4話目 後半 見回り

「……それにしてもまた増えてますね、行方不明者が……」


 掲示板を見たマルスが悲しそうに呟く。

 ルフィスさんも同意して頷く。


「老若男女問わずの無差別な誘拐……しかもいなくなった人の共通点もなく、これといった手がかりも掴めていないとか」

「町の衛兵だけじゃ手が足りなくて連合にも話が回ってきたけれど、何も進展がないまま犠牲者が増えていく一方だ。一応、夜に一人で出歩くことを控えるよう町の人たちには言ってあるけど……」

「『何も進展がない』か……」


 二人の話を聞いて、興味と不安が俺の中で同時に膨らんでいった。

 町中で目撃情報もなく消える人たち。

 まるで神隠しだ。

 「異世界」という俺からすれば何が起きても不思議じゃない世界。

 ……いや、逆か。すでに不思議な体験ばかりしてるから、これ以上の体験をしても「不思議」の範疇から出ないだろう。

 俺がこの世界に来ること自体が「ありえない」「不思議」という事象なのだから。

 しかしその神隠しが神の所業だろうと魔物の仕業だろうと、住民からすれば「人が忽然と姿を消す」という理解の範疇を超えた恐怖であることには変わりない。

 それが俺か、もしくはレチアやイクナ、ララの身に起こったらと思うと……


「ゾッとするな……」

「そうだね、早く解決されてほしいものだ」


 俺の呟きを聞いていたマルスが頷いて同意する。

 正直言うと、俺はこの男が苦手だ。

 なぜかと言われるとハッキリ答えられないけれど、こいつは俺と相反する何かを持っている。


「私もそう思います、マルスさ~ん♪」


 いつの間にかそこにいた女が、猫撫で声を発しながらマルスに近付いていた。

 しかも一人ではなく、複数人。


「あ、ちょっと抜け駆けはズルいわよ!あたしだってそう思ってるんだから!」

「私だって!」

「ははははっ、モテる男は辛いなぁマルス!」

「ははっ、そんなことないですよ。からかわないでください」


 女性たちが意味のわからない言い合いをしてると男の冒険者がからかうようなことを言い、マルスが当たり障りのない返答で返した。

 女性たちからは大人気、男性たちからは見た限り嫉妬されてる様子はない。もしかしたらあいつの階級がそうさせてるのかもしれない。

 つまり男に嫉妬されないモテる奴ってわけだ。

 ……そりゃ、何もしてなくても嫌われる俺と、何もしてなくてもモテるこいつとじゃ天地の差があるんだろうけど……

 こんな奴かこの世にいるってのがなんかムカつくわ。


「ところでこれは正式な依頼じゃないんだよな?」

「この行方不明者がかい?一応情報が入れば、その親族や情報を求めてる人から少し報酬が貰えるかもしれないけど……」

「正式な依頼ではないね。だから……」


 ルフィスさんとマルスがそれぞれ答え、マルスが他の冒険者たちの方へ視線を送る。


「……もしかして階級に直接関係しないものだからか?」


 俺の言葉に周りにいた女性たちが肩を跳ねさせる。図星か……


「だって……ねぇ?」

「お金も貰えないし評価もされないとか……」

「こっちも生活がかかってるし、ボランティアはちょっとね……」


 女性たちが苦笑いでそう答えると、他の男たちも同意するように頷く。

 いくらマルスみたいな男に良く思われたくても嫌なものには限度はある、か……


「大丈夫さ、何もせず指を咥えるだけじゃないよ。もし犯人を見つければその場で取り押さえる!僕たちはお飾りの冒険者じゃない……なぁ、そうだろ?」


 マルスが周囲の冒険者たちに向かって同意を求めるような聞き方をすると、「そうだそうだ!」「俺たちだってやられてばかりじゃねえぞ!」「俺の前に出てきたらボッコボコにしてやるよ!」と一気に沸き立った。

