03.確認したいこと ※

 ベアトリクス領アングヒル——。


〝天使の丘〟の意を持つこの街の前身は、なだらかな丘陵の上に東西約三千二百メートルに渡って今も横たわっている城塞都市だ。

 アルハイム帝国統治下で、軍事的要衝として栄えた名残である。


 現在は丘のふもと、二つの大街道の交差地を中心に、四方を結ぶ通商のかなめとして発展を遂げている(by メメント・モリ設定資料)


 アングヒルの直前にあった〝タルブの関所〟では誰何すいかされることもなく素通り。街の目抜き通りに入っても、繁華街とは思えないほど馬車はスムーズに進む。


「すごいねぇ~。みんながけていってるみたい」

「実際、みんな避けてるんやで」


 話によると、官用車や軍用車は優先通行権を有していて、故意にそれを妨げた場合は公務往来妨害の罪に問われることもあるとのこと。

 原宿の女子小中生みたいな見た目のせいでついつい気安く話しているが、こういう光景を見ると、ユトリが特権階級であることが実感できる。


 馬車が城壁に辿り着いたところで、初めて衛兵の検問を受ける。

 が、御車台のサトリが二言三言ふたことみこと話した程度で、やはり客室内はあらためられることもなく通過。


 城門をくぐると、木組みの建物コロンバージュの建物が多かった市街地と比べ、軸組じくぐみの間を漆喰しっくい煉瓦れんがで仕上げた半木骨造ハーフティンバーの建物が目立つようになる。

 石垣の上に立てられている家も多く、一見して堅牢な造りであることがうかがえた。

 城壁内は、いわゆる特権階級居住区ハイソサエティエリアなのだろう。


 中でも、小高い場所にある一際ひときわ大きな屋敷の前に停まると、ユトリが「着いたで!」とドアを開け、スカートをふわりと膨らませて外へ飛び降りた。

 御車台を降りて近づいてきたサトリが無表情のまま、


「ユトリ様……そんな降り方をされると、またセバスに小言を言われますよ」

「ええってええって。ああ言う爺さんには小言くらい言わせとった方が、頭の体操にもなるし、血圧も上がってええんやで?」


——上がっちゃまずいだろ。


 続いて、まだ足に上手く力が入らないので、ゆっくりと俺が、続いて澪緒とユユも順番に下車する。

 庭木の手入れが行き届いた前庭のアプローチを早足で歩いてきたのは、黒い燕尾えんび服に身を包んだ、白髪の小柄な老人だった。

 歩きながら、丸眼鏡のテンプルを持って位置を直すと、


「ユトリ様、またあんな子供みたいにおひんのない降り方をされて……」

「ただいまセバス。思ってんけど、ウチにお品なんて必要やろか?」

「お願いですから、そういう根本的な質問はお止め下さい。ところで……お早いお帰りですが、ヴァプールでのお仕事はどうなされたので?」


 言いながら、セバスと呼ばれた男が俺たちをチラリと一瞥する。


「ああ、今日はこの者たちを拾うたから、一旦仕切り直しや。明日もう一度出る」

「その方たちは?」

「ミオとユユとリンタロウや。え~っと、このおっちゃんは執事のセバスチャンや」


 ユトリの雑な紹介を受けて目礼するセバスチャンに、俺たちも会釈で返す。


「カスタニエ家の客分として当分滞在することになると思うから、その辺の客室、三つほど準備しといて」

「その辺? と、言いますと?」

「適当でええわ!」




 滞在用の部屋として案内されたのは、二階の三室。

 メイドに、三つ並んだ手前からユユ、澪緒と順番に案内されて、最後に俺の部屋の前まできてドアを開けてもらう。


せもうて堪忍かんにんな。地方都市の別邸やと、こないな部屋しかないねん」


 一緒に付いてきたユトリが、言葉の内容ほど恐縮した様子もなく説明する。

 室内を覗いてみると、十畳ほどの洋室には、奥の出窓を挟むように右壁沿いにベッド、左壁沿いには事務机が置かれていた。


 手前のスペースには、部屋の角に沿ってL字に並べられたソファと、小さな応接テーブル、そして、卓上には何かの石像のような置物。

 あの、祈りを捧げるようなフォルムはもしかして……エレイネス像か?


「いやいや、全然立派だよ。今まで俺が使ってた部屋の倍くらいだ」

「今まで? って、どこにおってん?」

「あ、ああ、えっと、遠い国? 的な?」

「ふ~ん……。まあええ。その辺のことはまたあとでゆっくり聞かせてもらうわ」


 どうやら数ヶ月前から、俺たちのように、この世界のAIにんげんから見れば奇妙な格好をした三人組があちこちで発見されているとのこと。

 それらの者たちが決まって口にするのが、自分たちが別の世界から転送されてきた、という話らしい。


 今のところは各国で機密扱いにされていて都市伝説のような扱いなのだが、噂は少しずつ広がっていて、特権階級層でも徐々に注目を集めつつあるらしい。

 詳細はまた夕食の時にでも、ということで馬車での会話は一旦中断となったが、恐らく、俺たちと同じようにエレイネスのハニトラ《・・・・》に引っかかった者たちだろう。

 この世界で把握されている転送者についての情報は、是非とも確認しておきたい。


「どないした? ぼぉ——っとして?」


 ユトリに声を掛けられて我に返る。


「ああ、いや、別に……」

「なんや? やっぱり、部屋が気に入らへん?」

「い、いやいや全然! まさか、一部屋ずつ宛がってもらえるなんて思ってなかったから、びっくりして」

「そらそやろ。女性が一緒やと、一人で処理したい時とか困るやろうし」

「一人で処理?」

「みなまで言わせんなやエロいなぁ。一人で処理ゆーたら、最初の文字が『オ』で、真ん中は『ナ』で、最後は二ィムググググッ……」


 慌ててユトリの口を塞ぐ。


「黙れっ! 全部言うとこだったぞおまえ!」


 なんて破廉恥なやつだ。品性の欠片もねぇ! セバスチャンも大変だなこりゃ。


「とりあえず、入浴の準備ができたらまた呼びに来させるから、旅の疲れを癒してからゆっくりディナーにしよ」

「う、うん、ありがとう……」

「ハァ……そんな物欲しげな目で見んといて? やっぱり、タイツ脱ごか?」

「そんな目してねぇよっ!」


 急いで部屋に入ってドアを閉めると、ふぅ~っと大きく息を吐き出して、ソファに身体を沈める。

 壁時計を確認するとまだ午後四時前だ。この世界ではNITZ(Network Identity and Time Zone)が機能していないので、とりあえずスマホの時刻もそれに合わせておく。

 エレイネスの話では、ネブラ・フィニスの基本的な世界構造は地球をモデルに作られているらしいので、スマホも時計の役割くらいは果たしてくれるだろう。


——とは言っても、電池が切れるまでだけどな。


 と、その時、ガチャリとドアの開く音。

 ユトリのやつ、しつこいなぁ……。


「言っとくけど、マジでタイツなんて要ら——」


 言いつつ入り口の方へ顔を向けると、入ってきたのは、


「ゆ、ユユか……」

「タイツ? 何の話だ?」

「あ……いや、なんでもない……」

「まさかおまえ、私の使用済みが欲しくてソックスなんか——」

「んなわけあるか! それより、何か用か?」

「ちょっと確認したいことがあってさ……」


 そう言って差し出されたユユの右手には、闇魔法士装備のダークネスリングが怪しく輝いていた。

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