第五話 二人の少女

01.ティスバルの尋問

「りあら——」

「待てっ、澪緒みお


 バーサイタル・マチェットを召喚しようとした澪緒を慌てて制止する。


「人が乗ってる。あれは多分、インペリアル・ハウンドだ」

「え? 何? メモリアルサウンド?」

「ベストアルバムかな? ……じゃなくて、インペリアル・ハウンド! 馬みたいなもんだよ!」


 かつてこの大陸を統一したアルハイム帝国が、繁殖・調教・使役に成功した魔物、ストレイウルフの畏名いみょうだ。

 従来の乗用獣である騎馬に代わって使役されたストレイウルフは、戦地においては敵兵を倒す副戦力にもなり得たことから〝帝国の猟犬インペリアルハウンド〟と呼ばれて恐れられ、小パンタシア大陸統一の偉業に大きく貢献した。


 しかし、機密であった使役方法が漏洩ろうえいすると、帝国の支配下に甘んじていた地方の諸侯・領主らによる反乱が頻発するようになり、ついに大陸の西半せいはんで四小国の独立を許すこととなる——。


 ……というのが、メメント・モリにおける小パンタシア大陸史、その二。


「ということは、あれはナントカ帝国の人たち?」

「いや、今は大陸全土で使役されてる乗用獣だから帝国とは限らない」


 この辺りを治めているのは最西国のベアトリクスのはず。アングヒル方面からきたあいつらも、恐らくはベアトリクスの人間の可能性が高い。

 しかも、あんなものに乗っているとなれば軍や警団、あるいは卿団など、少なくとも一般人ではないはずだ。初の現地人との遭遇ではあるが……、


——厄介事は避けたいし、ここは黙ってやり過ごすか。


 並木の外側へ移動して見守っていると、通り過ぎる瞬間、先頭を走駆していた軽鎧の男がちらりとこちらを一瞥する。直後——。


どうっ恫ぉ——っ!」と、ハウンドを急停止させてきびすを返した。


 後ろに続いていた他の三人も、ハウンドを止めて先頭の男にならう。


 さらに、寸刻すんこく遅れてひづめと車輪の音を轟かせながらやってきたのは、四頭のあし毛馬にかれた馬車だった。

 うるしで黒く塗り上げられた木製の大きな客室は、サスペンションの利いた、いわゆるキャリッジと呼ばれるタイプ。

 動植物のレリーフが全体に施された、吸血鬼でも乗っていそうなデザインだが、御者台に座っているのは、そんな禍々まがまがしい雰囲気には似つかわしくない、可愛らしい二人の少女。


 どちらも、年は俺たちよりの二つ三つ下に見える。元の世界で言えば中学生くらいだろう。顔立ちや髪の色もそっくりだし、もしかしたら双子かもしれない。


 手前に座っているのは、白と水色を基調とした、フランス人形のようなフリルワンピースをまとった少女。

 腰まで伸ばした淡黄髪モカシンのロングヘアーに、大きなウサギ耳のカチューシャ。

 まるで、ルイス・キャロルの世界から飛び出してきたアリス・プレザンス・リデルのようだ。


 その奥には、やはり同じようなフリルワンピースに身を包んだ少女が、無表情で手綱を握っている。

 肩口で切り揃えたミディアムボブの淡黄髪モカシンに、こちらのカチューシャには頭頂部を覆い隠す程の大きなリボンがあしらわれていた。

 俺たちの前に辿り着くと「どぉ……どぉ……」と静かに手綱を引いて馬車を停止させる。


「どないした、ティスバルはん?」と、関西弁のような言葉遣いで声を掛けたのは、手前に座ったウサ耳カチュの少女。

「不審な三人組を見つけましたので、少し尋問をと思い……」


 ティスバルと呼ばれた、最初にハウンドを止めた軽鎧の男が、俺たちから視線を切らずにウサ耳に答える。

 さらに。


「おまえたち、珍しいよそおいだな。外国人か? どこへ向かっている?」


 問いながら、ハウンドから降りて近づいてきた。


 二十代後半か、もしかすると三十を少し超えたくらいかもしれない。

 脛当グリーブ手甲鎧ゴーントリットに胸当てという軽装備だが、鎖帷子くさりかたびらの上からでもわかる二の腕の盛り上がりがこの男の屈強さを物語っていた。

 腰の左にいた剣の柄に右手を添えながら近づいてくるティスバル。

 そして、相手を対等な人間だとは微塵も思っていない——まるで獣でも見下すかのような彼の目を見て、俺は改めて身が引き締まる気がした。


 平和な日本とは比べ物にならないほど近くにある〝死〟を、彼の纏う空気から感じたからだ。


 情報が不足している段階でこういう物々しい連中とは迂闊うかつに関わりたくないのだが、かと言って、こうなったら黙っているわけにもいかない。

 この世界にきたばかりでもすぐに分かる、平時とは違う緊張感を感じながら、俺は恐る恐る口を開いた。


「ヴァプールへ行こうと思っているんだけど……」

「ヴァプール、だと?」


 ティスバルの片眉が跳ね上がり、右腕に力が篭められるのが分かった。

 空気の張り詰め具合から、緊張の度合いが一段上がったことを感じ取る。

 さらに、ティスバルの尋問が続く。


「どこから来た?」

「え~っと……」


 頭の中で、メメント・モリをプレイしながら覚えた小パンタシアのマップを高速検索するが、アングヒル以外の適正解は見当たらない。

 逆に言えば、なぜそんな分かりきった質問をするのかといぶかしく思いながらも、


「アング……ヒルから……?」


 慎重に答えた俺の言葉に、しかし、さらにティスバルの眼光は鋭さを増す。

 左腕を上げて掌を前に倒すような合図を出すと、面頬めんぼおを付けた残り三人の騎兵も弾かれたようにハウンドから飛び降りて、ティスバルと並ぶように俺たちの前に立ちふさがった。


「アングヒルからこの街道に入るにはタルブの関所を通る必要があるはずだが、おまえたちのような特徴的な人間を検閲した報告は受けていないぞ」

「せ……関所?」

「よしんば検閲を行ったとしても、この街道は現在、ヴァプールが盗賊団に占拠されているため封鎖中だ。討伐が完了するまで一般人の通行は許可していない」


——俺たちが向かおうとしていたヴァプールが、盗賊団に!?


「この三人、いかが致しましょう?」


 最後の問いは俺たちにではなく、いつの間にか馬車から降りて近づいてきていた、二人の少女に向けられたものだった。

 ウサ耳カチュが首を傾げながら、


「三人とも、加護スキル持ちやな」

「そのようですね。今は余計な人員も避けませんし……」

「う~ん……とりあえず、ってまう?」

「なんやて!?」


 ウサ耳に釣られ、俺まで滅多に使わない関西弁で叫んでしまった。

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