02.論理的に考えて

「誰だ、おまえ?」

「誰って……ミオだよミオ! 百合鴎ゆりかもめ澪緒みお!」

「妹のフリなんかしやがって怪しいやつめ……俺をこんなところに連れてきて何を企んでる!?」

「お、お兄ちゃん? 大丈夫?」


——あ、れ?


「……おまえ、澪緒か?」

「だからそう言ってるじゃん!」

「だって、そんな変な服着てるから……」

「ミオのこと、着ている服で見分けてたの!?」

「そういうわけじゃないけど……髪の色まで変わってるし……」


 百合鴎澪緒、十五歳。広尾女学園の一年生で、血液型はRh+B。

 誕生日は確か……九月二十日だったかな?

 身長、百五十センチ台後半、体重は四十キロちょっと。

 趣味はアニメ視聴しながらの筋トレ。華奢に見えるがかなりの馬力の持ち主だ。


 本人は、人間が普段使っていない部分の脳をフル活用してパワーを出しているとか少年漫画の主人公みたいなことを言っているが、あながちそれもデタラメではないんじゃないかと思えるくらいの、デタラメな腕力を所持している。

 現に、今片手で軽々かるがる振り回してきた大きな木の枝だって二、三キロはあるんじゃないだろうか。


 三年前、事故で両親を亡くした俺を引き取ってくれた叔母さんの娘だ。

 つまり俺の従兄妹いとこなのだが、昔から会う度に〝お兄ちゃん〟と呼ばれていて結局そのまま定着している。


「妹の顔を忘れるなんて、ひどいよお兄ちゃん!」


——妹じゃねぇし。


「……つかおまえ、レイヤーの趣味なんてあったっけ?」


 フリルの付いた黒いミニスカートに、フリルの付いた白い前掛け。

 いわゆるメイド服のようなデザインだが、トップスはショート丈の黒いキャミソールで、ウエスト部分は丸見えのヘソ出しコーデ。


 キャミの上にはブラジャーのような形をした金属のバストプレート。

 両耳には剣型のアクセサリーがついたフープピアス。

 両腕にもにび色に光る前腕鎧バンブレスに、両足には、まるで機甲隊キャバルリーでも身に着けるようなブーツ型の足鎧グリーブを履いている。

 元ネタは知らないが〝メイド服型のビキニアーマー〟とでも言えばいいだろうか?


 おまけに黒かったショートボブと両目まで、鮮やかなピンクゴールドと碧眼に変わっている。

 こんな謎生物を一目で義妹だと認識できる方がヤバいだろ。


「ああ、これねぇ……」と言いながら、澪緒が木の枝を投げ捨てて一回転すると、ピンクの蝉髪せんぱつとミニのエプロンスカートがふわりと広がる。


「どう? 可愛い?」

「まあ可愛いけど……もしかしてここは、謎のコスプレ会場?」

「何よ謎のコスプレ会場って……。気づいたらいつの間にかここにいて、服もこれに変わってたんだよ」

「おまえも?」

「お兄ちゃんも? ……って言うか、お兄ちゃんは制服のまんまじゃん!」


 そう言って小首を傾げた澪緒としばし視線を交えたその時、突然、これまで思い出せなかった記憶の一部が脳へ流れ込んできた。


——そうだ! 歩道を歩いていたら、買い物に来ていた澪緒とばったり遭遇して……それで、そのまま二人で渋谷駅に向かい、山手線に乗ったんだ!


 俺が思い出すのとほぼ同時に、澪緒も大きく目を見開いて。


「そうだ! 思い出した! ミオ、お兄ちゃんと渋谷でばったり会って、そのまま一緒に電車に乗って……」

「おまえも、今思い出したのか?」

「うんうん! てっきりお兄ちゃんにここまで連れてこられて、ミオが気絶してる間に着替えさせられたのかと思ったよ!」

「俺を何だと思ってんだ……」


 澪緒と会ったのはコンビニを出て五十メートルほど移動したところ……つまり、先ほどまで思い出していた最新の記憶の直後だ。

 澪緒の顔を見ることによって記憶が刺激され、シナプスが繋がったということだろうか?

 だとしても、澪緒まで同じように俺のことを忘れていたなんて偶然にしては出来すぎている。


 ……とりあえず考えても仕方のないことは置いといて、まずは今分かっている情報の整理と現状確認だ。


 澪緒と会った場所から渋谷駅までは約五分。

 いや、信号待ちの時間もあったから、十分はかかっているか?

 山手線のホームに上がり、最後尾の車両に飛び乗るまで正味二十分くらい。

 電車へ乗ったところでまた記憶が途切れている。


 念のため澪緒にも確認してみたが、やはり俺と同程度の記憶しかないようだ。

 まだ、記憶に約十三分の空白時間が残されている。誤差があったとしても、せいぜいプラマイ二、三分程度だろう。


 まだ何か、忘れていることが……?


「ところでお兄ちゃん」


 地面に置いた枝を再び拾い上げながら、澪緒が尋ねてきた。


「ここ、どこ?」

「だから俺にも分からんて……」

「スマホは?」

「圏外だ」

「そっか。やっぱりねぇ……」

「やっぱり? おまえ、何か知ってんのか?」

「ふっふぅ~ん」と、得意気に親指で小鼻を弾いてドヤ顔を見せる澪緒。

「知ってるも何も、こんなのアレしかないじゃん」

「あれ?」

「異世界転移だよ!」

「…………」


——まぁた馬鹿なことを言い出したな。


「あ、その目! ミオのこと馬鹿だと思ってるでしょ?」

「思ってねぇよ馬鹿」

「だって異世界だとしか思えないじゃん、この状況。論理的に考えて!」

「論理ねえ……」

「むぅ~。じゃあお兄ちゃんは、説明できるの?」

「もう少しエビデンスを集める必要はある。……が、ある程度の候補は思いついているよ。シミュレーション仮説、多元宇宙論、様相実在論、世界五分前仮説、量子エンタングルメントによる瞬間移動、または時空転移、え~っと、それから、タイムスリップとか……」

「大して変わんないじゃん、ミオの仮説と」

「あれを仮説とか言うな。俺のはもっとこう、科学的なアプローチなんだよ」


 異世界転移だと?

 そんな、その辺のラノベ馬鹿が言ってそうな非科学的なことが起こってたまるか。

 絶対にこの状況には何か原因がある。

 やはり、鍵となるのは……。


「お兄ちゃん、これは?」

「そう、それそれ……っておまっ! 何勝手に拾ってんだよ!」


 澪緒が手に持っていたのは、いつの間に拾ったのか、俺の足元に落ちていたウエストポーチだ。


「貸せっ!」と、ひったくるようにポーチを奪うと、

「なによぉ……」澪緒が唇をツンと尖らせる。

「迂闊に触るな。どんな危険があるか分からないんだぞ」

「お兄ちゃんのじゃないの? 誰のにしたって拾うしかないでしょ? 脱出ゲーム理論的に」

「だから、なんでおまえの理論はサブカルソースばっかりなんだよ……」

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