04.隠し味
こんなところで
直後——。
「カース・マルツゥ、思い出した!」
元の世界でもイタリアに実在したチーズで、意味は『腐ったチーズ』だが、通称『ウジ虫チーズ』としても知られていた。確かEU間でも汚染食品とみなされ販売は規制されていたはず……。
念入りに
「お料理、お口に合いませんでしたの?」
「いや、スープは美味しかったしチーズも珍味だったけど……と、とにかく虫はダメだ!」
「そうですの? 村の特産品を探していらっしゃったようなので、わたくしもご協力できればと思いましたのに……」
「この国で売り物になるのならいいとは思うけど、とにかく俺には食べさせないでくれ! それだけだ」
「分かりましたの。それで、得点はいかほどでしたの?」
「得点?」
味はともかく、さすがにウジ虫はやべぇ。
本来ならマイナスにしたいくらいだけど……。
エリザベートの表情を盗み見ると、やはり笑顔の裏で獲物を狙うヒメコンドルのような空気を纏わせている。
〝
「味は良かったけど、虫はいただけないし……差し引き二十点って感じでどう?」
「ほんとですの!? そんな高得点でいいんですの!?」
ガッツポーズのティコ。
——そういえば、修道院では座学平均十点未満だったもんな。
「さあお兄ちゃん、今度はミオの〝異世界風デリシャスボルシチ〟を召し上がれ♪」
いつのまにか、テーブルの上にはボールのような器に入った、得体の知れないコロイド溶液が載せられていた。
「ぼ、ボルシチ?」
本物は、ビーツを加えた真っ赤なスープが特徴的なウクライナの郷土料理だが……赤と言うよりは、紫?
ところどころ発光しているように見えるのは気のせいだろうか。
「煮込んでたら赤くなってきたからそう命名した」
「デンジャラスボルシチの間違いじゃ?」
「それはロシア人に失礼だよ」
「心配してるのはそこでは……。そもそもボルシチを作るつもりでもなかったんだろ!?」
毒々しい色彩に加えて、なんだかコポコポいってる。
白雪姫の母親がリンゴに塗っていた毒液がこんな感じだった気がするが、控え目に言って何かの腐り汁にしか見えない。
いくら判定に手心を加えるといっても、これで無理なく二十点を超えらるのか?
コポコポを指差しながらとなりのサトリへ目を転じて、
「これは料理? それとも残飯?」
「半々ですね」
言いながら、スプーンで
「大丈夫です。死にはしないと思います」
「おいおい……」
俺もスプーンを持って器の底を
「何が沈んでんの?」
「それは隠し味だから見ちゃダメ」
「隠し味って、死角に隠すって意味じゃないぞ?」
「大丈夫。ティコちゃんのと違ってちゃんと死んでるから」
「一気に不安になったわ! 何入れたんだよマジで!?」
「隠し味! 一流のシェフは隠し味にもっともこだわるんだよ!」
「おまえシェフじゃないだろ!」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。とりあえず騙されたと思って食べてみてよ!」
サトリも平気な顔で食べてるし、見た目はともかく味はイケるのだろうか?
意を決して口の中へ入れてみると……。
——
「ゲホッ、ゲホッ……だ、騙された! マジで何入れたんだ!?」
「だから、たっぷりの愛情とぉ―—」
「今そういうのいいから! 愛情どころか殺意しか感じねぇよ! ちゃんと毒見した?」
「ど、毒見って、失礼な! ちゃんと味見はしたよ? この世界の食材に慣れてないから独特の風味かもしれないけど、そこまで
——こいつ、脳だけじゃなく舌までバカだったのか。
「無理無理! 美味み成分が一欠けらも見当たらん!」
「一口だけで判断しないでよ! ちゃんとじっくり味わった?」
「二秒じっくり味わったわ! 絶対無理! ほんと何入れたの?」
「台所と、その辺から美味しそうなものを拾ってきて——」
「拾って⁇」
「とにかく、美味しさが後から追いかけてくる系の料理だから、もうちょっと頑張ってみてよ! 食べなきゃミオが負けだよ? 負けたらそこで試合終了だよ?」
「そりゃそうだ」
「あ! お兄ちゃん、ほんとはティコちゃんと結婚したいからわざとそんなこと言ってるんじゃないの!?」
「違うわ! ユユ、とっとと
「お、おう……」
これを食べるには、奇跡の力に頼るしかない。
死にはしないらしいから味さえなんとかなれば……。
近づいてきたユユを、しかしなぜか澪緒が頬を膨らませながら制止する。
「ちょっと待ってよ! 先入観で不味いって決めつけないでよ」
「先入観違う! 食べたの見ただろ!」
「一口じゃん! せめてティコちゃんのスープと同じくらいはイッてよ」
「できるかそんなオーバードーズ! ゲロの方がまだマシだぞこれ!?」
「ひどっ! ゲロより下だなんて初めて言われた!」
「俺も初めて言った! さっさとユユのゴストマを——」
「……要らない」
「え?」
「ユユさんの助けなんて要らない! 美味しいから要らない!」
「なんだよその変な駄々⁉」
ずっと俺たちのやり取りを黙視していたエリザベートが、そこでスッと椅子から腰を浮かせ、笑顔を張り付けたまま近づいてきた。
「結果は出たようですね? ティコレットとの縁談を進めてもよろしいかしら?」
「え? ああ~、えっと……本気で?」
「あら? 冗談だと思っておりましたの?」
「いや、そういうわけでもないんですが……かと言って本気だとも……」
ティコに不満があるわけじゃない。
が、いずれ元の世界に帰ろうとしてるのに現地人——もとい、現地AIと結婚ってのはさすがにまずいよな。
かといって、貴族から平民への結婚の申し入れを断るなんて、相当失礼に当たるんじゃないだろうか?
下手すりゃ不敬罪ものだし、悪感情を持たれぬようなんとかやり過ごしたんだが。
思案を巡らせていると、
「もしかして、既に意中の女性でもいらっしゃるのかしら?」
と、エリザベートからまさかの助け舟。
そうか!
他に好きな人がいる!
そういうことにして余計な恋愛フラグを折っていくのはラブコメの王道ではないか!
テンパッていた俺は反射的にエリザベートの言葉に飛びついた。
「そうなんですよ! 俺には既に決まった相手が——」
「そうですか……もしかして、そちらのお二人のうちのどちらかかしら?」
澪緒とユユの二人を交互に見遣るエリザベート。
「いやぁ……」
そこで少しだけ冷静な思考を取り戻す。
澪緒は妹だから論外だ。かと言ってユユも市民権すらない平民だし、貴族の申し出に対抗するには弱すぎる。
俺の本命設定も貴族か、せめて準貴族くらいの立場の人でなければ納得してもらえないだろう。
となると、この場で最も相応しいのは……。
「こいつです!」
とっさに指差したその先には、澪緒のコポコポスープを口に運びながらこちらへ向き直る、無表情のサトリがいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます