02.エロティシズム

「一つでええんやな? その条件とやら、聞かせてみい」


——やっぱりそうきたか。


 この世界には——少なくともユトリには、何かしら俺たちを庇護下に置くメリットが存在していることは間違いなさそうだ。


「どないしたん? はよ言わんかい」


 ぶっちゃけ、ユトリの反応が見たかっただけなので条件は何でも構わない。

 金にするか? それとも、権力?

 食い物は黙っていても出てきそうだし、あまり無理難題を言って、逆に諦められても困るしな……。


「え~っと、じゃあ……そうだ! 俺の新しい服でも用意してもらおうかな?」

「なんで今思いついたような言い方やねん?」

「……無理?」

「いや、それくらい別にかまへんけど」

「ああ、それともう一つ……」

「増えとるやん!」

「そういうの、貰えない?」


 俺の指差した部分を見て、ユトリが眉根を寄せる。


「そういうの……って、ウチの足?」

「違う違う、おまえが穿いてるやつだよ。タイツっつーの?」

「あー、そっちか! エロいやっちゃなぁ……まあ、男やししゃあないかぁ」


 っとき、と言って立ち上がると、ユトリはスカートをまくり上げて穿いていたアーガイル柄の茶色いタイツを下ろし始めた。


「ちっ、違う違う! そうじゃなくて!」


 澪緒みおとユユに眉をひそめられ、慌てて手を振る。

 美少女のタイツに興味がない! ……と言えば嘘になる。

 が、女子二人からの軽蔑と引き換えではさすがに釣り合わない。


「なんやねん、いったい!?」

「だから、それの替えとかはないのか、って話!」

「替え?」


 ユトリは、タイツを膝辺りまで下ろしたところで手を止めると、怪訝そうな表情で俺を見上げる。


「ウチのはあらへんけど、サトリ用のサイハイソックスなら持ってきとるで?」

「ああ、じゃあ、それでもいいや。貰える?」

「ええけど……そんなんでオカズになるんか?」

「しねぇ——し!」


 ユトリがタイツを上げ直し、今度は椅子の下から細長いトランクケースを引っ張り出す。中には女の子用の可愛らしい衣装がギシッと詰まっていた。


「デニールはなんぼがええの?」

「細かいな! ……適当に、あんまり透けないやつで」

「んじゃあ、これなんか、どや?」


 ユトリが一足のソックスを取り出して手渡してくる。黒地に灰色のひし形が並んだ、こちらもツートンカラーのアーガイルチェックだ。

 受け取ると、


「これ、穿いとけ」と、隣のユユに渡す。

「え? あたし?」

「これなら、膝も隠れるだろ」

「あ……」


 馬車の中で座りながらも、ユユが火傷痕やけどあとを隠すように、組んだ左足の膝を両手で隠していたのは知っている。

 きっと、コンプレックスのせいでそう言う仕草が癖になっているのだろう。

 ユユと比べるとサトリはだいぶ小柄だが、サトリのサイハイソックスが、身長百六十センチ弱のユユにはちょうどニーハイソックス程度の長さになる。


「あ、ありがと……」

「礼なら、ユトリに言え」

「そりゃそうかもしんねえけど……気持ち的なもん、っつぅか……」

「な、なんだ? おまえがそんなこと言うなんて気持ち悪いぞ」

「うるせぇ、ばぁ——かっ!」

「ええよええよ。そんなもん、お礼言われるほどのもんでもあらへん。そんなことより……」と、ユユの太ももを凝視するユトリ。

「なんかエロいな、その着こなし。ミニスカとソックスの間のわずかな領域から覗く太ももに、なんや、けったいなエロティシズムを感じるわ」

「おお! ここの人間にも萌えが分かるのか?」

「せや! その着こなしを〝けったい領域〟と名付けて流行らせたろ」


——なんか、一字違う……。


「じゃあ、これでええな? とりあえずおたくらはうちの食客として——」

「ああ、それともう一つ……」

「まだあるんかいっ!!」


 俺は、ポーチからシャワーヘッドを取り出すとユトリの前に差し出した。


「これ、どれくらいの価値になるか分かるか?」

「価値? なんぼで売れるか、っちゅうこと?」

「まあ、有体ありていに言えば」


 これがいくらで売れるのか、それによって今後の計画も変わってくる。

 何となれば、もしそれなりの金額で売れるなら、この世界で暮らしていくためのセーフガードになり得るからだ。

 しかし、ユトリの答えは……。


「ウチを試しとるんか? 売れへんよ、こんなもん」

「はあぁ? おまえ、これが何だか分かってるのか? どんな場所でも——」

「用途は知らん。……けど、これが何であれ、そんなん関係ないわ。これ、加護スキルで作ったもんやろ?」

「あ、ああ、そうだけど……」

「こんなもん作るスキルなんて聞いたことあらへんけど、何にせよ、エレメント系の生成物なんて売りもんにならへんよ」

「な、何で!?」

「何で、ってあんた……生成者が結合解除したらきれいさっぱりうなるやんか。いつ消えるかも分からんようなもんに、お金出すやつがおるわけないやろ」

「そ、そうなの? でも、俺が絶対にこれを消さない、って言ったら?」

「これ、あんたが作ったんか? そんな言葉、何の保証にもならへんし、それに、作ったもんは用が済んだらさっさと消さな、新しいもんが作れへんやん」


 な、なに? どういうことだ?

 もしかしてイクイップメントは、アイテムによって同時に存在させられる上限が決まっているのか?


「ど、どうしてこれが元素生成品エレメントアイテムだと分かったんだ?」

「そら分かるわ。周りに精霊がようさん集まっとるから、スキル持ちなら見えるはずやけど? これは恐らく、水に関係ある代物しろもんとちゃうか?」


 そう言えばこいつら、内ポケットに入れておいたジェリダの巻物も看破してたな。

 じゃあ、こんなシャワーヘッド、後生大事に持ってたって意味がないってことか!


 落胆する俺を、少しの間黙って見ていたユトリだったが、やがて……。


「やっぱ、なんも知らんて噂はほんまやってんな」

「……?」

「おたくら、転送者っちゅうやつやろ?」

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