03.お兄ちゃん、正気!?

「お兄ちゃんのじゃないの? 誰のにしたって拾うしかないでしょ? 脱出ゲーム理論的に」

「だから、なんでおまえの理論はサブカルソースばっかりなんだよ……」


 とは言い返してみたものの、脳筋妹にも三分の理。

 今できることと言えば周囲の探索と、この謎の鞄を調べることくらいしか選択肢は残されていない。


 何か入ってはいるようで、重さもなかなかのものだ。

 傾けると、ガサリと紙の擦れるような音や、カチャカチャと金属の触れ合う音がする。


 とりあえず動かして危険なものではなさそうだけど……。


「……お兄ちゃん、何やってんの?」

「ん? ああ、中を確認しようと思ったんだけど、なかなか開かなくて……」

「ほら、金具のところに鍵穴みたいなのがあるじゃん。ちょっと貸して」


 澪緒みおは、俺の手からヒョイッと鞄を取り上げると、蓋と本体部の間に指を差し込み白い二の腕に「ふんっ」力を入れる。


「コラ、ちょっとまて! やっぱ返せ!」

「あっ! 何すんのよ! 取らないでよ!」

「おまえこそ、何するつもりだったんだ?」

「鍵をぶっこわそうかと——」

「ヤ・メ・ロ! 持ち主も中身も分からないのに、いきなり壊すやつがあるか! もし爆弾だったらどうする!」

「ばくだん? なんでよ?」

「と、とにかく! こんな状況なんだからもっと慎重になれ!」

「異世界にきてまで慎重になる必要あるかなぁ?」

「ないわけないだろ!」


 何か、鍵の代わりになりそうなものはなかったっけな?


「なに探してるの?」

「鍵らしき物も見当たらないし、そんな複雑な構造でもなさそうだからさ。何か、金属ピンのような物でもないかなぁ、と思ったんだが……」

「ミオとやろうとしてること、大してかわんないじゃん」

「ぶっ壊すのと一緒にすんな」


 渋谷を歩くような私服は選ぶのも面倒なので制服で済ませたのだが、いつも内ポケットに入れてあるはずのネームプレートがない。


——そっか、学校に行くわけじゃないから、と外して置いてきてしまったんだ!


「ないの?」

「ネームプレートでもあればと思ったんだけど、部屋に置いてきちまった……。あれの安全ピンを使えば、これくらいの鍵は開けられると思ったんだけど」

「そんなの使ったら傷つけちゃうじゃん」

「……え? おまえがその心配をする?」


 まあいいや。

 そのうち何か見つかるかもしれないし、とりあえず鞄はこのまま持って行こう。

 鞄を腰に巻こうとすると、


「ちょ、ちょっとぉ!」目を丸くする澪緒。

「ん? どうした?」

「お兄ちゃん正気!?」

「だって、置いとくわけにもいかないだろ? 開けられそうな物が見つかるまでこのまま持っていくしか——」

「そうじゃなくて、何で腰に巻いてるのかって話!」

「だってこれ、ウエストポーチだろ?」

「だめだよ! 上着脱いで! ウエストポーチなんだから、腰に巻くわけないじゃん!」

「言ってる意味が分かんねぇんだけど……」


 澪緒が再びウエストポーチをひったくると、今度は俺の肩に斜めに掛ける。

 胸元に鞄部分がきて、まるでタスキ掛けのようだ。


「これじゃあ、ボディバッグと一緒じゃ——」

「一緒なの! おっさんじゃないんだからそれでいいの!」

「よく分かんねぇけど……この状況で、着こなしとか気にする必要あんのか?」

「ないわけないじゃん!」


——ったく……これじゃあウエストポーチとして作ってる意味がないだろ。


「で、これからどうするの?」

「まずは少し周辺探索をして情報を集めよう。ここにいても何が起こってるのかまったく分からん」

「だからぁ~、異世界転移だってば。魔物がでてくる前に早くチートの確認をしたほうがいいよ」

不正行為チート?」

「すっごい技とかのことだよ! お兄ちゃんもゲームばっかりやってないで、ラノベとかアニメとか、ちょっとは外に目を向けるべきだよ」

「外もそれじゃあ大して変わらんだろ……。それより、他の人を探そう」

「他の人? 現地人?」


 完全に異世界モードに切り替わっているな、こいつ。


「ここへ来る直前に俺や澪緒と会っていた人物が他にもいたと思うんだ。そいつを見つければ、何かわかるような気がする」

「何でそんなことが分かるの? もしかしたらミオたちだけかもしれないじゃん」

「いや、少なくとも、あと一人はいるんじゃないかと思ってる」


 澪緒と会ったことで、空白になっていた記憶の一部が埋まった。

 俺だけならともかく、澪緒にも同じ現象が現れていたとなると、単なる偶然とは思えない。

 計算が間違っていなければ、記憶の空白時間はまだ十~十五分程度は残っているはずだ。

 もちろん、だからと言って、同じような境遇の人が居るとは限らないのだが……。


「その空白部分を埋めてくれる人物が、まだいるような気がするんだ」

「ふむふむぅ。論理的だね!」

「まあ、データも不足しているし、多少強引な帰納的推論だけどな」

「じゃあ、さっそく出発しよう!」


 歩き出した澪緒の肩を掴んで、慌てて引き止める。


「まてまて、無闇に移動するな! こんな森の中で方向感覚を失ったら命取りだ。きちんと確認しながら進もう」

「方角を? どうやって……って、ああ! スマホアプリ?」

「いや、俺のオンボロイドにはデジタルコンパスは付いていない。でも……」


 電源を入れると、再び時計が表示される。

 アナログ表示にしてあるので、見た目は文字盤のある丸い時計と一緒だ。


「短針を太陽に向けて、短針と十二時のちょうど真ん中が、南だ」

「ふえぇぇ! 何占い?」

「占い違う!」


 これは北半球の中緯度地域でのみ有効な方法で、現在の環境や時間軸がそれと同じとは限らない。

 ……が、どの方角であれ森の中で進む方向を一定に保つことは重要だろう。


「よし、行こう」


 俺と澪緒は、 (と思われる)方角へ向かって歩き始めた。

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