03.お兄ちゃんのステータス

「ん? な、なんだ?」


 突如、耳元で蚊の飛ぶような羽音が聞こえ始める。

 プゥ——ン、という、あの独特の高音だ。

 慌てて顔の周囲を手で払う俺の隣で、「うわ! 蚊だ!」と、ユユも手をパタパタと動かす。

 さらに、大剣を振っていた澪緒みおまで首を左右に振りながら手を止めて、


「やだっ! お兄ちゃん! 蚊がきた!」


——なんだ? 蚊でも召喚する奇跡だったのか?


 ……とも思ったが、払っても払っても音は消えないし、蚊の姿も見えない。

 そもそも、何かを召喚するなんて闇魔法の能力の範疇はんちゅうでもない。


 もしかして、これって——。


「モスキート音か?」

「もすきーとおん?」


 ユユが顔をしかめながらオウム返し。


「うん。そのまんま、蚊の羽音のことだ。もしかしてあの奇跡って、周辺の人間にモスキート音を聞かせる効果なのかも?」

「す……すげぇ地味だしっ!」

「うん。で、でも、地味に、嫌だ……」


 音量も一定ではなく、大きくなったり小さなくなったりしているところがまた、妙にリアルで鬱陶しい。


「これ、いつまで続くんだろ……」

「私の方が聞きたいっつの! こんなの、何の役に立つんだよ? ちょっとした嫌がらせじゃん!」

「まあ、そういう加護スキルだからな……」


 素振りを止めて戻ってきた澪緒と一緒に、三人で眉をひそめながら顔を見合わせていると、一分ほどで音が消えた。


「ふぅぅぅ……」と、安堵のため息を漏らす澪緒。

「よかったよぉ。あのまま鳴り続けてたらノイローゼになるよ」

「おまえはノイローゼ気味くらいで丁度いいかも……アイタッ!」


 剣の柄で横腹を小突かれる。


「失礼だよ!」

「じょ、冗談だって……イテテテ。それよりその剣、危ねぇからさっさとしまえよ。おまえの物理攻撃は軽くても洒落になんねぇんだから」

「どうやってしまうの? ……ああ、これか。すとれーじ・・・・・?」


 俺が持っていたアニタブを覗き込みながら、詠唱ワードを呟く澪緒。

 同時に、膝の上に置いてあった超大剣が青白い光に包まれ、二つの小さな光球に変わったかと思うと、あっという間に澪緒の両耳でフープピアスに戻る。

 それだけでも本来であれば驚くべき現象のはずだが、立て続けにいろいろありすぎてこの程度のことには動揺しなくなってきた。


——慣れって、すげぇな。


「じゃあ、あとはお兄ちゃんのステータスだけだね」

「う、うん……」


 リンタロウ・ハバキ

 十六歳、十二月五日生まれ、血液型AB型

 職号:愚者

 装備:武器なし、防具なし

 キャラクターレベル1

 加護:イクイップメント レベル1 昇華「????」レベル1


「やっぱりお兄ちゃんの職号は愚者なんだねぇ……。愚か者! 愚かなる者!」

「気に入ったのかそれ?」


 ……職号愚者。もしかしたら何かの間違いだったのかも、という微かな希望も、これで完全に打ち砕かれた。

 武器防具もなし。

 だから俺だけ制服のままだったのか。おかげでスマホが使えたのはラッキーだったけど。


 それより、気になるのは昇華されたという俺の特技だ。

『????』となっている部分がその加護スキルで間違いなさそうだが、内容が分からない。タップしてみると、名前入力画面とスクリーンキーボードが表示される。


「自分で名前を付けろってことか……」

「へぇ! ミオがカッコイイ名前を付けたげるよ!」


 俺からアニタブを奪い取り、俺の胸元をチラチラと見ながらキーボードをタップし始める澪緒。ぶっちゃけ、嫌な予感しかしない。


「えぇ~っとぉ、じゃ~あぁ、漆黒のぉ……」

「……俺の、どこに漆黒要素が?」

「青!」

「おい! 黒じゃないんかい!?」

「ほら、柳秀のネクタイって、青色じゃん?」


——だったら漆黒は何だよ!?


「もういい、返せ!」


 アニタブを奪い返して〝漆黒の青〟をタップすると、再び入力画面に戻ったので『????』と入れ直す。


——良かった……漆黒の青で決定されなくて……。


「とにかく、加護の内容がはっきり分かるまで名前は保留だ」

「でもさぁ、昇華されたのはお兄ちゃんの得意だったことなんでしょ? 何が得意だったのか、自分で分からないの?」

「俺が得意だったことと言えば……そこそこ頭脳明晰だったことくらいか?」

「それ、自分で言う?」

「仕方ないだろ、客観分析でそれくらいしか思いつかないんだから……」


 ただ、頭脳明晰と言っても学校の成績は中の上程度。特別誇れるほどのレベルでもない。

 仮にそこが強化されたとしてもネブラ・フィニスで役に立つかは分からないし、この世界に関して造詣が深まったような感覚も、まるでない。


「もしかして、あれじゃないのか?」と、ユユが口を開く。

「燐太郎、説明がウザ……上手かったから、何かそういう感じのやつ……」

「今ウザって言いかけなかった!?」


 ユユとクラスメイトだった中三の時は、学級副委員長なんてものをやらされていたのだが、特に人望があったわけではない。

 俺が風邪で休んでる間に雑用を押し付けられただけなんだが、適当人間だった委員長の代わりに、生徒会からの連絡事項の説明なんかをよくやらされていた。

 そんなこともあってか、いつの間にか〝セツメイ〟なんてあだ名が付けられていたのだ。


——知性の欠片もない、なんて安直なネーミングセンス!


 しかし、説明が上手くなるとか、そんな事わざわざ加護スキルとして付与されるものだろうか?


 ユユが続ける。


「ほら、説明が上手いってことは説得力があるってことだし……あれじゃねぇか? たとえば、交渉術に長けている、みたいな?」

「んん~、確かに、戦記物のシミュレーションなんかではそう言うパラメータもなくはないけど……メメント・モリでってのは、あんまピンとこないなぁ……」

「でも、何でもゲーム通りに再現されてるわけでもないんだろ?」

「そりゃそうだけど……」


 そもそもパラメータとは、キャラの状態をゲーム内で視覚的・相対的に確認できるように数値化されたインターフェースだ。

 現実世界においてまで個々人の得手不得手を数値で一元的に把握するなど、ナンセンス極まりない。

 とはいえ、レベルなんてもんが存在する時点でパラメータシステムが絶対にないとも言い切れないのだが……。


「じゃあ、とりあえず、漆黒の青の内容については未定ってことにしといてぇ……」

「名前も未定だからな!?」

「仮だよ仮! それよりもう一個のスキルも見てみようよ、お兄ちゃん」

 

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