いかけていたイクナもそれに気が付いて「アー!」と同じことをする。
まるで姉妹みたいな光景を見た俺は、口角が自然と上がるのを感じていた。
――ザクッ!
「ん?」
すると背中に何やら衝撃を感じる。
後ろを振り向くと緑色の人型をした魔物が俺の背中に短剣を突き刺していた。
ゴブリンだ。
「ギギッ!……ギ?」
ゴブリンは困惑していた。
普通なら叫ぶなりなんなり悲鳴を上げるようなダメージを与えているはずなのに、その俺がノーリアクションだったから。
それにそんなに隙だらけだと……
「反撃しちまうぞっと」
「ギッ!?」
ブスリとゴブリンの喉を突き刺す。
肉をナイフで突き刺す感覚、やっぱり慣れない。
でも戦闘時になると感情が異様なほどに落ち着く。アナさんからのお知らせがなくても勝手にやってくれるみたいだ。
喉を刺されたゴブリンは体全体をビクビクと震わせた後、絶命した。
「大丈夫にゃ!?」
「ああ、問題ない――」
そう言いながら背中に刺さった短剣を抜こうとするが、手が届かない。問題あったわ。
「――ごめん、抜いて……」
「……格好が付かないにゃ」
レチアが呆れながら背中から短剣を抜いてくれる。
その背中でぐじゅぐじゅと何かが蠢く音がする。
「……傷と服が元に戻ったにゃ。ズルいにゃ、その力」
「こんなのがいいのかよ?」
この不死身の力はたしかに強いかもしれないけれど、もし人目につくことがあれば化け物呼ばわりされ、その町に居られなくなるのだからあまり良いものではないのに。
「いいに決まってるにゃ!だって服も元に戻るにゃよ?そんなの誰だって羨ましいに決まってるじゃにゃーか!」
「……服?」
俺が思っていたのとちょっと論点がズレてる気がした。
まぁでも、たしかに破れた服が直るってのは嬉しいだろうな。特にこういう冒険者職をやってる人からすれば喉から手が出るほど欲しいと思う。
もしそれがなく、漫画のような全身吹き飛ばす攻撃でも食らえば全裸で元に戻るってことだろ?
悪夢でしかねぇ……
「ともかく、これでゴブリン一体だな」
「幸先がいいにゃ!」
「ニャーニャー!」
イクナがゴブリンを解体し始めようとするイクナの語尾を真似し、それが微笑ましてくて笑ってしまう。
ここ数日で少しだけだが、イクナの言葉遣いが変わってきている。
前は獣のように唸ることしかできなかったイクナも、今のように誰かの言葉の一部を真似して発音しようとしているのだ。
今でこそ言葉を話せないイクナだが、元々人間だったのならばまた話せるようになる可能性は十分にある。
今の彼女は言葉を思い出そうとしているのか、もしくは新しく覚えようとしているのだろう。
それがなぜだか嬉しく思えてくる。
子を持つ親っていうのはこういう気持ちなんだろうか?
……子供どころか相手すらいない俺がその気持ちを理解するなんて、多分死ぬまで永遠にないだろうな。
そう思った時に一瞬、チェスターとメリー親子の顔が頭に浮かんだ。
……いくら飢えてても、それはねぇな。
悲しい気持ちから一転、スンッとして冷静になれた。
<hr>
それから日が沈んだ頃、俺たちは薬草の採取に成功して町へ帰ってきていた。
代わりに遭遇して倒したゴブリンはあの一体だけだ。
とりあえず連合にはその二つの報告をするために寄った。
「やぁ、ヤタ君。それにララちゃんとイクナちゃん。今日も来てくれたんだね!」
すると扉を開けたところで爽やかな声で俺の名前が呼ばれた。
前からマッチョの上半身をさらけ出した巨体と、無駄に爽やかイケメンの黒髪大男がこっちに歩いてくる。
「ルフィスさん」
本名ルフィス=リーガル。
名前が二つある人は貴族だというのだが、彼はその性格と冒険者になりたいという考えから家を追放されてしまったらしい。
しかし兄弟が多く、ルフィスさんは跡継ぎのような重要な立場ではなかったため、後ろめたさもなくスッキリして冒険者になれたとのこと。
ちなみに「その性格」というのは――
「僕とのデートの話、考えてくれたかい?」
ルフィスさんが立ち止まったのは俺のすぐ目の前で、数センチの間隔しか空いてない状態で耳打ちをするように小さく話しかけてくる。ち、近い……
彼の言うデートとは、比喩的な意味ではなく男女が使う本当にそのままの意味だ。
つまり恋愛対象が男というアレな人なのである。
しかもナヨナヨせず男らしく自然と近付いてくるから嫌悪感を抱き難い。
……なぜか俺には距離が近いが。
これで騙そうとしてくる策士な性格であれば、きっと犠牲者は多かっただろう。
「前にも言いましたが、俺はノーマルです。いくら周りから不遇な扱いを受けようとも、そこは変わりませんから……丁重にお断りさせていただきます」
「そっか、それは残念だなぁ」
そう言いつつ明るく笑って残念そうになんてしていないルフィスさん。
今はグラサンをかけてマシになっている俺の目だが、それを見てもルフィスさんは求愛をしてくる変な人だ。
ちなみに彼の冒険者階級はかなり高いらしい。
ルフィスさん曰く、「楽しんでいたらこうなっていた」そうだ。
冒険者を楽しめるとは、階級抜きにしても強者だと思う。
「ところで今日もまた依頼探しかい?」
「いえ、受けた依頼の一つが終わったので報告をしに」
「そうか、それは良いことだ!なんせ依頼があるってことは困ってる人がいるってことだからね。受ける依頼の数が多ければ多いほど、達成が早ければ早いほどいいと思う。実際、君は他の誰もがやらないような依頼を受けて、その日か次の日には終わらせている。その姿勢を僕は尊敬するよ」
そう言ってニッコリと爽やかスマイルを浮かべるルフィスさん。
「……そんなに褒めても惚れませんからね」
「おや、それは残念だ♪」
ルフィスさんはそう言いながらなぜかポージングを決める。そしてやはり残念そうにはしない。
「なんだ、ヤタじゃないか。それにルフィスさんも」
するとそこにまたもやイケメンがってきた。
金髪蒼目をしており、爽やかなルフィスさんとはまた違ったカッコイイ感じのイケメンである。
そして彼もまた、冒険者の階級がルフィスさんほどでなくとも高いらしい。
何気なしに二人に階級を聞いてみたことがあるけれど、ちゃんとしたことは教えてくれない。
「やぁ、マルス君。今日もカッコイイね!」
「あはは、ありがとうございます。ルフィスさんも力強いですね」
マルスと呼ばれたイケメンが苦笑いをしながらそう言って返す。
イケメンが二人も揃ったせいで、連合内にいる女性陣がキャーキャー騒いでやがる。
今かけてるグラサン取って、違う意味でキャーキャー騒がせてやろうか?なんて悲しいことを考えたりしてしまっている俺がいる……
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