 色んなポジティブな言葉が飛び交う中、ルフィスさんとマルスも満足そうに頷く。

 一見いい感じにまとめたように見えるが、つまりは自分たちからは何もしないと大々的に宣言してるようなものだ。

 これはその場を収めるだけの空っぽな団結、結局は何の解決に向かってるわけでとない。


「……茶番だな」

「ヤタ?」


 俺が小さく呟くと、今まで口を開かなかったレチアが俺の様子を覗こうとしてくる。

 その際に何を見たのか、彼女から「ひっ!?」と小さく悲鳴が上がるのが聞こえた。

 俺はそれ以上何も言わず、盛り上がってるのを他所に受け付けで依頼の報告をして報酬を貰い、その場から立ち去ろうとする。


「おや、もう帰るのかい?」


 そんな俺の行動に気が付いたのはルフィスさんだった。


「えぇ。報告も終わりましたし、俺がここにいる理由もなくなりましたから」

「ずいぶん寂しいことを言うじゃないか……この後何も無いというなら、僕からデートの誘いをしてもいいんだよ?」


 親指を突き立ててグッドサインをし、爽やかフェイスで笑うルフィスさん。

 しかし今は彼に付き合える気分じゃない。

 とりあえず今は笑いを作って誤魔化しておこう。


「それはまた今度お願いします」

「え?」


 ルフィスさんが聞き返してきたけれど、俺はそれを無視して出ていく。


「きゅ、急にどうしたにゃ?しかもそんな怖い目をして……」

「……俺の目が腐ってるのは前からだろ。最近はグラサンばっかやってて久しぶりに見たから驚いてるだけなんじゃないか?」


 そう言いつつもわかっている、今の自分が普通じゃない顔をしてるってことは。

 あの場所にいるだけで苛立ってしまうから逃げるように出てきたわけだし。


「行方不明者のことが気になるにゃ?」


 レチアも俺の行動で察してはいるだろうけど、マルスたちのことは指摘せず遠回しに言ってくれた。

 ただ気分が気分なので返事をしなかったのだが、レチアはそれを肯定と受け取ったようだった。


「……さっきの人たちの言葉を借りるけど、僕たちにも生活があるにゃ。いくら支給されてるお金があるって言っても、それはイクナちゃんだけが生活できるお金であって、僕たちは僕たちで稼がなきゃならないにゃ」

「わかってるよ、そんなことは。だけど俺は……そこまで割り切れるほど強くない」

「クゥン……?」


 するとイクナが心配したのか、切ない声を出して俺の顔を覗き込んできた。

 少しでも安心させようと、その頭を撫でてやる。


「ヤタ……」

「そんな顔するなって。俺もお前らの面倒を見なきゃだから、下手なことはしねぇよ――」


――――


 嘘も方便。物事をスムーズに進めるために必要な嘘というものがある。

 レチアたちに言ったことは、彼女たちを安心させるための嘘だ。

 みんなが寝静まった真夜中、俺はこれから町中を出歩く。

 もちろんただの散歩ではなく、町中で失踪する人たちの真相を突き止めるための行動だ。

 別に正義の味方とかになるつもりはない。

 けれどどうせこんな体になってしまったんだし、「眠い」と感じなくなるのも時間の問題だろう。

 ならその体質をむしろ利用してやる。


「……と息巻いたのはいいけど、そうそうそんな現場に遭遇できるもんなのか?」


 そんな疑問を口にしつつも、俺は人のいなくなった道を歩く。

 少し前まではこんな時間でも出歩く人はそこそこいたのだが、人がいなくなる事件が立て続けに出てるせいで冒険者すらあまり外に出なくなってしまっていた。

 おかげでほぼ俺一人しか出歩いてない……あれ?

 これって俺が一番怪しくないか?

 左右前後を見渡しても本当に誰もいない。

 こんなところを見回りしてるお巡りさんみたいな人に見られたら、間違いなく職務質問されてしまうだろう。

 最悪問答無用に牢屋に入れられてしまう可能性も……ダメだな、このネガティブ思考癖は直りそうにない。

 ……しかし不気味だ、人っ子一人もいない路地というのは。

 昼間と違い、人気のない夜の町というのはまるで異世界に迷い込んだかのようだ。俺はすでにこの世界へ迷い込んでいるんですけどね。

 その辺は置いておくとして、それにしてもその見回りの人もいないっておかしくないか?

 普通、ここまでの異常が出たのなら見回りを強化するはずだ。

 なのにその警備もいないのはなんでだ?


「おいお前、そこで何をしている!」

「ぴゃうっ!?」


 どうやらちゃんと見回りをしてる人がいたようだ。

 というかなんだよ、「ぴゃうっ」って。物凄くダサい悲鳴上げちゃったじゃんか……

 恥ずかしさと不安で複雑な気持ちになりながらも、恐る恐ると振り返る。

 するとそこには俺がこの町に入る際、検問を担当した銀髪の女性のロザリンドさんがいた。

 物語にでも出てくる騎士のような、そんなカッコイイ女性が俺に向けて剣を抜いていた。


「ん?あなたは……」

「ど、ども。お久しぶりです」


 ロザリンドさんは俺の顔を見て眉をひそめた。それは俺の目が原因じゃないよね?

 そして久しぶりというのは、最初に会った一回が最後だったから数週間ぶりだったというのと、今日外へ出る時には出会わなかったからだ。


「こんな時間に何をしてるんです?今はあまり外を出歩かないよう警戒令が出されてるはずですが?」


 明らかに怪しんでいる目で俺を見てくる。滅茶苦茶怪しまれてしまっているじゃないですかー。

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