03.カース・マルツゥ
「ミオと勝負して勝ったら認めてあげる! それが小姑システム!」
「燃えるシステムですの! 身内に祝福される結婚にもしたいですし、勝負と聞いては引き下がれませんの!」
「でしょう? じゃあさっそくアームレスリングで——」
「ちょっと待って欲しいですの」
ティコが手を挙げてミオの言葉を遮る。
「アームレスリングでわたくしに分が悪いですの。それに、結婚相手を選ぶならもう少し家庭的な選考がいいと思いますの」
「そう? お兄ちゃん的には、どうなの?」
「——え?」
「どんなお嫁さんが好みかってこと!」
「どんなって言われても……思いやりがあって……料理とかも上手で……」
「それだっ!」
「ど、どれ?」
「料理勝負! ミオ以上にお兄ちゃんの口に合う食事が用意できないようじゃ、お兄ちゃんを任せられないもん!」
それを聞いてティコが、顎に手を当ててコクコクとう
「なるほど。確かにそれは一理ありますの」
「面白そうですね」と、なぜかエリザベートも乗ってくる。
「それでは明朝、ミオさんとティコレットがそれぞれ別館と本館の厨房を使って、リンタローさんに朝食を用意するというのはいかがでしょう?」
「うん、ミオはそれでいいよ! 決まり!」
「ちょっと待て、澪緒!」
俺は澪緒の腕を掴むと部屋の隅に連れて行き、
「料理勝負って、正気か? おまえ、リアルで鍋を爆発させるようなやつだったじゃん?」
「失礼しちゃうなぁ。昔のミオとは違いますよぉだ」
「ほんとかよ? あまり酷いもん出されると、俺だっておまえの方が美味いとは言えなくなるぞ?」
「はぁ? なにそれ? ミオがお兄ちゃんに八百長を頼むとでも?」
「違うの? ティコとの結婚を阻止するためにやるんだろ?」
「ふっふ~ん♪ そんなズルしなくたってミオには秘策があるから」
「秘策?」
「お忘れですか? 万が一……ほんとに万が一だけど、料理が微妙だったとしても、ユユさんの奇跡があるじゃん」
「え?」
「なんだっけ? どんな不味い料理も美味しくなるっ、て感じの……」
「思いっきりズルじゃねぇか!」
翌朝——。
サトリと早朝ランニングを終えると、荷物をまとめてホリー酒場の部屋を引き払い
マクシムの退館に伴いエスコフィエ家から付けられたいた多くの使用人も解任したので、今夜から別館で宿泊することになったのだ。
充てがわれた部屋に荷物を置き、浴場で汗を流すとすぐに食堂へ。
「ごきげんよう、リンタローさん。準備はできておりますの」
入るなり、ティコが笑顔で迎えてくれた。その後ろには
食堂の真ん中にはダイニングテーブルが置いてあり、先に来ていたサトリがすでに席に着いていたので、俺もその隣に着席した。
間を置かず俺とサトリの前に並べられる朝食。
茶色くて、何か黒い粒々の浮いたスープと厚めにスライスされたバケット、それに、白い物体——匂いから判断して、どうやらチーズのようだ——が盛られた鉢皿。
「わたくしの朝食は、オーソドックスにスープとパンにいたしましたの」
「そっか、ありがとう……じゃあ、いただきます……」
——貴族令嬢が手ずから料理を作るというイメージはなかったけど……。
とりあえず茶色いスープをスプーンですくって恐る恐る口に運ぶと……。
もったりとしたスープが口いっぱいに広がり、立ち上った小麦の香りが鼻から抜けてゆく。ピリッとした黒胡椒が優しいスープの味と相まって、なんとも香ばしい。
「これ……パンの味がする」
「そうですの!」
説明によると、カンパーニュというハード系のパンをカリカリに焼き、チキンスープと牛乳、バターと一緒にミキシングして、マスタード、ピクルスの酢、ブイヨン、黒胡椒で味を調えた〝パンのスープ〟ということだった。なかなかの美味だ。
「料理長からレシピを聞いて、わたくし手ずから作りましたの」
「あ~! 他人の力を借りるなんて、ティコちゃんズルい!」
と澪緒が唇を尖らせるが、俺の心中は
「作ったのはあくまでもわたくしですから問題ありませんの。それに、どれだけ他人の力を借りられるかが人間の強さだと、リンタローさんもおっしゃいましたの」
「それはそうだけどさぁ……」
「それにミオさんは、料理の腕を競うのではなく『リンタローさんの口に合う食事を用意』できる勝負とおっしゃいました。人脈も能力の一つですの」
「くっ……ティコちゃんがそこに気づくとわ……」
こいつ、自分もユユの力を借りる可能性を考慮して保険をかけてやがったな?
そこをまんまと逆手に取られたってわけか。
脳筋のくせにやることがセコい!
「さあリンタローさん、次はそちらのバケットにチーズを塗って召し上がってくださいまし」
「うん……なんか、独特の香りがするチーズだな」
チーズを塗ろうとすると、隣席のサトリが「危険ですので私が塗ります」と言って、俺の手からナイフとバケットを取り上げる。
——危険? いくら俺でもナイフでチーズを塗るくらいできるっつの。
塗り終わると、バケットを手渡しながら再びサトリが、
「危険ですので、よく噛んでから飲み込んでください」
「過保護かよ!」
口に入れると、かなり醗酵が進んだような、少しブルーチーズに似た酸味のある香りがプンと鼻をつく。
「独特の……モグモグ……風味の……モグモグ……チーズだな……モグモグ」
「この村名産のカース・マルツゥというチーズですの。それも料理長から聞いて、今朝、分けてもらってきました。食材知識も実力のうちですの」
「ほうほう……」
——カース・マルツゥ……どこかで聞いたことがあるような……。
「モグモグ……後味で少し苦味が残るけど……モグモグ……慣れれば癖に、なりそうだな。……ん? 何か果肉みたいなものが歯に挟まったぞ?」
「ああ、それはきっと、ウジ虫ですの」
「……へ?」
——なにか、聞き間違えた? 今、ウジ虫って聞こえたような……。
ティコが得意満面で説明を続ける。
「ハエの卵をチーズに産み付けさせてウジ虫を湧かせることで、特別な発酵を促進させるらしいですの。それによって独特の深い味わいを作り出しているらしいですわ」
完全に固まった俺の隣で、次のバケットにチーズを塗りながらサトリが言を継ぐ。
「ですので、完全に噛み潰さないと生きたままのウジ虫が腸に棲み着いて悪さをするから危険だと、先ほど申し上げたのです」
「ブウゥゥ——ッ!!」
たまらず、横を向いて咀嚼中だったものを一気に噴き飛ばしてしまった。
「危険だとは言ってたけど、虫のことなんて一言も……ゴホッ!」
「どうしたんですの、リンタローさん?」
「どうしたもこうしたも! ゴホッ……じゃ、じゃあなにか? 俺は、生きてるウジ虫を……オエッ……食ったってことか?」
恐る恐るチーズに顔を近づけてみると、一センチ弱の、半透明の何かがチーズの中で
さらに顔を近づけようとしたところでサトリに肩を掴まれる。
「ウジ虫を刺激をすると、六イーク(約十五センチ)ほど飛び跳ねて目に入るので危険だと、先ほどから何度も——」
「言ってねぇよっ! オエッ……言葉が足りないんだよサトリはっ!」
俺は口を押さえて席を立つと、勝手口から一目散に表へ飛び出した。
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