02.寒村
残された俺たちは互いに簡単な自己紹介を済ませると、すぐにマクシムから、
「晩餐の用意を致しておりますので、
と、別の馬車に乗り換えるよう促された。
しかし、クロンヌまでは半ミーク(※八百メートル)程度だと言うので、
「少し村の様子を見学したいので、散策がてら、クロンヌまでは歩いて向かわせてもらってもいいですか?」と、申し入れてみた。
「お兄ちゃ……お兄様が歩くならミオも」
「んじゃ、あたしも澪緒様や燐太郎さんと一緒に」
「私もお供します」
と、澪緒、ユユ、そしてサトリも同行を申し出る。
さらにティコまで「それならばわたくしも」と、結局、訪問メンバー全員が徒歩を選択した。
「しかし、いくら辺境の集落とはいえさすがに無用心では……」
渋い表情に変わるマクシムだったが、ティコはとくに気に留めた様子もない。
「平気ですの。わたくしはもちろん、ミオさんもサトリさんもとてもお強いですの」
「そうですか……。私は晩餐の用意もございますのですぐに戻りますが、それではせめて、こちらの従者もお供に一人――」
「要りませんの。わたくしは、友人と水入らずで村を散策したいと申しておりますの。あまりしつこいのは無粋ですの!」
ティコの元
――さすがにここは、封建社会における貴族の威厳というやつか?
とりあえず、ティコの意向を無視してまでマクシムが好き勝手できるわけではないと言うのは、一つの安心材料だ。
「左様でございますか。……では、私どもは先に戻ってお迎えの準備を進めておりますので、道中お気をつけてお越し下さいませ」
それを見届けて俺たちも、村の目抜き――とは言っても、
少し行くと、石造りの民家が道の両脇にぽつぽつ現れ始めた。
キュバクエで訪れたヴァプール村より狭いぶん建物の分布は密なくらいだが、ほとんどは外からでも分かるほど荒れ果てていて人の住んでいる気配がない。
ただ、先の方には何本かの細い
細い方は民家だろうな。あの辺に集まっているということか。
太い煙は……何かの工房か? あそこがもしかして……。
――まあ、行ってみればはっきりするか。
「思っていた以上に寂れてるな」
「そうですの。こんなところにお母様を連れてきても、寂しすぎますの」
ティコがまだ見習い修道女のため、今は母の住まいとしてエスコフィエ家から
「ティコちゃん、越してくるのはいつなの?」
俺たちだけになると、言葉遣いを元に戻して
もっとも、マクシムの前でもあまり変わっていなかった気はするが……。
「決まっておりませんが、わたくしが見習いでいられるのは十八歳までですの」
「え? じゃあ、あと二年?」
「そうですの。それを過ぎればエスコフィエを離れて修道女となるか
ティコが領主としての実務を開始すれば、この村の税収はすべてティコが得ることになる。しかし同時に、現在はエスコフィエ家が国へ納めている領租も、村の税収からティコが捻出することになるのだ。
この様子では、領租を納めてなお不自由なく母娘二人が生活を送ることは難しいのだろう。母親のエリザベートが病を
委領地とは名ばかりの、
「この村がもっと豊かになれば問題は解決するの?」
「ここならわたくしたち母娘に悪感情を抱く領民もいませんし、豊かでさえあれば、ヴィリヨンを委領するより精神的には良いかもしれませんの。でも……」
と、ため息混じりに
朽ち果てた建物、痩せた田畑、
「……これでは、どうしようもありませんの!」
失望を隠すことなく、落胆した口調で道端の春草に言葉を吐きすてるティコ。
「そんなに難しい問題かなぁ? 要は、村が稼げるようになればいいんでしょ?」
「そうですが……何か考えがありますの?」
「あるよ、お兄ちゃんが」
「俺かよっ!?」
「さあどうぞ!」
澪緒が、
「無茶振りすんな! そんなこと急に言われても!」
「え? 逆に、ないの?」
「逆に、なんであると思った!?」
「だって、そのために来たんだよね?」
「最初に言っただろ? 約束はできないって……」
「そんなこと言っちゃって~♪ ほんとはあるんでしょ~、うりうり~♪」
「やめろ、
脇腹をぐりぐりしてくる澪緒の
「まあ、まだ確信はないし……」
「ほらきた!」
「もう少し見て回らないと何とも言えないけど……」
「待ってました~♪」
「いくつかアイデアは、ないこともない」
「いよっ! さすがお兄ちゃん!」
「そう言う合いの手、要らねぇから! 言い辛いわ!」
――やけにテンション
「そ、そのアイデアとは、何ですの!?」
「うんうん、もったいぶらねぇで教えろよ」
ティコとユユも身を乗り出してきた。
こうなると、「まだ秘密」と言っても収まらないだろう。
見切り発表は性に合わないんだが、とりあえず一つだけ教えておくか。
「さっきの、キャラバンサライの周囲の建造物……あれは花崗岩で出来てたな?」
「そ、そうですの? 名前は分かりませんが、この村の建物はだいたい、近くで取れる石を切り出して作っているはずですの」
「カコウガンってのが、どうかしたのか?」
改めて、周囲の建物をキョロキョロと眺めながらユユが聞き返す。
「花崗岩があるところには、花崗岩が風化してできる珪砂がある」
「ケイシャ?」
「そう。そして、珪砂が採れるなら……」
いつの間にか、先ほど見えた太い煙の建物が目視できる位置まで近づいていた。
民家とは明らかに違う、
花崗岩の建造物、珪砂、そして小さな集落には似つかわしくない大きな白煙とくれば、もしかするとは思っていたが……。
――予想通りだったぜ。
背の低い土塀の切れ間まで歩くと、脇に古びた立て札があり、書かれている文字をサトリが読みあげる。
「
単語の意味は分からなくても、開放された建物から覗く職人たちの特徴的な作業風景を見れば、ここがどんな施設なのかは分かる。
「……ガラス工房だ」
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