1話目 中編 肩身が狭い
猫の名前も決まったところでレチアたちは宿屋の朝食を食べに行き、俺は先にチェスターの元へ向かった。
その道中、ふとあることを考えていた。
モルモットにされて散々弄られ、元の姿から大きく変わってしまったイクナだが、チェスターに頼めば元に戻れる可能性があるのではないかと。
「……まぁ、それはもう少し見極めてからにするか」
イクナのことに関しては慎重にならなくては。
もし彼女の見た目があの姿だと周囲にバレでもしたら魔物と間違えられて討伐なんて話になりかねないからな。
いくら俺の体のことを教えた仲だとしても、簡単に教えられるほど軽い問題じゃない。
こういうのは焦らない方がいいってのが相場が決まってる。
そんなことを考えてるうちに、いつの間にかチェスターの研究所の前に辿り着いていた。
そう、焦らずゆっくり見極めればいいさ。
まだ眠さがあるのかあくびをしながら扉を開き、中にいるチェスターとメリーに視線を配る。
「うす」
すでにこっちを見ていた二人に対して短い挨拶をする。
「おはよ……相変わらず今日も目が淀んでるね……」
最初に声をかけてきたのは濃色をした瞳とボサボサの髪をしたスタイル抜群の美少女(仮)、メリーだった。
相変わらず目の下のクマと薄ら笑いで美少女具合を台無しにしている。
「うるせーよ。今までで目が綺麗になったことなんて一度もねえから期待すんな。むしろこの状態を何十年も維持し続けてきたんだ、ヴィンテージものだろ」
若干のあくびを混じえながら屁理屈を並べる。
「何の役にも立たないヴィンテージとかウケる……」
「役に立たないとか言うなよ、泣くぞ」
最初に出会った頃は俺にもあまり話しかけて来ないコミュ障の無害な少女だったはずなのに、少しずつ慣れてきたせいか段々と遠慮がなくなっているのである。
「それに役には立ってる。人に話しかけられたくない時にグラサン取っておくとあまり話しかけられないからな!」
「でも衛兵の人には話しかけられるんでしょ?悪い意味で……」
本当にメリーの言う通りである。
酷くない?たかがグラサン外して素目を晒しただけなのに職務質問率が上がるとか……
実は俺の目に加護みたいな特殊能力が付いてるとかない?むしろあってくれた方が俺としては何かのせいにできて心が救われるんだけど。ないですよね、そうですよね……
いや気にしてないよ?
ちょっと目から汗が出てきそうになるだけで泣くような内容じゃない。
「んじゃ、今日は何をすればいいんだ?」
自分の机に向かってブツブツ呟くチェスターに話しかけると、ハッとしてこっちを向いた。
「……ん?どうしたんだ?」
何かを思い詰めていたようなチェスターのらしくない反応に、俺は眉をひそめて聞いてみた。
少しだけ……ほんの少ーしだけ心配をしてみたのだが、しかし次の言葉でそんな必要はなかったのだとわかった。
「何でもありません。そうですね、まずは……うちの娘のことはそろそろ考えてくれましたか?」
ガリガリにやせ細った男、チェスター。
いつもなら「ひゃーひゃっひゃっひゃっひゃ!」みたいな奇声で笑ったりするのがデフォルトだが、たまにこうやって爽やか笑顔でとんでもないことを言い放つ時がある。今がその時だ。
ちなみにその考えというのは、俺がメリーに子供を産ませてくれないかという話なのだ。
更に言えば恋人とか夫婦になれという話の内容ではなく、本当にただ「産ませる」だけ。実験の材料にしたいのだ、この親子は。
前にも一度、その話を持ちかけられていたのだが俺のヘタレ精神で断ることも頷くこともせずただ今保留中状態にしてもらっている。
メリーは一応とはいえ美人の部類に入るし、スタイルだって大半の男が目を奪われるプロポーションをしている。
人によっては喜んで頷くだろうけど、俺としてはそういう行為だけをして「はいさよなら」はしたくない。
するならちゃんと相手を好きになって生涯を、と考えている。
だから断らねばならない。ならないのだが……!
