第二章 初めてのクエスト 編

第一話 カスタニエ家

01.試金石

「あいつらは、いいのか、放っておいて……」


 馬車の扉に手を掛けながら振り向くと、ユトリが手とウサ耳をヒラヒラさせて、


「ティスバルはんたち? ええのええの! gelidaジェリダやったら三十分は凍ったままやし、あの人も、氷漬けの部下をほっとけんやろ。構わんと、いこいこ」

「でも……本当に大丈夫なのか? 何だったら、俺たちだけでこのままキュバトス退治に向かったって——」

「それはあかん」


 俺の言葉に被せるように、申し出をはねつけるユトリ。


 もっとも、俺としても今の申し出は単なるポーズに過ぎない。

 異世界に転送された初日から『魔物討伐やってやるぜ!』……な~んて、無闇に前向きな少年誌の主人公みたいなやつ、実際にいるわけがない。

 ヴァプールに向かっていると言った手前、あっさりユトリと引き返すのもどうかと思っただけだ。


「今回の討伐に関しては、ゼリー様……ああ、王女様の名前やねんけどな?」


 と断って、ユトリが続ける。


「ゼリー様から卿団への与力よりきの君命を受けたんはウチらや。密命の丸投げなんてでけへんし、結果を見届けて報告する義務もある。一旦仕切り直しや」


 ユトリから『一旦アングヒルに帰還する』という旨を伝えられ、不満を隠しもせず渋面を作っていたティスバルを思い出す。

 明日、再度討伐に出立しゅったつするということで何とか納得させたようだが、どうも彼の方は一刻も早く討伐を済ませたい考えのようだ。


「もともと今日の討伐にもウチは反対やってん。ティスバルはんが急かすもんやから渋々来てんけど、なにせ密命を受けたのも昨日やし、準備もそこそこやったからな」

「でも、魔物に襲われてるってのは事実なんだろ? 一日でも早く討伐した方がいいんじゃないか?」

「まあ、そうなんやけどな……そのキュバトスっちゅうんは、ちょっと特殊な魔物でな。襲われとるゆーても、表立って何ぞ騒ぎが起きてるわけでもないやん? 隔離はきちんとできとるし、あんたらもその辺のことは分かっとるんやろ?」

「ま、まあな! ははは……」


 実は、キュバトスというのはこのクエスト専用のMOBモンスターで、俺も詳しいことは知らないのだが、人間に種子を植え付けて仲間を増やしていく、いわゆる感染系といわれるタイプらしい。

 ティスバルがあれほど俺たちを警戒したのも、種子の存在を警戒したからなのかもしれない。


「ま、あんたもウチと出会でおうてラッキーやったで? あのまま三人でヴァプールに行ったかて、不審者扱いされて門前払いや」

「そ、そうかもな……」

「それよりあんた、足もと平気なん?」

「ああ……倦怠けんたい感は残っているけど、さっきみたいな脱力感はなくなったよ」


 ユトリに促されて客室キャビンに登ると、二、三人は悠々と並んで座れそうな、カブリオールレッグ(※猫足曲線)のいかにも高級そうなシートが向かい合わせに並べられていた。


——素材は綿コットンか。


 本皮と比べると庶民的なイメージだが、元の世界でも、耐久性に優れる布の方が中世ヨーロッパでは重宝されていたと記憶している。

 これもきっと、かなりの品なのだろう。


 ユユと向かい合わせで座っていた澪緒みおが、ポンポンとお尻を弾ませながら、


「見てよお兄ちゃん! すごいふかふかぁ!」


 俺もユユの隣に腰を下ろして座り心地を確かめる。

 確かに、シートというよりソファに近い柔らかさだ。

 最後に入ってきたユトリが、


「自室にあったサロンチェアのシルクを剥がして、キャリッジ用に張り替えてもろたんや。ふかふかやないとお尻がいとうなるしな」

「シルクからわざわざ安物に変えちゃったの!? もったいなぁい!」

「コットンかて安物ちゃうで? この辺の気候は綿花の育成に適さへんから、コットンかて高級品やねん。それに、物の価値は値段やない。適材適所ってやつや」

「ほうほう、さすがユトりん! お値段以上ってやつだ!」


——それじゃニトりんだろ。


 ドアを閉めたユトリが、「出してええで」と小窓から御車台のサトリに声をかけると、馬車は東へ向きを変えてゆっくりと動き出す。


「行きは暇やったからサトリと話しながら来たんやけど、御車台はお尻がいとうてかなわんわ」


 俺の正面にちょこんと腰掛けたユトリが少し大げさに肩をすくめてみせる。

 次いで、互いに改めて名前だけの簡単な自己紹介を済ませると、


「ウチはいらち・・・(※せっかち)やから、さっそく本題に入らせてもらうけど、どや? あんたら、食客しょっかくとしてうちの世話になる気はあらへん?」


 期待と確信をたずさえた声音で、ユトリが申し出る。


「うちというと、カスタニエ家に、ってことか?」

「そうや。この世界では何のつてもあらへんのやろ? 自分でゆーのも何やけど、カスタニエは帝国統治時代にも重用された名門や。悪い話やないと思うよ」


 食客と言えば聞こえはいいが、中世では何らかの政治的意図を伴って供応されていたケースがほとんどだ。権力者はメリットもなく他人をもてなしたりはしないのだ。

 事実ユトリからも、目端めはしが利く者特有の油断のならないオーラが伝わってくる。

 ここをこの国・・・ではなく、この世界・・・・と表現したことも少し引っかかる。


 だが、しかし——。


 たとえ何か思惑があるにせよ、ユトリの言う通り何の伝もなく放浪するよりはずっとマシだ。現に、転送初日からティスバルのような者に殺されかけたのだ。

 澪緒がどれだけ強いのかは未知数だが、いちいち荒事にしていてはきりがない。降りかかる火の粉から身を守るためにも、後ろ盾はあるに越したことはない。


「一つ、条件がある」

「はぁ? なんでやねん?」


 俺の了承を確信していたであろうユトリのウサ耳が瞬く間にしおれる。

 あの耳、エモートアクション用だったのか!?


「カスタニエの〝俊秀〟言われとるウチが、直々じきじきに食客に誘っとるんやで? 逆に条件出すなんて信じられへん!」

「嫌なら他に行く」


 この取り引きは、俺たちの価値を測るための試金石だ。

 単なる物珍しさや、些細ささいなメリットのためだけに誘ってきているのであれば、当然こんな無礼な申し出は一笑に伏されるだろう。


 しかし、〝女神の使徒〟などと呼ばれるような者たちを庇護することに相応の実利があるのであれば、ここはきっと俺の条件を確認してくるはずだ。

 これまでのユトリの言動を観察している限りでは、その可能性は高いだろうという確信に近い予測も持っていた。


 ……であるならば、だ。


 なおのこと、ここはユトリの申し出を二つ返事で受け入れて自分たちを安く売るのは逆に不自然。好きだった女子に告白されても、すぐにOKはしないのと一緒だ。

 ……されたことねぇけど。


 はたして、ユトリの返答は——、


「その条件とやら、一つでええんやな? 聞かせてみい」

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