04.メメント・モリ
「ところで、お兄ちゃん……」
前を歩く
木の枝とは言っても昭和の子供がチャンバラで使ってたような小枝じゃない。長さは優に一メートルを超え、太さも二リットル用のペットボトルくらいはある。
枝というよりは〝丸太〟と言った方がしっくりくるような代物だ。
——あの
昔から思っていたことだが、遺伝法則を無視したその怪力ぶりに改めて舌を巻く。
「あれ? お兄ちゃん、ついてきてる?」振り返る澪緒。
「……え? ああ、いるいる!」
「もうっ! 返事くらいしてよ! お兄ちゃんはなんで制服のままなのかって聞いてるの!」
「ごめんごめん、考え事してて……。なんでって、むしろ澪緒の格好の方がよっぽど『なんで?』なんだけど」
たった十分やそこらの間にこんな場所まで運びつつ服まで着替えさせるなんて、第三者にできることとは思えない。
——じゃあ、澪緒が自分で?
否、メイドの衣装だけならともかく、あのいかにも
どこかに隠しておいたのを着替えたとか?
何のために?
俺への盛大なサプライズか?
俺の誕生日は十二月だし、いくら澪緒でも半年も間違えるはず……
いや、こいつならあり得るか。
でも、いずれにせよこんな大掛かりなことを一介の脳筋女子高生ができるとは到底思えない。
「やっぱり、何かしら超自然的な現象が起こったとでも言うのか……」
あるいは澪緒に協力者が?
俺が首を捻っていると、
「だから言ってるじゃない。異世界転移だ、って」
「あのなぁ……そういう状況に見えることは認めるけど、物事には必ず原因があるんだよ。目に見える事象だけが真実とは限らない。きっと何か理由が——」
「あっ!」
くるりと振り返った澪緒が、左手で俺の鼻先を指差して。
「お兄ちゃん、ミオと会う前にコンビニに寄ってたんだよね?」
「ん? ああ、うん……」
「それだよ!」
「どれだよ?」
「知ってる? コンビニの出入り口はね、異世界に通じてることが多いんだよ。コンビニから出たら異世界に迷い込んでゼロから始めるって話、ちょくちょく聞くし。それはきっと、ふとした瞬間に誰にでも起こり得ることなんじゃないかな?」
——何言ってんだこいつ?
その時。
俺の肩越しに背後を指差して「あっ!」と、目を
「こ、今度はなんだ!?」
「ビクッってして、お兄ちゃんビビりすぎぃ~♪」
「やかましい! なんなんだよ⁉」
「あれあれ。何かな?」
澪緒の指先を辿って目を凝らす。
……が、
「何も見えないけど?」
「ほら! あそこに何か立ってる!」
「立ってる?……っておい! ちょっと待て! 急に走るな!」
突然駆け出した澪緒を、俺も慌てて追いかける。
「おいっ! 足元に気をつけろよ!」
「分かってるぅ——っ!」
木の枝を振り回して草木を薙ぎ倒しながら、それでも俺とさほど変わらない速さで森の中を進む澪緒。
なかなか追いつけないのは足元が悪くてあまりスピードが出せないせいか……とも思ったが、考えてみればあいつだって同じ条件だ。
——あいつの身体能力はどうなってんだ!?
「お、おい、ちょっと、スカート丈、短すぎないか?」
前を走っている澪緒の身体が上下する度に、スカートの裾がヒラヒラと
「仕方ないじゃん、ミオが選んだわけじゃないんだから」
「そりゃそうだろうけど……もうちょい、なんつぅか……気をつけろよ? 下着が、見えそうだから……」
「大丈夫。今、
——えっ!?
「他の人には内緒だよ?」
振り向いて悪戯っぽく微笑むノーパン妹。
「俺にも内緒にしとけよ!」
「ほら! あった!」
スピードを緩めた澪緒がおもむろに立ち止まり、こちらへ視線を向ける。そのすぐ横には朽ち果てた看板が立っていた。
後ろを確認すると、五十メートル近くは走ってきたようだ。しかも、生い茂る草木の中をだ。
「おまえ、あんな遠くから、よくこんなもん見つけたな?」
「ふふ~ん。両目視力、三.〇だからね!」
「そんなランドルト環あるの!?」
「ほら見て! 何か、矢印みたいなのが描いてある」
澪緒が絡みついた雑草を払いながら、腰を屈めて看板を覗き込む。
そこには、確かに二本の矢印のような文様と、その上には文字らしき線も書かれていた。かなり掠れてはいるが……。
『← ᛨᚠᚤᛰᛰᛪ 3ᛥ』
『ᚠᛞᛟᚻᛣᛪᛪ 5ᛥ →』
これは、案内板?
だとすると……数字は、距離か?
そして、この文字は……。
「もしかすると……」
「お兄ちゃん、読めるの?」
「恐らく、ヴァプールと、アングヒル……」
「すごい! どうして!?」
「俺がいまやってる〝メメント・モリ〟ってオンラインゲームで使われてる文字で、単純にアルファベットに対応してるだけだから誰でも読める」
「いやいやいや、読めないよ普通? 覚えてないよそんなの!」
「俺はほら、そういうのきっちり理解しとかないと気持ち悪いタイプだから」
「ほんと気持ち悪い」
「……ん?」
「で、なんなの? その、なんとかプールとなんちゃらヒルって……」
「ゲーム内に出てくる街の名前だよ。つっても、ヴァプールの方は人口二百人程度の小さな村だけど」
「人口まで覚えてるとか! やっぱり気持ち悪い!」
「うるせっ!」
よく見れば、看板のすぐ横を道のような筋が東西に伸びている。
しばらく使われていないのか、雑草が生い茂り、下手をすれば獣道よりも目立たないほどだ。看板でもなければ確実に見落としていただろう。
それにしても、何で、ゲーム内に出てくる街の案内板がこんなところに……。
「謎はすべて解けた!」
人差し指を立ててウインクをして見せる澪緒。
「解けた?」
「うんうん。じっちゃんの名にかけて!」
「そういうのいいから」
「えっとね。ここは、お兄ちゃんがやってたセメントナントカってゲームの中なんだよ」
「メメント・モリな」
「この看板が何よりの証拠だよ。異世界とはちょっと違ったけれど、ゲームの世界っていうのもアリと言えばアリなんだよね。ふとしたきっかけで迷いこんじゃうこと、あるみたいだし。あれあれ! 不思議の国のアリス症候群って言うらしいよ!」
意味ちげぇ——し!
誤った知識を、よくここまで堂々と披露できるもんだ。
その時。
ザザザザァ——ッと、森の奥で何かを引き摺るような音がした。
顔を向けると十メートルほど先に、高さ三、四メートルほどの絶壁があり、わずかに土煙も立っている。
どうやら、あの崖を何かが滑り落ちてきたようだ。
何か動物だろうか?
「魔物かな?」
「なんだよ魔物って……。でも、澪緒はここで待ってろ。ちょっと見てくる」
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