如何せん恥ずかしながら私、八咫来瀬は童貞である。
しかも相手は残念美人。「残念な美人」ではなく「残念とはいえ美人」なのだ。
それが足を引っ張ってか、「チャンスかも?」と思えてしまえるその相談をそうそう簡単に切り捨てることができないでいる。
「ほらほら……もし君がその首を縦に振ったら、この体を好きにしていいんだよ……?」
いつの間にか目の前まで近付いて来ていたメリーが自分のスイカ並に大きな双丘を両手で持ち上げ、これ見よがしにタプンタプンと大きく揺らしてくる。
おいやめろ、そうやって童貞を誘惑するんじゃない!恥ずかしくて固まっちゃうでしょーが!
……いや、これは体全体がって意味で、どこか一部がって卑猥な意味じゃないからね?深い意味はないよ?
「だからやめろって!そういうのは好きな奴が相手にやれよ。いくら実験のためとはいえ、好きでもない奴となんて――」
「い、いいの?私……しょ、処女だけど……」
俺の言葉を遮って、これまたとんでもない爆弾発言をしたメリー。
おい、これはどう反応したらいいんだ?童貞じゃない皆さん教えてください。
「私は専門外だから聞きかじったことだけど……男は女が処女だと喜ぶって聞いたことある……き、君はそうじゃないの?」
顔を赤くしたメリーが上目遣いでそう聞いてくる。
正直に言うと、その時は本当にかなり可愛いと思ってしまい、俺もう頷いちゃっていいんじゃね?ここでゴールしちゃっていいんじゃね?ともう一人の僕が囁いてきます。
「い……や、処女とか関係ない、から……」
言葉を詰まらせながらもそう答えた。
どもるなよ、俺。
これじゃあ肯定してるように思われる……うん、もう遅いわ。
チェスターも頬を赤くしたメリーも似たような薄ら笑いを浮かべて俺を見ていた。
「…………ああそうだよ!ちょっとだけいいなと思っちまったよちくしょう!」
「認めたね、パパ」
「ああ。しかも誤魔化そうと声まで荒らげて……見苦しいな」
「見苦しいね」
もうやだ、この親子……
――――
チェスターのとこでの実験、もとい検査が昼頃に終わった俺は依頼を受けるべく、レチアたちを連れて連合へと来ていた。
しかし扉の向こうがいつもより騒がしい気がする。
「……なんか騒がしくないか?」
「二?……ホント二、中が騒がしいけど一体何が――」
レチアも気になったようで、連合の扉を開いて中に入っていく。
俺もその後に続いて入ると、中では熱気に似た男たちの歓声がすぐに耳に入った。
見たところ広い場所で男たちが何かを囲んでいるようだが……
気になってみているとドッと男たちのテンションがより一層上がり、何かに興奮した様子だった。
下品な会話……をしているにしては驚いたり感心してる声を出していたりしてるから違うっぽい。
「やぁ、今日も来たんだね」
そこに金髪蒼眼のイケメンのマルスが来て声をかけてきた。
その後ろには膨張したような筋肉をした上半身を裸のままにしている黒髪黒目のルフィスさんもいる。こっちもこっちで別の方向性で爽やか系のイケメンである。
「そりゃ俺のセリフだ。というか、よくお前らセットで見るけど、いつも一緒なの?まさかそういう関係なのか……?」
レチアたちに「おはよう」と笑顔を振りまくマルスに、ちょっとしたからかいのつめりでそう言ってみた。
だけど実際、前のグロロによる一件を除けば大体この二人に話しかけられる時は大体タイミングが重なる。
もうマルスはルフィスさんの餌食になってるんじゃないかと推測。むしろこの二人がくっ付いてくれれば俺も狙われなくなって安泰じゃね?
そんな希望を抱いた質問だったが、マルスは苦笑いしながら首を横に振って答える。
「残念だけど違うよ、君が考えてるような関係じゃない。ただパーティーが一緒だからか行動を共にすることは多いんだ」
「残念だけど」って、まるで俺の考えを読んだかのような言い方をこいつにされるのは腹が立つ。
でも本当に残念だ。いっそ後ろから襲われてしまえばいいのに。
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