02.お兄ちゃんは黙ってて!

「ちょ、ちょっと待った! 今、なんて?」

「それなら、問題はないと……」

「そのあと!」


 澪緒みおの問いにエリザベートは小首を傾げ、


「ティコレットと結婚なさればよろしいと……」

せぬっ!」


 バンッ! と澪緒が両掌でテーブルを強く叩くと、ソーサーの上でティーカップがカチャカチャと音を鳴らす。


「貴族令嬢のティコちゃんがなんでわざわざお兄ちゃんと!? ねえユユさん?」

「え? あ、うん、そうだな……」


 突然水を向けられ、ユユも慌ててコクコクと首を縦に振る。


「ミオさんはたしか、リンタローさんの妹さんでしたわね?」

「そうだけど?」


 敬語弱者の澪緒に対しても、笑みを絶やさずにエリザベートが語りかける。


「ボナリー家はもともと、貴族同士の閨閥けいばつ形成には消極的な家風なのです。わたくし自身は政略婚の具となりましたが、恋人も結婚相手も自由に選ぶというのが代々の当家の慣わし。もちろん、程度の問題はありますが」

「だからお兄ちゃん程度でいいんですかって訊いてるの」


——おいコラ。


「ティコちゃんはどうなの? お兄ちゃんみたいなひょうろく玉でいいの!?」


 表六玉って……今日日きょうびなかなか聞かないな……。


「わたくしは、リンタローさんならボナリーの婿には相応しいと思いますの」

「マジですか⁉ お兄ちゃんのどこを見てそんなこと言ってんの!?」

「聡明ですし、顔立ちもイケてますの」

「ティコちゃん、おかしいんじゃないの!?」


——おいこら!


「お兄ちゃんはどうなのよ!? ティコちゃんみたいな、腕力しか取り得のないような子でいいわけ!?」

「おまえがそれを言う?」

「いいから! どうなの?」


 ティコは正直、相当レベルの高い美少女だ。黄泉の谷へ行く際の巻き毛ポニテには、総髪そうはつ評論家の俺も後頭部を殴られたような衝撃を受けた。

 脳筋属性も澪緒に鍛えられた俺にとっては問題ない。


 おまけに辺境地とは言え領地持ちだし、婿入りすれば市民権どころか一足飛びに貴族だ。脳筋妹ポンコツを聖女にするよりはるかに手っ取り早い。

 エリザベートも、たまに見せる猛禽もうきんアイは気になるが、美人でオーラに暗いところも見えないし良い姑になってくれるだろう。


 断る理由は――。


「ない……ような……」

「え?」

「い、いや、客観的に見て断る理由は見つからないな、と……」

「結婚って客観的に決めるものじゃないでしょ!」

「いや、恋愛はそうでも結婚に関しては一概にそうとは……」

「バッカじゃないの!? 正気に戻るまで、ミオが首相撲モエパンしながらお兄ちゃんのお腹に膝蹴りチャランボ叩き込んであげるよ!」

「まてまて! 怖い怖い! おまえのムエタイってエクセサイズ用だろ!?」

「最近実戦コースに変えたの。こんなこともあろうかと思って」


——どんなことだよ⁉


「とにかく、お兄ちゃんとティコちゃんが結婚しちゃったら、ミオがこの世界に来た意味がないじゃん!」

「ここに来た意味? 意味も何も、来たのは偶然――」

「話をそらすな!」

「おまえが言い出したんじゃん」

「ユユさんはどうなの?」

「……へ?」


 黙って成り行きを眺めていたユユだったが、不意に問われて頓狂な声を上げる。


「だからぁ、お兄ちゃんとティコちゃんの結婚についてだよ! ユユさんだって困るよね!?」

「ああ、いや、困るっつぅか……三人で頑張ってくって決めたとこだったし……なんていうか、一人だけ結婚なんかして目的がバラバラになるのは心配っつぅか……」

「そう、まさにそれ! ミオもそれを言ってるの!」


――そんなくだりあったか?


 まあ、ユユの言わんとしていることも分からないではない。

 俺たちの目標はあくまでも元の世界への生還だ。なのに、一人だけ現地人と結婚なんかしてこの世界に根を下ろすこちになれば、目的達成の足枷あしかせになりかねない。

 帰還の条件は不明だが、こちらに来るときに三人必要だったことを考えると、帰りだって同じ可能性はある。逆の立場でも同じ懸念はいだいただろう。


 そもそも、結婚なんて重要な話をこんなに簡単に決めていいものなのだろうか?

 エリザベートも、どこまで本気なのか真意を測りかねるし……。


「ちょっとお兄ちゃん! あの女神端末タブレット貸して!」

「ん? なんで? ……っておい!」


 俺の鞄から勝手にアニタブを抜き取ると、スイッチを入れてティコとエリザベートの前に差し出す澪緒。


「ミオたちは、ダジャレ女神から大事な使命を託されたクランメンバーなの」

「ダジャレ……って、エレイネス様のことですの?」


 ティコが小首を傾げる。


「それそれ、そいつ! で、その画面が証拠ね。勝手にメンバー以外と結婚なんかして隠居生活されたら困るの。結婚するならせめてメンバー同士じゃないと」

「おまえ、パーティー内恋愛は禁止って言ってなかったか?」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

「はいはい……」

「でも……」と、ティコがアニタブの画面に落とした視線を澪緒へ戻しながら、

「わたくしの名前もありますの」


 …………。


「「「――えっ!?」」」


 片時かたときのフリーズのあと、俺と澪緒とユユは同時に身を乗り出してテーブルの上のアニタブを覗き込んだ。

 ロウソクの明かりにゆらゆらと照らしだされた液晶画面のメンバー表には、確かにティコの名前も列挙されている。


「この〝ティコレット・ボナリー〟とはわたくしの名前ですの」

「むむむむぅ……ティコちゃん、いつの間にあの女神と裏取引なんか……」

「何もしておりませんの!」


 澪緒じゃないが、ほんとにいつの間に……。

 そう言えば、ユトリとサトリもいつの間にかメンバーに入っていたし、何かフラグとなるイベントやクエストがあると言うことだろうか?

 例えばユトリたちはキュバトス討伐、ティコに関してはノワ領主就任と言ったように……。


「どうやら、お話はまとまったと見ていいのかしら?」


 エリザベートが尋ねると、澪緒はふるふると首を振りながら、慌ててアニタブのスイッチを切って鞄にしまう。


「今のなし。これは見なかったことに……」

「ちょ、ちょっと待ってほしいですの! クランメンバーについて、もっと詳しく話を聞きたいですの!」

「それはまた今度。今は結婚の条件について話しているの」

「だから、その条件がメンバー同士という話だったのでは?」

「それは例えばの話! 本当に重要なのは、これから話すこと!」


 澪緒は椅子に腰掛け直すと、気持ちを落ち着かせるように紅茶を一口啜り、話を続ける。


「そうそう、私たちが元いた世界にはね、小姑システムというのがあったの」

「こじゅうとシステム?」

「そう。結婚相手に姉妹がいる場合、親だけじゃなく姉妹の了承も得なければ結婚はできなかったの」

「そんなシステムがあるんですの……」

「俺も初耳――」

「お兄ちゃんは黙ってて!」


 キッ、と俺を睨んでから、再びティコへ視線を転じる澪緒。


「お兄ちゃんの小姑は、もちろんミオね? だから、ミオが認めた相手じゃなければ結婚は難しいってこと」

「どうやったら認めてもらえますの?」

「それは、えっと……そう! ミオと勝負して勝ったら認めてあげる! それが小姑システム!」

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